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前編:やらかしと作戦会議

前後編二本立てです。

短編小説くらいの字数ですがせっかくなので連載にしてみました。

今日中に後編も投稿します。

「別に日向なんか、こんなブスのこと、なんとも思っちゃいない!」


 言った瞬間、しまったと思った。

 そんな冷静な思考とは裏腹に加熱した口は続けて暴言を吐く。


「こんなヤツとなんて――」

「もういい」


 不本意な言葉は底冷えする言葉で断ち切られた。


「秋藤のことなんかしらない」


 一人は強い視線に射抜かれて。

 周囲はその怒りに気圧されて。

 誰も何も言えず、それぞれ家路につくことになってしまった。


―――


「さいあくだ……」


 自宅に帰った秋藤あきふじみのるは自室のベッドで頭を抱えた。

 きっかけは些細なことだ。幼稚園からの腐れ縁である日向ひなたなつと話していたところをからかわれた。

 女なんかと仲良くして、と揶揄されることはこれまでにもあった。そのたびハイハイと適当に流していた。

 今日はちょうど話が盛り上がって楽しかったところに水を差されて苛立っていた。そのうえすぐそばに夏がいた。

 付き合ってんのかよ、とかケッコンだとか、冷静になって振り返ってみれば幼稚としか言いようがない。あと八年はしないと結婚は無理だな、勉強しろ、とか返せばよかったのだ。

 夏がいるところでそんなことを言われ座りが悪くなった。いつもなら淡々と言い返すところが言葉に棘が乗った。

 強く言い返されればより強く言い返したくなる年頃だ。実と同級生のやりとりはエスカレートしていった。

 しまいに吐いたのはあんな言葉。最悪としか言いようがない。

 もうしらないと言われた。失望しきったような目を向けられた。そのことを思い出すだけで胃がぎゅっと締め付けられるような感じがして、吐き気がする。夕食にも手を付けられなかった。


「……ノドかわいたな」


 季節は夏。水分をこまめに取らなければ熱中症になる。

 頭の中に夏という単語が現れるだけで、夏の笑顔が脳裏をよぎる。

 カラッとした気持ちのいい笑顔を浮かべる少女。そんな夏にあんな顔をさせてしまったのは自分だ。いやでもだって。自責と言い訳がループする。

 そんなことより水だ、とダイニングに行くと、父親が晩酌していた。

 少し高級なウイスキーをロックでちびりちびりと飲んでいる。ウイスキー瓶の横にはチェイサーの水差しが置いてある。

 夜になってもうだるように暑い。どうせ飲むなら冷えた水がいい。


「父さん、水と氷ちょうだい」

「ん、いいぞー」


 母手製のつまみをうまそうに口にする父は実のコップを手に取り、氷と水を入れた。

 ほい、とテーブルに、自分の隣にコップを置いた。座れということらしい。

 なんだよ、と思いながらも水をもらう身だ。コップだけひったくるのはいかにも感じが悪い。

 おとなしく隣に座って水を口にする。


「日向さんちのなっちゃんと喧嘩したって?」

「ぶっ!」


 そしてマッハで吹いた。それを見た父親はけらけら笑っていた。


「あ、マジなんだ」

「どこで聞いたんだよっ」

「今日の帰り、母さんに頼まれてスーパー行ったんだよ。そしたら背中を丸めたなっちゃんがいるじゃん? どうしたのって聞いても何も言わなかったけど、家に帰ったら息子が落ち込んでるじゃん? ピンと来たよね」

「カマかけたのかよ……」

「そういうこと」


 くっそ、なんて毒づいても無様なだけだ。結局実は何があったのか自分で話したも同然なのだから。


「なんかあったら話していいぞ? 酒の肴にちょうどいい。ほれ、お前も食え」


 父は冷蔵庫から実が食べなかった夕食を取り出してテーブルに並べていく。

 酒の肴なんて嘘っぱちだ。父はいつもリビングでテレビを見ながら晩酌している。今日に限ってダイニングで飲んでいたのは、初めからこうするつもりだったからに違いない。

 父は積極的に実に干渉しない。勉強しろと言われたこともないし、習い事をしろとも言わない。

 曰く、言われたことをやればいいなんて人生舐めたことを考えたら困る。

 話の流れで勉強の有用性をつらっと言われたことはある。興味を持ったへ挑戦するなら応援すると言われたこともある。

 それでも決定権はいつだって実にあった。例外は火遊びしてボヤ騒ぎを起こしそうになった時だけ。ぶん殴られて説教された。

 言われた時に言われたことの意味が分からないことも多い。しかし、後になって考えればそういうことかと納得がいくのだ。ボヤ騒ぎの時だって、自分と他人の命に関わることだから速やかに忌避感を覚えさせる必要があったのだ。

 最近は、いつだって正しい父親に反感を覚えている。なんでも自分が正しいと思うなよ、なんて論理的でない感情がうごめいている。顔を突き合せれば反感のまま振る舞ってしまうので避けがちだった。

