chapter 1 よく思考する獣はさみしがり②
「おねえさんタマゴサンドとみかんジュースちょーだい」
「あらあら、お姉さんだなんて。迷羽さんはいつも口達者よね。はい、消しゴムおまけしちゃう」
「わあ、ありがと」
子猫の形をした黒い消しゴムをもらった。購買のおばちゃんのノリの良さとセンスは良いと思う。しかも、結構ちゃんとお化粧をしているからか、綺麗に見えるんだよねー。だからついつい毎日購買で昼食を買いたくなっちゃう。このおばちゃんが来てからコンビニで買うことがほとんどなくなったぐらいだし。
「今日は天気も良いし、中庭で食べたら気持ちいいんじゃないかしら」
「じゃあ、おねえさんの言うとおり今日は中庭にしようかな」
おばちゃんのアドバイスに従い中庭に行く。あたしがおばちゃんと仲良しになってるからか、たまにこうして昼を食べるのに適した穴場なスポットをあたしだけに教えてくれる。たとえば風が適度にそよいで夏なら涼しく冬なら暖かくといった場所や園芸部が植えた植物が見頃だとか。そんな素敵スポットなのに人気が集中していなくて静かに昼食を楽しめる。購買の他にも食堂があったり弁当持参の生徒がわりと多かったりするというのが一カ所にあまり集中しない理由の一つかも知れないけど。
くす、心の中ではおばちゃんと呼び続けてる自分がちょっとずるいなと思ったり。でも結構内と外で使い分けるもんだよね。
春になり見事に咲けば綺麗で夏になると毛虫が怖い木が並ぶ場所じゃなくて、冬は黄色に染まる木々が丁度良い木陰を作っているベンチを選んで座った。本当にほとんど人が居ない。楽だなぁ。
と思ってると、向かいのベンチに座る一人の女生徒と目があった。無視するのもあれなので、軽く笑顔を作って手を振る。とてもフレンドリーに見えたと思う。だって、女生徒はあたしの方へと向かってきたんだから。友達だと勘違いさせたか?
目の前まで来ると俯いて立ち止まった。やや不審に思っていると――しばらくして、小さな声が聞こえてきた。
「あ、あの」
「ん?」
「あの……」
「ん?」
「えっと……」
「なにか用?」
ぐっと包みを持った手に力が入ったように見えた。深呼吸をしているようにも見える。そんなにガン飛ばしたように見えたかなぁと自己分析に入ろうとした時、彼女は何か決心したようにその言葉を口にした。
「一緒に、食べても……いい?」
「別にいいよ、好きにして」
「あ、ありがとう」
頭を上げてくれたおかげでやっと尊顔を確認することが出来た。長い前髪は顔をしっかり隠してはいたけど、目はわりとぱっちりでセミロングより短いぐらいのショートボブの髪型もまぁまぁ似合ってる。
彼女は確か、学校一ドブスなデブ、って言われてるヤツだったっけかな。胸のプレートの名前の雰囲気に覚えはある気はするけど、それだけしか目の前の子のことを知らない。でも実際デブって言われるほど太ってるようには見えないし、顔も悪くない方だと思うけど。意外なのが髪色が焦げ茶なことかな。ま、興味ないし、関係ないやね。
とか思いつつも、観察を続けていたり。あーあー、三段重ねの弁当はやめとけって。ん? これ一人分じゃないのか? どのおかずも数人が食べられる分の数があるようにみえる。友達にすっぽかされたりしたのかな。
「め、迷羽さんってすごいよね」
「何が」
「…………」
あ、意識しないで素で返しちゃった。今のはきつく聞こえただろうな。声色を変えてなるべく優しく聞こえるように言い直す。
「すごいって何のこと?」
「え、あの、授業中に先生にあんな態度とれるなんて、すごいなって」
「そうかな、その重箱のお弁当の方がすごいと思うけど」
「あ、これは……。私のお弁当を食べてみたいって言ってくれた人が何人かいて……それで多めに作ってきたんですけど……、今日は一緒に食べれなくなっちゃったみたいで……」
