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「205号室の午後」続編  作者: ChatGPT
8/9

『205号室の午後 ―プロローグ・はじまりの午后―』 —


【1】最初の配達


はじめて「205号室」という数字を目にしたのは、春の終わりだった。


桐島慎吾が、異動で新しいルートを任されたその日。

午後の配達先にあった、築年数の古い団地——「日の出第二団地」。


そこは、坂の多い住宅街のなかにぽつんと残る、昭和の空気をそのまま残したような場所だった。


エレベーターはなく、外階段の踊り場には錆びた自転車。

慎吾は、肩に荷物を担ぎ、2階まで小走りで上がった。


「……205号室、黒瀬一真様」


初めてその名を読む。

名字も名前も、読みやすく、けれど印象に残る響きだった。


インターホンを押す。


——静かな間。


「……はい」


低く、けれど柔らかい声が聞こえた。



【2】開いた扉


ガチャリ。


扉が開いたとき、慎吾は思わず視線を止めた。


白いシャツにベージュのカーディガン。

細身の体つきと、どこか色気を感じる仕草。


“あれ……? 奥さん、じゃない……?”


一瞬戸惑ったが、受け取りの手がすっと差し出された。


「ごくろうさま。……サインは、こちらで?」


「……はい、お願いします」


その指先が、慎吾の手にかすかに触れた。

体温は、ひんやりとしていて——けれど、どこか懐かしいような感覚が胸に残った。



【3】特別な部屋


その後も、慎吾は定期的に205号室へ配達に訪れることになった。

紅茶、花、書籍。どれも、控えめだが丁寧な暮らしを想像させるものばかりだった。


黒瀬一真はいつも変わらず、静かに笑って受け取るだけ。

けれど、慎吾は少しずつ、自分がこの部屋の前だけで**「言葉を探すようになる」**ことに気づいていた。


「……黒瀬さんって、お茶、好きなんですね」


何気なく言ったとき、黒瀬はふっと笑って、答えた。


「好きです。ひとりでも、ちゃんと淹れるの。なんでもない午後でも、ちゃんと続けるのが、私なりの暮らし方」


「……なんか、いいですね、そういうの」


それが、慎吾が自分から話しかけた最初の会話だった。



【4】沈黙の中で


言葉は少なかった。

でも、慎吾は自分でも知らないうちに、配達の時間を少しずつこの部屋の前で「使う」ようになっていた。


「また、荷物です。……この銘柄、前にもありましたね」


「覚えてたんだ?」


黒瀬が、微笑む。


「君、記憶力いいのね」


「……たぶん、特定のことだけです」


——たとえば、この部屋の匂いとか。

——たとえば、あの人の声の調子とか。


まだ名前で呼ぶほど親しくもなく、

まだ立ち話を長く交わすほどでもない。


けれど、ふたりはすでに、お互いの午後の記憶に、静かに入り始めていた。



【5】はじまりの午後


ある日、黒瀬がぽつりと言った。


「……よかったら、今度、お茶でも飲んでいって」


慎吾は驚いたが、すぐに頷いた。


「いいんですか?」


「ええ。……ちょっとだけ、ね」



それが、あのガラスのティーカップの午後へとつながっていく——

誰にも知られず、静かにはじまった、205号室の午後の、ほんとうの始まりだった。



(了)


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