サンドベルの司祭
「どうして海に向かうんですか?」
「『海の儀式』を行うのが目的であろう?」
「みゅみゅっ、ぢぇも、『妖精』しゃん達は救出しちゃかりゃ、『生け贄』しゃんがいないみゅ?」
「この国には、妖精はそこかしこに居るではないか」
「ふみゅ」
「新しい『妖精』が捕まったかもしれないですね」
「みゅみゅっ! 早く助けないちょ」
「さて、着いたぞ。『儀式』とやらは、いったい何処で行うのやら」
サンドベルの町の海岸を竜王は五感を解放して探したが、吹き荒れる風と波の海辺になど、誰も近寄る筈もなく激しい海風の音が響くばかりだ。
「端まで行ってみるとしよう」
シーグレイプの住んでいる崖まで飛んだ。
「ふみゅ、誰も見えないねぇ」
「岩穴に隠れているかもしれない」
「また、あの『真っ黒飛び虫』が襲ってくるんでしょうか? プルプル」
「ネズには、杖があるじゃないか」
「無理でちゅー」
「静かに、騒ぐでない」
竜王は、「リーンリーン」と微かな音を捉えていた。
どうやらそれは、最端の崖、シーグレイプの居た岩穴から漏れてくるようだ。
「急ぐぞ掴まれ」
崖の上に到着した竜王は、体を小さくしてから急降下し、次いで焔を吐いて穴をあけた。
ゴーーーッ。
小さくとも、凄まじい威力の高温の焔が崖に穴をあける。
竜王が、結界を張ってくれているからと言って、乗っているみゅー達の視界が遮られる訳ではない。
「うみょみょーっ!」
「ワアーッ!」
キュー。
蒼白い焔の中を急降下した。
ノーサスですら驚き、ネズなどは一瞬気を失ってしまった。
楽しんでいたのは、みゅーぐらいだろう。
■
遡る事数刻。
サンドベルの町の教会は、救いの神である猫鯰様の御神体の一部を祀る、神の存在を知らしめる為の最も尊崇される教会だ。
私は、子供の頃からの熱烈な信者だった為、感謝の祈りを捧げる為に、よく海まで通ったものだった。
それが、司祭になった今も習慣として続いている。
ある時、祈りを捧げ終わり、開いた目にチカリと反射するものが映った。
海辺に視線を落とすと、神の啓示ともとれる七色に光る石を発見したのだ。
この国では、七色の虹は女神にも通じる貴い色とされ、私は、強い波で溺れそうになりながらも、その石をなんとか拾うことが出来たのだ。
暫くは机上に飾って美しい様を眺めていた。
ところが、私は、ある重大な秘密を自らの信仰心から暴いてしまい……。
猫鯰様の御神体の一部を毎日磨いているうちに、色彩だと思っていた汚れが取れて、この国では有名な『ティオル』の名前が掘ってある事に気づいてしまったのだ。
それから、数日、いや数ヶ月。どう過ごしたかは思い出せない。
信じていた物が偽物なら、私が拾った神の啓示は本物だ。
そう思うようになるのに、そう時間は掛からなかった。
御神体の偽物に代わり、本物の七色の石を祀り、毎日磨き祈りを捧げた。
すると、やはりそれは、まごうことなき神からの贈り物だったのだ!
私の思いに応え、それは卵に変化していた。
そしてある日、『ホエル』が誕生したのだ。
七色ではなかったが、半円の胴体に上に伸びた触覚は二つに分かれて垂れ、まるで、盛り上がった土に双葉が生えているような姿である。
今も、『ホエル』は私と共に在り、常に正しい道へと私を導いてくれている。
無能な信者共では、『サーホエール』様の『復活』を成功させる事は出来ないのだ。
やはり、選ばれたこの私でないと。
「そうですよね『ホエル』」
『マカルピン(司祭)は素晴らしい』
せっかく集めた『供物』を奪われてしまうとは情けない。
仕方ありません、ここに住む『シーグレイプの精』で代用致しましょう。
「構いませんね?」
『早くやれ』
穴の入り口が蔦で封じられている。
持っていたナイフで伐ったが、すぐに生えてくる。
『いいから、火で焼け』
生活魔法の『つけ火』を唱えた。
「燃えてます、もうすぐですよ『ホエル』」
■
シーグレイプは、最近『友』になったばかりのみゅーに貰った花飾りが、「リーンリーン」と五月蝿く鳴るので、誰か良からぬ輩が近づいている事を悟った。
急ぎ、自分の居る穴の入り口を塞いだのだが、まさか、火をつけるとは思ってもみなかったのだ。
「ギャーッ!」
絶体絶命だと叫んだ時、天井が崩れ小さくなった竜が降ってきた。
「みゅみゅっ! 燃えちぇりゅよ!」
「任せてくれ」
ノーサスの素早い魔法で、燃えていたシーグレイプの先端の蔦に砂をかけて火を消した。
みゅーも負けじと、鞄から出した薬草エキスをシーグレイプにかけてやれば、バタバタと痛みを訴えていた蔦が治癒する。
竜王は、空いてしまった入り口に立つ人が、普通でない事はわかったのだが、焔を吐くわけにもいかず困っていた。
「そなたは、サンドベルの司祭だな?」
「『ホエル』、流石に竜では勝てません。どうしたらいいでしょう?」
小さくてもわかる程に煌めく竜王。
『一旦、退け』
司祭は命ぜられるままに逃げ出した。




