第15話 家庭教師(4)
馬車はソフィアが全く予想していなかった場所へ到着した。
ここはブライト侯爵邸。自分の家だ。
「マティさん?」
「ほら、ご両親が待っているよ。誕生日くらいは家に帰りなさい」
駆け寄った母に抱きしめられ、泣いた母につられてソフィアも涙が溢れた。
毎日忙しくてホームシックになる前に寝落ちしてしまっていたけれど、やっぱり家に帰ってくると寂しかったんだと実感する。
「明日の夜にお店へ連れてきていただけると助かります。彼女は店の大切な一員なので」
マティがソフィアの父に礼をすると、ソフィアの父もありがとうございますと頭を下げた。
マティはそのまま馬車で店へ。
ソフィアは八ヶ月ぶりに会う両親と、少し大きくなった弟に十六歳を祝ってもらった。
それだけでも幸せな誕生日だったのに、翌日思いもよらない人物の訪問にソフィアは驚いた。
「誕生日おめでとうございます」
一日遅れですみませんと謝罪しながらルーカスが薔薇の花束を差し出す。
「ル、ルーカス様?」
どうしてここに?
それより、どうして誕生日を?
どうぞと花束を手渡されたソフィアはわからないことだらけで困惑した。
受け取った薔薇はいい香りで、ふと以前王宮で淹れてもらった薔薇の紅茶を思い出す。
「王宮のロイヤルガーデンの薔薇です。王妃様にお願いしていただいてきました」
待って! 待って! ロイヤルガーデンって!
理解の限界を超え固まったソフィアに、母が扉の向こうから「お礼! お礼!」と小さな声とジェスチャーを送る。
「ルーカス様、ありがとうございます」
ハッとしたソフィアは綺麗な貴族の礼をしながら微笑んだ。
「テラスで良いかしら」
ソフィアの母が声をかけると、当然のようにソフィアをテラスまでエスコートしてくれる。
いや、待って! ここ、私の家だから!
なんでエスコートしてもらっているの?
「今日こちらに戻られているとおうかがいしたので」
誰に聞いたの? と聞きたそうな顔を察してくれたのだろうか。ブライト侯爵ですよと教えてくれた。
まさかの父!
今日は王宮へ行くと言っていたけれど、王宮で娘が誕生日ですなんて言ったのだろうか?
よしお祝いにロイヤルガーデンの薔薇を!
なんて展開がおかしい。意味が分からない。
優雅に紅茶を飲むルーカスは、目が合うと優しく微笑んでくれた。
「ソフィア嬢、なぜドレス店で働いているのかおうかがいしても?」
言いたくなかったら言わなくて構いませんと付け加えながらルーカスは躊躇いがちにソフィアへ尋ねた。
貴族の令嬢は市井で働かない。誰だって気になるはずだ。
「私、六歳の頃からドレスクチュリエールになりたいと」
「クチュリエール……? デザイナーとはまた違うのでしょうか?」
聞きなれない言葉に首を傾げたルーカスの反応を見たソフィアは驚いた。
……あれ? 否定されない?
「クチュリエールはデザインから布の裁断、縫製まですべて行う人です」
説明すると、あぁ、そういう違いがと納得される。
……あれ? 思っていた反応と違う。
「何かきっかけがあったのですか?」
「あ、六歳の時に作っていただいたドレスがとても気に入って……」
「どんなドレスだったのですか?」
どうして変だって言わないの?
「ピンクの、花柄で……」
「もしかして入学説明会で着ていた?」
ルーカスの言葉にソフィアは目を見開いた。
「えっ? どうして……?」
どうして知っているのだろう?
ピンクの花柄なんて子供がよく着るドレスだ。そんな特長でなぜあの日、着ていたと。
ルーカスは黒髪茶眼。そういえば、話し方は優しい。
「あの日、会場内で一番ソフィア嬢が可愛かったですから」
「か、可愛い?」
ソフィアの顔は一気に赤くなり、身体の奥から熱くなる気がした。
「今日はお願いがあってきました」
「お願い? ですか?」
「二年後の卒業パーティ、私のパートナーとして出席してもらえないでしょうか?」
「えっ……?」
パートナーがいなくても卒業パーティは出席が可能。わざわざ傷物令嬢をパートナーにする必要はないのに一体なぜ?
「ですが、私では、……婚約破棄した傷物令嬢では」
ルーカスの評判を落としてしまう。第二王子の側近という立場なのに。
「あなたは悪くない」
堂々とすればいいと言ってくれるルーカスの言葉が嬉しいのはなぜだろう。
「そしてもう一つ。その卒業パーティで着るタキシードとドレスを、ソフィア嬢に作っていただきたいのです」
「えっ……?」
「ドレスクチュリエール第一号の作品を私のために作ってくださいませんか?」
第一号の作品……?
ルーカスはドレスクチュリエールになりたいということを否定しない。逆に、応援してくれているかのようだ。
「どちらの返事も今すぐとは言いません。二年後の話ですから」
ルーカスは考えておいてくださいと微笑んだ。
ルーカスは時計を確認すると、そろそろお暇しますねと立ち上がった。椅子を引き、ソフィアに手を差し伸べて立たせてくれる。そのままエスコートされるのかと思ったら、なぜか手の甲に口づけをされた。
「全力で口説かせていただきます」
名残惜しそうにゆっくり離された手が引っ込められずにソフィアは固まる。
草食だと思ったら肉食だった!
待って! 待って! 口説くって何?
卒業パーティのパートナーを? 説得?
二年間で説得しますって事?
作品第一号の話? え? 口説くって何?
ルーカスが母に案内されながら玄関に向かっても、真っ赤な顔でテラスに立ち続けるソフィア。
全く動かないソフィアを見た母は、手の甲に口づけされた程度で固まった娘の免疫のなさに苦笑した。




