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フュージョン

「特大号で読んだことあるよ…。現代でも、こんなに明るみになっていないことってあるんだな」


アニクはマスターの部屋への移動中、美術館でアートを眺めるように、ステーションの中を小気味よく、かつ注意深く観察していた。しかし、その注意は部屋のゲートが開いた瞬間に別所とは似て非なる人間に向けられた。


「意外に速かったですね。アンリさんとお話出来ましたか?シグマも…これで完全体になれますね」


マスターはほくそ笑んでいるかのようにも見えた。完全体とはどの様になってしまうのか。エイチもまた、友人のままの別所でいてくれと願っていた。


「アンリとは帰りの道中で話をつけましたよ。鍵を渡してくれるそうです。この混沌が収まるのであれば喜んでということでした」


「そうですか。これで30ヶ月早く事態が収拾します。こちらとしても抑え込む力がたりなくなってきています」


 この混乱はまだまだ膨れ上がるだろう。30ヶ月も先延ばしということになれば、世界はどのように変貌してしまうのか。これ以上混乱した状態で、新しい次元がやって来た時に対話ができるだろうか。少なくともこれ以上混乱が大きくなる前に対話を始めなければならない。マザーが言うようにお互いが繋がり解り合える世界が実現されればば良い方向に向かうのだろうが…。いずれゲートは開く、30ヶ月後にはどのようなものか解らないが同じ結末がやってくるだろう。しかし、つまらない人間同士の殺し合い、憎しみ合いはなくなってほしいと、その一心でエイチとアンリは鍵を早くに渡すことを決めていた。マスターの部屋を出てマザーへ向かおうとしたところに、ジャケットを持って工藤とリュウも合流し、それぞれにジャケットを纏い、エレベーターへ乗り込んだ。一度に全員は乗れなかったので、まず初めにマスター、工藤、時田、リュウがマザーへ向った。エレベーターを待っている時間に


「鍵ってなんのことなんだよ」


とトースケがぶっきらぼうに聞いてきた。アニクも興味津々な面持ちでエイチを振り返った。エイチは、アンリの研究が今回のゲートプロジェクトに必須の技術だったことや、テロのために頓挫したがAIをもってしても解き明かせない重要なコア=鍵をアンリが持っていることを話した。空になって戻ってきた檻に4人は乗り込みマザーへと伸びる配管とともに地下へ降りていった。




月での治安維持を行う中央警察のサイボーグ部隊を率いるのはファビアン警部である。彼の祖父は中央警察トップまで上り詰めた人材であり、彼自身も当然のように中央警察で成功するために入庁している。アメリカ政府の中の過激派が予てからの悲願だった軍隊と警察の融合がなされ、サイボーグ部隊はアメリカ政府内や月での共同治安維持の他に対外にも権力を行使出来るようになり、かつあらゆる兵器を使用できるようになることで事実上、地球上では最強となった。ファビアン自身は脳通信以外の身体のサイボーグ化は行っていない。真意はわからないが人間味のある判断は純粋な人間の身体に近いほうが、より純度の高い判断が出来ると言う考えかららしい。部隊の乗っているシャトルは、かつてのアメリカ軍月面部隊の基地から出港したもので、巨大レールガンや核クラスター等の火器を備え、小さな町なら一瞬で蒸発させられる力を持っている。今回の部隊の作戦は世界の治安を混乱に貶めたマザーの掃討と、関連施設の壊滅、メビウスチルドレンの連行となり、別次元の『なにか』との対話を、マザーに変わって地球の警察として行う事が目的である。シャトルは座標の示した位置から1キロほど離れたところに停泊して部隊はバギーでゲートウェイ宇宙ステーションを目指し、ステルススーツを纏った部隊8人は丘を越えステーションへ滑り落ちていった。またステーションを囲むように自律走行型の爆撃支援ロボットが配置されその時を静かに待っている。頭上の暗闇の中には、一点、漆黒の水の中に小石を入れたような歪みが出来ていた。


「袴田さんはシグマを経由したほうがやりやすいですよね。シグマ、覚えていますか?」


タウことマスターは、別所を経由してエイチとマザーとの鍵の受け渡しを行うように提案した。


「やり方は思い出したから大丈夫だよ。と言っても初めてになるがね」


別所はエイチの顔の前とマザーへ手をかざし、大きな鳥が羽ばたいたような格好になりエイチは目を閉じた。




(目を瞑っただけなのに、立っている感覚がいつもと違ってもっと無いな。普通のテレパシーじゃないのか?アンリ、鍵は渡せたのか?)


