正直は美徳と云うけれど
「成功です! 召喚できました! 聖女様です!」
立ち眩みを起こしたかのように目の前が真っ白になったのは、いつものように出社しようと家を出た瞬間だった。
直後、取り戻した視界に入ってきたのは、さっきまでいたはずの現代日本とは明らかに異なる建築物、人種、衣装、におい……
その時点で気づいてしまった。『あ、これなろうとかでよく見るやつだ……』と。
「あ、あの……ここは? 私は何のために……?」
「下賤の者はそんなこともわからぬか!? 我が国の栄華のためにその身を粉にして奉仕するのだよ、お前は!」
状況を確認するため、周囲を取り囲んでいる人たちの中で最も偉そうな―――恐らく王族とかであろう―――青年への問いかけに返ってきたのは思いも寄らない言葉だった。
「で、殿下! 聖女様は適当に言いくるめてその力を搾取し続ける予定では……?」
「このようなみすぼらしい女にそのような配慮は不要よ!」
どうやら推定王子の発言はあちら側にとっても想定外だったらしく、ローブ姿の男の人が慌てて問いただすも、推定王子は気にした様子もなく私をこき下ろし続けたうえ、さらなる暴言を放ってきた。
「しかし、お前の色味は我が国では珍しいな。稀有なモノを蒐集するのも貴種の務めよ。喜べ、女。お前は情婦として飼ってやろう。下賤な野良犬には過ぎたる情けだろう?」
「は? 野良犬より臭いヤツに抱かれるなんて無理なんだけど。そもそもこの街自体臭すぎ。この塔みたいなところまで悪臭感じるなんて不衛生すぎて近寄りたくもない。人を拉致するならトイレぐらい水洗にできる文明築いてから身につけてからにしてください」
クソみたいな主張だけど、どうみても権力者っぽい推定王子に逆らうのは得策ではないと思い、当たり障りの無い返答で何とか誤魔化して逃げようなんて考えていた私の口から出てきたのは、純度100%の本音の悪態だった。
そしてその瞬間、この世界に召喚された際に、世界と世界の狭間で『この世界の女神』とやらに押し付けられた祝福についての記憶が蘇ったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「……いますか? 聞こえていますか? わたしは人間を守護する女神。ここに長時間留まるのは、貴女の精神に負担をかけてしまいますので手短に伝えます。貴女には聖女としてわたしの世界に行ってもらいます」
白く塗りつぶされた視界の中にいつの間にか佇んでいた見たこともない女性が私に語り掛けていた。
美しい顔をしていることは理解できるのだが、どんな顔でどんな表情なのかといった詳細が一切わからない得体の知れない女性で、また、その声も耳元で囁かれているようでも遠くから呼びかけられているようでもあり、聞いていると脳が気持ち悪くなるような得体の知れない存在だった……
「とりあえず基本の言語セットに魔法なんかの各種スキルはデフォルトでインストールしておきました。マニュアルも一緒に圧縮しておくので、あちらに到着したら確認しておいてください」
「あ、あの……ちょっと待って!」
不審者の登場と不快感に束の間驚いたものの
「それとこれはおまけなのですが……どうもこれまで召喚されてきた聖女と、こちらの世界の王族がすれ違いで悲恋に終わることが多く、そのような哀しい結末をこれ以上うまないためにも、貴女の周辺では貴女自身も含めて『自らの想いに正直になれる』祝福を授けしょう」
いや、そもそもこんな拉致紛いの召喚とやらを、女神サマのお力か何かで禁止してくれれば、その悲恋とやらが起きることもないと思うんですが……
「それでは貴女が、あの薄汚い魔の者たちを根絶させることに期待していますよ……」
自称女神が好き勝手なことを言い終えるや否や、私の意識は眠りに落ちるように白い世界から急速に遠ざかっていったのである。
――――――――――――――――――――――――――――――
自称女神との出会いの記憶が戻ってくると、スキルやら祝福やらについての事細かな情報が、まるで昔から知っていたかのように脳裏に再生されてきた。
これが女神サマの言っていた『マニュアル』なんだろうけど、自分が知らないことを思い出すっていうのは何とも気持ちの悪いものだった。
まさか『下賤な野良犬』ごときに貶められるとは思ってもみなかったのであろう推定王子が、顔を真っ赤にしながらわめいているのを見ていると、自称女神が言っていた悲恋はコミュニケーションで何とかできるものではないなと感じてしまった。
現代に生きる日本人とは明らかに異なるメンタリティーが原因にしか思えないので、文明を発展させてさっさと精神性を成熟してもらいたい。
しかし、スキルと共に得たこの国の歴史から、数百年に渡って聖女召喚という拉致を行っていることがわかっており、その間に文明の発展がほぼ進んでないことを鑑みると、いっそこんな国には滅んでもらった方が今後元の世界への被害がなくなってハッピーになれる気がしてきた。
