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始動

「そろそ…陸が見えてきた。あれが…収監……この感…は通じ……のか…」


エイチとの会話が出来なくなると同時に洋上にぽつんと建造物が収監者たちの目の前に現れた。霞がかっているので相当距離はあるが、仮収監所より圧倒的に巨大であることが分かり、南太平洋のポイント・ネモと呼ばれる地球上の陸地に最も遠く犯罪者の収監所に呼ぶにふさわしい場所にそれはあった。収監施設に一つだけある高速船搭乗口にはバスが停車していて、収監者たちはそれぞれの行き先のバスへ10名ずつ乗せられた。私語は禁止されていたが、ジョンソンのようにテレパシーの出来る収監者は複数人居て、外へ飛ばすことは出来ないが、自分の罪状や身の回りの交友関係などを共有できた。しかし、収監施設が近づくにつれノイズが邪魔をし、バスへ乗っている今は、誰とも話せなくなっていた。遠くにいた時は平面でできた建造物に見えたが、近くまで来るとスタジアムのように曲面になっているのが分かり、バスはそれぞれの方向に分かれ始めた。ジョンソンの乗っているバスはつづら折れの外通路を上がり、施設の上部付近まで到達した時にやっと施設の全貌が露わになった。直径が1キロメートルくらいはありそうな、恐らく監獄であろう輪の中は、監獄の内側と言うのは似つかわしくない何処を見ても整ったイングリッシュガーデンが広がり、中央には地下へ続く入り口が鎮座していた。内側に回ったあと収監者それぞれの部屋であろう場所にバスは停まり看守ロボットに急かされるように部屋へ押し込められた。部屋の中はグレー1色であり椅子と机以外何もない。外側には窓がなく、大きなモニターが置かれ、まるで静止画のように海と空の青と白だけを映し出していた。内側には出入り口とイングリッシュガーデンが見える窓が設置してあった。相変わらず私語ができずテレパシーも使えなかったが、軽い運動はできるし、流石に天然物は食べられないが食事にも困ることはない環境で、仮収監施設より良いのではないかと思うほどだった。


―しばらくして看守AIに呼び出され部屋の外に出ると、現れた通路の表示に従い進めと促された。エレベーターに乗り下った先には例のイングリッシュガーデンがあり、通り過ぎるまでの僅かな時間だったが現実を忘れさせるひと時をもたらしてくれた。周りを見渡すと他に数名、ジョンソンと同じ方向を収監者が目指していた。目指す方向には庭に似つかわしくない無骨な入り口が設置されていて、ジョンソンは3番目に入り口へと挑んだ。階段を降り進むと中には仮収監施設のように真っ白な壁でできた通路が現れ、またすぐにエレベーターで降下した。階数の表示もないエレベーターはどのくらい潜ったか分からないが、程なくしてドアが開きジョンソン等に異様な光景をもたらした。それはエレベーターの白とは対照的な、限りなく黒に近いグレーの部屋が現れ、よく見ると配管のようでもあり有機的なものにも見える管や、見たこともない臓器のような装置が網のように張り巡らされた、まるで生物の中にいるような空間であった。人によってはこの空間に嫌悪感を抱くだろうなとジョンソンは思ったが、案の定、独特の臭気も相まって隣の収監者は表情が青ざめ、具合が悪くなっているように見えた。明かりはほとんど無く、通路と呼べないような道を進み程なくして止まれと促されると、頭上に大きな物体があることが分かった。暗い空間の中でも、それは丸みを帯びた光沢のある物体で、すぐに何者かの『目』であることが分かった。巨大な目と視線が合う形になり、何故か上を向いたまま身動きが取れなくなった。その巨大な目の瞳孔が広がり、同時に足元から腕のような触手が下半身をつかみ、たちまちクモの巣がまとわりつくかのように全身を網のように包み、確かに目を開いているが瞼を閉じたかのように目の前が暗くなった。その後見覚えのある感覚に陥った。それは殺意が読みとれるようになった瞬間、何者かに『適合するか』と問われたときの感覚だった。暗闇の中に一点の光が見え、みるみるうちに大きくなったかと思うと、すぐに全てが包まれた。同時に奥の点から無数のトレインが向かってくるかのように記憶が押し寄せてきた。それは確かにジョンソンのものであり、ジョンソン以外の物のようでもあった。その量は無限のように思え、落とされた一滴の水から大海原を見たかのようでもあった。記憶や感情、思考が頭の中に入り込み全身を通り抜けていくと共に、頭が風船のように膨れ上がり今にも破裂しそうな感覚と頭痛に襲われた。無数の人の声が鳴り響き、そのノイズの中からその声は確かに響いてきた。


「―適合した」


「銀河をまたいで進む者、より豊かになるため融合し平和をもたらす。共に時空を超え発展をせしめる」


(…)


(…を繰り返し強大な力を得ました。限りなく長い寿命を持ち、融合することで我々の平和を築き上げてきました。あなたは総意となり、この星の資源、人類全て融合し我々となるのです。)


