第34話 未来の子
「あのさ、高塔さんのママと会うなんて、公認の仲だよね」
ありゃ。
密流くんは妬きそうだから、遠回しにフォローしないと。
「まあ、オレが誰かを家に連れて行ったことはないですよ。密流くんなら……。よかったらですが。狭いですけど」
「僕の家は、広いけど。あははっはは」
密流くんはそれから百面相をしてくれた。
基本笑っているが、考えごとをすると眉間が厳しくなる。
その眉間の渓谷を突っついてみたい。
だが、猫さんしっぺされるだろう。
にゃんと猫化したら、結果が導き出されたようだ。
「炬燵にお蜜柑なんて、相当なおもてなしだよね」
「家は布団を上げてもやっとの空間で皆生活していますから、こんなものではないでしょうか」
映像をよく観察すると、神原来世がお腹に手を当てていた。
愛しそうにしている。
あの荒々しい拘りの強い時の方からは想像もできない。
だが、そうなる前の神原来世なら、優しく愛を紡いだのだろう。
「まさかだよね。お腹に赤ちゃんがいるのに、家に上げたの?」
「神原来世の渚に暮らす彼氏の子ではないのでしょうか」
イグザスが、映像を消してしまった。
エナジーが不足したのか。
魂魄の考えることは分からない。
「あの、彼氏は猫をぽいってしちゃったんだよ」
「神原来世に、彼女がいつの生まれか聞けたら早かったのですが」
アバウトに昔では断定できない。
単にコスプレかも知れないし。
弥生時代にいたとすれば、一部の支配階級でもおかしくない。
卑弥呼でもあるまいしな。
「弥生時代風の服着てたよ。違うの?」
いいパスがきた。
「時の方が息絶えるとき、神原来世になりました。身に着けていた帯は組紐で、髪飾りは貴重な貝紫で染めたと思われます。その時代の高貴な女性の服装ですね」
密流くんは、時計城を去るときでも思い出しているのだろうか。
ピンポイントに彼女の衣類かも知れない。
「いつも細かいな。高塔さん」
「彼女が昔だとの話を信じていたのですね。紀元前十世紀頃 から紀元後三世紀中頃が弥生時代とされています」
密流アルパカは、長い首をへこへこ動かしていた。
落ち着かないというより元気でいいと思う。
「よく分からないけど、古いんだ。今はいつかな」
「紀元後二十一世紀です。西暦二〇〇一年から二一〇〇年までですよ。紀元前十世紀ですと、西暦紀元前一〇〇〇年から紀元前九〇一年ですね」
「うりゅ。それなら分かった。約三〇〇〇年前からの可能性もあるのか。昔だよ、それ」
ブオン……。
密流くんの背後にいたイグザスが青く光った。
「我が魂魄は、この現身に宿るまで、幾つもの時空を抜け、この未来へ辿り着いた」
「ここが、未来だって?」
「イグザス、未来なのですか。実感が全くありません」
未来とは、数日後、数週間後程度にしか感じられない。
頬がひりりとしてきた。
「我が時計達を犠牲にして築いた時計城に呼ばれた者は、誰でもそう感じ得る。時計の魂魄共通の犠牲である」
密流くんがオレの手を握り、ぶんぶんと上下に振る。
変ににこやかなのが怖かった。
「神原来世の子の父親って誰だろうね」
「今が未来なら、地球で産んでいるのでしょうか」
うわー。
ごちゃごちゃ。
密流くんもご機嫌斜め四十五度だし。
「月から少し出た薔薇の花道から、下界を覗くけど、そんな様子はないよ」
イグザスが、セピア色の映像を出した。
「我からの贈り物だ。もし、可能性という扉を開けて、二人がある選択をしたら、この映像のようになる」
待って。
どうしたこれは。
オレに子どもが産まれた。
大学の学部の仲間でもなく、演劇部なんて全く関係がない女性との間に。
元々、人間関係の構築が苦手なのは分かっている。
その上で、女性との壁が高いと感じていたはずだが、どうやって、女性に近付けたのか。
「オレが友人らといても愛は生まれませんでした。神原来世は、新鮮な想い出の方です。それ以降出会う方々とは上手く行かず、甲斐伊与子さんに変なことを吹聴されたり、白石百々先輩にビンタされたのが衝撃的でした」
どんな可能性の扉を選択して行ったのだろうか。
映像では、こんな半端なオレに、子どもが産まれていた。
「神原来世が赤ちゃんを連れて、高塔さんに抱かせようと汗まで掻いているよ。はて? どういったこと?」
「……オレは、オロロですよ」
音声も聞こえてきそうだった。
いや、聞こえたのか。
「名前をどうしましょうか」
「オレは、『みつる』がいいと思うな」
これを密流くんが聞いているのか。
「キラキラネームではないし、素敵だわ。どういう文字にするのかしら」
「オレが秘だろう、だから、秘密の『密』に、流れる薔薇の花道を通ったことがあるから流れるの『流』で、『密流』はどうかな。自信がないけれども」
躾を厳しくされてきたオレらしからぬ言葉でへらへらしてる。
これも扉のせいか。
密流くんが、銀の船から立ち上がる。
ガターンと揺れて危ない。
落ちないように腰を支えた。
「未来の実子――? 僕が?」
イグザスがトーンを落とした声で宥めた。
「それを伝えに、時計城の魔力から離れて、足枷のなくなった我、イグザスがきた」
「彼、密流くんを守れとのことですね」
密流くんは未来の子だったのか。
「イグザス、オレの答えはまだ出せません。魂魄を現身に戻してください」
シュウウウ――。
コンタクトレンズ状だった青い物体が、本来の腕時計に戻る。
時刻は狂っているかと確認したら、針が進んでいた。
僅かな間のできごとだったらしい。
現在、午前八時二十二分八秒だった。
「再出発です」
薔薇の花道を漕ぎ始める。
スイー、スイー。
「――パパなの?」
「まさか」
分からないことだらけだ。
密流くんがオレのことをパパと呼ぶ。
それは危険なことだ。
「オレは――。オレは、密流くんを愛しているんですよ。ただ、父性のものとは思えないのです。どちらかというとですが」
密流くんも混乱しているだろう。
ただ、旅の間は淡くてもいい、恋をしていたい。
「火星はきっと空気も美味しくて自然も豊かだと思います。旅を楽しみましょう」
「にゃん」