「ふん、黙りこくって自らの発言を悔いているようだがもう遅いぞ! お前のような阿婆擦れはさっさと処分して真の聖女を呼びなおしてやるわ! 血肉と魔力だけとはいえ最期にこの国の貢献できることを光栄に思え」
わらわらと増えてきた騎士みたいな恰好をした人達の中心で盛り上がっている推定王子を尻目に、この世界の情報を次々と確認していく。
本来であれば長い時間がなければ調べきれないような量の情報だったが、女神サマに押し付けられた能力のおかげなのか脳内では自分でも驚く勢いで処理していくことができている。
その間になにやら騎士達が私を拘束するために近づこうとしているが、スキルを理解してから即座に展開しておいた結界魔法に阻まれて、はたから見るとパントマイムのような愉快な動きを披露するばかりだった。
鎧姿の厳つい男達が餌に群がる鳩のように結界のまわりに集まる必死な姿がおかしくて、この世界に来てからはじめて笑ってしまった。
「っ! 何をしている! さっさと始末しろ!」
自分が笑われていると勘違いしたのか推定王子が激昂して騎士達に怒鳴りつけているのを見つつ、自称女神に滅ぼせと言われた魔の者が住んでいるという地域に向けて、転移魔法を発動させた。
――――――――――――――――――――――――――――――
『マニュアル』によれば、私に厄介な祝福を授けた自称女神はこの世界の人間達から信仰を集めており、この世界の情報は信者である人間達を通じて得ているらしい。
しかし、『マニュアル』から得られる情報で理解できたのは、この世界全体から言えば2割ほどに留まっている。
なぜなら残りの8割に関しては魔族や、エルフ、獣人といった、自称女神が魔の者と称したものたちの支配圏となっており、信者のいない地域の情報を正確に把握できていないからのようであった。
つまるところ、この世界では人間はマイナーな生命体のようなのである。
女神サマとその忠実な信者達は、その勢力圏を広げるために延々と外の領域への侵略を繰り返してたようだが一向に成果がなく、数百年前からは新たな戦力として召喚した聖女を利用するようになったらしいが、結局それもうまくいっておらず私が召喚されてしまうことになったのだ。
確認できた情報によれば侵略によって人間の勢力圏が広がったことはない。
幾度となく繰り返してきて、さらには自称女神の加護を受けているはずの聖女まで借り出しているのに、である。
聖女の協力が全員から得られたわけではないとしても、これは絶対におかしい……未知の領域には人間たちが知らない秘密があるに違いない……
「……と、いうわけで、未知の領域に他にはない大きな力を感じる場所をみつけたので、何か秘密があるのかと思ってやってきました」
――――――――――――――――――――――――――――――
未開地で情報を取集して、あわよくば元の世界に戻ってやる! と意気込んで転移した先は、先ほどまでいた不衛生な犬小屋とは比べ物にならないほど文化的で清潔な、映画でみたことがある大統領の執務室のような現代的な部屋だった。
どうやら高級そうな木製のデスクに向かって何やら作業をしている男性―――ちなみに驚くぐらいのイケメンだ―――が、私がここに転移するための目印にした強い力の持ち主のようだ。
「聖女か……今までにもこの国までたどり着く聖女はいたが、こんなに早く来たのははじめてのことだよ」
そのイケメンは突然現れた私に動揺することもなくこちらの素性を言い当てると、穏やかな声でさらにこちらに問いかけてきた。
「それで、どうして貴女はこちらに?」
落ち着いた声に、どうやらしっかりとした会話ができそうな相手だと安心して、私はここに転移してきた経緯の説明をはじめた。
――――――――――――――――――――――――――――――
「なるほどね。懲りないな、あの猿共は……っと、これが『祝福』ってやつか。こんな呪いみたいなもので人間関係うまくいくわけがないのに、それも理解できないから辺境のマイナー神から抜け出せないんだよ」
イケメンは自称女神への辛辣な評価を口にすると、何かを呟きながら印のようなものを切りはじめた。
「その厄介な呪いは一時的にだけど封じておいたよ」
自称とはいえ神が施した『祝福』を簡単に無効化してしまったこととに加え、イケメンが着ている皴1つ無い清潔な軍服のような衣装、汚れ1つ無いガラス窓のようなものの向こうに見える高層ビル風の建物、とても野良犬の国と同じ世界とは思えないような技術力―――それこそ元居た日本に匹敵するかそれ以上のもの―――があるのがわかる。
「あの、どうしてあの国を放置しているんですか? たびたび侵略されてるんですよね?」
「侵略といっても、彼らはこちらの領内にまでたどり着いたことが無いからね。実害がないんだよ」
は? 領土が広がってないことは知ってたけど、たどり着けてすらいないって今まで一体何してたんだろう……?