ジョンソンは頭の中でこだまする声に起こされるように目を開けた。どれほどの時間が過ぎたのかは分からないが、相変わらず網の目で拘束され体は一切動かない。と言うよりも動かそうとする意思が働かない。それでも今の状況に抗う事は一切考えず、むしろ心地良く、黒く湿ったこの場所に郷愁さえ感じていた。わずかに動く首を振り他の収監者の様子をうかがったが、網の目で囲われている顔に生気はなかった。ジョンソンは驚きもせず、何故か昔から決まっていたことのように淡々と状況を受け止めていた。


「人類を我々に融合しなければ」


小さく口ずさんだあと頭上の大きな目とジョンソンの目は同期したかのように黒く染まったあとに閉じた。ジョンソンを包んだまま網の目は中央の太い幹のような場所と一体になり、全てが覆われてそこに彼の身体があるのかも分からなくなった。他の収監者たちを包んでいた網の目は細い小枝のようになり、こちらは太い幹には融合されずに収監者の体が消えてなくなっていた。


火星で一度、入り口が開いた時に『何かの一部』は地球にやってきていた。適合者が現れるその時まで息を潜めながら政府や宇宙局にもコンタクトを取っていた。地球側も人類と彼らとの融合を図るべく、知らぬ間に心を操作されているとは気づかず、あくまで対等な融合だと信じ込まされ着々と準備をすすめた。『何かの一部』は人間の奥深くの感情を呼び起こすことで、彼らとの適合者を探していた。今やっとジョンソンという適合者を見つけ、素晴らしいほど彼らの望み通りの人間だったのか、一つも苦労することなく取り込むことに成功し、『なにか』はエドガー・ジョンソンとなった。大きな目は見開き、地震にも似た小さな小刻みな振動が辺りを包んだ。その一瞬でジョンソンは収監施設全体を500人は居るであろう収監者を含めて完全に掌握し、即座に同じネットワーク上にある、インド洋、北大西洋の収監施設までも同じように手中に収めた。全てのAI、収監者はジョンソンの意志で動き生きる作業を始めた。次にジョンソンは開きかかっていた『入口』を完全に開き母艦の召喚をついに果たした。『なにか』と融合することにより別所にも似たネットワーク網を手に入れたジョンソンは、トロヤ基地を、地球を支配し人類を制御下に置くためのツールにしようと考えた。中央警察AIホーラーとの融合を企てたが、人間のように精神を操作されないAIは、腐っても警察である以上、外部からの侵略にそれなりの抵抗を見せた。しかし、圧倒的な力の差から抵抗することを即座に諦め、ネットワークの遮断と自身の消去を行った。ホーラーを手に入れられなかったジョンソンは、かつての冷静沈着な思考とは裏腹に、まるでいっときの感情に任せたかのような振る舞いを見せ、地球上の母艦を操作し即座にグリーンランドの宇宙局及び中央警察の本部を消滅させた。尾付きシャトルはジョンソンの意志となり、人々の深層心理を引出し操ろうとしていた。それ自体が物理的な攻撃は行わず、人々の周辺に集まり精神に介入した。ホーラーを手に入れていれば宇宙ステーションのアストロ部隊もジョンソンの意思のもとに動き人類を手懐けるのに容易だったが、少々計画が後退してしまった。しかし、人類のジョンソンとの融合は着実に進み、この精神の介入から尾付きシャトルの撃退に励んでいるアストロ部隊の苦戦につながり、後退した計画も完遂するのは時間の問題となった。


「あの尾付きシャトルは精神に介入するようだ。みんな誰かに心を操作されている。『なにか』の端末のようなものかもしれない」


そう話しながら別所はシールドシャトルの推力を上げた。尾付きシャトルの速度は速くなく、シールドシャトルの速度には追いついてこられないようだった。


「介入って、…殺意か。みんな深海を揺さぶられている…」


エイチは小さく呟き、束の間の休息を取るように目を閉じた。


「弱い人間が操作されているんだよ。そこに付け込まれている。サエキ…奴らは何のために…」


悔しそうに話すファビアンに向かいトースケは


「みんな誰だって弱いんです。隊長だって、今サエキさんの事思って悲しくなっていますよね。僕だって母さんやケンタ兄ちゃんを思い出すと悲しくなっていましたよ。みんな何処かに弱さを持っている」


(隊長、みんな居ますよ)


(なに、トースケ、いい感じのこと言ってるじゃないの)


(ハハハ、成長したんだな。もうガキじゃないんだな)


自分の発した言葉に、あとから少し恥ずかしくなり、顔を赤らめているトースケに向けアニクは


「俺も体は強いけど、精神って言われると中々弱いもんだよな」


ファビアンは、下を向き少し考えたようにしたあと、そうですねと姿勢を正しながら納得した姿を見せた。エイチは目をゆっくりと開けながら


「だからこそ、お互いを知り弱さを認め合うため、繋がり続けなきゃならないのかな」


「人類は、そうならなきゃいけないのかも。そうなるべきだから今つながりだしているのかな」


別所の操縦するシャトルは、クレーターシティーの外れにある月面開発の当時に作られた大規模な通信施設の接続口へと着陸した。


当時の接続口は今の時代とは規格が違うため一度外に出る必要がある。通信施設内も環境管理がされていないため、別所以外は再びスーツを着て通信施設へと入った。


「今は骨董品のようだけど、地球と火星との通信のために大きなアンテナがあるんだ。」


センサーで順序よく光る灯りに導かれるように歩き別所は続けた。


「当時のテクノロジーだけど、現代なら上手くフィットさせて使えるかも」


エレベーターは無く、上へと続くコンベアーに取り付けられたシャフトを一方は片手で下側のシャフトには足をかけ、別所を先頭にアニク、トースケ、ファビアン、エイチと順番に登った。登り途中でファビアンは、確証がなく自分では答えが見いだせないかのように