 父は実の三倍以上生きている。経験値が高いし、父が言うことはだいたい正しい。

 いつもなら自分でなんとかする、と突っぱねるところだが、今回はそんな気力がわかないほど追い詰められていた。


「実は……」


 実は洗いざらい話した。

 夏と話していたこと。

 同級生に茶々を淹れられて苛ついたこと。

 同級生と口論になったこと。

 夏との関係を揶揄されて頭にきて、暴言を吐いてしまったこと。

 懺悔するような気持ちだった。口にするほどやらかしたという気持ちが強くなる。


「そりゃひどいことしたね」

「うぐっ」


 父は容赦なかった。

 先ほどまで笑顔は隠れ、じっと実を見ている。


「おれだって、関係ない日向を悪く言ったのは反省してるよ」

「そこだけじゃない。もちろんなっちゃんをブスなんて言ったことそのものも良くないけれど、それ以上になっちゃんを傷付けたことを反省すべきだ」

「えっ」

「なっちゃんをなんか呼ばわりしたこと、ブスなんて言ったことは反省しているようだから結構。でも、それを言われたなっちゃんの気持ちは考えたかい」

「……失敗したって」

「失敗したのは実のことだ。なっちゃんの気持ちじゃない」


 反論の言葉はなかった。

 失敗したと思った。

 けれどそこまでしか考えていなかった。失敗がどんな結果をもたらしたか、『夏が怒った』と単純にしか捉えていなかった。


「仲の良い友達にそんなこと言われて、なっちゃんどう思うかね」

「……別に、どうも思わないだろ。あいつも、おれのことなんてしらないって言ってたし」

「本気でそう思ってるならぶん殴るよ」

「だって、あいつだってそんなこと言って、おれだって、かっとなって」


 しどろもどろで判然としない言葉が口からこぼれる。父は何も言わずにグラスを傾けていた。

 夏の悪口を言ったのはからかわれて頭に血が上ったからだ。本心じゃない。

 長い付き合いなのだからそれくらい分かってほしい。

 実だって夏にしらないと言われて傷ついたのだ。

 自分だけが悪いとは思いたくなかった。


「しらないって言われて痛かったかい」

「……うん」

「じゃあ、実にブスとかなんかとか言われたなっちゃんは痛くない?」

「おれは言い合いの流れでかっとなって言っただけだし……」

「なっちゃんも今の実と同じ気持ちで言ったかもしれないね」

「……!」


 実の中でひとつひとつの出来事が繋がった。

 実は同級生にからかわれてカッとなった。思わず夏の悪口を言ってしまった。

 夏は実に悪口を言われたことに傷ついて、頭に血が上って、しらないと言った。

 要するに、夏に「しらない」と言わせたのは実だ。


「お、おれはなんてことを……! なんというあまったれ……!」


 あまつさえ夏に言われた言葉に自分だけ傷ついたような気持ちになっていた。自分から理不尽に傷付けたくせに被害者面をしていた。恥ずかしさに頭が自然と下がっていく。


「どうしよう、どうしたら日向は痛くなくなるんだ」


 羞恥に苛まれながらも考える。

 実が傷付けたのだ。夏の傷が治るように頑張らないといけない。

 実は人間関係をこじらせた経験に乏しい。小学生という人生経験そのものの短さと、アホとみなした相手を取り合わない賢さと、喧嘩になったらその場で派手にやりあって手打ちまで持っていくからっとした性格ゆえである。

 自分が一方的に悪い状態で、喧嘩した相手と別れてしまったことなんて初めてだった。


「とりあえず謝るしかないな」

「ゆ、許してくれるかな」

「許してもらうためじゃなくて、悪いことをしたと反省しています、仲直りしたいですって気持ちを伝えるために謝るんだ。許してくれないなら謝らないのか?」

「謝る。さいていげんのけじめってやつだ。……あ、でもあいつらどうしよう」

「からかってきた子らか?」

「おれが謝ったり日向に近付いてったらまたあれこれ言ってくるかも」

「なるほど。じゃあ実、からかってきた子らとなっちゃん、どっちと仲良くしたい?」

「日向。よく考えたらおれ、あいつらのこときらいだし」

「じゃあどうでもいいな。何を言われても気にする必要はない」

「うぞーむぞーってやつだな。日向までからかわれたらむかつくし、人気のないところで謝ろう」

「いいぞ、なっちゃんのこともきちんと考えてるな」

「できれば今後も日向がからかわれないようにしたいけどどうすればいいかな」

「それならこんな作戦はどうだ」

「ふむふむ……なるほど……でも……」


 男二人の作戦会議は、


「あんた十歳の息子にナニ吹き込んでんの……」


 読書を終えて自室から出てきた母がもう寝ろと言うまで続いた。


後半は19時ごろに投稿する予定です。

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