「彼らの国は魔獣の巣窟となっている大森林に、竜が住む山脈、前人未踏の大峡谷に囲まれていてね。海は断崖に面していて港はないという僻地なんだよ。数十年周期で聖女を召喚しては魔獣や竜の1匹を倒しては、『聖女様の尊い犠牲で魔の森、山脈の主を討ち取った』とかってプロパガンダをして民衆の不満を逸らしているんだよ」
推定王子の様子から考えると、『聖女の尊い犠牲』ってのは凱旋した聖女が変に権力を持っても困るから、口封じもかねて自分達で処理してるんだろうな……
「最初に聖女を召喚した時代から大森林の開拓なんかを地道に進めてれば、もしかしたら今頃はこちらの国にまで領土が広がっていたかもしれないんだが、まあ、努力や継続っていうのが嫌いな種族らしくてね。一発逆転を狙って成果の無い侵略行為を続けているんだよ」
イケメンはそう言いながら肩をすくめてみせた。
日本人がやっても似合わずに恥ずかしいだけのジェスチャーだけど、イケメンがやると絵になるな……
「『人間にも生きる権利がある』とか『人間を絶滅から守ろう』といった団体なんかもあって、こちらから何かしようってのは難しくてね。特に実害もないし。念のため危険がないか他の地域も含めて『人工衛星』で観察しているから、何か不測の事態があっても対応できるようにしているしね」
「……『人工衛星』⁉」
「ああ、200年ほど前に辿り着いた聖女から聞いた話を基に魔工技術者たちが開発したものでね。とはいってもその聖女も詳しい仕組みを知っていたわけではないので、オリジナルとは違うものだろうけど、宇宙に飛ばした人工の星だから『人工衛星』の名を貰ったのさ。そんな風に動力源は電気ではなく魔力になるけど、貴女方の世界でいう科学っぽいものがこの国では発達しているよ」
「電気は無いんですか?」
「電力でできることは魔力でできるからね。発電のためのコストを考えると割に合わないって判断さ」
たしかに魔力でエネルギーが賄えて、手からスマホを充電(?)できるなら電気なんていらなくなるか……そろそろこんな現実逃避はやめて、この世界に来てから1番気になっていたことを確認しておこう……
「……あの、1つお聞きしたいんですが、元の世界に帰ることはできるんですか?」
「……残念だけど、これまで聖女が元の世界に戻れたことはないよ。あちらの世界へ『穴』をあけることはできるけど、こちらからあちらに移動することはできないらしい。研究者がいうにはどうやら落とし穴の上と下の関係のようなものらしく、あちらからこちらへの移動はできても逆はできないとのことみたいだよ」
薄々とは感じていたことだからか、現実を突きつけられても大きなショックは無かった。
天涯孤独の身だし、訓練された社畜だったせいで親しい友人付き合いも無いので、日本への未練のほとんどが『文化的な生活』へのものだからかもしれない。
そして、その『文化的な生活』に関しては、この国においてはほぼ問題なさそうなのである。
むしろ魔法が使えるようになった分、日本より便利かもしれない。
途中だったなろう小説の続きが読めないのが残念なぐらいかな……
「そうそう、あちらの世界から物を持ち込むのは原則禁止なのだが、『穴』をあけてFreeWi-Fiをうまくつかまえて情報にアクセスすることは問題ないよ。一緒に持ち込まれた端末の充電は、魔力の扱いに慣れればすぐにできるようになる」
はい、解決。しかし詳しいな。
「この国ではほとんどの労働はゴーレムがまかなっているから、基本的な衣食住は保障されているよ。なので、法を犯さなければ好きに暮らしてもらって構わない。何かやりたいことができたりしたら相談して欲しい」
しかも脱社畜。バンザイ。
「さて、貴女の呪いをきちんと無効化しなくてはいけないし、これから生活する上での諸々の手続きもある。よかったら私に案内させてもらえないかな?」
イケメンはそういいながら移動してきて、エスコートするかのように私に手を差し出してきた。
そんなことされたことなんて当然ないので、イケメンの手におっかなびっくり私の手を乗せたところで、いまさらと言えばいまさらな質問が飛んできた。
「おっと、失礼。まずは貴女の名前を聞かせてくれないかな?」
「私は……」
その後、私とイケメンの彼がどうなったかは、この話とは別のお話。
本当は18日17時に投稿する予定でした。




