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第三話   カノシャツには胸が大きすぎる。だから彼女はカレシャツした


 進化特区オリュンパス第七居住区の外れにある古びたボロマンション。 

 そのマンションの一室では、二人の少年少女が重苦しい空気の中、リビングの中央に置かれた折り畳み式のローテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。

 二人の間には浴室から響いて来るシャワーノズルからお湯が流れる音だけが悲しく響いている。


「ふ~ん……。それで、放っておけないから連れ帰って来たんだ」

「あぁ。流石に野垂れ死にさせるわけにもいかないだろ?だから別に他意がある訳じゃ……」


 蛇に睨まれた蛙、妻にキャバクラ名刺を見られた夫の様にジトっとした不満げな視線を向けてくるメアに背中を丸くしながら、必死に弁明を続ける裕介。

 会話の内容的には嘘など一切ついていない。裕介自身、あの少女相手に何か下心があった訳では無く、正義感のみでこの家まで連れ帰って来たのだ。

 それに自宅にはメアが帰りを待っている事も理解していたし、邪な話メアがいる以上そう言った行為に発展する事は無い断言出来る。


「なっ?飯と一泊ぐらい良いだろ?頼むよ、お前もアイツが野垂れ死ぬのは後味悪いだろ?」

「んむぅ……。まぁ、そりゃそうだけど……」


 頭の上で両手を合わせながら頭を下げ、拝むような体勢になって裕介が必死に頼む込むと、メアは複雑そうな表情を浮かべながら言葉を言い渋った。

 心の底から彼女を受け入れる事を拒絶している訳では無いようだが、他に何か懸念点がまだ残っている。そう言った面持ちだ。

 メアが小さな胸の前で両腕を組み、目を細めながらむんむんと(うな)りながら頭を捻る。そうして数秒程(うな)ってから、はぁ、と小さくため息を零して口を開いた。


「別に、お米は明日の朝用に多めに炊いているし、鍋も多いぐらいだったから問題は無いんだけど、そもそもあの人ご飯食べて一日泊ってハイお世話になりましたサヨウナラ、ってなるの?」

「……ん?」

「だって、あの顔つきや服の汚れから見て数日はまともな生活を送ってない事になるよ。多分、家出か何かの事情があるんだろうけど、明日以降の泊まる場所とか、食べるご飯とかはあるの?」

「……あ~………」

「きっと君の事だから後先考えずに連れて来たんだろうけどね。……まぁ確かに放っておくわけにもいかないし、数日程度なら良いけど」

「あ、あぁ!ありがと…」

「で~も!ずっとは無理だよ!ボクにもキミにも立場があるし、仕事だってある!」


 色々と頭の中で考えを並べた結果、最終的にメアは彼女を泊める事には許可を出してくれた。

 それを見て裕介が更に深々と頭を下げて、ほっと安堵のため息を零した。あの少女を拾った時は多少お小言は言われる程度だろう、と考えていたのだが、実際には大分メアを怒らせてしまったようだ。しかしひとまず追い出される事やこれ以上何かを言及される事は無いだろう、と裕介が胸を撫でおろす。


「そうだな、とりあえず数日は様子見って事で」

「ウン、それでいいよ。それで、あの人何て言うの?」

「……何が?」

「いや、だから名前さ。ボクあの人の名前まだ教えてもらってないんだけど」


 メアが不思議そうに眉間に皴を寄せながら、小首を傾げてパチパチと目を動かして裕介に問いかける。 

 その質問を聞いて何だそんな事か、と笑いながら答えようとした裕介の口が止まり、そして頭の中で思想がグルグルと回り出す。


(……そう言えば、アイツ何て言うんだ?)


