第1話 将来の夢(1)
魔法使いみたい。
初めて会ったドレスクチュリエは、スラッと背が高いお兄さんだった。
何色が好きか聞かれたソフィアはピンクだと答えた。
デザイン画を開きながら布を組み合わせ、ドレスのイメージを母に伝えていく魔法使い。
キラキラ光る布、花の模様の布、ふわふわの布。
出来上がったドレスはソフィアのお気に入りのドレスになった。
『私もドレスを作りたい』
六歳の頃に持った夢。
まだソフィアは知らなかった。侯爵令嬢は市井で働かないということを――。
◇
お気に入りのドレスに身を包んだソフィアは、母と一緒に学園の入学説明会に参加した。
この日のために母が気合を入れて注文したドレスは、王都で一番人気のドレス店チャーチル・ジョンソン・オートクチュールの作品。
ふんわりとしたバルーンスカートは裾にかけて色が濃くなるグラデーション、袖はパフスリーブ、ジョーゼットに刺繍された薔薇の模様が美しいドレスだ。
「ねぇねぇ、名前は?」
急に大きな声で話しかけられたソフィアは、天真爛漫な女の子に驚いた。
「ソフィア……です」
「私、オリビア!」
オリビアはソフィアと同じ青眼で金髪の長さもほぼ同じ、ドレスもピンクの生地に花柄模様。
違いを探すのであれば、オリビアのドレスの方が色が濃く華やかで大きな花柄だった。
「私はアリーナ」
アリーナの黄色いドレスは肩の大きなリボンが可愛い。
胸元にもリボンが三つ、腰にも長いリボンがついている。
「エイミーだよ! よろしくね」
エイミーの緑色のドレスは、キラキラ光る石がたくさんつき、背中には黒いリボン。スカートの膨らみは少し控えめだ。
私もいつかドレスが作りたい。
ソフィアは目を輝かせながらみんなのドレスを眺めた。
「では子供たちは学園の庭園へ向かいましょう」
退屈な説明会にそろそろ飽きてくる子供たちを庭園に連れ出す先生たち。
「あっちに行こう!」
元気いっぱいなオリビアを先頭に、アリーナとエイミーも花畑へ走りだす。普段、走ることがないソフィアはみんなの足の早さに戸惑った。
「待って」
「ほら! 早く、早く!」
「あっ!」
オリビアに手を強く引っ張られたソフィアは花畑の上に膝をついてしまった。
どうしよう。
膝がジンジンするし、手にも葉っぱがついてしまった。
目の前のピンクの花はポッキリ折れてしまった。
怒られちゃうのかな。誰にごめんなさいすればいいのかな?
ソフィアの目が潤み始める。
どうしてよいのかわからず固まったソフィアの前に、小さな手が差し伸べられた。
「……大丈夫?」
黒いズボンに真っ白なシャツ、黒髪茶眼の知らない男の子だ。
「痛い?」
「ちょっとだけ」
泣きそうな顔で見上げながらソフィアが正直に膝と手が痛いと言うと、男の子は困った顔をした。
「立てる?」
ギュッと握ってくれた手が温かい。男の子の手は小さいけれど優しい手だった。
「もし、手から血がでてきたら、これで拭いて」
男の子はハンカチをソフィアに渡して去っていく。
ソフィアはお礼を言い忘れてしまったことを後悔しながら、男の子のハンカチを両手で握った。
入学したらまた会えるかな?
「ねぇ、ソフィア。早く行こう!」
「う、うん。ごめんね」
周りを見渡したが、黒髪の似たような服装の子ばかりで、さっきの男の子がどこに行ってしまったのかわからなかった。
名前を聞いておけばよかった。
ソフィアは借りたハンカチを大切に握りしめながら、オリビアと一緒にアリーナとエイミーが待つ白い花畑へ向かった。
◇
初等科一年のテスト結果が張り出された掲示板の前は多くの生徒で賑わっていた。
「ソフィア、十番なんてすげぇじゃん」
「えっ? あ、本当だ!」
名前を見つけてくれたフランドル侯爵子息ニコラスは、ソフィアの婚約者。
ソフィアの母とニコラスの母が友人だから婚約したのだと学園入学前に教えてもらった。
父に聞いたら、貴族はそういうものだと言われたので、転んだ時にハンカチを貸してくれた男の子だったら良かったのにと思ったことは両親に言えなかった。
あの日借りたハンカチは洗って引き出しに大切にしまってある。
いつかあの時はありがとうと返せたら良いのだけれど。
学園は黒髪茶眼の子が多く、ハンカチの男の子を探したけれど誰かわからなかった。
ニコラスも黒髪茶眼だけれど、あの男の子ではない。
あの子はもっと優しい口調とお日様のような温かい雰囲気だったから。
「あ、ニコラス四十五番だったよ」
二百五人中の四十五番は、貴族だけで順位をつけるとあまり良い成績とは言えないが、平民を合わせた同級生全員の中では半分より上なので悪くはない。
テストは一年に一回。
十二月に実施され、一月から三月は学園が休みだ。
「来年、また頑張ろうね」
ソフィアが微笑むと、ニコラスもそうだなと笑ってくれた。
いつも通り「また明日ね」と別れ、いつも通りに帰宅したのに。
翌朝、なぜかニコラスは機嫌が悪かった。
「あ、ニコラスおはよう」
「あぁ」
いつものように挨拶したが、なぜか素っ気ない。
「……どうしたの?」
「なんでもねぇよ」
理由がわからないまま、ソフィアはニコラスから避けられるようになってしまった。
「ニコラ……」
挨拶をしても無視。
わからない所を聞こうと思っても、スッと友達の方へ行ってしまう。
どうして?
無視されるのが嫌で、ソフィアはニコラスに挨拶するのをやめた。
話しかけるのもやめた。
ニコラスの方を見るのもやめた。
「ソフィア? ニコラスと喧嘩でもしたの?」
クラスメイトのアリーナに聞かれたソフィアは首を横に振った。
「喧嘩は……していなくて……」
喧嘩をした覚えはない。
でも理由もわからない。
学園はそのまま三ヶ月の休みに入り、ニコラスとは会わなくなった――。
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