第13話 王太子妃教育とフランツの裏切り
謎の座敷童は絶叫した。
「どこの女なの? こんな変な格好の女が好きなの?」
ちゃうし!
「否定すな!」
鋭い声で、宇津木さんが俺に警告した。
「否定すると、ヤツがキレる!」
しかし、彼女の注意を素直に聞けるほど、俺は冷静ではなかった。
「誰が恋人だ、誰が」
思わず反論した。
「議論にならんから、黙っといて! 刺激すると、何やり出すか分からんし!」
宇津木さんは横から忠告したが、その顔は引き攣っていた。そんなにひどいの?このワンピース女?
「成敗!」
レースとリボンが大量に付いた、ワンピースを着た黄色い塊が、そう叫びながら、こっちに向かって突進してきた。
「フランツ王太子殿下!」
ちょっと! ちょっと、待って? それ誰?
「セント・ローレンツ大聖堂で婚約式をした時も、あなたは愛をささやいてくれた。お父様の国王陛下も認めて下さった」
そんなんあり? この世に婚約式ってありましたっけ? 国王陛下って誰? 俺の父ちゃん、明義って言うんですけど。
「京都の神社で綿帽子の君が見たいって言ったじゃない」
いきなり日本に戻るな。
「王太子妃教育も頑張ったのに……」
涙声だった。
「あの、中学校も不登校気味って言ってたよね」
俺は傍らの宇津木さんにささやいた。
「黙って……」
座敷童を必死に見つめていた宇津木さんだったが、叫んだ。
「危ない!」
王太子妃教育の件で、一瞬だけ目を離していた隙に、座敷童は懐から包丁を取り出していた。
包丁!
「ギャー」
雄叫びと共に突進してくる。
なんか、なんかないか?
ジョウロしかなかった。プラスチックの。緑色の一番安いやつ。
包丁に勝てないかも。
ジョウロを振りかぶったと見せかけて、俺は、座敷童の腹を蹴った。
「ギャアアアー」
驚くほど大きな声で座敷童は吹っ飛んでいき、その拍子に包丁は手からすっ飛んで、宇津木さんに当たった。
「宇津木さん! 大丈夫か?」
もたもた着込んだジャージのおかげで、多分包丁は刺さらなかったと思うが、俺は大声で叫んだ。
「なぜ、そんな女を庇うの?」
「いや、何で包丁なんか持ち出すのよ」
俺は言い返した。
「あっぶねー」
ナスの枝を添え木にくくりつけるヒモがあったので、俺は素早く座敷童の手を縛り上げた。
「護衛騎士はどこ? 王太子妃の危機よ?」
「やかましい」
手をくくっても、立ち上がって走り去ろうとするので、足払いを食らわせ、足も縛ってやった。
普段なら、こんなこと、絶対やらないし出来ないはずだが、これが火事場のバカ力ってヤツだろうか。
「110番くらいやれよ!」
宇津木さんに怒鳴ったが、一言返ってきた。
「圏外」
その後の騒ぎは、生まれて初めての体験だった。
田舎のくせに、パトカーはやたらに速く来た。
事情聴取され、連絡先を聞かれ、もう恥ずかしいったらなかった。
だが、意外だったのは、座敷童の顔を見た途端、警察の表情が変わったことだった。
「またか」
「でも、今度は包丁持ち出してますからね」
警察のもう一人の方が言った。
「あなた、ケガは?」
宇津木さんは渋々腕をまくった。
「えっ?」
あんなに軽く当たっただけなのに?
彼女の腕には、小さいけれど傷があり、わずかばかりだが、血が流れていた。
「傷害罪だね」