「増幅器を使うのですね。無機的ネットワーク、有機的ネットワーク、そして…意志を増大させる…」


「あくまで理論だけど、やってみる価値はある」


一番に制御室へ着いた別所は答え、制御盤へ足を進めた。アニク、トースケ、ファビアンは続けて制御盤へ向かったが、最後に制御室に着いたエイチは足取りを止め


「動力がないぞ。増幅器は電力の消費量がでかい。ここは放棄された時にエネルギーパイプラインも何もかもはぎ取られたはずだ」


当時は月面開発にあたり、物資の供給に難があったために、電源システムやパイプラインなどのインフラが他の開発に流用されることが当たり前だった。そのため通信施設も照明を灯す程度のエネルギー源しかなく、最大で動かせるのは先ほどのコンベアー程度だった。


「ホーラーに操縦を頼んでおいた。もうそろそろ追いつくよ」


窓の外の灰色の世界を眺めながら別所は言った。太陽に照らされ大きく輝く点は、どんどん大きくなりソーラーレーザーであることが分かった。尾付きシャトルも、速度は遅いが人間が1人もいないソーラーレーザーには興味がなく、付いては来ていなかった。


(人類は画一化された我々と融合を果たすべきなのだ。エネルギー問題がなくなって争いは無くなったか?環境保護、宗教にかこつけて争いの火種を見つけようとする。深海をつつけば、すぐにボロが出るだろう。そう、殺意だ。誰かを殺したがっている。…野蛮な人類を進化させよう、共に)


ジョンソンは尾付きシャトルを使い、心の中の弱さをつつく事で、どんどんと人々を掌握していった。


「戦術AIのアシストもあまり効かないな。離脱したのは何人だ?」


酷い頭痛に襲われアストロの操作を行えなくなった隊員が続々と運ばれた。それでも少ない人数で操作を行っているが、ホーラーなき今、あくまで人間主体のアストロの操作に、戦術AIのアシストがあっても限界に来ていた。


「敵戦艦から、また大量の卵が放出されました!一つはこちらへ向かってきます!」


洋上のコントロール戦艦にも尾付きシャトルは放出された。間もなくしてやって来た卵は数キロ手前で迎撃されたが、攻撃を察知したのか、手前で尾付きシャトルを展開し半分が迎撃されずに戦艦へ向かってきた。半分とは言えど大量であるため、全ては撃ち落とせなかった。戦艦の周りには数十の尾付きシャトルがまとわり付き、戦艦の中にいる隊員の心に介入をはじめ、辺りは無理やりに音を消したかのような静寂に包まれた。


―「お前が選手になんかなれるはずないだろう?何にもできないくせに。所詮、庶民はその程度でのたうち回るんだよ」


「俺の人生…金もないし、あの人みたいに仕事もできない…死んだほうがいいのか?…アイツラが悪いんだ。社会か?」


「なぜ理不尽に殺されたのに、殺した方は理屈に則って命を尊重され生かされるんだ。こっちの側の人間ではいたくない」


隊員たちはそれぞれに心を揺さぶられ、殺意や不信感、失望などの心の弱さが露わにされた。それぞれの時間軸で過去や思想がかき乱され、陰湿な部分が増幅させられたと同時に、深海の地面が割れ熱水が一気に流れ込みグラグラと冷水と混じり合うかのようにジョンソンの思考が支配をはじめた。ある者は一瞬、ある者は長い時間をかけ心が支配されたが、時間が引き伸ばされている状況においても、見かけにはものの数分の出来事だった。


(お前を、お前の心を得たいのしれない物に好きにさせてたまるか!みんな一人じゃないんだ。思い上がるんじゃない!助け合うんだ)


(―父さん?死んだ父さんか?)


中にはテレパシーが使えることで繋がり、ジョンソンの思考の闇から抜け出せるものも居たが、抜け出せた者たちが、思考を支配された隊員たちに向けいくら呼びかけても、ジョンソンの思考に取り憑かれたものたちの『脱出』は難しかった。


プーンと言う小さな音の後を追うように低く唸るような音が響き、その音が一段階低くなったと同時に制御室にある機器全体が稼働を始めた。赤い光の攻撃によりダメージこそ受けていたが、ソーラーレーザーは通信施設を動かすには十分な量の電力を賄えた。通信施設とソーラーレーザーのスムーズな接続には、アニクとトースケの知識が大いに役立った。


