食べつくし系って聞いたことある? その2
「〈二不〉だ! しかもあの大きさだ、ここにいる奴らだけじゃ無理だろ、離脱しよう!」
「みんな乗って!」
オリカが素早く【ヴィノ】を出し、ここから離れる態勢を整える。と同時に、激しい地響きが響き渡った。
ドズン ドズン ドズン ドズン ドズン ドズン
カメを見ると、こちらに向かってきているようだ。見つかったか?
脚運びのテンポはそれほど早く無いのだが、なにせ体がデカいので、ものすごいスピードで迫ってくる。
通常のリクガメが秒速一センチメートルとしても、ざっとその千倍の大きさのこいつは秒速十メートルにもなる。百メートルを十秒で走る陸上選手並みのスピードで山が動いているということだ。
百メートル日本記録保持者に追われているのとほぼ同等じゃないか。やべえ。
「馬鹿みたいにはええ! 早く早く! あんなもん踏みつぶされたら一巻の終わりだぞ!」
「焦らせないで! よし! 急ぐからしっかりつかまって!」
いつも冷静な二人が慌てている。それくらいの危機ということか。僕とニイは身を固くして、【ヴィノ】から振り落とされないように前の人にしっかりと捕まった。
オリカが全力で【ヴィノ】を走らせる。何とかカメとの距離を引き離し、中央の受付方面に向かうことにする。が、しばらくすると足音と地面の揺れがなくなった。
カメの方が立ち止まったようだ。
「あいつ止まったぞ、どうなってる?」
こちらも一旦停止し、油断なく見ているとカメが大口を開けた。そしてそのまま顔を地面に近づける。
バクッ!
口を閉じ、〈不退転〉騒動で刈り残した麦を口の中に入れた。そのまま租借せずにゴクリと飲み込み、すぐさまもう一度口を開けた。
「少しは噛めよなあ。カメなんだから」
カメが麦畑で狼藉を働く様子を見ながら、思わずつぶやいてしまった。
「「「ぷっ」」」
「あー、もう、普段ならこんなので絶対笑わないのに」「全くだ、緊張感なさすぎだろ」「とうちゃん、それは面白くないよ」
なんで責められるんだよ! みんな緊張が解けたみたいだし、感謝されてもいいくらいじゃない?
ひとまずちょっと相談する間ができた。もちろんいつ僕たちに襲い掛かってくるかわからないので、警戒は切らないようにする。
「うーん私たちよりも麦に興味があるのかな。ひとまず安全そうなのはいいけど、収穫を減らされるのは困るねえ」
「あの体だからなあ。下手すりゃここらの麦全部食われちまう勢いだぞ。まあ、でもどっかで休むだろうからその隙に残ったのを急いで刈るか?」
ヒズルヒスはそういうが、多分その予想は外れると思う。そう思う理由を伝えた。
「いや、あいつの名前見たでしょ。〈不眠不休〉。多分休まず食べ続けるんじゃないかな」
イソップ童話でも亀は休まないよなあ。
「「「……やばいね」な」……カレーパンが」
ニイがつぶやいた。そういえばそんなこと言ってたな。
「パンの材料は麦、回りに付けるパン粉ももちろん麦、カレーのとろみ付けは小麦、揚げる油は菜種油」
そ、そうだよね、油は違うよね。
「このまま食べ続けられるのは許せない! あのカメは、わたしが斬る!」
ギュッと口を引き結んだ表情でキメてるけど、ちょっと端がニヤけてるぞ。”斬りたい欲” が漏れてる漏れてる。
オリカとヒズルヒスもそう思ったのだろう、腰に手を当てて呆れ顔を見せている。そんな時、遠くから僕たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ヒズルヒスさん~、ニイちゃん~」
声の方向を見てみると、たくさんのなろうワーカーがこちらに向かってきているのが見えた。馬だったり、走ってきていたり、【アクセサリ】っぽいものに乗ってきていたりと様々だ。
馬に乗って先頭を走っているのは”なろうワーク”受付職員のホリィのようだ。すぐ後ろにはハンブル=チュウソンも見える。
「あ、オリカとヒデンさんも。救難信号を出してたみたいですけど、大丈夫ですか?」
ホリィが僕たちのそばに来て言った。
「どうなることかと思ったけど、今のところ無事だよ。あれ見て」
容赦なく麦を食べまくる〈不眠不休〉を指で示しながら、ひとまずこれまでのいきさつを説明する。
「なるほど。放っておいてたら、食べつくされちゃうし、町の方に向かわないとも限らないし、なんとかここで対応しないとダメなようね」
ホリィが後ろを振り向き、駆けつけてきた“なろうワーカー”達を見据える。そして体に似合わない大きな声で全員に伝えた。
「ここであの〈不の付く災〉を倒します! もちろん、報酬は弾みますのでご協力よろしくお願いします!」
それを聞いた”なろうワーカー”たちは激しい歓声を上げた。
「オリカはいつも通り後方にいて治療! ヒズルヒスさんとニイちゃんは攻撃に参加してください!」
「おう!」「まかせて!」
「えっと、僕はどうしたらいいでしょうか」
「オリカ? ヒデンさんは戦える?」
「ヒデンでんは私と一緒に行動かな」
「じゃあそれで。私も行くよー。【ウィッシュパレス】!」
ホリィが自分の《ドレス》の名を叫んだ。全身がまばゆく光る。これは、かなり《着力》が高い人の装着だ。光がおさまると巫女服風を着たホリィが現れた。他のワーカーたちも自分たちの《ドレス》を着用する。
「突撃-」
合図と同時に全員がいきり立って〈不眠不休〉に向かって行く。“なろうワーカー”達と〈不眠不休〉との闘いが切って落とされた。
いや、切って落とされたように見えた。この時は。




