激走
「アサトはいねぇ……となると、お前ぇ逃げて来たんか?」
「モヒッ!」
この五月蝿い奴には、隙がないじょ。
おいは、ソロリチョロリと距離を取ろうとしたんだじょ。
「まあ、待てや」
ズモモモーっとこの者が大きく見えたが、気のせいじゃろか?
「いたいた。予想通りアサト殿が住んでいた店か」
おいは、顔だけで真後ろを振り返ったじょ。プキッ?
「なんだダルタンじゃねぇか。見廻りか?」
「チッ」
また、この五月蝿い奴の知り合いのようだじょ。
「そっちこそ、山から降りて何しているんです?」
「そりゃぁ、ちと子供に頼まれてな……」
フィッと横を向いたじょ。あんまり仲良くはないんじゃろか?
「グラドともあろう男が、娘のお使いですか?」
「ふん。独身のお前なんぞにゃわかるまいよ。オレがどれだけ幸せかなんてな」
「……」
「ん? どうした? 具合でも悪いんか?」
「どっち向いても幸せな奴ばっかりで、あてられっぱなしですよ!」
どっち向いても幸せな奴とは、顔を前後に向けていたおいのことじゃろか?
モヒモヒ、ここ数年、おいはあんまり幸せじゃ……。
モキュモキュモキュ。(顔を擦る音)
それもこれも、みんなあの者のせいじゃろか!
「モヒーッ!」
「うわっ、何だ急に」
思わず歯を剥いてしまったおいに注目したじょ。
おいは、尻尾をぐりぐり回して飛び出したつもりだったじょ。
すると、「ハアッ!」と気合いを入れた五月蝿い奴のせいで、おいの体は動かなくなってしもうたじゃろか。
「お前ぇ、アサトに会いに来たんだろ? あいにくアサトの奴は王都に行っちまったからここにはいねぇ。オレが後で手紙で知らせといてやるから、大人しく獣魔術師のとこで待っとけよ」
「モヒモヒ?」
「この先の王都に嫁に行っちまったんだよ。お前ぇも会いに来たんだろう?」
「モヒーッ、モヒーッ!」
「なんだ、放っとかれたから怒ってんのか?」
「モヒモヒ」
「許してやんな。アサトの頭ん中にゃフィンディアル様が独占してるからよ、その他の事がなかなか難しいんじゃねぇかな」
あの者の番が拘束してるんじゃろか?
それならおいが助けてやらなきゃじゃろ。
テシテシテシ。
「何だ諦めねぇのか?」
「ちょっと、足止めしてくれたのは助かりますが、煽るのは止めて下さいよ」
後から来たもっさい男が困っているじょ。
「ウチューッ!」
ドンドン、ボテン!
おいの背中に突然、近くの屋根から石みたいに重い物が落ちてきたんだじょ!
「モヒー~ッ!」
驚いたおいの呪縛が解けたから、そのまま道を激走だ。
「おお、何だ」
「こらっ! 待ちやがれ」
突然の出来事にオヤジ二人は慌てふためいたが、惚けた獣魔の走りは速い。
あっという間にもう、見えなくなってしまっていた。
「大変だ。ありゃあ王都に向かったぞ」
「うわっ! 坊っちゃんに報告したら、オレは減俸か?」
「そりゃあ、当たり前だな。オレ達二人が逃がしちまったんだからよ」
「ハァー」
ダルタンは、情けなくて呆然と立ち尽くした。