第19話 ハンカチの男の子(4)
「ありがとうございます。大切にします」
「あら、大切にしまっておいたらダメよ。ちゃんと着てね」
「はい!」
ポニーテールにしていた髪は侍女たちの手によって、あっという間に編み込みのハーフアップに。
その間に王妃も着替え、王宮訪問時に着ていたドレスに戻っていた。
「レオナルドと打ち合わせに行くから、ソフィアはルーカスと待っていて」
「は、はい」
こんな素敵なドレスでルーカスに会うのは恥ずかしい。
似合わないと思われたらどうしよう。
ドキドキする時間が少しくらいあってもいいのに、優秀な侍女さんはレオナルド王子とルーカスをすぐに呼んでしまった。
「ソフィア嬢、綺麗だね」
美しい令嬢には挨拶をしなくてはと、レオナルドはソフィアの手を取り、甲に口づける。
王子様からの口づけ! そんな経験、貴重過ぎる!
「ルーカス、ソフィアをお願いね。打ち合わせに行ってくるわ」
「はい、王妃様」
ルーカスは一礼すると、ソフィアに手を差し伸べる。
エスコートだと思ったソフィアが手を乗せると、ルーカスにも甲に口づけされた。
「綺麗です。とても」
「あ、ありがとう……ございます」
ルーカスの茶眼に見つめられるとなんだか少し恥ずかしい。
つながれた手が熱い。
顔も熱い。
たぶん今、真っ赤になっているだろう。
「……すみません、美しすぎて、気の利いたことが言えなくて」
ルーカスの顔も赤いのは気のせい?
エスコートされ、隣の部屋へ。
今回もスマートに椅子が引かれ、ルーカスが紅茶を淹れてくれる。
「誕生日にいただいた薔薇と同じ香りがします」
「えぇ。ロイヤルガーデンの薔薇で作った紅茶なので」
よくわかりましたねとルーカスが嬉しそうに微笑む。
とてもいい香りだったので、花びらをいくつかポプリにした。
栞も作ったし、ドライフラワーにしたものはドレス店の部屋に吊るしてあるとうっかりソフィアは話してしまった。
だが、言ったあとに気が付いた。
花束をそんな風にする貴族の令嬢はきっといない。
もしいたとしても栞くらいだ。ポプリやドライフラワーにはきっとしない。
「気に入っていただけて嬉しいです」
ルーカスの言葉にソフィアは驚いた。
ルーカスは私のことを変な子と言わない。
ドレスクチュリエールになりたいと言った時も、ルーカスは無理だと言わずに聞いてくれた。
「卒業パーティのドレスの注文を引き受けてくれてありがとうございます」
「あの、ルーカス様、ドレスのことですが」
婚約するのが条件ですか? と聞くのは変だ。
何と聞いたら良いのか迷ってしまい、ソフィアの言葉は途中で途切れてしまった。
「……ルカと呼んでください」
ルーカスの愛称はルカ。
身内にしか呼ばせていないがソフィアにはそう呼ばれたいとルーカスが懇願する。
「ル、ルカ様?」
「敬称もなしで」
「そ、それは流石に」
いきなりの高いハードルにソフィアが困惑する。
「……ソフィーと呼んでも?」
ソフィーはソフィアの愛称だ。
「は、はい」
ニコラスにすら愛称で呼ばれたことはないのに。動揺したままソフィアが返事をするとルーカスは嬉しそうに微笑んだ。
『絶対に逃がすんじゃないわよ』
ソフィアはお針子の先輩ベスの言葉を急に思い出す。
「ドレスクチュリエール第一号の作品を自分のために作って欲しいとお願いし、返事は急がないと言ったのに、もう発注してすみません」
「自分のドレスを作れるのは本当に嬉しくて。でも支払いがウィスロー公爵様だとうかがって、その、条件……とか」
ソフィアが言いにくそうに尋ねると察したルーカスは困った顔で微笑んだ。
「二年後までに婚約者にしてもらえるように頑張ります。もしダメでもドレスはソフィーに差し上げます」
「どうして……?」
「私に魅力がなく婚約してもらえなくても、私がソフィーを応援したい気持ちは変わりません」
……応援? ドレスクチュリエールになるのを応援?
「今すぐ婚約とは言いません。まず、私のことを知ってほしい」
「で、でも、私、ドレスクチュリエールになりたくて」
貴族の女性は働かない。
結婚して夫を支えて社交界に出るのが仕事だ。
婚約したらニコラスの時と同じで、またドレスクチュリエールになれない。
「応援します」
思いもよらない言葉にソフィアが驚く。
「ドレスクチュリエールになったソフィーの隣に居させてください」
「えっ、で、でも」
貴族の女性は働かない。
ドレスクチュリエールになった私?
働かない? 働いている?
一体どういうこと?
「私は三男なので爵位も領地もありません。社交に参加することもほとんどないでしょう」
だから三男は人気がない。
公爵家の三男よりも侯爵家の長男の方が断然有利だ。
公爵家のルーカスよりも、侯爵家のニコラスの方がソフィアを幸せにできると言われたのはそういう理由だ。
それでも諦めきれずに十年間ずっと想い続けてしまったが。
「でも三男なので自由です。あなたの好きなこと、やりたいことを応援します」
真っ直ぐにソフィアを見つめるルーカスの茶眼は真剣だった。
「ドレスクチュリエールでも?」
「はい」
「お店で働いても?」
「はい」
ルーカスの答えは即答。
「……貴族の女性が働くなんて変だと」
「夢中になれることがあるのに、なぜ女性だからとあきらめなくてはならないのですか?」
ルーカスの言葉にソフィアは目を見開いた。




