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獣は己を知り、己に成る  作者: 大饗ぬる
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chapter 2 爪研ぎはマーキングの一種①

 私、櫻宮京姫は、とてもドキドキしています。昔から引っ込み思案で可愛くもない私は、友達と遊ぶ事も少なく家で引きこもって一人遊びばかりしていました。上手く話すことができない私と会話するのはまどろっこしいみたいで友達もほとんどいません。相手をいらいらさせてしまうみたいで怒らせてしまうことが多いのも理由かもしれません。仲が良かった友達も高校に進学してからは新しくできた友達とばかり遊ぶようになり一人でいることがますます多くなりました。


 だから今日、知り合ったばかりの二人と駅前のマスドで待ち合わせているのが楽しみで仕方ありません。昨日の夜もわくわくしすぎてあまり眠れなかったぐらいです。こんなのいつぶりなのかなと思いました。

 待ち合わせ場所に二十分も前に着いたというのも興奮しているからかなと思ったりもします。十分はしゃぎすぎていますね。ごめんなさい。

 でもずっと憧れていた迷羽さんと(しかも迷羽さんのお友達とも!)これから会う約束をしているのだから仕方がないことなんだと思います。


 迷羽さんとクラスがまだ一緒じゃなかった時、噂を聞いて迷羽さんの存在を知りました。

「先生を小馬鹿にして遊んでいるとんでもない奴がいる」「授業をサボってばかりなのにちゃんと単位をもらえているらしい」「男女に一目置かれていて近寄りがたい」「わからないけどフレンドリーに話せてしまう」「怖い人達と繋がりがあるらしいよ」などなど、沢山の噂が飛び交っていました。先生に逆らうような、内申を下げる行為は悪いこととだとずっと考えて生きてきた私には信じられない存在でした。噂が噂を呼んでいるものだと思っていましたし、その時は正直、迷羽さんのことは好きではありませんでした。それなら学校に通わなければいいのにとまで思っていました。


 考えが変わったのは私が職員室へ授業で分からなかったところを質問しに行ったときのことです。お目当ての先生のところへ向かい、一言二言話したあと、授業でとったノートを見せいざ質問しようとした時、迷羽さんが職員室に入ってきたのです。


 先生が質問に答えてくれているのですが全然頭に入ってきません。迷羽さんがいるらしい方向に集中してしまいました。なぜか迷羽さんの事が気になって仕方がなかったのです。私のいる近くの先生のところまで歩いてきたみたいでした。すぐそばにいることになったので会話が漏れ聞こえてくることになります。内容はこうでした。


「どうして授業をさぼるんだ?」

「どうして授業を受けなければいけないんですか?」

「それは将来の為にだな、良い学校に入ったり、良い就職先を見つける為にも必要なことだからだ」

 その先生の言葉を聞いて、私も「そうだ」と思いました。両親の教えも塾の先生の教えも学校での教えもそうだったからです。それが正しくてそうすることが社会に順応することだと思っていました。今までそれを疑った事はありません。

「良い学校、良い就職先ってなんですか?」

「有名校や一流企業などのことをだな――」

「そこに自分が存在しますか? そこで自分の夢が叶いますか?」


 私はその言葉にはっとしてつい迷羽さんの方を見てしまいました。今まで怖くてちゃんと顔を見たことはなかったのですが、……普通の女の子に見えました。噂ほど派手でもないし不良でもなさそう。でも、目が、目がとても強い力を放っていたから、思わず目を背けてしまいました。


 あんなにしっかりと物事を見たことってあったでしょうか? それに自分の夢……? それこそ、夢物語。子供の頃の教育の一環として聞かれる質問の一つで、将来を指針するための記号でしかないと学びました。……でも、実はそうじゃない気がしています。私も人並みに夢を抱いていたような気がします。けれど、お金にならないからと、恥ずかしいからと、成れるわけがないと捨ててしまいました。多分ずっと考えないようにしてきたんです。


 迷羽さんの一言は本気だったのか、ただ先生をおちょくっていたのかは私にはわかりません。けどその言葉が私には凄く響いたんです。それから迷羽さんに憧れを抱くようになりました。私もあんな風になりたいと。しっかりと真っ直ぐ自分の目で見て判断できるようになりたいと。

 けれど、それとは別で迷羽さんはやっぱり模範的な生徒ではないと思います。だから、今日も遅刻したりするんだろうなとある程度は覚悟を決めて待つつもりで文庫本を持ってきていたのですが……。


「あれ。京姫、早いね」

「お、おはようございます……」

 約束の十五分前に迷羽さんは来ました。これには本人には絶対に言えないことですが、かなり驚きました。

「あ、朝って食べた?」

「ま、まだです」

「じゃ、マスドでドーナッツでも食べようか」


 まだ新塚さんが来ていないのに良いのかなと聞くと「しぐれは約束の時間に来た試しないから」とさっさとお店の中に入って行っちゃいました。慌ててついていきます。しっかりしていそうな新塚さんの方が遅刻常習犯なんだ……と妙に考えてしまいました。


