第五話 悪い子良い子
「あわわわわっ、わたし……どうっしましょう!?どうしたらいいですか!?あーっ、もう何も分からないですう!」
「落ち着け!落ち着きたまえ!落ち着けって!テイクイットイージー!イージーよおッ!」
あんまりパニクるので、吾輩の方がびっくりしてしまった。あーっ、もう!悪魔の吾輩より大きな声を出すでない!
「なあ今は、君しかいないんじゃないのか。君だってもう立派な局員なんだから、君がしっかりしなくてどうするね?」
悪魔の吾輩が、まさかの正論を言っている。だがそんな吾輩に、正論を言わすこの新人ちゃんが無茶苦茶なのである。吾輩もここ結構長いが、君みたいに規格外の新人初めてであるよ!
「無理です……わたし、責任なんてとれませんよう……」
新人ちゃんは、えぐえぐ泣き出した。吾輩の最も苦手な展開に入りつつある。困ったなあ。
「わたしきっと、悪い子なんです……」
「悪い子だとぉ……?」
吾輩はぎろりと目を剥いた。
「いつも悪気はないんです、でもいっつもこうやって悪いことになってしまうんです。だから何をやってもダメなんです。こんなわたしが、お天気プログラムなんて作ったらきっとまた、悪いことが……」
「いい加減にしろ貴様ァッ!!!」
吾輩はついに怒った。さっきはびっくりして大きな声出したが、今度は本気でかちんと来た。新米ちゃんはびっくりして、目を剥いている。もはや吾輩に忖度はない。同じ職場を守る先輩として、言うべきこと言って何が悪いか。
「貴様風情が『悪い』などと言う言葉を安易に使うんじゃない。……『悪い』と言うのはな、『良い』があるから『悪い』でいられるのだ。それにな、本当に『悪い』子は自分を悪いなどと言わない。なぜならッ!自分が今『悪い』と知っている人間は、『良く』なろうとしているからだッ!」
「閣下さん……」
新人ちゃんのぐずりが止まった。吾輩の剣幕にびっくりしておるのかも知れないが、さっきまでよりは全然いい。吾輩は、いつもマクノウチさんがいじってるプログラムチャートを新人ちゃんに手渡した。
「やるがいい。……『悪い』子ならば、出来るはずだ。良くなろうと努力したいんであればなッ!このままだと、吾輩たち悪魔に失礼だと思わないか?」
もしやこれ、パワハラではないか?そこまで言って吾輩はふと、我に返っていた。今の子が怖いのは、吾輩渾身の励ましが、どうやって受け取られているのか分からないところである。マクノウチさんもおらんなかで、さっきまでめっちゃ怒鳴ってしまったしな。今さらちょっと不安になった。
しかしだ。
「はい……わたし、やってみます……」
お天気ちゃんは、しっかりと受け取った。吾輩の手からチャートを。
「わたし良くなりたいです!『悪い子』から挽回します!」
「ふはははっ、良しッ!その意気だ!頑張るがいい!お天気ちゃんがプログラムを作るまでは吾輩がつないでやるわッ!」
かくして、夕方からは緊急の出番である。悪魔門屋特製の鰻弁当を食べ、吾輩は頑張った。そのため正常に動いていた夕方のお天気は急変、まるでホラー映画みたいな雷とゲリラ豪雨がお仕事帰りのサラリーマンを直撃である。
「ふはははっ、愚かな人間どもめッ!逃げ惑っておるわ!鞄を傘にしてもこの雨は防げんぞッ!」
人間どもに悪いななどは、微塵も思わんなあ。
これが吾輩の本業だッ!
「閣下おつかれうぃす」
あいつ、ブレんなあ。あれは説教しても響かないに違いない。
とにかく、ばっちり、降らせてやった。道路は冠水してるし、電車は停まっておる。やりきった吾輩が、楽団と共に引き上げてくるとちょうど、プログラムを作り終えたのか、新米お天気ちゃんとすれ違った。
「助けてくれてありがとうございます!なんとか間に合いましたっ!」
相当頑張ったのかお天気ちゃん、顔つきは疲れはてていたが、目付きは輝いている。これぞプロの顔だ。
「ふはははっ、それは良かった!……いや、悪いな!」
「はいっ、悪いです!だからわたし、いつか『良い子』になってみせます!」
頑張るがいいお天気ちゃん。そしていつか、同じように君のような新人を良い子に導くのだ。
ちなみに当然ながら、すぐに『良い』子とはいかず、素人同然のお天気ちゃんの組んだプログラムは、ハッチャメチャであった。
やっとこさ戻ってきたマクノウチさんは、また上から呼び出された。お天気ちゃんも怒られただろう。しかし最悪の事態は免れたのだ。全然、クビになるようなことじゃない。
「お疲れ様です!」
ある日、吾輩はお天気ちゃんに局の廊下で声をかけられた。うーむ、おつかれうぃすより全然いい挨拶である。吾輩も手を振ってやった。あれからあの子、頑張っているらしい。相変わらず失敗も多いがもう大丈夫であろう。とても良い、いや『悪い』ことではないか。
もちろん吾輩も相変わらず、暴れておる。あ、ちなみに吾輩は『良い子』には決してならんからな。今後も覚悟しておけ人間ども。