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獣は己を知り、己に成る  作者: 大饗ぬる
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chapter 3 獣の餌食になった末路①

 京姫にはああ言ったものの眠れない。神経が高ぶっているのかもしれない。別に京姫と同じ布団で寝てたりはしないよ? 何エッチなこと考えてるわけ? ん、考える? あ、それいいかも。何か考えよ。疲れて寝れるかもだしね。


 最近になってできた新しい友達「しぐれ」。彼女も年不相応な問題を抱えてるって、そんなことじゃなくてもう少し別のことをっと。


 あたしなんかよりもずっと賢くて客観的にものを見ることができて周りに溶け込むのが上手なしぐれ。でもしぐれは周りに溶け込みたくなんかないことをあたしだけが知っている。別にしぐれに確認して聞いた訳じゃないけどわかる。ただできてしまうだけ。感性豊かな彼女が平穏に暮らすために身につけた技なんだと思う。あたし? あたしは違うかな。しぐれとは違う。それが寂しくて少し嬉しい。異なる立場にいることで理解できることもあると思うから。しぐれを知っていたい、理解していたい。


 そしてもうからかわれることがない「京姫」。そう断言するのは、数日だけど一緒に暮らしてみて元々嫌われるような人間じゃないことがわかったから。だからこそ意地悪をされる対象になってしまったんじゃないかとあたしは考えている。クラスメイトよりもずっと大人な京姫がうらやましくて、自分たちが劣っていると思いたくなくて、京姫を下に見て優越に浸り、失った自信を取り戻したと勘違いする。それは勘違いだからまた自信を失い、また京姫を……と悪循環。

 要は自分たちと違う人間を受け入れられないから、ってだけ。京姫も自分たちと同じ価値観を持っていると分かれば、もしくは可愛いとか綺麗とかクラスメイトたちの憧れの対象になっちゃえばもう違う。京姫はきっと大丈夫。


 京姫やしぐれとは違い先生や他の人達にとって邪魔な「あたし」。あたしは変人。変わり者で良いと思ってる。あたしはあたし、誰かと同じは嫌だ。むしろ、普通ではいたくない。ヒトと同じことをして嫌われた者だから。

 あたし……、その人のことヒトとして大好きだった。だから、その人に近づきたい、その人になりたいとまで思った。あたしバカだった。他にいた味方もなくしてまで尽くして、何かを差し出さなければ友達という関係を維持できないと信じきっていた。見返りなしに成立する友情なんてないと思っていた。あればそれはただの偽善じゃないかと考えるほどに視野が狭かった。あたしの世界は四方八方行き止まり。闇がかかってたから気づかなかっただけで手を伸ばせば世界の果てに届いて、前進しているつもりでその場で足踏みしていただけ。それに気づいたときあたしの世界は崩れた。不思議と自殺とか殺人とかそういうことは考えなかった。思わなかった。きっとそれほどまでに心はカラッポだった。真っ白で何も記されていない。記憶がとぎれがちになる。


 悪魔。


 悪夢は、その後も続き、後ろ盾を失ったあたしは女子からいじめのターゲットにされて、ストレスとか色々溜まった男子には殴られ、言いたい放題言われ、味方はゼロ。

 大人は最低だった。手を汚さないことが第一。だから見捨てる。先生はただ先に生まれただけで後から生まれた弱者の味方じゃなかった。強いものと共存するハイエナだった。

 いじめられて、いじめかえして、果ては集団リンチ。

 金を取られ、裏切られ、トイレの個室に閉じこめられ水責め。金はどうだっていいけど、それは何かの方法ですぐにでも取り返せるものだから。

 でもその全て、いじめられる自分が悪いとしか思えず、落ち込んで。

 そして色々あって今。

 今、今が一番いいよ。しぐれに出会えて良かった。生きてりゃいーことあるって本当だったんだって思ったもの。あたしを一番理解してくれて、優しく接してくれる。そんなの初めてのタイプだった。泣けるぐらい最高の人だよ。ありがとう。あたしを楽しませてくれて。

 時計を見るとそろそろ準備しないといけない時間。ささっと手早く着替えをすませて京姫を起こす。


「京姫~、起きなよ、朝だよ」

「ん~よく寝た。おはよう、迷羽さん」

「はよう。今、朝食作るわ」

「うん」


 まだ眠そうな京姫を後に台所に向かう。っていってもすぐそこだけど。冷蔵庫から材料を取り出してっと。


 ワカメを水で良く洗ってから真水につけておいて、だしはかつおで、味噌は赤。豆腐も切って準備オッケー♪

 ご飯はあと五分で炊けて、西京漬けの鮭は焼き上がる。塩分多めのおかずに遠慮してのりは食べない♪

 ちぎりレタスの野菜のサラダ、ドレッシングはイタリアンで、キューピーの♪


 そんなそのまんまな作業を歌にして歌った。


「歌、上手いんですね~」

 あ、敬語に戻ってる。朝は弱いらしく京姫の珍しいタメ口が聞けるチャンスだったりするんだよね。惜しい。

「聞いてたの? 音楽好きなんだよね。特に声が好きでさ」

「声、ですか?」

「そう。だってその人が髪を切ったとしても、整形したとしても、何してもその人を決めるのは声だと思ってるから」

 声を聞くと何か安心する。もう独りじゃない。誰かがいる。揺らがない。

「そうかもしれないですね。あ、ご飯が炊けました」

「はいはい。京姫ちゃんはお腹空かせてるんだよね~。早く用意しないと何をされるかわからないから……」

「わ、私そんなことしませんよ!」


 京姫がそういうつもりじゃなくてとか、色々焦ってるのが面白い。からかいがいがあるヤツだなぁ。

 朝食の最後の仕上げをして、広げておいてもらった折りたたみの机に並べていく。今日も我ながら味噌味の食べ物が多いな。


「いただきまーす」

「どうぞ」


 京姫と出会ってから特に頭の中を占めるようになったことが一つ。あたしにはずっと先延ばしにしていたことがある。弱味を自分は持っているという後ろめたさからそれもいじめられる要因になったこと。今日こそは実行に移そう! と、毎日気づいた時には常に考えてしまっていたのに、何かをすることで誤魔化してきていたこと。でも、もう自分のことに気づかないふりは出来ない。


 はぁー……。今日、行ってみよっかなぁ。うん。行ってみよう。やること自体はとっくにやっちゃってるんだし。

 久しぶりに登校することになる京姫には悪いけど、一人で学校には行ってもらおう。あたしが決めたことに付き合わせているのにまだ迷惑かけるのはどうかとも思うけど。京姫も一人で行った方が実感できて良いだろうと、自分を無理矢理納得させる。


「京姫。あたし、今日ちょっと用事があるから一人で行ってくれる?」

「いいですよ。どうしたんですか? 何があるんですか?」

「ん、別に大したことじゃ、ないの」


 知られたくない、知られちゃいけない。京姫と一緒に暮らすようになってからもそれだけは気をつけていたんだから、こんなところでぼろを出しちゃいけない。

 あたしをあたしだと認識しているんだろうから混乱させる必要はない。

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