第10話 ドレス店(5)
一月になり、王妃様のドレスの打ち合わせのために王宮へ行く日、朝からソフィアはドキドキが止まらなかった。
「今まで打ち合わせは一人で行っていたのに?」
ニヤニヤと笑うお針子リーダーのユーリに、マティは苦笑する。
「ソフィアはクチュリエールを目指している。どんなふうに注文されるのか勉強するためだ」
「ワンピースまで作ってあげて?」
「普段着ではダメだからな」
マティがデザインしたかわいいワンピースを着るように指示されたソフィアは着心地の良さとラインの美しさに感激した。
やっぱりマティは天才だ。
「王妃様にお会いした事は?」
「な、ないです」
ソフィアは全力で首を振る。
そんな機会、ただの学生だった自分にあるわけがない。
「キレイな方でね、赤が似合うけれどあまり着たがらなくてね。今日は何色かわからないから布が多いけど、がんばって運んで」
馬車に乗り、煌びやかな王宮へ。
運んでと言われたのに、結局マティが持ってしまい、ソフィアはついていくだけだった。
赤いふかふか絨毯が敷かれた廊下を進み、良い姿勢で立っている騎士様にお辞儀をされながら大きな扉の部屋へ入る。
「あら、その子は?」
王妃様はとても美しい方だった。
優しそうな雰囲気が第二王子に似ている気がする。といっても、第二王子と同じクラスにはなったことはなく、テストの成績が貼り出されるときに時々、お姿を見ることがあった程度だけれど。
いつも側近の黒髪の人とテストの結果を競っているイメージだ。
「弟子ですよ。将来有望」
「娘?」
「残念ながらお預かりしている子です」
娘だったらずっとお店に置いておくのにとマティが笑う。
ずっと置いてくださいとソフィアは心の中で答えながら、サンプルの布が入った箱を開けた。
「今度ね、ちょっと暑い国に行くのよ。涼しいドレスが良いわ」
「では、バタフライスリーブで袖を広くするのはどうでしょう?」
マティの提案に合わせ、ソフィアがバタフライスリーブのデザイン画を開いて手渡す。
「素材はオーガンジーで涼しく」
今度はサンプルの布からオーガンジーを取り出し、マティへ。
「柔らかい方がよければシフォンですね」
ソフィアはすぐにシフォンも取り出した。
その手際の良さに、王妃が釘付けになる。
「……あなたはどっちの布が良いと思う?」
王妃に尋ねられたソフィアはマティの同意を得てから、王妃へ回答をした。
「光沢とハリのあるオーガンジーの方が適していると思います」
「あら、手際だけでなくて知識もすごいのね。暑い国に行くと言っただけなのに、この子は公務で着るとわかっているのね」
すごいわと褒めてもらったソフィアの胸がほわっと温かくなる。
「ソフィア、もう一つの箱からビジューを」
「はい」
マティの提案はわかりやすく丁寧。
ソフィアは話を途切れさせないように、サンプルをすぐに差し出し、スムーズに打ち合わせが進んでいくように必死でサポートした。
ドレスの大まかなイメージが決まったあとは、クッキーと紅茶をいただきながら日程を詰めていく。
具体的にいつまでにドレスが必要なのか、デザインを見てもらう日、装飾品と合わせてみる日、調整する日、納品日を決めていく。
王妃様は忙しいので、先に予定を押さえていても公務で変更になることが多く、通常よりも早めに制作し、絶対に間に合うようにするのだとマティは小声でソフィアに教えてくれた。
「王宮のクッキー、すごく好きなんだ」
特にこのココアとプレーンが半々になっている物が好きなのだとマティはクッキーを手に取ると、ソフィアの口に突っ込んだ。
サクサクとしているのにホロホロとなくなってしまう不思議な食感のクッキーは食べたことがない。
「おいしいです」
「でしょ」
マティがソフィアに微笑むと、王妃はまるで親子みたいねと笑った。
「実はこの子に作ったドレスが、自分が製品として作ったドレスの第一号だったんですよ」
「あら、第一号がこんなに可愛い子のドレスだったの?」
え? あのピンクのドレスがはじめて……?
あんなにすごいドレスが第一号?
「初めて作ったドレスをこの子がすごく嬉しそうに着てくれて。この子は俺の原点なんです」
「私はマティさんに作ってもらったドレスを見て、ドレスクチュリエ―ルになりたいと思いました。だから私の原点もマティさんです」
「あら。相思相愛じゃない」
紅茶を優雅に飲みながら「これからはあなたも必ず一緒に来てね」と微笑んでくれる王妃に、ソフィアは「はい」と答えた。
王宮から店に戻ったソフィアは、今日の打ち合わせの内容を忘れないうちにノートに記載した。
王妃様からどんな要望を出され、マティがどんな回答をしたのか。
どの順番で布を見せて、王妃様の反応がどうだったのか。
思い出している最中に、マティの原点が自分だったと聞いたことを思い出す。
「はじめてのドレス……」
あんなに可愛いドレスが初めてのドレスだなんてとても信じられない。
やっぱりマティは天才だとソフィアはノートを見ながら呟いた。