「―ええ」


ジョンソンと始めて繋がった時と同じような感覚に陥ったが今度はマザーと繋がったからなのか、広大な安心感に包まれたようでもあった。あらゆる情報が飛び交っている。まるで無限に広がる宇宙のように深海の中に無数の情報が漂っている。その中の一つの点でしかない情報にエイチは釘付けになった。その点はたちまち大きくなりエイチを支配した。―草木の生い茂る道なき道を進むと、となりを作業用ロボットが駆け抜け、それはルナエンジの過去のモデルであった。ロボットの来た方向に目線を向けると、1キロもない距離のところに黒く巨大な建造物があった。視野が広がり隅々まで見渡せるようになると、その物体めがけ太いパイプラインが遥か遠くから伸びていた。エイチは森林、巨大な建造物、ロボットから、アンリの携わっていた蓄電システムの現場だと確信した。この現実とも夢とも思えない世界はなんだろうかとエイチは考えたが、今ジャングルの中に立っているはずなのに身体は言うことを聞かず、言葉も発することができないようだ。おそらくこれは誰かのイメージの中を垣間見ているだけと思われた。次は作業用ロボットのドックらしきところに場面が移った。かつての同僚が作業員の中にいたためエイチはすぐにそこだと分かった。その中の一人に『あの女』がいて、彼女の見ている作業画面が映し出された。エイチもなるほどと思えるようなセキュリティのかいくぐり方が垣間見え、これはまさにあの瞬間なんだと確信した。しかし、あの女は終身刑のはずだと思い、すごく遠くの記憶までもダイブ出来るのかとエイチは感じた瞬間、彼女は振り向き、顔は見えないが一人の男が現れた。その男と彼女がやり取りをしている。声は聞こえないがおそらくセキュリティのくぐり方の話をしているのだろう。その男の顔が明るみになってきて、もう少しで顔の全貌が判るかと思えたと同時に目線は彼のものに切り替わった。声がはっきりと聞こえている訳ではないが、それはまさに彼女にクラッキングの全てを伝えている者で、過激派との仲介をし彼女をスカウトした人物であった。エイチは情報の点の集まる海に引き戻された。そしてまた、ある一点がエイチを包み込み、今ここにいるゲートウェイ宇宙ステーションのオフィスへと強力な重力に引っ張られるかのごとく一瞬で辿り着き、目の前には何かをモニターしている人物が映った。エイチには全く記憶にない顔であったが、まさしくその顔は、先ほど少しだけ垣間見えた男の顔そのものであり、今、この瞬間にゲートウェイ宇宙ステーションの研究員として働いている人物だった。




喜びや悲しみ、さまざまな感情の粒が一斉に騒ぎ出し、その中でも一際目立って怒りや苛立ちが風船のように急激に膨らみだしてエイチの感情の器を溢れ出しそうになった。あの時からの2年で心は鍛えられたはずだ。自分の感情の波さえも一歩下がり俯瞰で眺めながら制御できる。しかし、今の思いは俯瞰しようとしても心が許さないようだ。膨らんだ風船の一部を、内側からナイフのようなものが突き刺し今にも風船は割れそうだ。怒りや苛立ちの中には『殺意』が紛れ込んでいた。それは今にも風船を破り器を飛び出そうとしている。感情の渦の中で苦しむエイチに


「彼は爆破のためのセキュリティ突破と知らされてなかったようです。罪に苛まれ直後に自殺を試みました。しかし死にきれず後に逮捕され服役していたのです。ここにやってきたのは、つい最近です」


噂通り服役の記憶は消され、このステーションで働いているようだ。罪の重みを反省し日々の仕事をこなしているそうだが、今のエイチには取るに足らない情報だった。妻の死に関係した人物が手の届く場所にいる。あれほど理不尽に人生を奪われたアンリを。怒りと苛立ちと憤り、今この状況は一般的な反応なのだが、それすらも小さなものだと言うほどに殺意が感情の中で支配的になり、風船を突き抜けてナイフが飛び出してきた。―『彼を殺さなければ…』この情報の海を抜け彼を殺しに行くのだ。やり方はどうだっていい。凶器がなければ素手でも何でも使って目的を達成してみせる。全能感にかられていたが、目的は『彼を殺すこと』だけに集中され視野が細い1本の筒のようになっていた。




