第七話 愛血の魔女の力
本日溜まっていた話を一気に登校しています!
第四話を見ていない方はそちらから見る事をお勧めします!
「エレベーター一か所じゃねぇじゃん……」
美月に目当ての洋菓子店の場所を聞き出して同居人の機嫌を直すための宝石タルトを求めてファクトリア内に足を踏み入れた裕介だったが、ファクトリアは大型の複合商業施設であり、それだけの規模になれば当然エレベーターが設置されている箇所も一つとは限らない。
現にファクトリア内には計五か所に客向けのエレベーターが設置されており、場所の手がかりを手に入れはしたが結局ファクトリア内の三階をグルグルと歩き回る事になってしまった。
ただ苦労のかいあってか、無事に目当ての洋菓子店へたどり着き、機嫌を悪くしている同居人含め三人分の宝石タルトを購入する事が出来た。
「にしても、あんなに並んでるなんてやっぱ人気なんだなぁ」
可愛らしい装飾が施された四角形の紙箱を右手に下げながら、今もなお店舗に並んでいる人の列を見て裕介が呟く。
この箱の中身を買うために十数分ほど並ぶ事になった。並ぶ事や待つ事が苦手な裕介からすれば苦行の時間ではあったが、その分手に入れたタルトの味には期待して良いのだろう。
思えば洋菓子を最後に口にしたのはかなり前だった気がするな、と少しばかり胸を躍らせた裕介が鼻息混じりにファクトリア内の通路を抜けていき、一番出入り口に近いエレベーターを目指す。
「……お、冬也と美月だ」
帰り道を急ぐ途中、吹き抜けとなっている広場へ差し掛かったところで、一階で半泣きになっている子供の手を引く冬也と美月の姿を見つけた。
冬也はせわしなく首を左右に振っており、美月は力強く子供の手を握りしめている。子供が目じりに大粒の涙を浮かべている事や握られていない左手で自分の服を力強く握りしめている事から、恐らく迷子の親探しを手伝っているのだろう。
これだけ大きな施設であれば起こるトラブルの量も質もより大きなものになってくるだろうに、仕事熱心な事だ。そう心の中で感心混じりに息を零してから、視線を二人から外してエレベーターのボタンを押そうと足を動かす。
そして一歩前へ踏み出したところで、ガラスが割れる大きな音と、風を斬る不穏な音が響いた。
ひゅっと間の抜けた音を喉から鳴らしながら、眼球だけを動かして自分の横、右側にある吹き抜けとなっている空間を見る。
まず最初に視界に入ったのは、五階までの高さがある大きなガラスの一部が割れ、キラキラと光る破片が宙を舞っている光景だった。
そして次に目に入ったのは、キラキラと光るガラス片に囲まれながら、こちらに飛び込んでくる不気味な人影だった。
カートゥーン調の可愛らしい猫の被り物、ボロボロに敗れている灰色のドレス、生々しく傷ついたタイツに覆われた足、値段の張りそうな光沢のあるアンクルブーツ。
やけに年季が入っている様に見える点以外は比較的可愛らしい、人間の子供サイズの人形だ。しかし、可愛らしさとはかけ離れた部位もある。
両肩から伸びた二対の腕の先、人間で言う所の指に当たる部位には人の指と思われる物は無く、代わりと言わんばかりにギラリと嫌な光を放つ鋭利な刀が伸びている。
アンクルブーツの靴裏にはスケートシューズの様な歯が伸びており、その歯もまた赤黒い何かで薄汚れている。
風貌だけで言えば、ホラーゲームやパニックホラーの主役に選ばれてもおかしくはない存在。それが今、裕介の首目掛けて飛び込んできている。
「っぶねぇ!」
刀が取り付けられた四本の腕の内、二本は突き刺す様に、残り二本は切り裂く様に突きだし、振り下ろされる。