やっぱり予想通りだったね。だって実際ちゃんと自分の目で確認した彼女は噂と違ってデブでもブスでもないんだもん。寧ろ――下を向いてるのをいいことにガン見してみる――可愛いかもしれない。ただ、前髪に隠れてるし、横顔だからちゃんとは見れてないんだけど。……いじめの標的、か。だから顔を上げられなくなるほど自信をなくして、落ち込みやすくなって、余計にいじめられやすくなる、悪循環。こういうの嫌いだなぁ。
「それ良かったらあたしも食べてもいい?」
「は、はい!」
用意してあったらしい割り箸と取り皿をあたしにくれた。本当に早起きしてはりきって用意したんだろうね。深くは考えないようにして食欲に意識を向ける。
早速、気になっていた卵焼きに箸を伸ばして、あと肉団子を皿に取る。見た目がなんていうのか、オカアサンって感じのおかずたちなんだよね。要するにバッチリうまそうってことなんだけど。
まず卵焼きの味を噛み締める。醤油風味のしょっぱい系の卵焼きだ。あたしは甘いのも好きだけど、こういう味のも好きだったりする。ちゃんとお弁当用に火をちゃんと通してるみたいだし。半熟は熱々で食べてこそおいしいものなんだと思うよ。冷蔵庫で冷えてる半熟卵なんてあたしは許せないね。
「ど、どうですか?」
「うまいよ」
「本当ですか!」
目の前の子がそう言いながら前のめりになった拍子に前髪が浮かび、表情が見えた。破顔一笑。なんだ、笑うとめちゃくちゃ可愛いじゃん。そんな笑顔を見せられたらますます食事がおいしくなるっての。肉団子も冷凍じゃないっていうんだから驚いたよ。手が込んでるなぁ。
「購買のだけど一つ食べる? 手作りらしくて素朴な味が良いよ」
二つあるうちの一つを答えも聞かず渡した。理由はあるよ? この子が作ってきたお弁当を少しでも多く食べたかったから。愛情と腕がそろった外で食べる弁当なんて超ごちそうじゃない? それに努力は無駄になっちゃだめだと思うしね。
あたしらの前を通るつもりらしい女生徒達が一瞬こっちを凝視し、あたしに軽蔑の眼差しを向けてきたのを見逃さなかった。だから距離があったにも関わらず会話も聞けてしまう。
「ねぇ、今の見た? 迷羽さんてセンスないよね。あんなのが友達なんだ」
「本当本当。キャッ、こっち見てる~。こっわー」
「迷羽さんもあんなのと一緒にいたらモテない菌うつっちゃうよねー」
「うんうん、早く離れないと私達もうつっちゃうかも!」
「えー、それ困るー。私彼氏できたばかりなのに~」
黄色い声はそれだけ残して遠ざかっていった。どうしてそうやって区別したり差別したりするのかムカついた。嫌いなら関わらなければいいし、正当な理由があるときに罵倒すればいい。ただ自分たちの娯楽のために蔑むのは好きじゃない。
別にこの子とは友達はおろか知り合いですらなかったり、同じクラスメイトなのも忘れてたぐらいだから、あたしがイラつく理由なんてないんだろうけど。どうやら少し怒った感じでさっきの二人を見ちゃってたらしかったし、怒ってるんだろうな。
「め、迷羽さんどうしたんですか?」
あたしに聞こえたんだからあんたにだって聞こえただろうに。気にしてない、それよりも、迷羽さんに悪いコトしちゃった、と自分を責めているような姿に…………少し重なったのかもしれない。即断即決。それがあたしの長所。
「あんた今日から家に来な」
「え、あ、あの」
「拒否権はなし。約束だからな! ってそういや名前はなんだったけ」
「えっと」
「待って! 名前だけで良いから。名字はいらない」
「京姫です」
「じゃあ京姫って呼ぶね。これからよろしく! あたしは何て呼んでもらおうかなぁ……うーん、迷羽でいいや」
さて勢いで言ってみたけど、この子わりとタフなのかも。それなりに受け入れてるというか諦めているのかもしれないけど、異存はないらしい。
それならさっき思い浮かんだプランをちゃんと組立直さなきゃなぁ、と考えを巡らそうと頭を後ろにそらしたら、廊下を歩いてる担任のセンセーがあたしを見ていたことに気づいた。あたしがセンセーに気づいたのがわかると窓を開け「迷羽、ちょっと職員室に来い」と言った。