第11話 ドレス店(6)
「ソフィア~! ミシンやるわよ」
「はぁい、ユーリさん」
ソフィアはノートを閉じ、ミシンの部屋へ向かう。
ソフィアは数日前から基本的なミシンの使い方をユーリに教えてもらっていたが、なかなか真っ直ぐ縫うことができず苦戦していた。
「そうそう、上手よソフィア」
作っているのは掃除用の雑巾。
お店のミシンは父に買ってもらったミシンよりも大きく、真っ直ぐ縫うのが難しい。
「ここを押さえた方がいいわ」
ユーリのアドバイスでグッと縫いやすくなる。
三枚目の雑巾でようやく真っ直ぐになってきた縫い目にソフィアはうれしくなった。
「じゃあ、次はこれを縫うわよ」
ユーリの手には裁断済みのリネンの布。
「スカート……ですか?」
折り畳まれた布を広げると細い方と太い方がある。
布は綺麗な花柄で、大きすぎず細かすぎない柄が可愛い。
「縫うところはわかる?」
表を内側にして合わせて、まち針で止める。
ここの1センチ内側を……とユーリは丁寧に教えてくれた。
「ここから縫い始めた方がいいわ」
ユーリが指定したのは失敗しても目立ちにくい裾側。
「やってみて」
「はい!」
ソフィアは手でしっかり押さえながらゆっくりとミシンを動かした。
カタンカタンとリズミカルな音を響かせながら少しずつ縫われていくスカート。
ゆっくりで良いから真っ直ぐに。
ユーリのアドバイスに従って手で押さえ、ちょっとずつ進める。
一本縦に縫い終わったら、反対側も真っ直ぐに。
ここで一日目は時間切れとなった。
二日目は裾の縫い方を教わり、その次はウエスト。
「ユーリさん、曲がっちゃいました」
「こういう時はほどいて縫い直すのよ。ここからここまでほどいて」
三日目は曲がった部分の縫い直しからスタート。
ボタンの穴を作り、ボタンを縫い付けたら完成だ。
「できました!」
「じゃあ、店長にチェックしてもらって。合格をもらえたら完成よ」
はい、行ってきて! と送り出されたソフィアは、スカートを手に奥の部屋へ向かった。
「失礼します。チェックをお願いします」
少しだけ開いた扉から控えめにスカートを差し出すと、なぜかマティに笑われてしまった。
マティは立ち上がり、スカートを受け取ってくれる。
じっくり縫い目を確認したあと、マティは一ヶ所をトントンと指差した。
「……この部分、やり直した?」
「はい。曲がってしまって……ダメでしょうか?」
「いや、大丈夫。じっくり見ないとわからない」
よかったとホッとしたソフィアにスカートが返される。
「着てみてくれないか? スカートの広がり具合が見たい」
「えっ、でも」
商品なのにと躊躇う間もなく、腰に手が添えられパーテーションの向こうへ案内される。
「ここで着替え出来る?」
マティとスカートを交互に見た後、ソフィアは頷いた。
なぜかウエストはピッタリ。
長さもソフィアに丁度いい、一番素敵だなと思う長さだった。
生地はサラサラで軽く、柄も清楚で美しく、街で売っていたら買ってしまいそうなスカートだ。
「……きれい」
パーテーションから出たソフィアは、少しモジモジしながら「どうでしょうか?」と尋ねた。
「回って」
言われた通りソフィアがゆっくり回ると、スカートはふわっと綺麗に広がる。
「うん、いいね。可愛いよ」
スカートのチェックのはずなのに自分に可愛いと言ってくれているかのような言い回しにソフィアは赤くなってしまった。
スカートのことなのに!
免疫がなさ過ぎて勘違いしそう。
「今度の王宮はそれを履いて行こう」
「えぇっ?」
「それはソフィアのスカートだよ。雑巾ばかりあっても使いきれないだろう?」
「……私の?」
まさか自分のだったなんて。
ミシンが使えるだけでうれしくて、雑巾縫いも嫌じゃなかったけれど、自分のスカートをこんなに綺麗な生地で作らせてもらえたなんて。
「ありがとうございます、マティさん」
ソフィアはマティとユーリの優しさに包まれている気がした。
退室していくソフィアにマティはひらひらと手を振った。
朝は誰よりも早く職場へ来て掃除をし、夜は遅くまで勉強している。
楽しそうに布に触れ、先輩お針子たちに教わりながら熱心に覚える姿から目が離せない。
あの子はまだ十五歳。
六歳だったあの子がもう十五歳だと言った方が良いだろうか。
綺麗な金髪のウェーブに宝石のような青眼。ピンクが好きだと言った六歳のあの子に似合うピンクを当時必死で探した。
濃すぎてはダメ。
可愛さを一番引き立てる桜色。
でも一色ではぼやけてしまうからダメだと思いグラデーションで濃い色に。
バルーンスカートにすることで重すぎないデザインに。
出来上がったドレスを彼女が着た時には『天使』だと思った。
それなのに次に彼女に会ったときには、彼女はとても疲れていた。
婚約者との不仲はつらかっただろう。
少しでも元気になってほしくて、住み込みを薦めた。
新しい環境で全て忘れてスタートさせてやりたかったのだ。
気づくと彼女を目で追っている。彼女が着たら似合うだろうなと思ったドレープを作るためにマネキンの代わりにしてしまった。
『六歳の時に作ってもらったドレスを見て、ドレスクチュリエ―ルになりたいって思いました』
そう言われて嬉しかった。
『嫁にしたい』と思わず本音が漏れそうになってしまった。
だが年齢が離れすぎている。
彼女は十五歳、自分は三十五歳だ。
だから娘。娘でいいからそばで見守りたい。
王宮に行くのを理由に思わず作ってしまったワンピースも嬉しそうに着てくれた。
あの子の笑顔が見たい。
スカートの生地はソフィアに似合いそうな柄を買った。
ふわっと広がるスカートを作るようにユーリに指示をした。
想像以上に可愛いくて、思わずニヤけてしまったが。
こんな感情は持ってはいけないのに、どうしたらいいのだろう。
マティは手につかなくなってしまったデザイン画を眺めながら溜息をついた。