大きな殺意の衝動に駆られているエイチはマザーとの繋がりを断ち、まさに行動を起こそうとしていた時にアンリの声が響いてきた。


「今、あなたの目的を果たしてどうなるの?彼は確かに私の死に直接ではないけれども加担した。けど、あなた自身はそんなことしたくないはずよ」


そんなことは百も承知だ。だが、エイチの感情は身体の細胞一つ一つが意志を統一させているかのように大きな殺意を抱かせる。ジョンソンもこのような感覚だったのであろうか。彼はその状況に身を任せ、さぞこれが自然の流れだと言わんばかりに殺人を犯した。彼は頭のいい人間だからこそ、世界の流れ、人類の進むべき道を考えての行動だったのだろうか。―いや、違う。他の人々も殺意が芽生え感情の赴くままに行動しているのが今の世界の混沌になっている。頭が良いから殺人を選択したんじゃない。短絡的な行動を正当化したいために、あれこれ理屈をつけているだけだ。


「あなたは経験して学んだはず、そして行動できるはずよ」


「父さん、僕達は人類同士で啀み合ってちゃいけないんだと思う」


「おじさん、俺達はこうやって繋がれます。人類は一歩前に進んだんです」


(―みんなここにいるんだ…。この感情を乗り越えなければ、また人類は逆戻りか進まない?)


そう思えた瞬間、湧き上がっていた細胞たちは落ち着きを取り戻し殺意で溢れかえっていた感情の器に冷静さと安心感が流れ込んできた。エイチは落ち着きを取り戻し本来の目的であるマザーとの鍵の受け渡しを行なおうと


「アンリ、鍵を渡してくれないかい?」


「もう、渡しているわよ。別所さんが取り次いだ時にパパッとね」


重要なものの受け渡しと思い気を張っていたエイチだが、アンリの淡々とした語り口に肩透かしを食らってしまった。別所は手をかざすのをやめエイチは大きく、恐らく人生で一番であろう深呼吸をした。


「そんなんで全部終わったのか?」


アニクは心配そうに話しかけた。エイチにとってはかなり長い時間に思えたが、実際には一瞬とも思える短い時間であったようだ。


「シグマ、次のフェーズに移りましょうか」




シューと小さな音が聞こえ何かが開くような機械音が聞こえた。マザーの大きな球体の裏手にシャトルのタラップのようなものが現れた。


「やっとこの時が来ましたね」


工藤、時田、リュウのうちの誰か、または同時に話したのか分からなかった。一行は裏手に回りタラップの付近まで行くと、そこはより一層肌寒さが増す場所でありマザーの内部まで繋がるタラップを伝って冷気が吐き出されていた。『創られた』命と区別されているかのように、エイチ、アニク、トースケは寒くて地団駄を踏むように寒さに耐えている。と言ってもやはり寒かったようで、鼻をズルっとしてからマスターは話し出した。


「シグマとタウ、マザーに繋がるときが来ました。シグマと引き裂かれたときに、この機能が失われず本当によかった」


マスターは心躍らせているようだったが、別所は何処か悲しげな表情をしてみせた。


「別所…お前はどうなる」


その顔に、大体の事情は把握できたが、確認するようにアニクは話した。


「マザーの中で俺達は脳と脊髄だけが機能するようにカプセルに入るんだ。アニク、ハカマ、トースケ…ここでお別れだ」


エイチは友や身内との別れは多数経験してきた。しかし事故やどうすることもできない不可抗力による別れであって、別所を今どうにかしてしまえば別れはやってこないかもしれない。しかしそれはエゴでしかなく、別所自身も望んでいない。彼には壮大な使命があり達成させようと必死なのだ。別所の意思を尊重し気持ちよく送り出そうと思ったエイチがふと隣を見ると、アニクは肩を強張らせ俯いている。あと何か一言言ってしまえば涙が溢れてしまうのではないかと心配になる状態だ。