「増幅器が問題なくスタンバイしたよ。みんな僕の頭にダイブしてくれるかい?」


エイチ、アニク、トースケ、ファビアンは思い思いの場所に座り軽く目を閉じた。大きな制御盤の椅子に座っている別所は、電源が切れたように肩を落とした。


揺らめいている摺りガラス越しに大都会の街並みを見ているような風景の中に、一際明るい白い光があった。水中を泳ぐような感覚で進んでいるつもりだったか、風景が移動しているわけでもなく、光が大きくなり包みこまれたのかとも思えた。3人はたどり着けたのだろうか。光の中で漂っていると、現実世界の姿は全く見えないが確実にそこに存在しているであろう3人と別所の意識が感じられ、自分も現実の姿はないことに気づき、ネットワークの中であることが分かった。現実世界のイメージを共有し頭の中に声が響いてくるだけのテレパシーとは違い、この空間は3人の見てきた現実世界とは別の、すべての人に共有されていて、今までに見たことのない世界だった。


「トロヤ基地へアクセスするには、無機的には静止衛星や高軌道衛星のネットワークを上手く抜けて進んでいくんだ。ホーラー本体がない今はアクセス権もないからね。かなり難しい。そこで有機的なネットワークの登場だ。ネットワーク自体を増強や拡張させる役目だろうね。この世界はまさに、その理論の中だよ」


「つまりは…どうゆうこと?」


全て合点がついているように話す別所に対してアニクは、自分で噛み砕こうと試みたが諦めた。


「衛星を超えてのアクセスはそのままだけど、それを成し遂げるために意識を集中させる。もっと端的に話せば『願う』だね」


5人はルートと思われる衛星にアクセスすべく、ネットの中を泳ぎ出した。つまるところ、この世界は無機的なネットワークに人間が入り込み覗いている感覚なのだろう。街並みのように見えているものも、一つ一つが現実世界と繋がっている。もはやネットワークと言う言葉よりパラレルワールドと言ったほうが良いくらいに、もう一つの世界がここにある。どこかのドアを開けば地球にあるエイチの自宅へと繋がり、口うるさいAIと対峙することになるだろうし、どこかのドアを開けばアンリやケンタのいる世界へ続くかもしれない。最初は揺らめいた摺りガラス越しに見ていた世界は、ぼんやりとだが輪郭を見せ始めていた。


「あそこから行けるみたいだ。だけどよく見えない」


シャトル用ホーラーの助けを借り、トロヤ基地へ続くネットワークの入り口を見つけた。エイチには骨董品のような大きな鍵穴に見えたが別所や他の3人にはイメージが違うように見えているらしく、トースケは生体認証ドアに見えているようだ。


「意識が増幅されているかは結果でしか見えてこないけど、この門に集中して」


別所には門に見えているようだ。3人はやり方こそ承知しているわけではないが、彼らなりに門へと集中した。エイチには鍵が回る姿、トースケには手をかざしたあとピッと鳴る姿がイメージとして現れ、別所にはガーと門が開く姿が見えただろう。その先にはワームホールの様な細いトンネルが現れた。エイチらが門を抜けてトンネルに入ったあと、輪郭がはっきりしてきた風景は一部が漆黒の海のように波打ち始めた。


このトンネルも、それぞれの見え方があるのだろうか。この風景は現実世界の距離と比例しているかのようだが、今ここに居る世界の時間は現実では一瞬なのだろう。しかし、この様な体験は数回経験がある。ネットワークの世界は時間の概念がなく、進化した人類は繋がることで、一生とも一瞬とも呼べる長さを共有する。時間とは、画一的なものではなく相対的ということを身を以て経験しているようだ。トンネルの先には先ほどのような鍵が現れ、5人は立ち止まった。


「思った通り意識が増幅されているようだし、この壁もすぐ壊せるんじゃないか?」


アニクには壁に見えていたようで、体当たりで壁を破壊していたそうだ。この世界のイメージは個人の趣向により様々なようである。


「いや、我々の意識のみで、マザーとホーラーの計算をアシストするには限界があるでしょう」


姿は見えなくとも冷静だとわかる声でファビアンは続けた。


「確かに。結構きついかも」


別所が弱音を吐いた次の瞬間、エイチはじめ、その場にいる全員に声が響いてきた。


「エイチ、地獄から舞い戻ってきた。人類は画一的な我々と融合するんだ。深海をえぐったのは適合者を見つけ、不適合者を排除するためだ。そして人類を融合させるため、政治力、軍事力全てを掌握する。邪魔はしないでくれ」


その声はジョンソンのものであった。その声とともにエイチらに大量のイメージが流れ込みすべてが分かった。今は『なにか』と化したジョンソンが軍事力の全てを掌握するべく、トロヤ基地を乗っ取ろうとしているのだ。トンネルを含めた周囲は漆黒の海が波打つように所々が黒く染まりジョンソンの意識に支配されていっているようだった。


「ジョンソン!君は囚われているだけだ。トロヤ基地が動き出せば『なにか』も排除できるんだ」


「別所さん。今はマザーですか?シグマですか?まぁいい、素晴らしい共同体の一部になりましょう。あなたも指導者になったのなら、どちらが正しいか分かるでしょう?うわべは安定し平和に見えていても、人類と言う存在である限り争い、憎しみ合いはいつまでも無くならない。何十万年も進化していない。今こそ進化…昇華すべきなんですよ」