咄嗟の事だったで反応が遅れてしまった裕介だったが、間一髪地面を蹴り飛ばして横に飛ぶ事は出来たようで、右上腕の振り下ろしで頬を掠めた程度の傷で済んでいる。
「いってぇな…!何だお前、何の用だ?」
小さく開いた傷口から滴り落ちる鮮血をシャツの袖で拭いながら、突如襲い掛かって来た不気味な人形を探る様に睨みつける。
人間としてあり得ない構造や、あの身軽さから考えて魔術で動いている人形である事は間違いない。であれば近くにこの人形を操っている人形遣いがいるはずなのだが、生憎ここは大規模商業施設、建物内には千を超える人がいる上に広間のガラスが割られた事でパニック状態になっている為特定の人物を探すのは限りなく不可能に近い状態になってしまった。
(魔女狩りの奴らか?俺を狙う理由なんてそれ位しか……)
カタカタと音を立てて不気味に震える人形の動きを見逃さぬように睨みつけ、裕介は脳を高速で回転させる。
ただの目立ちたがりのテロリストがたまたま起こした事件に巻き込まれ、たまたま第一標的になってしまっただけなら簡単な話なのだが、そんな天文学的確率を引けるほどの幸運は自分に無いと自負している。その上、裕介自身にもこの手の輩に襲われる理由に心辺りが無い訳では無い。
魔女狩り。魔術が一般的に認知されるようになったと言う第一次世界大戦よりも遥か前の時代から、強力な魔術とその魔術を行使する魔女と呼ばれる存在を目の敵にしている集団。
そんな奴らが狙う魔女の一人には、裕介と関係の深い魔女も一人いる。目の前にいる謎の人形と姿の見えない人形遣いもまたその一人である可能性が高い。
「今更何のつもりだよっとぉ!?」
裕介が恨み言を吐き捨てた瞬間、人形の関節からカチリと音がなり足を屈めることなく突如として裕介の肉を引き裂こうと跳び上がる。
何のタメも無い、人間ではありえない動き。目先にいるのが魔術で動く人形である以上、人間の常識など通じないのが当たり前なのだが、少女にも見えるその風貌に引っ張られて動きに反応するのが一瞬遅れてしまう。
「ってぇ……!」
ブオン、と空を切り裂きながら振り回された二十の刃の内一つが裕介の腕を掠める。切先一センチ程度が触れただけの、軽微な傷だ。ピッと縦に伸びた傷口から赤々とした鮮血が垂れ落ちていき、ジンジンと響くような痛みが腕に走るが腕の動きそのものに支障は無い。
宙を掻きまわす様に振り回された四本の腕が、関節からぐるりと回転して再び裕介目掛けて振り下ろされる。
(動きがサッパリ読めねぇ!これだから人形は嫌いなんだ!)
迫り来る刃を身をよじってすり抜けながら、心の中で悪態をつく裕介。
正直愛血の魔女から授かった力を使えば目の前のブサイクな人形をどうにかする程度簡単なのだが、裕介が持つ魔術は時間制限がある上に使用後に大きなデメリットが残ってしまう。
今襲ってきているのはこの人形一体だが、何処かで別の仲間が隠れている可能性もゼロではない。もし手練れの伏兵が隠れているのであれば、メアの支援も無しに魔女の力を使うのは危険度が高い。
そう考えて回避と解析に専念しようと更に後ろへ一歩足を退いたところで、ブワッと大きな音が鳴って見慣れた少女が裕介の視界に飛び込んできた。
短い黒髪をハーフアップにして保安部の腕章を腕に付けた、強気な視線を向ける少女、美月だ。
恐らく吹き抜けになっている一階の広間から魔術を用いて三階まで跳び上がって来たのだろう。その証拠に美月の周囲には上へと舞い上がる観葉植物の葉や埃が散らばっており、そして銃口の様に突きだした右手のひらには半透明な球体が浮かんでいる。
美月が得意としている風を操る魔術だろう。
「何でアンタが……いや、右に避けなさいッ!」
「わか……ったぁ!」