 メニューににらめっこで勝てそうにない私の代わりにさくさくと私の分も注文してくれました。お代は割り勘。自分が全部出すのが当たり前なつもりでいたのでまた少し驚きました。それは相手が迷羽さんだからじゃなく、いつもこういう時は私が払うのが普通だったからです。私なんかを対等に扱ってくれてるのかなと思うと涙腺が緩みそうになりました。でも泣けばきっと迷惑がられてしまうだろうから気をつけないとと思います。


「京姫、どうかした?」


 そういえば、私は「京姫」と下の名前で呼ばれているけれど、迷羽さんの下の名前って知らないなと思いました。聞けば済む話だとは思うのですが、なぜか聞いてはいけない気がしていて……。迷羽さん本人にではなく新塚さんにいつか聞いてみよう、そう思いました。


 迷羽さんは私服だとこんなに女の子らしい服を着てお化粧もちゃんとするんだなぁとつい見とれてしまいました。背中の中程まである髪を学校でしているただ下ろしただけの髪型とは違い、肩ぐらいまでの長さの巻き髪になっていてどこかのお嬢様に見えます。迷羽さんの言動などと比べると少し違和感のある服装だと思いました。けどそんなこと私が思うのは失礼だと思うので考えないようにしないとと思います。


 私が食べ終えた頃、新塚さんはやってきました。迷羽さんの言っていたとおりで時計を見ると約束の時間から一時間過ぎていました。


「こ、こんにちは」

「こんにちは、櫻宮さん」

「よっ」

 迷羽さんは座ったまま片手をあげて挨拶をしていましたが、新塚さんは私の方を向いたまま言葉を続けました。

「待たせてしまってごめんなさいね」

「いえ、だ、大丈夫です」

「ちょっと、遅れてきてもあたしには謝ったことないのにどういうことよ!」

「じゃあ、行きましょうか」

 新塚さんは(迷羽さんには悪いけれど)面白いぐらいに無視して私の手を取って店を出ました。迷羽さんに一言残して。

「あ、そのトレイ片付けておきなね」


 何か言い返していたみたいなんですが自動ドアに遮られてよく聞き取れませんでした。

 でも、そのやり取りを見ただけで新塚さんと迷羽さんが仲の良い友達であることが分かりました。少し羨ましくて、それ以上にその状態を見ていると幸せな気持ちになって、声を掛けられているのにしばらく気づけませんでした。


「……び……京姫」

「は、はい」

「早く乗って」


 私が思っていたよりも自分の世界に入り込んでいたみたいでした。迷羽さんも新塚さんもいつの間にか目の前に止まっている黒く高そうな車に乗っていて、そこから身を乗り出して私を呼んでいました。迷羽さんが私を呼ぶ意味をようやく飲み込むことができ、慌てて乗り込みました。


 乗ってみてわかったことなのですが車内は見た目以上にとても広いみたいです。黒塗りの車は映画やドラマで見るよりもずっとゆったりした空間でこんなに柔らかい座り心地のシートに乗ったのも初めてだと思います。

 迷羽さんってやっぱりどこかのお嬢様なのかな、なんて考えてしまってから自分の俗な考えに頭を振りました。それにあんなに自由に生きている迷羽さんがどこかの令嬢というのは……結びつけることができませんでした。


 私は緊張しっぱなしで汚さないように座るので精一杯でしたが、新塚さんはとってもリラックスした感じで寛いでいてやっぱりこの人も凄い人なんだと思わされました。迷羽さんを見るとちょっと難しい顔をして声を掛けづらい雰囲気がしています。黙っていることにしようと思いました。行き先は聞いていないけれどきっと迷羽さんの家に向かっているはず。隣に座っている新塚さんが迷羽さんに話しかけたみたいで小声だったけれど聞こえてしまいました。


「……なんだ」

「うん」

「大丈夫なの?」

「…………」


 漏れてきた息から迷羽さんは少し笑ったのかなと思いました。新塚さんはなんて聞いたんだろ? それに「大丈夫?」と聞いたのはどういうことなんだろう? 学校ではあんな様子だから両親と仲が悪かったりするのかも、とまた勘ぐってしまった自分に嫌悪感を抱きました。どうして今はこんなに考えてしまうんだろう。どうしてこんなにこの二人のことが気になるんだろう。溜息が聞こえてきました。誰のだろう。


「櫻宮さん大丈夫?」

 溜息をついたのは私だったみたいでした。

「だ、大丈夫です、すみません」

「櫻宮さんは家に行くのは初めてだよね」

「は、はい」

「ひょっとしたら驚いて気絶しちゃうかもしれないわね」

 新塚さんは良い悪戯を思いついたみたいに笑ったのです。


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