熱くなった別所とは正反対に、まるで冷たい水が流れ込んでくるかのように、ジョンソンは冷ややかに返した。次の瞬間、5人はネットワークから切り離され制御室に引き戻された。爆発音が外で鳴り響き、すかさず外を見ると、電源を供給しているソーラーレーザーは体当たりの自爆をするようになった尾付きシャトルに攻撃されているようで、展開していたソーラーの一部がきらびやかに散らばりながら破壊された。


太陽に照らされキラキラ光り飛び散る破片を見ながら、別所は


「まるで、ネットワーク内に居ることも分からなかった…。人類が築いたネットワークとは別だからなのか?なぜ、動きが分からなかったんだ!」


「お前にしては動揺してるな。…ホーラーが頑張っているみたいだよ」


エイチには小さな機銃を巧みに使い、尾付きシャトルを撃破するホーラーが操作するソーラーレーザーの姿が写っていた。しかし頭上には、いつのまにかゲートウェイ宇宙ステーションで見た漆黒の海が波打っていて、今にも赤い光が攻撃してくるかのように燻っていた。尾付きシャトルはエイチらの居る通信施設へも向かってきたため、別所は制御盤から伸びるケーブルを腹部に差し込み、エイチ、アニク、トースケはレーザーで迎撃するために攻撃ブースに着座しファビアンはレーザー補助誘導のための捕捉システムを起動した。


「ジョンソンがあそこに居たということは、彼も簡単にはアクセスできないんだと思う。実際にもアクセスは破られていないしね」


「扉の突破の前に我々の能力を奪う気でしょう。増幅器が止まってしまってはトロヤ基地へも行けない」


シールドシャトルを暗闇に向けシールド展開して、ソーラーレーザーや増幅器の制御をしながら別所が話し、尾付きシャトルを複数捕捉した画面を見ながらファビアンが重ねた。


「あなた!」


「トースケ!」


「隊長!」


それぞれに言ったのか、同時に言ったのか、もっと複数の人が言ったのか、アンリ、ケンタ、サエキの声が響き、間もなく目の前に閃光が走った。ゲートウェイ宇宙ステーションを真っ二つにした時のような強烈な赤い光が通信施設めがけて放たれたようで、直撃こそなかったがシールドシャトルにも光の端が当たり、シールドは一瞬で砕けて熱い鉄板の上の氷のように溶けて崩れた。周囲に居た尾付きシャトルも一瞬のうちに消失し、ファビアンの眺めていた画面からは捕捉表示が一切なくなった。


「ソーラーレーザー!」


トースケが叫ぶと、一瞬の閃光に唖然としていた4人は我に戻ったかのように、ソーラーレーザーにまとわりつく尾付きシャトルの撃墜をはじめた。


「時空の摩擦でも何でもなかったようだな。これはジョンソンの意志だ。俺達を消しに来たようだな」


持ち前の反射神経を使い、まるでこれを生業にしているかのような所作で、次々に撃墜しながらアニクは外を見ながら話した。


「ああ、あいつは変わっちまった。別所!またネットにダイブできるか?」


エイチもまた、慣れた手さばきで撃墜を重ねた。まだ父親が居た頃、モンスターを剣や銃で倒すゲームに夢中になり、父親が帰ってきてもろくに出迎えをしなかった頃を、ふと思い出した。


「あいつ、ギターうまかったのにな…。みんな、来てくれ」


次の瞬間は『ネットにダイブする』と強く意識しなくてもすんなり世界が移行した。


追い出される前の雰囲気とは違い、大都会の街並みのような世界は、黒いフィルターをかけられ星のようにきらめいていた光は強さを失っていた。


 「トロヤ基地も掌握できそうです。もう我々と共に生きましょう。人間の意志の力など、これが限界なんですよ。ちょっと叩いただけで、殺意や不信感が溢れ出す不安定な存在は『なにか』とひとつになり、人間のつまらない自由意志のエネルギーを捧げるのです」


自分の言うことが全て正しいと言わんばかりの口調でジョンソンは続けた。とうとう全てが明らかになった。ジョンソンもまた『なにか』の一部に過ぎず、『なにか』は人類のエネルギーを吸い上げ、また次を侵略していく。ジョンソンは人類と『なにか』をつなげる仲介者だった。


「そんな人生楽しくないじゃないか!」


トースケはストレートだが、確信めいた言葉を吐いた。


「実際はどうでしょうか。テクノロジーだけ進化していても、人間の本質はホモ・サピエンスになってから何ら変わらない。今こそ画一化された進化をするときでしょう」


ネットワークの中にジョンソンの意志が蔓延し、トロヤ基地へと続く扉が黒に染まっていく。


「私と融合した意志が強くなっているでしょう。人類はこちらを望んでいるんですよ」


「脳通信なしに人々が繋がれる。お互いを分かり合い、補完しあい生きていくようにテレパシーを会得したんじゃないか?それは人類が自ら選び進化しているんじゃないか?」


「エイチ、それは我々の意志を共有するためにあるんだ。人類のためにあるものではない。力と数はこちら側にあるのだ!」


またもや現実に引き戻された。今度はネットワークの世界が頭の中に広がっている不思議な感覚だ。だからといって形勢は変わらず、尾付きシャトルの猛攻を受けていた。捕捉システムが検知した音が鳴り響きレーザーで次々と撃墜しても湯水のように湧いてくる尾付きシャトルは数を減らさなかった。通信施設に電源を供給しているソーラーレーザーも今にも攻撃に屈してしまいそうな状態だった。


