第2話 座敷童との出会い
実家と祖父の家は場所が違う。
祖父の家は、実家から国道を上がって、目立たないわき道に入り、そのわき道も途中から舗装が途切れ(私道に入ったからだ)、まるで人なんか住んでいないみたいな場所だった。
もう年で不便だから、こっちへきたらどうだと父は勧めたらしいが、一人でどうにか出来る間はここで暮らすと祖父は頑張ったらしい。
「最後の一年はそんなことも言ってられなくなって入院してたよ。もっと早くうちに来てりゃ、もっと長生きできたろうに、父さんも」
父はそんなことを言っていたが、久しぶりに、祖父の家に来た時、俺は、祖父の住める限りは、ここに住みたいと言う気持ちがよく分かった。
外からの視線は全く届かない。
目の前は、広い庭で、昔は畑をしていたらしい。自給自足だ。
その奥は林。向こう側は全く見えない。
まるで、地球の一部を切り取って自分のものにしたような錯覚を抱かせる。
俺は、この家には思い出があった。
夏休みに、この祖父母の家に来たときは、よくこの庭で遊んだものだ。その時は何人か友達がいた。近所の子とか、親戚の子だった。
俺も小さすぎて、今となっては記憶もおぼろだったが、盗賊ごっこだったり缶蹴りだったり、夢中になって遊んだ。
今は家だけが残っている。
日当たりのいい、南向きの昔風の農家で、草がぼうぼうになっていた。
元の庭を取り戻したい。どうせ誰のものでもない。誰も知らない秘密の庭だ。
金にもならない欲望が俺の心に湧いて出た。
庭は木々に囲まれていて、その向こうには祖父が開墾したのか、またもや畑が続いていた。
もちろん今は何も生えていなくて、森の中にぽっかり日当たりのいい空間が見通せるだけだ。
締め切ってあった雨戸をあけ、外の小屋をあさると、鎌と草刈り機が出て来た。
草刈り機なんか使ったことがなかったが、この際、その方が早い。昔、祖父が使っているところを見ていたことがある。人力でやるのとはスピードが格段に違うのだ。
説明書はなかったが、適当にあれこれやってエンジンを入れてみると、ちょっとびっくりするような大きな音を上げて動いてくれた。なんだかとても怖かったが、家の周りの草だけでもきれいにしたい。
慣れてくると、なかなか面白い。誰も住んでいないから近所迷惑にもならない。ぶぃーんぶぃーんと大きな音を立てて思い切り刈りまくった。
疲れた。
5月でも背中には汗がにじんできた。
だが、いい気分だった。たまには体を使うのはいいことなんだ。
元の庭らしくなってきた。嬉しかった。
「腹が減ってきたな」
めんどくさかったけれど、クルマで国道まで戻ってコンビニに行って、ボトルのお茶やおにぎりや簡単な食べ物とお菓子を買って、国道から実家に電話した。
「仁? どこにいるのよ。夕ご飯には戻んなさいよ?」
「友達に会っちゃったんだよ。晩御飯、遅くなるかもしれないから、勝手に始めちゃってよ」
国道からならケータイがつながる。一応、事情説明をしとかないと母はうるさい。
友達はなかなかいい言い訳だった。
何時だってそうだが、いちいち説明していたらきりがない。それに母は覚えてくれるとは限らない。
祖父の家に戻ると……驚いたことに、縁側に誰かが座っていた。
「誰ッ?」
思わず声が鋭くなった。
「ひっ」
小さな姿がおびえて頭を覆った。
なんだ、子どもか。
コンビニの袋をガザガザさせながら、俺は近づいていった。人が出入りするだなんて、例え子どもでも不愉快だった。
せっかく見つけた自分だけの世界なのに。草を刈ったのは俺だぞ?
「人の家だ。入っちゃダメだ、帰んなよ。このあたりの子なの?」
声をかけられた途端、人影は死ぬほど驚いて飛び上がった。
「すみません。ちょっと懐かしかったもんで。すみません。誰もいなかったから。ごめんなさい。出ますから」
子どもじゃなかった。高校生くらいの若い女の子だった。
「誰なの、君。どこの家の子なの?」
チラっと見えた顔は、ひどく怯えてゆがめていたが、きれいな顔だった。
「誰なの?」
僕は不安になって呼びかけた。
知っているような気がした。
いや、そんなはずはない。こんな若い女の子に知り合いはいない。
少女は元畑の畝につまづきながら、全速力で走って逃げて行った。
「なんだよ? あれ?」
僕の口はそんな言葉を声に出したが、心の中では、必死になって誰だったか思い出そうとしていた。
僕は確かに、その少女の顔を知っていたのだ。多分だけど。
その大きすぎる目や、細いあごに見覚えがあった。誰かに似ているのだ。