表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣は己を知り、己に成る  作者: 大饗ぬる
14/16

chapter 5 交情①

 俺を必要としないあの屋敷にいた。周りのものが少し大きく感じる。自分の手のひらを見る。……わずかに小さい。俺が小さくなっているんだ。幼い頃の自分の姿に戻っているんだ。何もかもが嫌で、何もかもを壊すことしか知らなかったあの頃に。


 お手伝いの人も長く遣える内の数人しか知らない屋敷の地下の隔離された部屋。部屋というのもおこがましい。鉄格子ごしにしか誰とも話せない、暗い牢獄。

 いつのまにか親が俺を恐れてこんなところに押し込んだ。そんなことしなくても、親と顔を合わせることなんか年に数回もないのに。


 食事もたまにもらえた。犬用の器で。這いつくばってがつがつと食べる姿は、まさに犬だったんだろうと思う。狂犬として接される自分。その姿を見るのは……妹だけ。妹だけはこんな薄暗いところに好きこのんでやってきた。

 食事を運んだりするお手伝いの人たちは用が済むとさっさと去っていった。俺のことなんて一目もみない。目を合わせば俺に喰い殺されるとでも思ってるかのように。俺としてもその方が気が楽だったから、妹にも言った。


「お前もさっさと失せろよ」

「ううん、そうしたらお兄ちゃんが一人になっちゃう」

 お前はどこで俺の存在を知ったんだ? 両親が話すわけがない。お手伝いの人もクビにはなりたくないだろうから話さないだろう。呪われた血が俺の存在を教えたのか?

「お兄ちゃんがいないとわたし壊れちゃう」


 妹はよく俺にそう言った。妹が兄を慕うため、そう表現したというわけではなかった。

 ここでの会話は誰にも見咎められないことからお手伝いの何人かが愚痴をこぼす場所として利用していた。俺はそこにはいない扱いだから問題ない。その時に、妹の狂った様子を聞くことが出来た。

 そもそもそれは俺という存在がなかったことになってるからだろうけど。存在しない兄を恋しがって叫べばそりゃ狂ってるようにも見える。しかも妹にとっての兄ってのは狂気そのものをさすんだからな。

 俺がここにいれられた経緯は、元々は俺の両親のせいだ。別に殺傷事件を起こしたとか気がフレていたって訳でもない。扱いが難しい天才っていうのも違う。

 ただ人より血が濃いだけだ。


 こんな何の音もしない場所に長くいれば小さな音だって敏感になる。小声の愚痴も俺には鮮明に聞き取れた。妹は狂ってる、そういう題材とした陰口ならなおのことだ。こんな俺でも妹のことは兄として可愛いと思ってるんだぜ? 信じるかどうかは俺には関係ないが。


 俺がいないから妹は狂うと話すお手伝いの人たち。でも、俺は逆だろ? とずっと思っていた。俺がいるからお前は狂うんだろ? 自分と同じ顔がこんな牢獄にいることがお前を狂わせるんだろ? と。


 初めはきっと双子の姉妹として一応は平穏に育てられていくはずだったんだろう。だけど、俺の体に異変が起きた。性別を判断する箇所に変化が現れてきた。このケースとしてはわりと早い段階だった。それをお手伝いから報告を受けた両親は、今時の発想だとは思えないが俺が妹を拐かすと考えたんだろう。時代錯誤でも突飛な考えをしていてもあの両親ならあり得ると考えてしまう。どこの誰にかはわからないがどこかへ相談して、こうしろと言われたんだろう。その結果が地下の隠し部屋への隔離。俺としちゃそれでも一向構わなかった。おかげで自分が普通とは違う体で普通とは違う思考で普通のヒトにはなれない存在なのだと知れたのだから。お手伝いたちの言葉を信じるとこういう話になる。


 ……懐かしい夢を見た。あの頃を今の自分で体験する日が来るとは。きっと奥底にしまわれた自分が「今がその時だ」っていってるんだと思った。そろそろ決着をつけなきゃいけない。まず自分に。自分のことは「俺」という。そこから始めよう。


 今日からあた……俺は、女じゃなく男として生きる。っていうのもおかしいな。元々は女としても男としても生きてきてたんだから。


 ふぅ、妹はきっと俺のことは忘れてるとは思うけど、このままほったらかしてぽいっ! っていうのは俺の性格上やりたくない感じがするし、気持ちに整理をつけたい。俺ってシスコンだったりするのかなぁ? いつだって妹のことを忘れたことがないってのは。それともただ単に女に興味があるだけ? あ、そういえば昨日は誰かと一緒に寝てたような。閉じていた目を開けてこすり、頭も少し振ってみる。