(もう終わりだ)


頭の中にジョンソンらしき声が響いた後、赤い光が一直線にソーラーレーザーめがけて放たれた。


「せめて、周囲の尾付きは払い…」


 ホーラーの最期の言葉も全て聞き取れないまま、赤い光はムチを払ったかのようにソーラーレーザーを駆け抜けた。供給していた電力を逆流させレーザーを放出したが最期の一瞬だったため、湧き上がってくる尾付きシャトル全ては到底撃墜出来なかった。崩れ落ちるソーラーレーザーは時折小規模な爆発を伴いながら、レーザーを放てなかった一方の巨大な筒が一番最初に月面に砂埃を上げ墜落した。砂埃はどんどんと大きくなり、ソーラーレーザーは埃をかぶった過去の建造物のように沈黙した。


供給された電源は一時的に通信施設へ蓄えられるが、増幅器を稼働させられる時間はほんの僅かだった。


「それなりに力を使うようですから、光は燻りもしませんね」


遠くにはソーラーレーザーで僅かな間数を減らされた尾付きシャトルが、どこからともなく湧き上がり捕捉システムが忙しく鳴り出した。その画面を見る後ろ姿は肩を下ろしているようにファビアンが呟いた。言葉には出してこそいないが、制御室は失望感に満たされていた。


(…もう時間の無駄でしょう。じきに圧倒的な力が手に入ります)


ジョンソンの意識が直接語りかけているようで声にならない声になっていた。


「あれって、入り口なんだよね?だったらどこかの出口でもあるの?『なにか』に繋がってるんだよね?母艦もでてきたし」


トースケはずっと疑問に思っていたことを投げかけた。言われてみれば確かに『なにか』にダメージを与えられるとすれば、『入り口』だけが考えられる場所だ。


「知ってか知らずか、ホーラーはレーザーを向けてるぞ」


砂埃をかぶり中枢を破壊され墜落したソーラーレーザーを指さしアニクは続けた。だが、それにはレーザーが単体で使用できるかや、展開できるソーラーパネルは無く、電源を何処から供給するのかが現実的ではなかった。一瞬は名案を思いついたかのように失望感から抜け出しそうになったが、すぐに課題を突きつけられた。すると別所は


「もはや僕がホーラーだ。小さいが電源だって溜めてある。ジョンソンに一泡吹かせることができるかもしれない」


「弱くなれば、アクセスをこじ開ける力も無くなるかな?」


「もはや、何処がどうなるかなんて考える前に動こう!」


トースケの言葉に、考えるより行動しろと言わんばかりにエイチは被せ、アニク、ファビアンは大きく頷いた。5人はエイチの言葉に微かな希望を見いだし、別所はすぐさまソーラーレーザーの診断を始めた。


ジョンソンはなぜ陥ってしまったのか。『なにか』が引き寄せたのか、あるいは彼が歩み寄ったのか。迫りくる尾付きシャトルの集団とともに、部隊と呼ぶには圧倒的に数も少なくなったが、アストロ部隊も通信施設付近へと集まってきていた。通信施設からの撃墜と相まって、増殖する尾付きシャトルとその撃墜は均衡を保ちつつあった。


「クソ!ネットワークが支配されていく。このままじゃトロヤも開いてしまうぞ!」


「マザー、まだ終わらないのですか!?」


アニクは当然だがファビアンも珍しく苛立ちを隠せずにいた。


「後もう少し!出た!片側の制御がクリアになったよ!増幅器から供給を開始した!」


ソーラーレーザーの筒は砂をまき散らしながら動き出し、照準を波打つ暗闇へと向けた。


「8、7、6」


別所のカウントダウンに比例して、ソーラーレーザーの片方の砲身は各部が光り始め、ホーラーが最期に放った時よりも大きな低い音がこだました。


「2、1!」


―目の前に閃光とゴゴゴゴゴォーという音で、一瞬何が起こったのか見えなくなった。


徐々に慣れた目が映し出した世界は、周囲に尾付きシャトルもアストロも居なく、発射を終えたのか砲身は各部の光が減光し消え、低く唸る音も聞こえなくなった。


「…やったのか?暗闇は?」


エイチはすかさず暗闇に目を向けた。


「すごくでかいのが放たれたのかな」


ジョンソンへ最期の一撃をお見舞いできた前提でトースケは話したが、エイチの目線の先にある暗闇は依然として姿を変えず赤い光を燻らせていた。何かおかしいと気づいた時には、砲身が激しい音とともに爆発を3回ほど繰り返し砂埃の中に消えていった。人間の目ではなく、可視光以外でも世界を見ている別所は一部始終をとらえていた。


「一撃はジョンソンの方から放たれものだったよ。今までになく凄まじいエネルギーだった…。その一撃を出すためにエネルギーを溜めて待っていたのかもしれない。あそこまでの出力じゃなくても破壊できるのに…心を折るためにやったんだ!」


