第13話 家庭教師(2)
どうして来なくなったの? と聞かれると思ったのに、理由は聞かずに困っているなら助けますと言ってくれる。
この方は本当にお優しい方なのだ。
さすが王子の側近を任されるだけのことはある。
気遣いがすごい。
「ありがとうございます。でも、もう終わりましたので。勉強を教えていただけることが何よりも嬉しくて、よろしくお願いします」
「はい。一緒にがんばりましょう」
打ち合わせが終わったと護衛が呼びに来てくれるまで、ルーカスとソフィアはたわいもない話をした。
学園の先生の失敗話、学園で最近流行っていたこと。
ルーカスは話をするのが上手い。
ソフィアが知らなさそうなことはさりげなく補足があり、逆に知っているであろうことは要点だけを伝えてくれる。
ニコラスとのお茶会もなく、友人のお茶会も出席していなかったソフィアにとって、ルーカスとのお茶会はとても新鮮で楽しい時間となった。
「終わったようですね」
扉が開くと同時にルーカスが立ち上がり、ソフィアの椅子を引いてくれる。
また令嬢扱いだ!
当然のように手が差し出され、エスコートされながらマティの横まで連れて行ってもらったソフィアはゆっくり自然に離された手に少し寂しさを感じてしまった。
「お待たせ。時間がかかって悪かったね」
レオナルドがルーカスに微笑むと、ルーカスはソフィアに勉強を教えたい旨をレオナルドへ相談した。
「あぁ、そうか。わからない所があっても誰にも聞けないから十二番だったのか」
レオナルドの言葉にマティは驚く。
「ルーカスは学年で一番だからソフィア嬢に教えるのは問題ないと思うけれど、場所と時間は?」
「店長様。金曜の夜七時~八時の一時間、ドレス店の一室をお借りできないでしょうか?」
ドレス店であれば夜に外出するわけではないし、店の誰かが本当に勉強しているのか確認することも可能。
ソフィアのためだということがよくわかる文句がつけようのない提案にマティは頷くしかなかった。
「裏口からお越しください。彼女のご両親には私から連絡を」
勉強の相談に乗ってあげられなくてすまなかったねと謝罪してくれるマティに、ソフィアは首を横にブンブンと振る。
「では、ルーカスの両親には私から連絡しましょう」
ルーカスは王妃にありがとうございますと頭を下げた。
マティとソフィアが退室した後、ルーカスは王妃と第二王子レオナルドに散々揶揄われた。
「次回の約束どころか、毎週の約束を取り付けるとは」
「ドレス店なら反対する理由がないわ」
必死ねと王妃は笑う。
「なんといっても十年片想いだし」
拗らせすぎだとレオナルドはルーカスの背中をバシバシ叩いた。
「でも店長もあの子が好きよ。ふふふっ。がんばってルーカス」
「がんばれよ、拗らせ男」
ようやく彼女と会話ができた。
少しずつ親しくなろうと思ったが、ライバルの店長は常に彼女と一緒だ。
店長は大人で、十六歳の自分よりも頼りになる男だが負けたくない。
まずは来週金曜日。
ルーカスは彼女と二人で話すきっかけをくれたレオナルドにありがとうございますとお礼を言った。
◇
「ソフィア! これ真っ直ぐミシンで縫い合わせて」
「はい!」
「リボンの飾り、緑を十個!」
「すぐ作ります!」
店は新作ドレスの製作で大忙しの繁忙期に入った。
マティのデザインは奇抜すぎず、でも斬新で、どのドレスも本当に美しい。
こんなに多くのドレスを毎日見ることができて幸せだ。
「やっと今日が終わったぁ!」
お針子の先輩キャシーは大きく伸びをしながら腕が疲れたと呟く。
「夕飯作らなきゃ~」
今日はベスとサリーが食事当番。
住み込みのお針子は食事も自分たちで作るのだ。
ソフィアはまだ十五歳で、当然包丁も持ったことがないので食事当番は免除。
その代わり、食器洗いやテーブル準備など、自分ができる限りのことを手伝うようにしている。
夜六時にみんなで食べ始め、あれこれ楽しく話しながら食事をしていると、あっという間に六時半に。
今日は七時にルーカスが来る予定だ。
珍しくソワソワしているソフィアにベスが「どうしたの?」と声をかけた。
「ベスさん、今日お皿を洗うの八時過ぎでもいいですか?」
「別に何時でもいいし、できないならやるよ?」
「あとでやるので置いておいてください」
ソフィアは自分の分だけサッと洗うと、部屋に戻りますと慌てて戻っていく。
「……怪しい」
ベスがソフィアの後ろ姿を見ながらつぶやくと、サリーも同意した。
約束の七時よりも十分早くお店の裏口に来たソフィアは、扉の前に立っているユーリに驚いた。
「あの、ユーリさん。もしかして戸締り……?」
「心配しなくても閉めないわよ」
マティに頼まれたのだとユーリに言われたソフィアはホッとする。
「イケメンかチェックもしたいし」
「えぇっ! いえ、その、勉強を教えてもらうだけで」
言い訳しながら赤くなる反応が可愛くて、ユーリがもう少し揶揄おうとすると裏口の扉にノックの音が響いた。
「どうぞ」
扉が開き、深々とお辞儀をするルーカスのイケメンチェックを終えたユーリはにっこりと微笑む。
「店長から聞いているわ。ソフィア、一番の打ち合わせ室を使って」
「ユーリさんありがとうございます。ルーカス様、本日はよろしくお願いします」
ソフィアはルーカスを打ち合わせ室に案内する。
裏口からなので、作業場を突き抜けて店内へ。
普段、ドレスのデザインの打ち合わせをする個室はソファーとテーブルと、横の棚に説明用の資料が置いてあるだけのシンプルな部屋だが、勉強するには十分広い部屋だった。
「本当は正面に座るべきだと思うのですが、書きながら説明したいので隣に座る許可をもらえますか?」
「も、もちろんです。お願いします」
ソファーに隣同士で座り、学園の問題集を広げる。
「問三が全くわからなくて」
ノートも見せながら、全然答えがでないのだとソフィアは肩をすくめた。
ルーカスは解きかけの式を見ると、すぐにペンを手に取り、ノートの隙間にグラフをサラサラと書く。
「あっ!」
「考え方は合っていましたよ」
ルーカスにもらったヒントで解き方がわかったソフィアはさっそくノートに解き始めた。
ユーリは紅茶をテーブルに置くと、すぐに部屋から出て行く。
「店長のライバル登場ね」
ソフィアを優しく見つめるルーカスの目。
あれは恋する男の目だ。
やっぱり彼もソフィアが好きなのだとユーリは確信しながらキッチンに戻った。




