カタカナ
「コーヒーってさ、漢字で書ける?」
私の向かいに座っている友人であるトシちゃんにこう問いかけられた。私は頭の中でコーヒーを漢字に変換しようとした。朧げながら漢字が頭に浮かぶが、正解かどうかはっきりとした自信がない。
「トシちゃんは、書けるの?俺はね、今、漢字を思い浮かべてるんだけどさ、合ってるか自信ないわー。漢字で書いてあるコーヒーなら、これはコーヒーだわって言う自信はあるけどね。」
私は思った通りのことを口にした。トシちゃんは笑っている。私が書けないことを馬鹿にして笑っているわけではないことは、長い付き合いだからわかる。
「俺が書ける訳ないじゃん。コーヒーはコーヒーなんだからさ、漢字で書く必要なんてないよねー。俺はコーヒー、毎日一杯は飲むけどさ、漢字で書けなくて困ったことなんて一度だってないよ。」
「いやいや、じゃあ何で俺にコーヒーって漢字で書けるかって聞いてきたのさ?書けたらどうしてたのさ。書けないだろうなっていう前提をもとにして、聞いてきたでしょ。その狙いは何だよー。」
トシちゃんはさらにニヤつき度を増した顔で御機嫌な様子である。
「なんかさー、この前、テレビ見てて思ったんだよね。クイズ番組でさ、よくやってるじゃん。この漢字書けますかってやつ。書けたら凄い!テレビの前の君も挑戦してみよう!目指せ、漢字博士!みたいな。確かにさ、書ける人を見たら凄いなーって思うけど、日常生活にその漢字って必要ですか?普通にカタカナで良くない?って思ったの。レモンはレモンでいいじゃん。って。だから、コーヒーもコーヒーでいいじゃん。」
「なるほどね。トシちゃんの言いたいことはわかったよ。普段からコーヒーをわざわざ漢字で書く人なんていないよね。でも、なんかさ、漢字で書くとカッコイイ感じするなって思うのは俺だけかな?」
私はトシちゃんの意見に同意しつつも、私なりの考えを伝えた。すると、トシちゃんはふむふむと頷きながら、ボールを投げ返してきた。
「えーっ、漢字はカッコよくて、カタカナはカッコよくないってこと?まぁ、そう思う人もいるだろうけど、俺はカタカナ派だな。コーヒーはもともと外国から持ち込まれた嗜好品だよね。タバコもそうだし、きっとタバスコだってそうだよね。あれ?タバスコは違うかも。日本には元々なかったものだから、珍しくてカッコよく見えて、憧れの意味も込めてカタカナで表していたのに、日本人が余計なことをして漢字で書き表したんじゃないのかな?それだったら、その方が逆にダサいと俺は思うけどね。」
私はトシちゃんのこのような自分とは違う考え方をするところが好きだし、面白いなと思う。日本人が外国語をカッコイイと思う節があり、それを漢字にしたんじゃないかという説は正しいかどうかはわからないけれど、実に興味深い。
「トシちゃんは、イクラって漢字で書ける?」
今度は私からトシちゃんへ問いかけた。
「イクラはイクラでしょ。漢字なんてないよ。そもそもドイツ語だし。」
私は日本人はドイツ語は漢字にしなかったのかなと思いつつ、『そもそも』と言い切ったトシちゃんの口調が面白くて笑ってしまった。それから、トシちゃんはそんな話はどうでもいいのだと言った風で、次の問いかけをした。
「俺の名前を漢字でかける?」
私は笑いながら即答した。
「書けるに決まってるじゃん。特に難しい漢字なんてないし、キラキラネームでもないし。付き合い長いんだから。間違えたら今度飯奢るわ。」
トシちゃんは、だよねー。とはにかみながら言葉を続けた。
「俺さ、つい最近、気付いちゃったんだよね。大人になるとさ、漢字で名前を書くのが当たり前になるでしょ。だから、気付くの遅過ぎなんだけど。俺の名前、さとう、としお、じゃん。おいおい、知ってるよって顔しないでよ。これさ、カタカナにしたらカッコイイんだよ。だって、シューガーアンドソルトだよ。」
私はトシちゃんの得意げな顔を見て、確かにカタカナはカッコイイと思って、大きな声を出して笑った。トシちゃんも満足そうな顔をして笑っていた。