経緯
あの者が獣魔術師を訪ねたのは……十年前ほどじゃろか?
熱心においを見詰めて、しきりに『可愛いなあ』と言っていたじょ。
おいも、無防備に差し出された手を嗅いだじょ。
「クカクカ」
どこか懐かしいような匂いがしたから、触るのをゆるしてやったじょ。
しかし、それ以上は譲歩しないでいたじょ。
だがあの者は、おいが背を向けてもちっとも怒りもせずに、おいの地肌が出ているちびっと恥ずかしい尻尾を、食い付かんばかりに凝視していたじゃろ。
気持ち悪いと言う奴がおる中、ニコニコ嬉しそうにしているあの者をつい気に入ってしまったとしても、おいは、悪くないじょ。
だから、おいは、あの者を乗せてやる……契約をしてやったじょ。
決して木の実に釣られた訳じゃないんだじょ。モヒモヒ。
「ハム太」
いつもあの者は、おいの事を透き通った声で呼んだじゃろ。
それから、いつも帰る時にはブラッシングをしてくれたじょ。
あんなに大事にされた事は……モキュモキュ。(顔を手で撫でくりまわす音)
違うじゃろ、違うじゃろ。おいのマスターは、あのぐうたら獣魔術師だじょ。今から、苦情を言いに行くだけだじょ。
テチテチテチ。(歩く音)
普通なら、こんな大きな獣魔が街中を一匹で歩いていたら大騒ぎになりそうだが、アサトの非常識さに馴れているランダルの住人は、「ありゃアサトが良く乗ってた獣魔だよ」「またかい」で済んでしまうのだった。