焚き火
「ハム太ー~出ておいでー」
照明器具を出して辺りを照らしているが、影も形もない。
『ハム太は賢いから、脇道を歩いているかもしれないなあ』
王都に向かう商人や冒険者に尋ねてみたが、目撃情報はなかったのだ。
『何処に行ったのかなあ』
「ハム太ー~」
ゴロゴロとメテルの枝が回転する音が響く中、前方に明かりが見えて、そしてなにやら揉めているような言い争う男達の声もしてきた。
「野宿でもしているのかな?」
ゆっくり近付けば、小さな馬車が止まっている。
その少し奥に焚き火を囲んだ者達が……。
半裸の大男が、子供と女性を庇う男を締め上げようとしているところだった。
アサトはメテルから降りて止めに入ろうとしたのだ。
見れば大男は、背中から血を流していて「薬を出せ!」と脅している。
「薬なら持っていますから、乱暴は止めなさい」
「ああ? 誰だお前は?」
「誰でもいいでしょう。それより薬は要らないんですか?」
「持ってんなら早くしろ!」
アサトは、素直にポーションを渡そうとしたが……。
「あるだけオレ様の背中にかけろ! 急げ」
横柄な態度にムカつきはしたが、根が親切なアサトは初めて作った三級品をかけてやったのだ。
それでも、血が止まり傷が塞がった。
「クソ、あの忌々しい獣魔め! よくもオレ様の背中に傷をつけてくれたな。待ってろよ。今から仕返しに行ってやるからな」
『獣魔だって?!』
アサトは問いただそうとしたのだが……。
「おい! お前も来て手を貸せ。じゃないと、酷い目に合わせんぞ」
抱き合って怯えている家族の父親に命令していた。
「ポーションを渡したのだから、もういいでしょう」
「馬鹿言うな。いいからお前はすっこんでろ」
アサトに手を上げたその時、大男の顔に何かがピタンとへばりつき、「なんだあ?」と大男がすっとんきょうな声を出したかと思ったら、大男の巨体は後ろに倒れて行ったのだ。
「ンガーグーグー」
大男は、五月蝿いイビキをさせている。
「みゅーちゃん!」
アサトは慌てて大男の顔に張り付いたみゅーちゃんを回収したのだった。
「みゅみゅっ。アシャトに乱暴しようちょしちゃの!」
鼻息荒くみゅーが怒れば、アサトはみゅーちゃんに怪我がないかを確かめる。
「みゅーちゃん、助けてくれたのは嬉しいけど、俺の寿命が三年ぐらい縮まったよ。だから、もう危ない事しないでね」
「みゅみゅっ。みゅーは、アシャトを助けちゃいかりゃ、そりぇは聞けないの」
キラキラしたデカ目を向けられて、苦笑するしかないアサト。
『みゅーちゃんは、一人旅してから逞しくなったなあ』
それでも、この可愛い幼子を心配してしまうのだった。
「あの……この大男は、いったいどうしちまったんですかね?」
父親に声をかけられて、すっかり存在を忘れていた事に気づいたアサト。
「魔法で眠っていますから、今のうちに縛っておいてもらえますか?」
「ならすぐに縛りやしょう」
家族に怪我がないか確認してから別れたアサトは、またランダル領への道を進んだのだ。
「あの大男の背中の傷だけど、もしかしたら探しているハム太がつけた傷かもしれない。そうだとしたら、今頃怪我をしているかもしれないね……」
アサトの顔が雲ってしまい、みゅーは何も言えなくなって……アサトの身体をよじ登ってから、アサトの頬に頬擦りをするのだった。




