勇気を絞って
「た、た、隊長~! 大変ですぅ」
美しく煌めく水晶宮殿内を駆け上がって来た若者。
「どうしたと言うのだ! 栄誉ある竜騎士団の一員として、恥ずかしくない行動をしろといつも言っているだろう」
誉れ高い竜騎士の制服を、一分の隙なく着こなした『民』憧れの竜騎士隊団長のサマヴィルは、新人であるマーカンドを厳しく指導した。
「ハー、ハー、ハー、大変なんです!」
「なんだ」
平常心を忘れている者に何を言っても無駄かと促した。
「はい、捕らえていた教会職員に昼食を届けたところ、全員白目を剥いて倒れておりました!」
「よく調べたのか?」
「あ、すみません」
「収容部屋は開けっ放しだな」
「……」
大貴族の子息を入れなくてはならない政治にうんざりしながらも、丁寧に事後処理方法を指導する。
他の竜騎士隊員を信頼しているサマヴィルは、新人の失態を補佐する隊員達が見えていた。
「フッ」
安心して、竜王様直々に命じられた『小さき者達』の迎えに向かい足を進めたところ、隠された様に造られた、皇族の憩いの間から小さな悲鳴が聞こえたのだ。
「ギャーッ」
「何事だ!」
「あたちの羽に黒いネトネトちゅいたあ!」
「フーリフーリ♪プププププッ♪」
「みゅみゅっ、何しゅりゅの~」
「チュチュヂュー」
「こっちだ、みんな早く中に入るんだ」
「あ、足が……」
何か異変が起きているのがわかり、妖精達のいる中に急いだ。
だが、対象者が小さく素早い妖精なので、散らばってしまうと団長と言えど把握が困難だった。
「みゅっ、パラリンみゅみゅっ」
「フーリフーリ♪プププププッ」
「うみょ~! 粉が飛ばしゃりぇりゅ」
触覚を回して飛ぶ真っ黒い虫達。
「危ない! みゅー」
ノーサスが素早い動きでみゅーを抱えて葉の裏に隠れてくれた。
黒い粘液を吹き出してくるのだ。
ネズは、怖くて鉢の下に隠れて震えるしかなくて……。
だけど、眠りの粉が効かないと分かっても、果敢に妖精を助けたり囮になったりするみゅーとノーサスを見て、ハムタックも仲間の為に人に挑んでいた事が頭を過ったのだ。
「チュチュチュチュチュー(汗)」
アサトがくれた鞄を握りしめ、ポンポンをみゅー達に投げたネズ。
すると、突然現れ、黒い粘液を吹いてくる真っ黒飛び虫から、盾のようになって防いでみゅー達を守ってくれた。
ノーサスと連携して、真っ黒飛び虫を蜂蜜の皿に沈めようと動いているみゅー。
「みゅみゅっ、こっちぢゃよ」
ピョイーン。
「上手いぞみゅー」
真っ直ぐ飛んできた虫をバネのようにしなった葉で叩き落としたノーサス。
それをみゅーが跳び上がって大きな頭を使い蜂蜜の皿に叩き落とした。
「チョオッ!」
落ちた真っ黒飛び虫は、パタパタと触覚を回して皿から上がってきそうだった。
ネズは勇気を出して近づき、鞄の中から何か押さえる物がないかと探してみたのだ。
すると、とっても綺麗な持ち手付きの飴が手に触れて……。
『こんなに綺麗で美味しそうだけど、やらなきゃ』
「チュチュッ、ペロッ」
ネズは、一舐めしてからそれを真っ黒飛び虫にむけた。
丸い柄の先を光りがクルクル回り出すと、蜂蜜の皿内に落ちた真っ黒飛び虫達が、シオシオと萎んで動かなくなっていった。
「キッ、キキッ? (何が起こったのかな?)」
「フーリフーリ♪」
それを見ていた最後の一匹が、ネズを狙って真っ直ぐに襲ってきていた!
「みゅみゅっ、ネジュちゃん!」
「ネズ、逃げろ!」
見ればポンポンは、粘液まみれで床に張り付いている。
「プププププッ」
粘液を撒き散らし迫ってきた真っ黒飛び虫。
ネズは、勇気をふり絞って持っていた飴を思い切り振ったのだ。
「チューッ!」
パチン、プシューーッ。
気づくと、真っ黒飛び虫は潰れて萎んでしまっていた。
「みゅみゅっ、しゅごいネジュちゃん!」
「それは何だ?」
集まってきたみゅーとノーサス。
団長もやって来て「大事ないか?」と声をかけてきた。
それを聞いたネズは、一気に気が緩み「キュー」と言ってひっくり返ってしまったのだった。