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第五話   ベッド in 修羅場


「んあ……」


 閉め切られたカーテンの隙間から爽やかな朝日が室内に注がれ、軽やかな鳥のさえずりが裕介の意識を緩やかに目覚めさせる。

 今日は休日であるため別に朝早く起床する必要は無いのだが、日頃からこれぐらいの時間に起きているため、勝手に眠りが浅くなってしまうのだ。

 未だ瞼にのしかかる眠気を押しのけ、力強く瞳を開こうとする裕介だが、瞼に当てようとして腕が何かに阻まれて動かない事に気が付く。


(またメアが潜り込んだのか……?)


 裕介は体を覆う暖かな感触に、眉を顰める。

 流石に毎日では無いが、週に何度かはメアがベッドの中に潜り込んでくる事がある。そして昨日の夕飯から先は総じて機嫌が悪かったため、恐らくそれが理由でベッドの中に入り込んできたのだろう。

 そう考えた裕介が体をもぞもぞと動かして作ったスペースから右腕を外へ出し、体に抱き着いているメアの体を引き剥がそうと手を伸ばす。


「ん、んぅ…………」


 伸ばした腕でメアの体を引き剥がしながら退けろ、と口を開こうとした裕介だったが、伸ばした腕の先から伝わってくる、ふにょりとした柔らかな感覚に妙な悪寒を感じて体が強張ってしまう。

 言葉では言い表せない様な柔らかな感触と、自分の体温よりも遥かに高い熱を帯びた物体。熱を帯びている事から人体の一部である事はわかる。

 そして残念な事に、裕介の記憶が正しければメアの体にはこれほど柔らかく大きく育った部位は無い。上から下までほっそりとした幼児体型のメアでは、暖かさはあってもこれほどの柔らかさは無いハズだ。


「これ、まさか……ッ!?」


 ピリピリと走る緊張感に喉をゴクリと鳴らしてから、恐る恐る瞼を開く。

 まず最初に視界に飛び込んできたのは、水気を帯びてプルリと光る艶やかな唇だった。その唇はすぅすぅと立つ寝息に合わせて小さく開閉を繰り返している。

 そして目を動かして唇よりも上へと視線を向けると、そこには横になっているからか乱れた長い茶髪と、閉じられた大きな瞳があった。

 メアの物とは明らかに違う、幼さを少しだけ残している整った顔立ち。それは昨夜から不知宅に居候する事になった、稲穂かすみの寝顔だった。


「……て、事はこれ…………」


 顔からサァッと血の気が失われていく感覚を味わいながら、裕介が恐る恐る視線を手元へと向ける。

 先ほど、抱き着いてきている相手をメアだと勘違いして押しのけようとした腕は、何か柔らかな物に当たって止まっている。

 だが、今裕介と同じベッドに寝転がっているのはメアでは無く、かすみだ。

 であれば、腕に今もなお伝わる柔らかく暖かな感触の正体も自ずと理解できた。


「…あ………」


 裕介が向けた視線の先には、引っ付いている相手を押しのけようと伸ばした自分の腕が、かすみの大きな胸の間に埋もれているのが見えた。

 無意識ながらも、自分の腕を同年代頃の女性の胸の谷間に突っ込んでしまった。その事実に気づいた裕介が頭をカァッと熱くし、慌てて手を引き抜こうとする。


「んぬ……」


 しかし、まるでそれを妨げようとしているかのように、かすみが身じろぎを起こしながら腕を伸ばし、再び裕介との距離を詰めてきた。

 二人の間にあった空間は鼻頭が触れ合う様な距離まで縮まり、裕介が引き抜こうとした腕は背中へと回された細腕に阻まれて思うように動かす事が出来なくなってしまう。

 あと数センチ近づけば唇同士が触れ合ってしまう様な距離にいる相手に、心臓を痛いほどに震わせながらも目の前のかすみが目を覚ます前に、妙な勘違いを起こされてしまう前にベッドから出ようと身を捩らせた裕介だったが、次に聞こえてきた音に体を再び強張らせた。


「んぁぁ…、んん、ん~……?」


 かすみの寝顔に阻まれて音の出所を確認する事は出来ないが、目の前にいるかすみの口が開いていない事と何度も聞いた覚えのある声からして、床に敷いた布団で眠っていたメアが目を覚ましたのだろう。

 その事実に裕介の脳内にある危険信号がガンガンに働き、けたたましいサイレンの音が鳴り響き始める。


(ヤバイヤバイヤバイ……!)