「人間としての別所ウィーレンは今ここで終わるけど、僕達はいつまでも友人だ。マザーになってもそれは変わらない。僕もみんなも心と頭で繋がれるんだ」


そう言いながら別所は両手を広げエイチとアニクに歩み寄ってきた。エイチもまた、両手を広げアニクと別所の肩に両手を乗せた。肩を強張らせたアニクも俯いたままだったが、恐る恐る両手を広げ3人は抱き合った。別所はトースケに顔を向け顎で合図をすると、トースケも両手を広げアニクと別所の間に入り、4人は何かを話すでもなく少しの時間を過ごした。アニクの足元の白い床は涙で濡れ、無数の灰色の点に見えた。エイチやトースケの足元にも、アニクには及ばないが灰色の点が表れていた。抱き合うのをやめた頃、また時間が延びたとアナウンスが入った。新しい次元とやらも、この別れに少しの時間を追加してくれたようだ。


「シグマ、急ぎましょう」


マスターは先にタラップを上がり、こちらを一瞬伺う素振りを見せマザーの胎内へ入っていった。涙で目を赤らめ険しい表情だった別所もタラップの先端へ右足をかけ振り向いた。彼は笑顔を見せ右手を軽く上げた。特に何も言うことなくタラップを上がり機械であふれている胎内へと向かった。登ると同時にプシューとタラップが戻り始め、彼の姿を最後まで確認することはできなかった。シグマと呼ばれ始めてから別所の笑顔は見ていなかったが、あの笑顔はエイチ、アニク、トースケの記憶の中にあり、道を間違え反対方向のバスに乗り『心配することないよ!』と言い放っていた別所ウィーレンの笑顔であった。




工藤、時田、リュウは大きな仕事一つの区切りがついたような達成感のある顔をしてみせ、マザーとの融合をアシストしなければいけないとオフィスへ一足先に向かった。ぼーと立ち尽くしているアニクにエイチは声をかけようとした時


「なぁ、ハカマ。俺もテレパシー使える日が来るのかな?なんか取り残されてるようで」


「まもなくだと思う。別所が無理やりにでも使えるようにしてくれるよ。そんなスゲー存在になるんだろ?アイツは」


エイチは口をついて根拠のない事を言い出してしまったが、俺もそう思うよとアニクは素直に聞き入れてくれた。素直でまっすぐなアニクゆえに、エイチも別所も心を許し打ち解けていたのだろう。だからこそ別所の使命を果たせる所まで来られたのかもしれない。そう考えると疑う余地もなく別所は力を与えてくれるだろうと思えてきた。ドゥオーンと低く地鳴りのような音がマザーから発せられ、初めてAIを購入し自宅のシステムに接続したときのような、すべての機能をフル回転させているかのように各部の点滅が激しくなった。袴田家のAIは無事に留守番できているのであろうか。マザーとは少し離れたところに、ホログラムディスプレイがぽつんと鎮座していて、マザーの現在のステータスを表示している。音がし始めたと同時にさまざまなタスクが、雨粒が路面に落ちては乾いていくように現れては消えている。工藤たちはマザーをアシストするためにオフィスへ向かった。別所たちとの融合は時間のかかる作業なのかもしれない。


「父さん、お母さんとケンタ兄ちゃんも嫌な予感がするから、戻ったほうがいいって」


「俺も分からないはずなのに、ソワソワするよ」


鈍感なのはエイチだけなのか、何も思わなかったが皆に促され、エレベーターに乗りオフィスを目指した。もう少しでマザーから伸びていた配管ともお別れをし、地上に差しかかろうとしていた時、ズドーンと大きな音の次に建物が崩れるようなバキバキとした音がこだました。3人はエレベーターから降りると、その音は収まり機械音だけが小さく低く鳴り響いていた。何事かと警戒しながらオフィスへ近づくとトースケとエイチの頭に工藤が語りかけてきた。


「謎の部隊がステーションを破壊して侵入して占拠しました。数名が爆発で外に投げ出されました。違う、中央警察です」




爆発により出来た穴にシャトルが横付けし、部隊が乗り込んだようだ。オフィスにいた人間は半数以上が宇宙空間へ投げ出された。スーツを着ていないはずなので、もう息はないだろう。中央警察ということはサイボーグ部隊であろうか。アニクは『サイボーグ野郎』じゃないかと言ったので、ついにテレパシーが使えるようになったのかと思ったが、地球から月に来るまでの道中で何度となくサイボーグ部隊に出会っていたため、そう感じたそうだ。


