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第39話 約束のクローバー

 昨日のオレ。

 正確には昨晩から今朝にかけてのオレは、大躍進だった。

 心に向日葵のでもいい、羽があるようだ。

 今だったら、自在に飛べること間違いなし。

 密流くんにオレからハグする勢いもある。


「オレさ、万能感が半端ないんだけど」

「あーそう。神様にならないでね。メンドクサイから」


 肩がぶるっときた。

 オレの布団では寒いのかも知れない。

 密流くんを隣の炬燵へ入れて、オレも隣に入る。

 背中には毛布をかけた。


「いや、アダムはもういるんだ。誰かに可愛い密流くんだよって見せたい。うーん。一番は母かも。次は、大人しい稲、それから、煩い樹と葉だな」

「僕は梅干しじゃないから、見ててもご飯が進みませんよ」


 むーっとすると、彼のお顔はまるで梅干しのように赤かった。


「密流くんの使い方を間違えましたけどね。確かに、傍にいてくれるだけで、梅干しですが」

「え――。涎やめてよ」


 じゅるり。


「ここで、少し待ってて。オレ、庭に用事があるんだ」


 薪をくべて葉で覆う。

 苦労して火を作り、かまどが暖炉のようになった。


「あとは、アレがあると最高なんだが。タンポポの向こうにちらちらあるけど」


 叢の中で、背丈の低い所にアレがあるか目を凝らしている。


「どうしたの?」


 ああ、サプライズだったのに、バレた。


「ふーん。クローバーか」

「地球ではあるんだけど、ないかな。ああ、昨日のかまどに火を入れたから、あたたまっておいでよ」


 クローバーは踏み付けられていないせいか、どれも三つ葉ばかりだ。

 しかし、試練を越えなければ。


「変な人かな。オレって」

「うりゅ? 独り言が聞こえてるよ」


 あ、見間違いかな。

 いや、ちらっとあった。

 ぶちぶち抜いたら縁起が悪い。

 そっとかき分ける。


「ねーねー。高塔さん。朝は食べたい?」

「野菜でまたヘルシーバーベキューパーティーかな?」


 オレは密流くんに背を向けていた。


「あった!」

「ナスが?」

「揶揄わないでよ」


 寂しがり屋の密流くんはかまどの前に落ち着いていない。

 矢のようにオレの背中に飛んできて、しがみついてきた。

 本当に可愛いからこれでお嫁さんにしたい。


「地球だったら、家に持ち帰るぞ。おい。もう、アダムもイブもないよ。存在そのものが拒めないんだよ。悔しいなあ」


 密流くんには顔なんて見せたくなかった。


「照れてるー。やーい」

「恥ずかしいもんだよ。イブになる気ある?」


 昨日と同じく、二人で野菜を摘む。


「かまどはまだ使えそうだから、また、野菜で食べようか」

「そのつもりだにゃー」


 じゅーっと上がる湯気に食欲をそそられる。


「昨日のに加えて、ズッキーニとパプリカがあるね。密流くんがもいでくれた」

「うにゃーん。働き者なんだよん」


 沢山食べて幸せだ。


「お腹一杯だよ」

「よかったね」


 池の畔へと密流くんを誘った。

 クローバーの中でとびきりのものを作って、池の手前にあった石に隠していたんだ。


「オレ、誓いたいことがあるんだ」

「うにゃ? 構えてなければって感じかな」

「リラックスして聞いてね」

「うん」


 あらら。

 密流くんが目を瞑ったので、そのまま彼の手を取った。


「薬指がこそばゆいよ」

「現状はこれしかできませんが」


 彼の瞳に星が宿った。

 一つや二つではない。

 煌びやかだった。


「もしかしてさ……」


 彼は自身の左手薬指を震わせ、すっと天高く翳した。


「僕、幸せだよ」


 声を震わせて、指に宿る妖精の数を数えている。

 一、二、三、四枚と小さな声も漏れ聞こえた。


「泣かないでよ。嬉しいけどさ」


 オレの胸に飛び込んできた。

 だけど、まだ一言足りない。

 おれは膝を折り、彼の手を取る。


「火星に力強く生きていた四つ葉のクローバーで、密流くんサイズの指輪を作ったのですが、お気に召しました?」


 素の表情の密流くんを初めて見たかも知れない。

 着飾らない感動がオレにも伝わってきた。


「受け取ってくれてありがとう」

「うううううん。贈ってくれてありがとうだよ。僕は、あ、僕も作る?」

「無理しなくていいよ」


 ぽふっと彼の頭を撫でると、泣き顔がくしゃっとなってしまうので、一旦休憩。


「だって、指輪は交換するんだよね」

「これは、婚約指輪だよ。よく結婚式で交換しているのは、結婚指輪だから」


 はらはら、はらはら、出逢ったときの雨よりも儚げなものが溢れて行く。


「左手で拭うと指輪が取れちゃう。片手だと間に合わないから、泣きっぱなしでもいいかな」

「密流くんを見ているのは、オレだけだよ」

「そうか。僕も見詰めているのは、高塔さんだけだよ」


 彼を池に向かせた。

 オレはその脇に立つ。


「ほら、胸に四つ葉のクローバーを当てて。二人の姿が火星の涙に映るよ」

「似合ってる?」


 ……チュッ。


「あ、ズルいよお! 高塔さんからだなんて」


 他にもサプライズがあった。

 どうしようか、四つ葉のクローバーリングでここまで泣かれるとは。

 二度も驚かせるのも酷な気がする。


「他にもあるのですが……」

「い、いいよ! いいってば」

「遠慮してんの?」


 くしくしと顔を拭っていたので、池での洗顔をすすめた。


「恥ずかしいじゃん。もっとキリッとして受け取るはずだったのに。現実にいただくと、なりふり構わなくなるね」

「オレが同じ立場だったら、同じく泣き腫らすと思うよ」

「そっか、ありがとう」


 池の水で彼が顔を洗っている間、オレは母屋からいい感じの布を持ってきた。

 青が美しい布だ。


「びしゃびしゃだからね。ありがとう」


 すっかり、気持ちも切り替わったか。

 いつもの元気に戻っていた。


「そういえば、僕。旅の目的は果たしていないよね」

「知ってる。オレにも考えがあるよ」


 もったいぶっても仕方がない。

 お茶の用意をして、次へと進めよう。


「密流くん。池の水、飲めるよね?」

「さあ、こして、煮沸すれば、オッケーじゃないかな」


 オレのどきどきが止まらないぞっと。

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