 思い返してみれば、一度として彼女の名前を尋ねた事が無い事に気づく。それどころか、お互いに名前も事情も知らない。


「キミねぇ……」

「……まぁ、それは飯の時にでも聞くよ。ホント」


 メアから再び向けられるジトっとした鋭い視線を受けられた裕介が出来たのは、自身の頬を人差し指の先で掻きながら向けられる視線から逃げるように目を背けるだけだった。





===






「ふぅ、さっぱりした~!」


 メアからの追及を逃れてから数分後。

 裕介がベッドに寝転がりながら本棚に詰め込まれた漫画の内一冊を読み、メアが台所で夕飯である石狩鍋の準備をしているところで、リビングと玄関を繋ぐ通路から明るい声色が響いてペタペタと素足がフローリングを叩く音が鳴る。

 声色や先ほどまで浴室にいた事から、声の持ち主は家出少女だろう。


「お~…う゛っ!?」


 頭上に持ち上げて開いていた漫画の単行本から目を放し、音の出所である通路の方へ眼を向けると、そこには見慣れた服を身に纏った例の少女の姿があった。

 明らかにオーバーサイズの白いロゴ付きTシャツと今にもずり落ちそうな白いラインが入っている黒ジャージのズボン。それは普段裕介が就寝時に着ている衣服のワンセットだった。


 裕介と少女では体格差があるせいか、シャツの襟は重力に引っ張られるようにずり下がっており、胸部にある大きな膨らみに引っ掛かっている。

 大きく開かれた襟からは温まった事で火照った胸元が露出しており、お湯か汗かの影響で艶やかに光を放っている。

 その扇情的(せんじょうてき)な様に裕介が無意識下でゴクリと唾を大きく飲み込み、そしてハッと弾かれるように視線を吸向けた。


「なぁっ!?何でその服着てるのさ!?」


 裕介の反応を見て何かを察したメアが台所から飛び出し、少女が身に着けているのが裕介の衣服である事に気づくとクワッと目を見開かせて、ワナワナと身を振るわせながら声を荒げた。


「え?だって私の服選択機に入れちゃったし……」

「だからって裕介の服を着なくていいだろ!脱衣所にはボクの服もあったのに、あざとい真似はよせ!」

「あ~、うん。君の服もあったんだけど、ほら、こう、サイズがね?」

「…ッ!」


 強い口調で少女に言い寄るメアだったが、少女が苦笑いを浮かべて自分の胸に手を置きながら言った一言を聞いてまるで雷に打たれたかのように一度ビクンと痙攣してから、石の様に固まってしまった。

 確かに脱衣所にはメア用の衣服もあった。しかし、頭二つ分背丈の小さいメアの服を着る事は難しいだろう。更に言ってしまえば、メアが普段着ている衣服ではあの大きな膨らみを収納する事は出来ないだろう。


「な、なっ、なぁっ……!」


 少女の口から出た言葉が余程刺さったのか、陸地に打ち上げられた魚の様に口をパクパクと開閉させながら、ワナワナと震える両手を自分の胸へと運ぶメア。震える両手で自分の胸を何度か叩き、(さす)る。

 しかし何度自分の胸を確かめてみても、目の前にそびえる大きな膨らみはメアの胸部には無い。

 その事実を突きつけられたメアは先ほどまでの怒気を纏ったオーラを瞬く間に消し去り、ドンヨリとした暗く湿った雰囲気を纏って猫の様に背を丸めてしまった。


「ほ、ほら。そんな事より飯にしようぜ、な?」


 付き合いの長い同居人が絶望している様を気の毒そうに見ていた裕介だったが、流石に見ている事が出来なくなり暗い顔色をしたメアと苦笑いを浮かべる少女へと声を投げかける。


「うんっ!食べる食べる!」

「う、うん……」


 心底嬉しそうな明るい声と、酷く落ち込んだ暗い声と対照的な反応を受けて裕介がはぐらかすような苦笑いを浮かべながらベッドから起き上がり、台所に置かれている炊飯器と鍋をリビングのローテーブルへ移動させるべく移動する。

 普段であれば自分がやるから座っていてよ、と小さな胸を張って自慢げに話す同居人は、今日ばかりは自分の胸に手を当てたままドンヨリと立ち尽くすばかりだった。


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