「居住区は激しい取り締まりがあったみたいだよ。まるでケンタ兄ちゃんが捕まった時みたいだ」


前方をうかがいながら、アニクとエイチには目を合わせずにトースケはボソッと吐いた。マザーは融合のために、いつ終わるのかわからないが、まだオフラインのようだ。エイチは、このように市民には秘密裏にされている施設で、しかも新しい次元との対話を目的としているならば、何らかの防衛システムか最低でも個人用の武器があるのではないかと工藤に問いかけた。


「え?捕獲用レーザー銃だけ?シールドはいっぱいあるって…」


エイチと話を聞いていたトースケは拍子抜けしたように話し、それを聞いたアニクは、自分の出番が来たかのように腕まくりをした腕に力を入れた。


「戦力になるとすれば、ステーション墜落時に破損せずに残っている船外作業用のロボットが数台です」


ステーションが墜落時に下側に装備されていた大型ロボットは、月面に落ちるときに仰向けになったおかげで、破損せずに残っていた。初めてこのステーションを見たときに、ライトに照らされた太陽光パネルとともに目には入っていたが、工藤の言葉を聞いた時に記憶が蘇ってきた。しかし、今の作業用ロボットとはまるで違うもので、バッテリーも当に切れているだろうし使い物にならない。この選択肢が出るほど防衛力がないのだろう。マスターの部屋の下にシールドなどが置いてある格納庫がある。エレベーター脇の通路からアクセスできるため、3人は少しの足しになればいいとの思いで格納庫へと向かった。


「ファビアン隊長、理由は分かりませんがマザーはオフラインのようです。それと、3人ほど地下に向かっているようですが、こちらの状況は伝わっているのでしょうか。BPも居ますし何か気持ち悪いですね」


「人間が居たところで、うちの部隊が揺らぐことはない。防衛力もないならば気にする必要はないだろう」


ファビアンは自他ともに認める地球上最強部隊のため、丸腰のエイチたちには目もくれず、マザーおよびゲートウェイプロジェクトの掌握に向けて淡々と行動を開始した。オフィスにいる部隊を分けマザー掌握チームとして、ファビアン隊長と4名はマザーの眠る部屋へ続くエレベーターへと向かった。エイチたちはマザーがいつ目覚めるか分からないし、この先、サイボーグ部隊が何をしでかすかも分からなかった。そんな時工藤から連絡が入り、中央警察はマザーを掌握、最悪はゲートウェイ宇宙ステーションもろとも破壊を企てていることを知った。


「まるで人類の退化だな。『なにか』がやってきたら全面戦争でも起こす気かな。」


トースケはまた、ボソッとつぶやいた。


「それが本当のところ、人類にとって有益なのかも分からないから、こういう方向に進んでいるんだ。本質的な進化はしていないのかもな」


アニクが返すようにつぶやき、シールドとレーザー銃を手に取り立ち上がった。


「政府が正しいか、マザーが正しいか、俺には解らない。だけど別所は命をかけてここまで来た。そしてアイツは使命を果たそうとしている。なら、俺たちも命がけで助けてやらなきゃいけない」


まさかサイボーグ部隊に勝てるはずがない。助けると言っても何も根拠はないが、今まで感じたことのない使命感に後押しされエイチも立ち上がった。トースケは工藤に墜落したコントロールルームはあるか訪ね行き方を聞き出していた。エイチは何処かでじっとして居ろと言おうとしたが、また先手を取られ、古いコントロールルームで外の作業用ロボットを動かせるかもしれないと思うから、やってみると言われ、危ないことはさせたくないが、トースケの性格、サイボーグ部隊と対峙しないことを考え、何かあったら直ぐに投降しろと伝え見送った。エイチとアニクは使命感だけはあるが実際に何をしていいのか解らないまま、シールドとレーザー銃だけの玩具の様な装備を手に足だけはマザーに向かっていた。




「標準時間が30分後に改定されます」



「標準時間は1分延長されました」


30分もたたないうちに、次の時間改定のアナウンスが始まるほど、時間の延びは顕著になっている。聞いているだけで頭が混乱するため、エイチは宇宙ステーションのAIにアナウンスはやめてくれと訴えた。しかし、AIは所有者、すなわちマスターかマザーでなければ変更権限がないとし訴えは却下された。釈然としないままマザーへと向かっていたところ、AIが急に


