エピローグ
それからは大変だった。
ハム太を追いかけてきていたランダル護衛隊隊長のダルタンと数名は、倒れて気絶しているアサトを発見して蒼白になってしまった。
間の悪い事に、フィンディアルを乗せた雷竜も到着して、ピリピリと怒りなのか雷なのかを発するフィンディアルに全員正座して伏せたのだ。
アサトの顔の上にいたみゅーと鼠を風魔法で避けると、意識のないアサトの側に膝まづき、ソッと額を寄せてアサトを覗き込んだフィンディアル。
「アサト……」
それから、滑らかな頬と細く白い手に触れてから軽々と抱き上げてルビに乗ってしまった。
「ダルタン! 減俸で済むと思うなよ」
去り際にそう言われてしまい、平謝りだ。
「坊っちゃん……すみませんでした」
しかし、真相は……クリーンをかけていない鼠に鼻をつけられた事に気絶したのだが、帰ってからもみゅーちゃんと真っ白鼠が仲良くしているところを見て、結果、本当の事を言い出せないでいたのだった。
その為、被害にあったのはダルタンである。
フィンディアルに甘いランダル領主執事のシノプスは、フィンディアルの父ローラントにこう報告した。
「今度の事では、王都にいる皆様に多大なご迷惑をかけてしまわれたようなのです」
王様絶対主義のローラントが、ダルタンを一年間降格したのは仕方のない事だった。
さて、その後のハム太達はどうなったのか。
「トラ次、具合はどうかな?」
色とりどりの花が咲き乱れる広くて美しい屋敷の庭では、トラジタはアサトの膝枕で優しくブラッシングされて、それが終わるとオヤツの種を手渡されているところだった。
それを出来るだけ見ないように尻を向けて腹這いで寝そべっていたハム太。
ミミズ尻尾を不機嫌に左右に振る。
「トラ次、元気になって本当に嬉しいよ」
また暫く撫でてでもいたのか、トラジタからは「キューンキューン」と嬉しそうな声が続く。
『フン! おいは別に羨ましくなんか……なんかないんだじょ! モヒヒ』
不機嫌丸出しのハム太の姿を見たアサトは苦笑する。
「ハム太」
『フ、フン。そんな簡単に靡くおいじゃないじょ』
テシテシテシ。
「ハム太、俺に会いに来てくれたんでしょう? 俺は凄く嬉しかったのになあ」
「モヒッ」
「拗ねてないで、こっちにおいで」
「モヒモヒッ! (おいは別に拗ねてないじょ)」
つい、抗議する為にハムタックはアサトの前に来てしまった。
すると、ガバッとアサトは抱きついて言った。
「ハム太。可愛いハム太。よく来たね」
「モヒ」
ハムタックは、やっぱり我慢出来なくて思いっきりアサトに甘えてしまったのだった。
アサトは、ハム太を優しく撫でてやり、それからブラッシングをしようとすると、急に「モヒモヒ」鳴き出したのだ。
「どうした?」
グイグイと首を押し付けてくるので、よく見ればハム太の毛に絡んだ何かが着いていた。
絡まった毛から優しく外すと、それは片手だけのミトンで、端の方には『アラカルト』と下手くそな刺繍がされている。
「これはどうしたのかな?」
「モヒッモヒモヒヒ(変な男に貰ったじょ)」
「グラドが手紙で寄越した中に書いてあった、チャムの新商品かな?」
「モヒモヒ(そうだじょ)」
片側に先の丸い突起が幾つかついていたから、アサトはすぐにわかった。
「これを使って撫でればいいんだね」
トラジタは見せなかった腹をハムタックは向けて、アサトに撫でてもらえば夢心地だ。
アサトは、ちょっと拗ねたりする可愛いハム太を、こころゆくまで撫でて過ごしたのだった。
「モヒヒ、おいはちょっと会いに来てやっただけだじょ。モヒモヒ」
『アサトのお庭~緑の精霊の話し~』
そもそもフィンディアルの屋敷が建っている土地は、長らく手入れのされていないハーレムの跡地だった場所なのだ。
しかし、何代にも渡って使用されていなかったので、王城から切り離されている上に、荒れ果ててしまっていた。
更に、王城から切り離されていたとは言え、重要な場所である為、そこに誰かを入れる事も出来ずに困っていた場所だったのだ。
フィンディアルの父親のランダル領主ローラントから報告を受けて、宰相のコーラルは直ぐに王に進言したのだ。
王は勿論快諾して、重臣達からも何の異論反論も出ずに、トントン話しが進んでいき、今の広大な土地に建てる事になったのだ。
アサトは、最初に緑の精霊にお願いしてから屋敷を建てたので、土地は活性化されて、現在の緑豊かな庭が形成されていた。
周囲を壁に囲まれた広大な土地の緑に、精霊は喜んで着いてきたのだ。
雷竜が庭に住む事は知っていたし、それからメテルもショップにいた時から一緒だった。
ところが最近、大きな魔物が二匹やって来て、夜中にガサガサ行動するのだ。
「五月蝿いのう」
雷竜は、丘になっている奥の場所がお気に入りだ。
メテルは、屋敷のすぐ横にあるブランコと言う揺れる物の近くで木に擬態している。
そして、緑の精霊は、樹木の枝葉が折り重なるところで、日の光りを浴びながらその上に寝そべって暮らしていた。
しかし、その下をあの丸っこい身体が駆け回るのだ。
不自然に枝葉が揺れて、非常に不愉快なのだった。
だから、近付けないように茨の柵を出したり、蔦を絡ませたりしていたのだ。
ところが、引っ掛かったのは雷竜で、二匹には何の障害物にもなっておらず、嬉々として走り回っていた。
「何故じゃ?」
ある明け方観察すると、「モヒモヒ」に「キューン」と楽しげな二匹の姿を見たのだ。
「あの丸っこい身体で見事な物ぞ」
コロコロクルクル、モキュモキュと、懸命な様子と、日中のアサトの可愛いがりようを見ていた。
それから二匹は、門の近くに待機するようになって、屋敷の者達とよく出掛けている。
それは一匹だけなのだが、まん丸した魔物の方は、どうもアサトにしか近付かないようだ。
そして、我の存在に気づいてからはこちらに来なくなった。
やはり、アサトに着いてくる魔物は賢いようだ。
「しかし、我のスイーツを狙っているのは感心できぬ。あの巨体でジャンプをするのだから、アサトが作った支えでは少々不安であるな」
それで、茨の蔓を這わせてあったのだが、アサトが驚いて切ってしまった。
「まあ良い。無ければ催促するからのう」




