自覚
なんだかいつもより世界が輝いて感じられる。なんてお約束は嘘ではなかった。莉沙は今しみじみとそう感じているわけで、口からついてでる言葉もいつもと違う。
「綺麗な空」
なんということもない毎日門から見ていた風景なのに、莉沙の観る風景はピューリッツァ賞もかくやという絶景に脳内変換されている。
それもこれも新生活を始めた最初こそ燃え上がっていたものの、燻っていた情熱に再び火がつき子宮もホワホワ暖かいから。
なんと私は大学まで異性と2人のんびり行くのだ。誰と?当然まさとだ。
最初に出会った日から今で7日。その7日の間毎朝ランニングで男女が顔を合わせていれば、段々と打ち解けていくもの。まさとと呼んでくれと言われたときなんてもう天まで飛び上がる心地だった。しかし、今まで碌に男女の関係を築いてこなかった私にいきなり呼び捨てはハードルが高い。だがこのチャンス逃してなるものか!と奮起し呼び捨てにも挑戦し今ではすっかり慣れている。背筋もスラっとまっすぐ、抜かりはないようだ。
非常に良い感じ二人しかも大学が一緒で大学までのルートもほぼ一緒ときている。
(これはもう運命よね)
莉沙はそうやって待ち時間を愉快(?)に過ごしている。
今か今かと恋する乙女がやってきたまさとを鷹の如くロックオン。
そして、入念な準備と共に練り上げてきた戦略を頭の中でいま一度振り返る。
「待った?」
会話パターンのやってみたい事リストに対応する返答もバッチリ10通りデモンストレーションを頭の中で繰り広げる。
この間わずか0.5秒。
「ううん、ぜんぜん」
素晴らしい、このやりとりが自分にも訪れようとは涙を流して喜びたい。手を少しつねってみるとしっかり痛い。
つまりさっきの事は現実で、そう理解したら胸に熱い思いが込み上げてきた。
ついに、私にも、観ていますか天国のお母さん!
「機嫌良いねなにかあった?」
「さーて、なんででしょう」
「ダイエット成功しっ」
膝をカックンしてやった。なんてことぬかしやがる。残念イケメンに変更だ。
「ウソ嘘冗談だって」
「次はない」
「ハイ、すんません」
子犬みたいにしょんぼりしている。属性過多な気もするがまあ良い。
「昼どうする?」
「一緒に食べようぜ!」
食いつきが凄い、餌付けしたみたいになった。これが流行りの犬系男子なるものなのか?
「ちょうど良いわ、私の親友を紹介させて」
「莉沙の親友か、楽しみだ」
なんてやりとりしていたら、キャンパスについていた。新めの深い赤茶の4階建てだ。今からそれぞれ別の講義を受けるので、講義の後に別棟の食堂で待ち合わせることにして手を振って別れた。
☆☆☆☆☆
私は一人で講義室に向う。講義室に入ると東側窓際真ん中の席に私の親友こと咲希を見つけた。
「おは、機嫌良いね」
咲希はいつも私の些細な事に気付く。そうやって気にかけてくれる私の大切な親友なのだ。基本的に私が助けられてばかりなのはなんとかしたいところ。そんなことを考えつつ先の隣の席に着く。
「まあね」
莉沙は頭の中で今朝のまさととのやりとりが木霊して跳ね回っているままに上機嫌そのもの緩み切った口のまま答えている。
「ほう」
そんな莉沙の答えかたと表情から察したような顔で咲希から爆弾が落とされた。
「彼氏できそうとか?」
「カ、かか、彼氏じゃないし!」
「恋愛したーい、恋愛したーいずっと言ってたっしょ莉沙」
「うぐっ……それより、まさとに咲希を紹介したいの、ああ、まさとって私の友達よ、友達!だからお昼一緒に食べようよ」
「オッケーってそれにここは親友として何処の馬の骨とも知らんなんとかって、彼氏に言ってやるところだしね!」
息巻いている咲希さん・・・
莉沙はそんなことよりも聞きずてならないことを聞いたぞと、ビシッと人差し指を立てて腰に手を当て言い放つ。
「彼氏じゃなくて友達よ、と・も・だ・ち!」
どうにも咲希は私の事となると少し常軌を逸しがちなように思う。まあ、咲希なりの親愛の表現なんだろうけど、下手なことを口走らないよう祈るばかりである。
そんなこんなしていると講義は始まっていた。
☆☆☆☆☆
〜天国のお母さんへ〜
天国のお母さん、私は今修羅場に遭遇しています。 無事に切り抜けられるよう見守っていて下さい。
莉沙より
「ちっ」
ビッックぅっ!!と明らかに肩を跳ね上げて動揺しているのはまさとである。
そんなまさとへ咲希はJDとしてとてもしちゃいけない表情で見ている。そんな二人を頬をひくつかせながら見守っている。だって、めっちゃ周りから注目浴びてるんだもの。やばいよ、やばいよって聞こえてるし……出所を探して発見、あっ!目を逸らした!