「了解しました。標準時間変更を表示のみにします」


と話し出した。所有者でなくては変更できないはず、もしかしてとエイチが思ったと同時にアニクも気づいたようで、別所が一緒になれたのではないかと鼻息を荒くして話した。間もなくアニクは急に立ち止まり


「あいつの声が聞こえる。―テレパシーが使えるようになるまで、あと一息だったから後押ししてくれたってよ。ハカマの言う通りだ!」


アニクにもテレパシーが備わったようで、別所が力を貸してくれたようだ。エイチは自分がでまかせで言った事が現実になり驚きを隠せなかったが、アニクが何処か後ろめたさを持っていたため、心残りが一つ消え少しスッキリした気分になった。融合したとは言え、3人の意志はそれぞれが持っているようだ。今はマザーなのか別所なのか、はたまたマスターなのか呼び方に迷ってしまうが、アニク、エイチ、トースケにとっては、紛れもなく別所なのである。エイチは別所にサイボーグ部隊が向かっていることを伝えた。しかし彼等の融合は完了したが、力の及ぶ範囲は、まだ暫くは宇宙ステーション内にとどまるらしい。前方からガガゴゴォと言う音がこだましてきた。別所たちは部屋への入り口を堅いゲートで塞いだようだが、そこにサイボーグ部隊が到達しゲートを開けようとしているのであろう音であった。


「全てをオフライン中に終わらせるつもりかもしれません。ネットワークへダイブしたら厄介でしょうから」


工藤は冷静に伝えた。政府がマザーを掌握するやり方は感染させるのか、上書きしてしまうのかさっぱり分からないが、これほど巨大で強力なネットワークをねじ伏せられるのか考えると、中枢である、このエリアの破壊になってしまうのか。




トースケは古びたコントロールルームに立っていた。今のものとは世代がまるっきり違い、恐ろしいほど沢山のスイッチが並んでいる。それに比べてモニターは少なく、しかも分厚い。これでは何もできないなと肩を落とす場面だが、トースケにとっては、これほどになくワクワクする現場になっていた。作業用ロボット操縦エリアらしきところに座ると、まだバッテリーが残っているかのようなランプが点灯していた。映像でしか見たことのなかったスイッチ類に手をかざそうとした瞬間に、ゴトッと背後で音が鳴り小さくキーンと言う音がなった。まさか、サイボーグ部隊がやってきたのではと戦々恐々としながら後ろを振り向くと、そこには屈強な人間みたいなものではなく、明らかに人間ではない丸く白い頭に一つの目だけがある、どう見てもか弱く可愛いロボットが立っていた。


「あー、良かったぁ。びっくりしたよ!」


大きくため息混じりに話したトースケにロボットはジージーとカメラのピントを合わせじっと眺めたあと


「ノノ、ノリクミインハ、スリ、リリープサレマシタ」


墜落時にはドックに接続されていて動かなかったのが助かった要因だろう。と言うことは今月面にいることも知らないのか。トースケは古のロボットまでも見ることができて心躍っていたが、作業用ロボットが彼と同じように動くのか試すのが先と、はやる気持ちを抑えてロボットの役割は何なのか訪ねた。


「ワタシシ丿、シゴトハ、ドドド、コントロールOperator」


いきなりの英語に驚いてしまった。言語機能がバグっているようで、時折、日本語と英語が混じってしまう人を思い出した。ロボットはそう言うと、トースケの隣に、ぎこちない足取りだが、しっかりと床をつかみながら歩き席についた。一度トースケの顔をうかがいお腹のあたりから人さし指ほどの棒がせり出した。操作盤には、ロボットのお腹と同じくらいの高さに接続ポートがあり、その棒は接続された。小さくピコピコピコとロボットの内部で音が鳴り再びトースケの顔を伺うと


「ザザ、サギョウヨウRobot、1ダイハセイギョフノノウ、ダイハ、アンダーココントロール」


2台のうち1台は動くようだ。カメラを起動させると、画像は粗いがステーションの外の様子が分かった。ステーションは半分かそれ以上かもしれないが砂に埋もれている状態だ。黒い太陽光パネルらしきものがあるが機能していないように見える。ここに供給されている電力は新しいシステムによりもたらされているのだろうが、作業用ロボットは大きな2本のアームと、ステーションの外壁をトレインのようにレールで移動できる作りになっている。オペレーターロボットは、作業用ロボットのアームやレール駆動部を動かすには電力が足らないとトースケに伝えた。動かせたところで、どうしようか全く考えがないトースケは外が映し出されるモニターを眺めていると


