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獣は己を知り、己に成る  作者: 大饗ぬる
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chapter 1 よく思考する獣はさみしがり④

 二組の前でしぐれと別れ自分の教室へと向かい席に着く。先生が来て授業が始まる。座っていればとにかくしぐれの言うことはきいてることになるだろうし、ロクでもないことを考えて終わるまで遊んでよ。そう思うと深夜に見た映画の一部が頭に浮かんだ。そこから妄想を広げてみる。


 窓に目を向けると体育の授業をしている――あれは三組と四組かな――生徒達が見えた。グラウンド……。グラウンドに戦闘機が降りてきたりしたらどうなるだろう? あんまりその手のには詳しくないけど想像だしいいよね。降りてくる理由はなんだろう。特に理由はなくが一番怖いかな。許しを懇願しても意味がないしね。一機だけ来たりしたとして中には何人ぐらい乗れるもんなんだろ。六人ぐらい? 二十人ぐらい詰め込まれていても面白いかも。突如大きな音がして耳の中が軽く痛くなる。何が起きたの!? と窓からグラウンドを見る生徒達。興味を持った何人かの生徒が靴を履きかえ出ていく。何かの演習かと思って好奇心旺盛な生徒が近づく。体育の授業も当然中断。そして何の前触れもなく撃たれる。真っ赤な芸術。絵の具代わりの生徒達。一色を基準とした液体。赤い中に鮮やかじゃない色も混ざる。染みる砂。湿る砂。眺めてる間に手榴弾をいくつも校舎に投げ込まれ燃える生徒、燃える学校。あ、今学校が燃えたら嫌だな。あたしのお気に入りの写真集(兄貴のバンドの)燃えちゃうから。


 そんな遊びをしていたらもう四時前。いつのまにか学活も終わって教室の中にいるのはあたしと他数人ぐらいしかいなかった。そこまでこんなバカな妄想に集中しているのって自分でもやりすぎだなぁと思う。ん、四時? あー四時に屋上とかって指定してたっけ。忘れてたわけじゃないけど思い出せて良かった。五分前行動は社会人の基本だよね。もう行かなきゃ。


 鍵が常時開け放たれている屋上へと上がる階段を上る。放課後はあまり人気がないんだよね、どういうわけか。あんなジンクスを信じてる生徒が多いってことなのかしらね。放課後の屋上に行くと恋人と別れることになるとかなんとか。他にも放課後の屋上には魔女が出るとか、学校の怪談ってやつらしいけど。あたしなら会いたいけどなぁ。


 屋上は思ってた以上に風がきつい。某セックスシンボルの有名なあのポーズをしたくなっちゃう……わけないね。

 柄にもなくあたし緊張してるっぽいな。なんでだろうね。あたしも人並みに正常な部分を持ち合わせてるってことかしら? マトモなところなんて何一つないだろうによく言うわ~。心の中でノリ突っ込みは寒い。


「はやいじゃないの迷羽。あんたのことだから逃げるかと思ってたわ」

 それってあたしも大人になったってこと? そうは思えないけど、大人ねぇ。大人って何を基準に決めるものなんだろ。やっぱりアレ? アレの経験の有無? じゃあ、あたしは……。

「返事ぐらいしなさいよ!!」

 何か誰か言った? 考え込むと周りの音が一切聞こえなくなっちゃうんだよね。無音で暗闇の自分の世界。目は開いているけど視界を戻すために軽く瞬きし目を意識して開き、周りを見た。申し訳程度のフェンスが囲う空天井の箱庭。怪談で噂される魔女然とした女生徒が矮小な創造主として君臨する。ああ、あいつか。

「あ?」

 素の自分の声を自分で聞いて機嫌悪そうだなーと感じた。何を苛々してんだか。目の前の彼女は少し身を固くしている。解してあげた方がいいね。

「何? そんなに凝視して。僕にキスでもして欲しい? だから俺に惚れんなって、あ、あれはセンセーに対して言ったんだっけか」

「よっくしゃべるわね、その口を――」

「閉ざしてあげるわ、かな? そう言いたかったか~い?」

 彼女はあたしを無視して別の方向を向いて声を上げた。

「来なさい、この子を調理してあげて!」


 時代を逆行するセリフと「はい」という声。返事と共に男みたいな体格をした女達が十人? ぐらい現れた。うちの生徒なのかそうじゃないのかはわからない。服装も私服っぽいしね。一体どこに隠れていたんだろう。あのタンクか倉庫の裏かな。でもよくあるよね、こういうシーン。ドラマとかでね。ドラマは見たことないけど体験済み。ただ屋上でこういうシチュエーションに遭遇したのは初めてかなぁ。ある意味貴重な体験だね。倒したら経験値もらえるかな。レベルも上がるかな?


