第40話 最愛の贈り物
オレは母屋から多分台盤所かと思しき所まで探したが、お茶葉はなかった。
盃はあったので、酒の習慣はあったと思われる。
お酒もないけど、オレ達には関係ないしな。
お茶葉は食べ物だから、最近まで使われないとないのだと納得した。
「すまーん。お茶は切らしていたみたい」
「よさげな器とか鍋を持ってきてくれたんだね。ありがとう」
手ぶらでもなかったのでよかった。
「かまどで火星の涙が沸くかな?」
「密流くんもロマンチストだよね。池と言わないでさ。もし、涙が沸いたら、嬉し泣きもなしだよ」
密流くんは元々感性が優れていて、火星城にきてからは感激屋さんだからな。
「鍋へ汲むか」
池へと屈み、鍋を近付ける。
鍋はだから、火星の涙を僅かにいただく。
かまどにて、スタンバイ。
「いつかな、いつかな。るるるん」
「沸点とか分かんないな」
「また、科学の高塔さんになっているよ。ははは」
じゅわっとした瞬間、成功が嬉しかった。
「よっし」
「やったー」
危ないからと、オレが注ぎ分けた。
「高塔さん。言っちゃ悪いけど、これってお酒用だよね」
「はは、盃を持ってきちゃった」
オレも十九歳だからお酒の経験はない。
密流くんだって十三歳だから、あったら危険だろう。
「気持ちだけね。乾杯しようか」
「うりゅ。深い意味ある?」
「え……」
言えない。
こんなことは言えない。
それとなく思っていたことだけど。
「白湯だけど、よかったら飲んで」
「僕さ、ママの結婚式で三々九度を見せられたんだけど。ママは独身でもよかったのに」
しまった。
ママの再婚は考えていなかった。
確かに聞けば神隠しを着せそうな澄青の義父だよ。
「すまない」
実直に謝るしかない。
「オレが不注意だったよ。ママのは忘れようね」
密流くんが俯いていて、盃に口をつけない。
ただの白湯で手をあたためているだけになっている。
「密流くん、ママの結婚式って、澄青のお義父さんとだよね」
「だから、やだっての!」
やられたー。
ぷんぷんぷいぷいだよ。
「結婚って、密流くんのママだけのものじゃないよ」
「ちょっとは分かってるけどさ」
肩を叩いて、オレが密流くんの視野に入る。
ああああ。
むくれていらっしゃる。
「よかったらなんだけど、二枚しか盃ないし、二人しかいないけどさ……」
「むう」
立ったままで、オレが見下げてないかな。
少し膝を折るか。
「あ、あの」
「ん? 決断できる人になったんじゃないの?」
そうだけど、贈る言葉を特別に考えていなかった。
小難しい解釈されても仕方ないから、ここはストレートがいいと思うんだが。
簡単には、喉から音にならない。
「オレと結婚し、し……」
「け! けっこ?」
ああ、二人で上ずっている。
「僕が? 僕と? 透明な子と結婚――?」
オレの唾が大きく響いた。
どんだけの決断かって、一生のことだよ。
オレだって、できる人になったんだ。
「……結婚しようか」
ちょおおお。
言い方まずかったかな。
「いや、結婚してください! オレと!」
息をふうと長く吐く。
勢いがなかったら言えない。
「キャアアアア――! それって、プロポーズだよね?」
涙スイッチが入った。
「泣くなよ、ほら」
流れがとまらない彼の頬へ指を当てる。
ダムにもならなかった。
「泣かない方がおかしいよ。高塔さんも涙出ているじゃん」
スイッチはお互いにあったようだ。
もう、泣いたままでいい。
「あははは。こんなに晴れがましい日はないよ。盃があるからさ、一緒に飲もう。本当の三々九度とは違ってもいいよね」
「う、うん。うん……」
オレは宇宙の中で密流くんだけを瞳に入れていた。
彼は上品に盃を持ち、小さく美しい唇に当てると、ゆっくりと傾けた。
オレも彼に続いて、盃から白湯を飲もうとする。
しかし、緊張のあまり震えてしまった。
「がんばって」
「う、うん」
火星の涙から得た誓いの盃は、オレ達を結びつけるものとなる。
「これからもよろしくね」
「火星の城は二人だけのものだよ。オレの存在は密流くんのものだしね」
密流くんの笑顔が眩しい。
そして、見上げれば星々が綺麗だ。
ゆとりがオレの中に生まれた。
あたたかくてほっこりする。
彼と一旦、母屋に入る。
「大切な話があるんだけど」
「うりゅ」
二人で炬燵に足を入れた。
いつもの位置で、二人並んでだ。
「密流くんの苗字の件な。最初は東風密流くんで、ママの再婚により澄青密流くんとなったけれども、アイデンティティがぐらついているんだよね」
「うにゅう。しっくりこないし、新しく付けられないのか考えていたんだ」
本当は、それは彼が自分で得るのかと思っていたけど、オレから提案してもいいのかと思った。
「本当はお茶を飲みながら話そうと思っていたんだけど、お茶葉もなかったし、盃を持ってきちゃったしで、話がああなりました」
「え? プロポーズ取り下げ?」
あああ、彼の怖い笑顔バージョンだ。
怒っているし。
「オレは、高塔秘です」
「知ってる」
「だから、だから、高塔密流くんになりませんか?」
オレの限界だった。
このまま眠りたい。
「高塔さんの苗字を僕に――?」
密流くんが人形のようにじっとしている。
「夫婦別姓だってありますし、どの扉を選ぶかは密流くんの自由だよ」
「選ぶもなにも……」
こんな密流くんは初めてだった。
「ううう……。ありがとうございます」
泣き咽びながら、首を垂れる。
オレにしがみついて、ずっと溜まっていた泣きたい気持ちをぶちまけていた。
等身大の十三歳になったようだ。
「僕は、高塔さんの苗字に恥ずかしくない人になりたい」
「いまでも十分だよ」
枯れることのない泉のように、ずっとずっと泣いていた。