「ガイブニ、ミカカクニン、ゼンホウコウ」


目を凝らすと、四角い物体がステーションを囲むように数体確認できた。工藤に尋ねると、恐らく爆撃支援ロボットではないかと言うことで、マザーもろとも存在を消し去ろうとして配備されたもののようだった。




「私はこの隊を率いるファビアンと申します。もう少しで壁が破られます。ネットワークからマザーを排除し中央警察、いや政府として新しい次元と向き合います。あなたたちの維持してきたインフラは残りますので、ご安心ください」


落ち着いた丁寧な口調でファビアンは説明したが、後ろでは屈強な男が工事現場のようにレーザーをバチバチさせている。大きな割れ目からは白い床が見え、恐らく最後の一枚であろう壁に人間が3人ほど通れそうな穴を開けようとしていた。


「インフラは残すというのは、マザーを政府の意思決定から退かせるとの事ですか?そうならば別所、いやマザーの意識、存在であるこの場所は残るのですか?」


マザーやマスターの態度は、何処か気に入らなかったが、今では別所である。エレベーターのあるエイチ側は吹き抜けのようになっている。エイチのイメージではは大きなハリのある声だったが、実際は緊張のため、うわずった声になってしまった。それでも相手には伝わったらしく、ファビアンは少し考えたような表情を浮かべ


「マザーは新しい次元との対話のために作られたものです。その機能を我々が代わってしまえば、存在する意義はないように思えますがね。そして、殺意が渦巻いている社会において、武力を持った我々が統治することの合理性のほうが高いと思いますが、いかがでしょうか」


「マザーの中には私の友人が居ます。マザーの存在がなくなることは、私の友人も死んでしまうということになってしまいます。一個人としてネットワークに存在することも可能ですよね」


緊張は少しほぐれ、今度は、うわずることなく声が出てきた。ゴギャアーンと大きな音がこだまし、レーザーで赤く枠どられた額縁が出来上がり、その中には白く光沢のある壁や床とマザーが映し出されていた。あまりにもこだましたため一同は一瞬沈黙に陥ったが、直ぐにファビアンは


「―制御できるかできないか。恐らく制御できないでしょう。そもそも我々が生み出したものでは無いのですから、必ず何処かに未知のアルゴリズムがあるはずで、残しておくことはあまりに危険です」


ファビアンと4人は背を向け、扉に向かっていった。


「あなたたちにとっては…、ということでしょう?人類のために尽力してきたマザーの統治であるほうが俺はいいと思うんだかね!政局の都合でポッと出のあなた達で彼等に代われるのでしょうか!」


アニクは怒りを込めた大きな声を出したと同時にサイボーグ部隊へ駆け出した。ファビアン以外の強化された4人のうち、一番背の高いサイボーグを狙って走っていった。膝から下と右腕、両目をサイボーグ化した彼はスナイパーなのだろう。しっかりと地面に食らいつくようにふくらはぎには銃架が備わり、右腕はもはや銃床をそのまま付けたかのような作りになっていた。鍛え抜かれたアニクは目にも留まらぬスピードでスナイパーサイボーグの長い股下をくぐり抜け、立ち上がったあとも、振り返らずにマザーの下へ、あっという間にたどり着いた。


「別所を殺させやしない。他にいい方法があるはずだ!」


アニクは仁王立ちで叫ぶと、捕獲用レーザー銃と、小石しか弾かない様なシールドの電源を入れた。弱々しい青白い光がアニクを照らし出していた。




どうにかして作業用ロボットを動かせないか、いろいろなボタンを押したが、動くのはカメラのみであった。やっぱり動かないかと肩を落としたトースケに


「トースケ…。もう少しでフル再起動できそうだ。その前に電源供給してやる!」


別所が優しく語りかけ、隣にいたオペレーターロボットがヒュンと一瞬動き


「ジュジュ、Chargeeee、カンリョウ。オールググリーン」


オペレーターロボットの言葉に、待っていましたとばかりにトースケは反応し


「全部振り回して未確認物をやっちまええ!」

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