迫り来る刃から逃げ回りながら、グッと右足に力を籠めて左側、美月から見て右側へと一気に飛び出す。
何度か学校で見せて貰った事があるが、美月が今から放とうとしているのは風の砲弾を撃ち出す大砲の様な魔術だろう。
裕介が勢いよく地面を蹴って横へ飛んだのとほぼ同時に、美月の手のひらに収まっていた空気の塊が勢いよく撃ち出されて無防備な人形の背中へ叩き込まれる。
その勢いのまま、人形は突風に乗せられ数メートルほど吹き飛んでコンクリート造りの壁に叩きつけられる。ガシャン、と大きな音がなって傷が入ったコンクリートの壁から土埃が舞う。
「うお、おっかねぇ……!俺に当たってたら死んでたんじゃ……」
「だから退けなさいって言ったでしょ」
「こっわ……」
パラパラと天井から土埃が舞い落ちる光景を見て、ゾッと背筋を震わせながら裕介が息を零す。そして立ち上がろうと右足を床に突き立てたところで、左わき腹に鋭い痛みと衝撃が突き抜けた。
「ちょ、裕介ッ!?」
「いッ!?」
慌てて左わき腹へと手を伸ばすと、自分の脇腹からは火傷しそうな程の熱量を帯びた液体があふれ出しており、細長い槍のような物が背中から脇腹を通ってお腹から突き出しているのが確認できた。
脇腹に走る痛みに顔を顰めつつ慌てて視線を背後へと向けると、人形の姿を隠していた土埃の一部に渦を巻いたような穴が開いており、そこから肘から飛び出た砲身をこちらに向けているあの人形の姿が見えた。
裕介を貫いた槍はあの肘元にある砲身から射出されたので間違いないだろう。そう考えてギリリと歯を食いしばった裕介を一瞥してから、人形の全身からガチャガチャと不快な音が鳴り響いてその姿を変形させた。
背中からは更に二対の腕が伸び、その指先には元々あった四本の腕程でないが長い刃が取り付けられている。不気味な猫の被り物は口元がパックリと開き、そこから昆虫の顎の様にも見えるギザギザとした小さな丸鋸が二つ飛び出している。足は前後にパックリと割れ、足先の刃物を地面に突き立てて立ち上がる。
その姿は猫の被り物を被った少女とは打って変わった、不気味なカマキリの怪物の様にも見える。
「ってぇなぁ、お前……!」
ギャリギャリと口元の丸鋸を鳴らすカマキリ人形を睨みつけた裕介がゆっくりを立ち上がり、人形へと向かい合う。
魔女の特性を考えれば命に係わる致命傷にはならないだろうが、深手を負ってしまった以上は戦闘を長引かせる訳にはいかない。時間が経てば経つだけこちらの体力が削られていくし、中途半端な攻撃ではあの人形を破壊することも、人形遣いを仕留める事も出来ない。
騒ぎが起こってから時間が経っている事もあり、美月や冬也以外の保安部が駆けつけてくるのも時間の問題だろう。その為魔女の力を使った後遺症についてもある程度は軽減できるハズだ。
そう結論付けた裕介が、脇腹に突き刺さった槍を勢いよく引き抜いた。引き抜いた槍と共にわき腹からはおびただしい量の血液が吹き出し、フローリングの塗装を赤く彩っていく。
「きゃっ!?ちょっとアンタ何やって……!」
「美月、カバー頼むぞ、特に戦闘後!」
裕介がそう叫ぶと、脇腹から噴き出していた血液が空中でピタリと止まり、そして全体を覆う様に体の表面を這うように広がっていく。
全身の表面を覆った血液は瞬く間に凝血していき、あっという間に全身を覆う鎧のような形になる。
愛血の魔女。血の契りを用いて眷属を増やした魔女は、自らの血液を刃や防具に用いていたと言われている。
その能力を授かった裕介にとっては、この血で出来た鎧は自分専用のパワードスーツのような物だ。鎧の下に忍ばせた血液を操りながら体を動かし、口部から霧状になった血液を放出する。
かつて世界を震撼させた魔女の力の一端が、ここに再臨した。