増幅器も電力を使い果たし、様々な稼働音を奏でていた制御室は一つずつ音色を無くして、再び静寂な宇宙の一部となった。エイチらもまた、次に投じる言葉が思いつかないまま制御室とともにあった。


「これからどうする」


言葉こそ同じだが、まだ打つ手があった頃とは様子が全く違い、俯きながらファビアンは呟いた。


「まだ何かがあるはずだ。希望を捨てるには早いんじゃないか?」


エイチは増殖し続ける尾付きシャトルの撃墜を再開したが全ての電力は限界に来ていた。『なにか』の母艦から放たれた卵からは、ぞくぞくと尾付きシャトルが飛び出し、またアストロ部隊は数で圧倒されていった。


「またすぐに力を蓄えトロヤ基地を動かしますよ。アンリさんらも頑張っているようですが、私の大きな意志の前では、大したことありません」


ケンタやアンリがネットワークの中でジョンソンを食い止めようともがいていた。ファビアンが唐突もなくサエキと口走っていたので、その中には彼も居るのかもしれない。肉体の生死に関わらずジョンソンを食い止めようと手を取り合い闘っていた。


「もう一度やってみよう。ネットワークをフル回転させて意志を集めてみる」


別所はジョンソンに取り込まれずに、別所の意志に共鳴した人々を探し始めた。しかし、この状況でテレパシーにより共鳴してくれる人々がどれほど居るのか。また、どれほどの力になるのかは全くの未知数だった。捕捉システムの電源も限界になり警告音を出し始め、それを憂うようにファビアンが画面を見ると、画面には尾付きシャトルではない無数の点が捕捉され、それはコチラに向かっていた。


「共鳴した人たちがやって来る!」


トースケは占い師のように俯きながら予言めいた言葉を発した。


『なにか』の出現と中央警察本部の消失。そしてジョンソンの心の揺さぶりにより、ただでさえ混乱していたクレーターシティーはさらに混乱に拍車がかかり、月だけではなく地球も含め人類が大きな岐路に入っていた。心の深海をかき乱され、ジョンソンに傾倒する者、抗おうとするが自分の深海を知ることで混乱する者、信じる対象を探し放浪する者、憎悪や不信感そして殺意に満たされ、文字通り殺伐とした社会に陥っていた。指揮系統を無くした中央警察においても、状況は変わらず混乱の一途を辿っていた。テレパシーで繫がり、お互いを分かり始めた者たちの中にもジョンソンの揺さぶりにも耐え精神を保ち続ける者も居たが、そう簡単ではなかった。自分の深海を曝け出され、テーブルに放り投げだされるかのように目前に差し出される。後悔や失敗、あらゆるネガティブな感情に何度も押しつぶされそうになった。そんな時、テレパシーで繫がりお互いが共感することで、この状況から打破する糸口を見出すことができた。打ち勝った人々はほんの僅かではあるが着実に数を広げていった。


それらはクレーターシティーの方角からやってきて、肉眼で捉えられるくらいになると、作業現場移動用シャトルにしがみついた、有人の作業用ロボットやバス、民間シャトルなど様々で、さしずめ移動できるデバイスすべてが集まってきているようだった。それぞれの意志がテレパシーにより共有され、自分の心海との葛藤に打ち勝ち、別所の意志に共鳴した者たちであることが分かった。中央警察や人間統一連合、政府高官やルナエンジ、思想の違いや規制する者される者、男女、人種すべてが違っても、今一つの事に一致団結した集団となっていた。


「わたしたちも加勢しますよ!」


「トロヤ基地を動かして『なにか』を追い出してしまいましょう」


「私たちの意志は私たちでつくるもの。誰かに制御されるものじゃない!弱点があったって補え合えば良い」


「僕達は進化したんだ。お互いに分かり合い、共に進んでいくため」


様々な思いが、言葉やイメージとなってネットワークに流れ込んでくる。しかし、何故か一切嫌な感じはしない。その中にはシンも居て、父親も混乱に陥った中央警察では、大義のない取り締まりも行われず解放され、後からこちらに合流するとトースケに語りかけた。尾付きシャトルは方向を変え攻撃に向かったが、作業用工具や配管、中には体当たりなど、思い思いの方法で人々は迎撃をした。バスやシャトルは通信施設とソーラーレーザーを繋いでいたケーブル付近に集まり、機体とケーブルを接続して通信施設へと電源の供給を始めた。


「まだ少しだが増幅器をまた動かせるぞ!」


アニクは興奮混じりに言い、増幅器や機器の稼働音で満たされた制御室は5人の希望でも満たされているようだった。作業用ロボットは、少なくなったアストロ部隊と合流し尾付きシャトルを破壊しているが一進一退の攻防を繰り広げていた。地球上でも同じように共鳴した人々の意志がどんどんと大きくなり、もはや増幅された意志なのかどうかも分からないくらいに大きくなっていた。


