竜王の戦い
「うぅっ、来てくれたか……」
シーグレイプは、助けに来てくれた『友』に礼を言った。
「みゅみゅっ、間に合っちぇ良かっちゃ」
「チュチュー」
「どうして、シーグレイプが襲われたんでしょう?」
「まったくだ。何でこんな目に遇わされたんだい?」
「質問に答えている暇はない。『小さき者』達、早く乗れ」
竜王の迫力で、素早く乗ったみゅー達。
「みゅっ、まちゃ来りゅかりゃ~」
バビュンと岩窟の入り口まで飛んだ竜王。
『人の足では、逃げられまいと油断していたようだ』
その勢いで海に出れば、どうやってこの崖を降りたのか、サンドベルの海岸を走る司祭の姿があった。
足止めする為に軽く炎を吐いたが、逃げる事だけに集中している司祭は速い。
竜王は、先回りしてみゅー達を岩陰に降ろした。
「ここに隠れていよ」
「みゅみゅっ、竜王様はぢょうしゅりゅの?」
「危険であるから、そこから決して動くでないぞ」
それから、少し大きくなった竜王は、司祭を捕まえようと二度三度試みたが、持っていたスプラッシュメイスを振り回されて近づけないでいた。
少し離れれば、そこから黒い粘液を撒き散らしてくるのだから、どうにも分が悪い。
竜王でも傷はつくのだ。
が、それは相手が相応であればだが。
『あの粘液はなんだ? 我の鱗が曇っていくではないか』
幾ら加減しても、竜王の一撃を喰らえば、『人』などすぐに死んでしまう。
かと言って、あの黒い粘液を浴びれば、竜王の力の要である鱗が侵食されてしまうのだ。
ルビを呼んで、アレの番を連れてくるべきだったと後悔しても遅い。
「『サーホエール』様の敵! 『飛竜』よ堕ちろ」
司祭は、辺り構わず粘液を飛ばしてきた。
と、そこへ……。
クリューク。(ワイバーンの鳴き声)
真っ赤な翔竜が近づいて来た。
「竜王様~! バルトレインを連れて参りました~」
団長のサマヴィルだ。
「よいところに来てくれた」
「あそこに居るのは、司祭のマカルピンですね」
「こちらが近づくと、黒い粘液を放つのだ。浴びれば我でも魔に染まる」
「黒い粘液とは、『フーリ』と同じ物でしょうか?」
「わからんが、司祭に近づけぬ」
黙っていたバルトレインが口を挟んだ。
「麗しき竜王様、お目にかかれて光栄に存じます。私、バルトレインを召集されましたのは、あの者の浄化をお望みなのですね?」
こんな時にまどろっこしい男だと思う竜王。
「頼めるか?」
「お任せ下さい」
翔竜から、華麗に舞い降りたバルトレインは、戦う司祭に相応しい動きでマカルピンを簡単に捩じ伏せたのだ。
「ホォ」
『隣国での大会時より更に腕を上げたようだ』
竜王が感心する中、バルトレインは、マカルピンに『祈りの昇華』を唱え浄化を開始した。
「グワーーッ」
断末魔のような叫びが強い風に飛ばされていく。
すると、四つん這いになったマカルピンの頭が大きく膨れて、そこから『フーリ』と同じ真っ黒飛び虫の姿が現れたのだ。
「やはり、元凶はこやつか」
『フーリ』の何倍もの大きな姿に、団長も驚きを隠せない。
これなら、攻撃が出来ると竜王は凝縮した焔の球を吐き出した。
パウーッ、パウーッ、パウーッ。
当たった『フーリ』の体に幾つもの穴が空いて、これで終わるかと思ったところが、再生が始まった。
「竜王様の攻撃が効かないのか……」
団長は、寒気を覚えたが、逃げたい気持ちを抑え、翔竜でも攻撃を開始する。
ポワーーッ。
強い音波を『フーリ』に向けて発したが、黒い体を波だたせる程度の威力でしかない。
それでも気を散らす事は出来る筈と、黒い粘液を避けながら続けていた。
そんな緊張の中、追いかけてきたみゅー達は、巨大化した『フーリ』と竜王の戦いを前に驚愕するしかない。
が、みゅーを除いては。
みゅーは、先日開かれた武闘大会で、自分もいつか出場したいと密かに思っていたのだ。
『みゅみゅっ、ぢぇもぉ、みゅーがしょりぇを言っちゃりゃ、アシャトが心配しゅりゅかりゃ秘密ぢゃけじょ』
止めるノーサスを振り切って、倒れているマカルピンとバルトレインのところまで走って行ってしまう恐れを知らないみゅー。
それに続くノーサスに置いて行かれたくないネズ。
バルトレインは、みゅーに話しかけられて、竜王様と一緒にいた妖精だと気づいて丁寧に対応した。
「みゅみゅっ、バリュチョ、この人はぢょうなの?」
「これは、竜王様とご一緒されていた妖精ですね」
屈んでくれたバルトにみゅーもノーサスもネズまでも膝や手に飛びのった。
「この司祭は、魔が抜けて気絶されています」
どんなモノでも助けなくては! と、使命感のあるみゅーは、鞄から薬草エキスを出して飲ませてやった。
「ア゛……ガハッ」
「みゅみゅっ、大丈夫?」
「ハァハァハァ、七色……た、卵……だっ……た……の、に」
最後の力を使いきったように言葉を発し、マカルピンは、それだけ言うと動かなくなってしまった。
「今のは、アレが元は卵だったと言ったのだろうか?」
「うみゅぅ?」
竜王は、徐々にではあるが萎んできている『フーリ』を冷静に観察していた。
「フーリ、フーリ、プププププッ」
「済まぬが、少しの間でよい。あやつを引き付けておいてはくれぬか?」
竜王様直々に頼まれれば、竜騎士乗りにとっては、絶対である。
「お役目必ず成し遂げてみせましょう」
団長が翔竜のグレンに声を掛け、勇んで『フーリ』に向かって行った。
そしてそれを見届けた竜王は……。
大陸を背に『フーリ』を捉え、みなぎる力を解放したのである。
そそけ立つ様な凄まじい魔力が駈け巡り、大陸からは煌めく魔素が白銀王と呼ばれるに相応しい竜王の元に集まって、目を開けるのも困難な程の光りに辺りは包まれていた。
翔竜のグレンには、竜王の意志がダイレクトに心に伝わったのか、全速力で上昇してその場から逃げている。
みゅー達もこれからとんでもない事が起こるのだと、大気の振動から察知したところだ。
ノーサスはネズからステッキを奪うと、その場に居た者全てを覆える土魔法を力の限り発動した。
「砂よ硬い土となりて、我等全てを覆い隠したまえ」
バルトレインが全員を覆った上に、厚い砂の固まりがそれを包んだ瞬間!
ゴアッ、ボワッ、キーーン。
竜王渾身の『始まりの輝き』が『フーリ』に向けて解き放たれた。
ゴーーーーッ!
嵐のような熱風に見舞われ、大地が震え……。
この世の終わりかと思える程の状況を耐えた。
治まったかと、ボロボロになって意識のないバルトレインの下から、なんとか這い出したみゅー達。
しかし、見上げたみゅーのデカ目に映った光景は、力なく墜落する竜王様と……破片になっても再生しようとする『フーリ』の欠片だったのだ。




