ライ麦畑でぶった斬る その11
ニイの腰回りに《枠》の素をイメージする。そして手を外側に動かして、その円のイメージの直径を広げて引き伸ばしていく。
例えるなら、ろくろに乗った粘土の塊を広げて薄めの"皿"を作るような要領だ。ごめん、"要領"とはいっても、陶芸をやったことはないので想像だ。
「このくらい?」
およそ一メートルほど広げて、ニイが刀を振れるかなという距離になったので聞いてみた。
「うん、これぐらいかな」
よし、目視通り。
「じゃあ、行くよ。『円盤』」
ニイの腰回りに平べったい円形の《枠》が実体化した。レコードの中心にニイがはまり込んでいるよな格好に見える。
「ちょっと小さくないか? ニイの刀はもっと長いだろう?」
そうヒズルヒスが口をはさんで来た。
「【ニギリ】は【アクセサリ】だからね。斬るときだけ伸ばすこともできるようになったんだよ」
ニイが答える。ヒズルヒスなら能力を見られても構わないという判断だろう。ちなみに僕は知っていたぞ。人見知りされてるけど、チームメイトだからね。ふふん。
「ほう、前に手合わせしたときにはそんな技はなかったな。見せてもらってもいいか?」
「ヒズルヒスならいいよ。【大橙刀 ニギリ】」
そう言ってニイは刀身が途中で切れている短い【ニギリ】を出した。先が細くなっておらず、刀というより鉈のような形状だ。
「せいっ!」
そして、それを横薙ぎにブンッと振るった。
振る前の鉈状の【ニギリ】は腰回りについている円盤の直径内に収まっていたが、振り切った後はニイの身長以上の刀身を持つ通常の【ニギリ】になっていた。
「おお! これは間合いが取りにくいな。ねだっておいてなんだが、見せてくれてよかったのか? 模擬戦の一本損したぞ」
「模擬戦なんて、十本も二十本もやるんだし、一本分くらい虚を突けなくなったくらいどうってことないよ」
「そりゃそうだ。ふふ、やっぱりSDGsのやつらとは考え方が合う」
一発勝負なら、いわゆる"隠した秘策"に意味はあるけど、《不対免許》持ちにはそんなもの意味ないもんな。どんな〈不の付く災〉がいつ現れるかわからないわけで、ベストをぶつけ続けて自己を高めること、共に戦う仲間と最大限の連携をとれるようにしておくことが重要だから。
「えーと、続けていいかな」
とは言え作業を中断されては先に進めないので声をかける。
「おお、すまんすまん。邪魔したな。」
僕は出来上がった『円盤』の縁に手の平を沿わせた。
「『円柱』」
出来上がった『円盤』に『円柱』をくっつける。高さはニイの膝から肩くらいまでだ。手をつないだままなので"手四つ"状態になっている。
手を離し、ニイにこの《枠》を消してもらうようにお願いしてみた。
「『消去』」
ニイの掛け声とともに『円盤』と『円柱』の両方が消えた。よし、うまくいったぞ。
「お、いいじゃないか。次はそれで跳べるかどうか試そうぜ」
「そうだね、じゃあもう一回」
ということでもう一度『円盤』と『円柱』をくっつける。
「ニイ、跳んでみろよ」
「わかった。──────行くよ」
スッとニイがしゃがんだ。少しの間その姿勢を保ち、息吹を行う。ニイの《ドレス》である【スプラッシュナイト】の能力は“静から動へ、溜めた力の爆発を強くする”ものだ、力を溜めているんだろう。
「『完訣閃』!」
ドンッと地面を蹴る音がすると同時に、ニイの体がグンッと打ち上がった。まさに"間欠泉"を彷彿とさせる勢いである。
「おおー、上がったな、よさそうじゃないか」
額にひさしのように右手を当てて上空を見ながら、ヒルズヒスが言う。僕も両手をひさし状に当てながらニイを見ていた。
「だね。あとは消して斬る動作を練習すれば…………」
ん? さっきこの辺に一匹〈不退転〉がいるって言ってなかったっけ?あいつ動いてるものを問答無用で捕まえに来るんじゃなかった?
なんて思っているとヒュンと視界の外から巨大トンボが現れて、棘の付いた六本の脚でニイを後ろから素早くキャッチしてしまった。
海を見ている観光客の持っているサンドイッチを攫っていくカモメを見ているような出来事だった。本日二回目。
「お、かかった」
「えええええ?! 練習してなくない? 大丈夫なの?」
慌てて〈不退転〉の向かった方向に走る。
「新入り、おまえあいつをなめすぎてないか? 練習しなくてもちゃんと斬れると思ったから跳んだんだろ?」
ヒルズヒスもついてきてくれる。
「そう思いたいけど、後ろから捕まってたよ? 背中のものって斬れるっけ?」
剣術って後ろのものを斬る想定はしてなくない? 彼女の練習も見てきたけど、前方の的、よくて横の的しか斬ってるの見たことないぞ。
「…………多分?」
「"多分"じゃないよ!」
僕は焦ったが、ニイはやはりこういう事態も想定していたようだ。彼女も優秀な"不対免許持ちワーカー"だった。
ニイを捕らえた〈不退転〉が《枠》に違和感を感じたのか、空中で停止した。ホバリング状態だ。するとパッと彼女を覆っていた『円柱』が消えた。
『消去』したらしい。トンボの六本脚の籠の中にニイが浮かぶ。
姿を現した彼女は、【ニギリ】を背中に構えていた。
忍者が背中に携えた忍者刀を掴むときのように【ニギリ】を背中に回し、左手は腰の左側で【ニギリ】の峰付近のグリップ部分を掴んでいる。タオルで背中を洗う時のように、あるいはそう、寒中に行う手拭いを使った健康法"乾布摩擦"のように。
「『完膚真割』!」
そう叫んで、【ニギリ】のグリップを掴んでいた左手を開放し、右手で刀を振りぬく。彼女の刀は背中から正面まで、袈裟斬りの軌道を通過した。
結果、見事に自分の背後にいた〈不退転〉を両断せしめた。
お見事!!




