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第42話 うさぎのお迎え

 火星城と改札の間を抜けて、大分歩いた。

 赤い土に負けずと芽を伸ばしている草木がある。

 健気で、この土壌で育った四つ葉のクローバーなら、密流くんに相応しいと思った。

 オレが一旦立ち止まって振り返る。


「火星城と火星駅は、名前は分からないけど、平原にあったのだね」

「高塔さん、あっち。先の方がガタガタしてるよ」


 密流くんの指した方は龍が長い体を寝そべらしているようだった。


「多分、山脈かな。壮大だね」

「僕は、龍がごろごろ寝ているのかと思ったよ」

「え? パルス合ってるね!」

「もしかして、同じこと考えたの?」


 ハイタッチをした。


「いえー」

「きゃっほい」


 拳にした手をゴッとお互いに当てた。


「ここへきて、野菜バーベキューパーティーを七回はしたね」

「うりゅー。楽しいよね! 火星城に戻ってまたしたい」


 るんるん気分の密流くんから、オレの手を繋いできた。

 恥ずかしいのは恥ずかしいんだけど、悪い気はしないから、きゅっと握り返した。


「うちは、家族が多くて鍋料理とかも結構あるよ」

「いいなあ。いつもママと僕だけで食べてるよ」

「いいと思ってくれてよかった」


 それから、どんな献立が好きか話していた。

 密流くんの林檎嫌いは分かっていたから、アップルパイは食べないらしい。

 オレは好き嫌いがないので、味音痴かも知れない。

 小学生のとき、すききらい調べで、クラス中からグリンピースも食べられるのかと責められて、嘘なのにきらいなものに丸をつけたのが悔しかった。

 これが、ことわりきれないと自覚した最初の方だったな。


「高塔さんだってさ。敢えて、これが食べたいってないの?」

「えへ。密流くんの手作りなら」


 背中をバッシーンと叩かれた。


「やーだー。もう、高塔さんったら」


 頬に手を当ててくねくねし始めた。

 ちょっと、おばさん入っているよ。


「は、はあ。密流くんも高塔さんなんだよ」

「ひ、そ、か」

「あー、こそばい!」


 頭を掻いてしまう。


「呼んでみただけ」


 小悪魔ちゃんたら。


「大分歩いたね。でも、山脈へは届かなそうだよ」

「疲れたかな。休もうか、密流くん」

「うにゅう。気がかりなことがあって」

「無理はしなくていいんだよ。でも、いつかは話さないとならないかな。ゴールドパスの件だよね」


 彼は、ちらりとオレを見上げた。

 ゴールドパスは、密流くんのものは彼の首にかかっている。

 オレの分も一枚首にかけ、残りの時の方と火星の分二枚を胸ポケットに入れている。


「ゴールドパスを四枚揃えるとスーパーゴールドパスになるんだよね。密流くん」

「一枚しかなかったのに、三枚も手に入れられるなんてね」


 彼が踵を上げ、オレのポケットから一枚を抜き取った。


「だけど、もう要らないよ」


 密流くんは、首を横に振った。


「ごめん」


 彼は、ゴールドパスを額より高くして謝る。


「どうして? 幸せになるんだろう」

「現状、幸福感で溢れているから、要らないんだよ」


 突如、密流くんは取ったゴールドパスを膝に当てて折り曲げようとした。

 時の方の分を壊そうとしたのか。


「おい、破壊したいの? 集めることに意味があったんだよね」

「だって、これがお別れになるかも知れないんだよ?」


 お別れの短い言葉が胸を刺した。

 二つ程、オレも頷く。


「怪我をしてもいけないしね。やめよう」

「僕の体を心配してくれたの?」


 ゴールドパスと密流くんの心と体の関係も気になる。


「もう少し散策しようか。密流くん」

「うりゅ。緊張しててさ」


 密流くんの気持ちが整理がつかない内にあれこれと進めるのはよくないと思った。


「こんな所にも、四つ葉のクローバーがあったよ。ほら、三つ葉の中で元気にしている」

「ごめんな。安い婚約指輪で」

「気持ちの問題だから……」


 密流くんの顔を見ると、いつになく精悍な感じがした。


「あのさ……。四枚合わせてみようか」

「大丈夫?」

「僕の我儘なんだよ。信じて生きて行きたいと思った末、こんな板切れに左右されるのはおかしいよね。特別なことがなくてもいい。けじめとしてスーパーゴールドパスを作ろうと思ったんだ」


 赤土の間に揺れる四つ葉のクローバーが、彼を奮起させたのか。


「この四つ葉のクローバーの上で行おうか」


 彼もこくんと頷いた。


「一枚目、密流くんの」


 密流くんが首に下がっているゴールドパスを差し出した。


「二枚目、オレの」


 オレのを直角に当てて、一八〇度とする。


「密流くん、三枚目を」


 彼が時の方の分を当てると、二七〇度にした。

 三つの羽を広げたようになる。


「オレが四枚目を当てるけれども、後悔しないでほしい」

「……りゅ」

「オッケーなんだな」

「うりゅ」


 カシーン。

 四枚目のゴールドパスを当てると、三六〇度になった。

 いまも密流くんの薬指にある四つ葉のクローバーによく似ている。

 大地にあった四つ葉のクローバーの方は、もの凄い風を受けて、葉の裏側までチラつかせて踊る。

 スーパーゴールドパスから、極光のような煌めきを得た。

 光の中で高塔密流となった彼が微笑んでいた。

 実際の彼を確認すると、呆然としている。


「ボン・ヴォヤージュ」


 スーパーゴールドパスが喋った。

 四枚がくっついて離れなくなっている。


「密流くん、いい旅だった?」

「いい旅だよ。でも終わらないよ!」


 シャン……。

 シャンシャンシャンシャン――。

 オレの肩を叩いて、密流くんが天を指した。


「上空から、星々の合間から、牛車みたいなのがきたよ」

「ああ――。お迎えか」


 とうとう、オレ達の前に降り立った。


「うさうさ」


 礼儀正しいうさぎさん達だった。


「はうっ。真っ白な雪うさぎさん五羽が牽引していたみたい」

「牛じゃないのか。火星に餅つきにきたのかな」

「そんな訳ないよ。どうしよう? 僕達お別れなんだよ……!」


 彼がぎゅっとオレにひっつく。


「ボン・ヴォヤージュ。タカトウヒソカ、ミツル」


 絶対うさぎの声じゃないね。

 また、スーパーゴールドパスか。


「仕方がないよ。乗ろうか。ずっと手を握っていようね」


 黙って乗り込んだ。

 外は見えるようにした。


「僕さ、嘆く気持ちが分かる気がする。『影をのみみたらし川のつれなきに身のうきほどぞいとど知らるる』と、源氏物語の御息所は葵の上と車争いにあったよね」


 密流くんは、十三歳だよね。


「知性と情緒を感じるよ」


 どこへ行くのか、およその見当はつく。

 半強制的に地球に帰還することとなるのだろう。


「オレは、『……ヒミツは、時の畔で乾杯』の声が脳裏を過った。時の畔がそもそも分からなかったけど、時計城線付近そのものが時の流れをランダムにしているのだろう。乾杯になるといいけど。地球へ行っても」


 地球に帰還してからも勝負だ。

 アダムとアダムは受け入れられないだろう。

 親友とも違う不思議な想い。


「僕の手を絶対に離さないでね?」

「愛しい人を自ら逃さない。大切に、大切に思うから……」

「僕もとこしへに愛してる……。元気でいてね……」


 密流くんの手は小さく震えていた。

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