 誰も居なかった。そりゃそうか。しぐれが居たことを遅れて思い出す。さすがに帰るよなぁ。昨日のことを考えると恥ずかしくてしぐれにあわす顔がない気がしてしょうがないけど、元々そんな大した顔でもないし。

 しぐれにあわせる顔を持つためにもケリをつけに俺は屋敷に行くことにした。捨てることすら出来ず仕舞い込んであったあの時の首輪をつけて。今度は妹のフリをして帰るのではなく、俺として帰ろう。背中の中程まであった髪もばっさり切った。あの場所に入れられていた時の俺はあごにかかるぐらいの髪の長さだったと思うから。


 あそこに戻る。あの時の俺に戻る。起点に戻って修正する。

 何をするかは決めてないけど、どうにかなるっしょ。とりあえず屋敷に行くのがいいと思っただけだし、直感って以外と大事だよね。こうやってバカなことを考えられるなら俺は大丈夫。きっとやれる。とにかく行ってみよう。


 今思うとどうして京姫の時に屋敷に行けたのかがわからない。人の為だと強くなれるってヤツとか? まっさかねぇ。まぁ、あの時は俺を妹だと思わせるために普段とは違う雰囲気を作って、普段とは違う髪型にして……。逆に俺のことをいないことにしててくれたおかげで助かった。お手伝いの人たちが俺を呼んだときの呼称がお嬢様だったからなぁ。妹の名前を呼ばれてたとしても、しぐれも京姫も俺の下の名前はしらないはずだから誤魔化せたかもしれないけど。


 屋敷にいた頃はほとんど外の世界に出ることがなく、屋敷に住まなくなってからは訪れることがほぼなかった為に、あまり見慣れない道を歩いていく。高級住宅街らしく豪華な家々が並ぶ。歩道は煉瓦づくり。一つ一つが一般的な住宅よりも立派で大きいというのに、その中でも輪をかけて浮いているのが我が屋敷。


 手をかざし扉を開く。中庭と呼んでいいのかわからない余った土地を横断し屋敷の前まで来る。ここまで来ておきながらまだ肝が据わらないでいる。ええいっと扉を開けた。


 ……あれ、今日はお手伝いさんはみんなお休み? 誰の姿も見つからず声もかけられない。まぁ、逆に助かるからいいけど。昔と同じシフトで働いてる訳もないか。何年経ってるんだってね。それに妹も今はここをメインの住まいにはしてないみたいだし。結構音を立てて歩いてみたりしてみたけど、咎められる気配すらないな。本当にお手伝いさんたちはいないようだ。なのに電気がついてるのはどういうことなのか。いつもこうだったかの覚えがない。

 まだあるのかしらないけど、地下に続く隠し扉が開くかどうかを試す。確かほとんど使われない方の通称物置部屋にあったような。


 物置のものもほとんど変わりがないな。埃が増えたぐらいか。やっぱりこの部屋は管理すらされていないんだな。ここにあるものの中に俺が小さい頃に使っていたものだったり俺に関するものがあったりする。見慣れたお気に入りの服の布が段ボール箱からはみ出ている。こんな扱いするぐらいなら捨ててしまえばいいものを。どうして物色するようなことをしているかというと、隠し部屋へ通じる装置の前に段ボール箱が立ちふさがっていて開けるに開けられないからだ。煉瓦で出来た壁、その中の一つが触れると回転し、ボタンが出てくる。そのボタンを押すと――カチンッ――地下へと続いている一部の床にずれができる。床をバールで開けるとそこには下へと下る階段がある。いつもこんなルートでお手伝いさんが来ていたとは思えない。だから他にも地下へと通じる道があるんだろうと考えてはいるし見当もついているけど試すつもりはなかった。そこから行く気もなかった。この物置部屋が俺みたいなものだから。ここが原点。


 こじ開けた床下の階段を下りると鉄の錆びた扉がある。想像してたよりも錆がひどくなっていた。もしかして開かないか? 開かない場合はさっきのバールでなんとか壊せないかと考えつつノブに手をかける。ガコン。すんなりと開き拍子抜けする。灯りもちゃんとつく。


 まだここを使っていたりするのかと嫌な想像が頭をよぎる。そして数段の階段を下りていく。この階段を下りる時にここに詰められた時を思い出した。拘束された俺は騒ぎもせず泣きもせず降りていったはずだ。不気味に見えただろうね。妹を壊したくないだろう? って脅されりゃそら例え俺だって大人しくするよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