 危機が迫るほど頭の中がスローになる。ゾーンとかいうやつなのかもしれないけど。すごくのんびり構えちゃうんだよね。だからさっきまでの緊張や苛々はどっかいっちゃった。そしてあっという間に包囲されているあたし。離れたところでほくそ笑む彼女。パッと見だとピンチ? はん、笑わせるね。


「俺に喧嘩売るってことは、どういうことになってもいいってことだよね?」


 一応確認のセリフを吐く。それに答えるヤツはいない。まぁ、当たり前だ。これが答えだとばかりに一人が殴りかかって来た。無防備に差し出された腕を掴み力任せに投げる。相手の力を利用してのいわゆるカウンター。もう投げた後は興味も他へ移り見てもいないけど、全身をコンクリートの床に打ち付けたっぽい音が耳に入ってきた。


 次は……っと。髪を高い位置にくぐった女とベリーショートの女が左右から挟み打ちにしようと金属バットを持って突っ込んでくる。さすがに凶器を持たれると興ざめする。それにさっきまで持ってなかったと思うんだけどな。事前に用意しておいたってわけね。ぎりぎりまで引きつけたところですとんと腰を落とす。一瞬あたしを見失い迷いが生じたところを狙い、両腕を横に出して拳を繰り出す。片方は上手く鳩尾にクリーンヒット。もう片方はやや外れたようで気丈にもまだバットを打ち込もうと振り上げている。それらを見ていた数人があたしを羽交い締めにして動きを封じようとしているのが空気で伝わってくる。それはいい手だね。やらせないけど。


 足が若干ふらつき気味のバット女の得物を片手で掴み、蹴りで吹っ飛ばす。あら、ついでに後ろにいた一人も倒れてくれた。いいヤツじゃない。凶器を得たあたしはそれをぶん回す。当てるつもりはない。ただ怯んでくれればいいだけ。しかし、そう上手くもいかないみたい。少し怯んだもののまだ突っ込んでくる。そんなに痛い目に遭いたいのね。ドM? じゃあとことん愛してあげないとね。


 そんなこんなで立ってるのはあたしと彼女ぐらいになった。何か習得していなくてもこういう喧嘩ならごり押しで結構勝てちゃうからなぁ。あたしの場合はかもだけど。


「キャー! 私の友達がぁ……。ゆるさない!」

「はぁ、許さないって普通友達にこーゆーことさせる?」

「私が相手してあげるわ!」

 多々、言いたい事があるような気がするけれど飲み込んでおく。血が上った相手に正論を言っても通じるわけがない。ならもっと正常じゃなくなればいい。

「来れば勝手に」

「…………」

 怒ってる怒ってる。あーあー髪も乱れるほどがつがつ歩いてこなくても。せっかく綺麗なお顔なのにもったいないわ。

 真ん前に立つと顔を近づけ思い切り睨み付けてきた。その頬にそっと手を添え、もう一つの方の手で腰を抱く。あとは唇をくっつけるだけ。

「ん! んんんんー!」

 離してって? 離さないよ。

「んんん!」

 もうムードないなぁ、仕方ない。はいよっと支えていた腕をどけた。それが意外だったのか思いのほか唐突だったのか尻餅をついて倒れた。

「……キャー! キャー! もう、あんた変態っ!!」

「……かもね。でも気持ちよかったでしょ?」

「……」

「顔赤いよ?」

「うるっさいわね。今日はこれでゆるしてあげるわ」

 よく分からないけどそういうことになったらしい。何を許してもらったのかはわからないけど。そもそもあたし何をしたっけ? あ、今彼女の友達らしき人達を倒したのはノーカウントでよろしくお願いします。

「まったねー、バイバーイ」

「あんたたち帰るわよ」

「は、は……い……」


 床と仲良しこよしだった女達に声を掛けそして屋上から居なくなった。頑丈だなぁ、あれで立って帰れるんだから。もっと鍛え直さなきゃな。

 賑やかだった彼女が去ると妙に静かになった。


 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 ……キス……しちゃった。

 大好きな人、愛しい人には出来ないのになー。そう、愛しい人にはでき……あーあ。考えたくない。


「何やってんの、あんた」

「え?」

 声を間違うはずもない、でも、どうして、こんな所に居るはずがないのにっ!

「し、ぐれちゃん?」

「レズ」

「ち、ちがっ。あれは事の成り行きで――って見てたの?」

「うん、一部始終全部」

 うそ。

「見ないで。やだ、恥ずかしい。今のあたしを見て欲しくない」


 あれ、心で呟いたはずなのに自分の耳から聞こえる。おかしいおかしい。

 いつものように心を静めて落ち着かなきゃ。でも、しぐれが。しぐれが見てる。どうしたらいい? どうすればいい? 脳内にたくさんいる自分に問いかけても誰も答えはくれない。しぐれには絶対見られたくなかった。見られさえしなければ何をしてもいい? ああ、違う違う。論点がずれてる。


「そんなの知ったこっちゃないわよ。早く行くよ? 私お腹空いてるんだから」


 まだ混乱したままのあたしをずるずると引きずって、って悩んでるのはあたしだけか!

 そうだよね、しぐれにとっては友達がバカやってたぐらいだよね。そこで落ち込まないように、あたし。わかってることなんだし、それこそ今更じゃない。


「それにしてもなんで屋上にいたわけ?」

 平静を取り戻す為、もう何でもないわよっていう風を装って尋ねる。

「読書」

「嘘つけ」

 聞かなくても実は分かってる。京姫か誰かがあたしが屋上に呼ばれてるのを聞いて心配で来てくれたんだ。そういう優しさを持ってるのを知ってる。そういう優しさを無闇に見せたくないのも知ってる。

「腹減ったって何食べるの?」

「あんたのおごりで」

「だから何食べるのって」

「あー、今日は和食な気分かな」


 しぐれとはわりと一緒に夕食を食べる事がある。あまり話を聞いた事はないけど、家庭に問題があるらしく、あまり家には居たくないらしい。そういった話も深くは聞かない。言いたくなったら話すだけの弱さは持ち合わせてる人だから。あたしからとやかく言うことじゃない。その時まで待つよ。

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