「もう少しでアクセ、スできそ、うだ」


別所の声は途切れ途切れになり、相当な負荷がかかっていることがうかがえた。


「いまさら、拒否をしてどうするのです!歴史が繰り返されることは分かっているでしょう!?トロヤへのアクセスももう開きます!」


ジョンソンへもかなりの負荷がかかっているかもしれないが、この言葉の後に地球上も含め全ての波打つ暗闇から一斉に大量の赤い光が周囲に放出された。通信施設は間一髪逃れたが、目的がなく彷徨うように蛇行する無数の光は、尾付きシャトルと格闘をしているアストロ部隊や作業用ロボット、バスやシャトルへも多大な被害をもたらした。敵味方関係なく放たれた光はすべてを停止させ、砂埃が収まると、尾付きシャトルと格闘していた活動的な景色から一転して、機械の破片がところかしこに散らばる荒廃した動きの無い灰色の世界が広がっていた。


ネットワークの中では人々の声が鳴り響きながら消えていき、またジョンソンの意志が支配をはじめた。トロヤへの扉も黒く支配され穴が空き始めていた。増幅器はまたも電力を失い停止するまで秒読みだった。


「この、か、らだには負担が大き…」


とうとう、別所の体はネットワークの負荷に耐えられずに停止した。


「クソッここまでか」


遠くから迫りくる尾付きシャトルを眺めながらエイチは呟くと、アンリの声が響いてきた。


「多くの人々が手を取り出したわ。意志の力がどんどん大きくなってる」


体を無くした別所、トースケもまた占い師よろしく同じようなことを口にした。


「みんな、向こうを見てみろ!」


暗闇のある方向、月平線を指差しアニクが叫んだ。ちょうどその先、地球がある方角からメラメラと煙のように漂うものが見えてきた。エイチの目には虹色に輝いて見えたが、ファビアンは黄金とも話し、それは一人一人違う見え方をしたイメージの中のものかと思えたが、確実に実態として表れていた。


「人々の意志の力が実態化してるんだわ」


「共鳴した意志が光り輝いているね。どんな計算モデルを使っても解明できない現象だ」


アンリや別所が言うように、目の前で起こっていることには、どんな説明を加えるべきか言葉が出てこない。ただ分かることは、アンリや別所が言うように『意志の力』『共鳴した人々の願い』と言う事だけが分かった。とっくに増幅器は停まり意志の増幅は出来ないと考えていたが人々の力はそれを優に上回っていた。目の前に広がる灰色の地面に横たわるバスやシャトルの破片や作業用ロボットからも月平線に見える光の煙と同じものがモヤッと立ち上り始めた。制御室にいるはずの4人は通信施設を飛び越え宇宙空間へ上昇した。もはや、ネットワークなのか現実なのか垣根はなくなっていて、ふと隣を見ると小太りの別所が懐かしい顔で微笑んでいた。月面から漂う光の煙のそれぞれはすごく微かな光の煙だが、月平線遠くに見える光の煙は真上に伸び、宇宙に漂う天の川の柱とともに時折光り輝くエメラルドグリーンになり、はるかな宇宙へと伸び続けた。


「なぜだ。扉が閉まっていく!深海を見たものは、こちら側になっていたはずだ!」


ジョンソンは赤い光による攻撃を強めたが、地球上でも月面でも立ち昇る光の煙の前でかき消され全く刃が立たなかった。人々の深海をさらに揺さぶるため、各都市の上空に浮遊していた母艦は草の根のように触手を地上に伸ばし、尾付きシャトル以上に人々のコントロールを測った。


「人類は私とともにあるんだ!チンケな個々の意志などぉ!」


「私たちは『なにか』に深海を見せられ、気づいたんだ。それぞれの弱さ、傷み、苦しみ、奥底に眠るものを。だけどそれは悲しいことじゃない。いま人類は大きな進化をしたんだ。テクノロジーによるうわべの平和ではなく、本当の心の平和を掴むために繋がれる」


「わかりあえる」


「助け合える」


「信じていける」


「全ての意志がネットワークに繋がる。人類は共鳴出来る」


トロヤ基地へのアクセスの扉は黒とエメラルドグリーンをかき混ぜながら渦巻き、どちらの力でこじ開けられたのか様々な光を放ちながら遂に扉は開かれた。


暗闇の宇宙を望む無人のコントロールエリアは、日の落ちた都市に灯りが灯るように各スイッチが色とりどりに光りだした。頭上のモニターには各システムの起動を知らせる文字が次々と流れ、雨粒のように画面が現れては消えていった。ネットのように張り巡らされたソーラーパネルやワイヤー、通路で繋がれた小惑星を利用したドックからは、高速移動するための巨大な3段イオンエンジンを搭載したソーラーレーザーや強襲用母艦などがゆっくりと姿を現し、誘導ブイの示す光のレールに到達して1段目のイオンエンジンが点火した。強襲用母艦は、大きく振動しながら驚異的な推力で地球を目指し発進した。ゴォォと低い唸り声を出しながら進む船内のカタパルトデッキには20体で一つのシャトルを形成したアストロが10機ほど並び、地球への到達を待っていた。巡航速度に達し静寂を取り戻した船内は、暫くして直ぐに様々な音色の稼働音が鳴り響いた。アイドリング起動を始めたアストロは、右腕のインフォメーションホログラムに流れるようにAnti-space tactical robot Ver.2.2と表示され、メインカメラがエメラルドグリーンに光り初期動作を始めた。

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