 この場面をメアに見られるのはマズイ。本能がそう告げてくる。

 メアからすればかすみは裕介が昨夜急に連れ込んだ女性であり、そんな女性といきなり同じベッドで眠っているところをメアに見られれば何を言われて何をされるか分かったモノではない。


 しかし、見られてはマズイ事は直感的にわかりはしたが、だからと何をすればこの状況を打開できるのかが全く頭に浮かんでこない。

 腕や体に力を籠めて抱き着いているかすみを力任せに引き剥がせば大きな音が鳴ってしまう上に、状況的に同じベッドにいた事が丸わかりだ。

 だからと言ってゆっくり抜け出そうとしても、背中に伸びているかすみの腕に阻まれて中途半端な力でな逃れる事も出来ない。

 そもそもすぐ隣に目を覚ましたメアがいる時点で、バレずにベッドから出るのは限りなく不可能に近い。であれば、裕介が取れる選択肢は自ずと限られてくる。


(このままジッと寝たふりをし続ければ……)


 比較的自由に動く片腕を使って掛布団の端を掴み、自分とかすみの頭が隠れる位置まで布団を移動させる。掛布団を捲られればおしまいだが、これで一目見ただけでは同じベッド内にいるかどうかはわからなくなっただろう。


「んん……、朝ご飯作らなきゃ……」


 裕介の祈りが通じたのか、メアはゴソゴソと音を立てながら布団から起き上がって台所があるところへと視線を向けた。

 常日頃から裕介と同じか少し早く起きては朝食の準備をする習慣が身についているためか、その視線が裕介たちが隠れているベッドに向けられる事は無い。


(頼む、このまま気づかないでくれ……!)


 裕介が目をグッと閉じ、神に祈る様に心の中で叫ぶ。

 その願いを知ってか知らずがメアが寝ぼけ顔のままスッと自身の掛布団を捲り上げて立ち上がり、トタトタとフローリングを素足で叩く音が聞こえて音の出所が遠ざかっていく。

 その音を聞いてメアが離れたのを察し、裕介がホッと胸を撫でおろす。後は台所か洗面台に行ったであろうメアが戻ってくる前にベッドから抜け出して何喰わぬ顔でおはようを言うだけだ。


 そう考えて頭に被っていた掛布団に手を伸ばそうとしたところで、突如ドタドタと大きな音が耳に飛び込んできた。

 そしてガバァッと勢いよく掛布団が捲り上げられ、窓から降り注いでいる朝日が目に飛び込んでくる。

 その眩さに怯みながらも、恐る恐る瞼を開いてみると、そこには不満げに眉間に皴を寄せて二人を睨みつけているメアの姿があった。


「……お、おはよう」

「おはよう、裕介。……それで、何でかすみと二人で寝ているの?」

「よ、よく気づいたな……」

「うん、キミの事はいつも見ているからね。それに、掛布団から茶色い髪が出てたからさ。君の髪は黒だから」

「あ、あぁ……」


 ムスッとした表情から一転、曇りすらない晴れやかな笑顔を浮かべたメアがにっこりと微笑みながら小首を傾げる。

 そして、乾いた静寂が二人の間に流れ、数秒程間を開けてからメアがガバッと裕介の元へと飛び掛かって来た。


「キミは、ボクというものがありながらー!」

「うおっ!?やめろ止せ、流石に三人はベッドが壊れる!」


 ギャーギャーと騒ぐメアに飛び掛かられ、ギシギシと揺れるベッドの上で一悶着を起こしてから、不知家の一日が始まるのだった。


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