となるぐらいには険悪な雰囲気である。
何故こんな状況なのか。
それもこれも遡ること約5分――――、私と咲希で先に仲良く食堂で昼食を食べていたところに3人の女性に囲まれるハーレム状態のまさとが現れたからだ。しかも両腕めちゃくちゃ谷間に押し付けられて、アピールすごいのなんの。
そんな状況のまさとに氷点下を下回る極寒の視線を送る咲希さん。取り巻きの子猫どもは恐れ慄いて退散していったほどである。
一人残されたまさとをあごで〝くいっ〟して咲希は自分の対面に位置する席につかせた。有無を言わさない咲希、平均点な背をちっちゃくして大人しく座るまさと。
とここまでの一部始終を一人振り返っていた私はまさとの哀愁漂う立ち姿を思い出していたたまれなさから助け舟を出したくなった。
「咲希さ〜ん、ここらへんでほこを納めていただきた―――」
「ああん?」
ドスのいきいた声であえなく沈没。
続けて放たれたのは言葉のナイフ。
「ま・さ・とくん?まさとでいいかな?それとも女たらしの方が好みだったり?」
それは容赦なく胸に深々と突き刺さり、消え入りそうな弱々しい声で、
「まさとでお願いします」
ともはや言い訳する気も起こらない具合。
「はっきり言うけど、莉沙で遊んでるってことかな?」
一応咲希は莉沙からひと通りまさととのことの顛末をきいている。その上で莉沙への好意の程を知る為鎌をかける意味も含めての質問である。
「とんでもありません。先の不祥事は私の不徳の致すところで―――
しかし、不倫騒動の記者会見のような受け答えになる始末。
「謝罪よりもね、軽率に不安にさせることしてほしくないなって思ってるかな。行動で示してほしいなー意味、わかるよね?」
「」
「あれ?返事が聞こえないな〜〜」
「与えられたチャンス、全力で応えます」
「うんうん、信じてるから。それじゃ後は二人で楽しんでね☆」
ぱちっ!とウインクして親友へバトンタッチ。
(((無茶言うな!!)))
一同揃った心のツッコミだがあえて口にする猛者は一人としていない。
咲希はセッティング(?)をした素晴らしい親友ムーブに酔いしれるまま、意気揚々と食堂を後にしていった。
残された2人、そして周囲も2人の行く末を緊張の面持ちで窺っている。
「大丈夫……?その〜……咲希は私のこととなると常軌を逸してしまうの。決して嫌な子じゃないの」
「オカン思い出した……」
「ブフォっ!それ本人のまえで言っちゃダメよ!!」
紅茶飲むところでむせかえった。
際どい発言をしているが咲希に聞かれたらどうするのだろうか……。改めて半目になってまさとをみる。
「分かってるって」
油断も隙もない全く残念なイケメンである。これからを思いため息を吐きそうになる莉沙であった。




