19話
2人が帰っていくのを見送り、鍵をかける。
「継野、今帰りか?」
「はい。先生はどうしたんですか?」
「鍵が帰ってきてないと思ってきてみたら丁度な。だから待っていたんだ。鍵は返しておくからお前も帰れ」
「はい」
鍵を渡し、玄関に向かう。
「おつかれ。ゆっくり休めよ」
笹木先生は、そう言いながら手を上げて去っていった。
帰途につく。
そして考える。何に対する言葉だったのか?実際には何も解決していない。最初の相談も、今回のも。何に区切りがついたのだろう。その答えはまだわからなかった。
***
土曜日。まだ5月も上旬だというのに真夏かと勘違いするような日差しの中、俺は紅葉の家に向かっていた。昨日の夜、唐突に紅葉から誘われ、予定も特になかったので了承したが、歩いてるだけで滲んでくる汗に少し後悔し始めていた。長らく使ってなかったためか自転車のタイヤから空気が抜けていて、面倒がって徒歩で行こうとしたのが間違いだった。
「おはよっ」
「うわっ」
背中を叩かれつんのめる。
「『うわっ』だって」
叩いた手そのままこちらを笑っているのは御崎さん。今日は3人で集まる予定だった。
「御崎さんって家こっちだったっけ?」
「…」
「御崎さん?」
「ここに御崎さんはいません」
いきなりどうした?
「いません」
不機嫌そうになっていく御崎さん。
「…もしかして呼び方のこと言ってる?」
「そうだね」
「でも、あれは練習としてだったんじゃ?」
「光くん」
御崎さんは笑っている。目以外は。
「あの時はあだ名で呼んでくれたのに今は苗字にさん付けなんて他人行儀だなぁ…」
「いや、でもあれは」
「他人行儀だなぁ…」
NPCですか?
「せめてあだ名は勘弁してくれない?ああいう呼び方って女子だけに許されてるみたいな感じで恥ずかしいんだけど」
「…はぁ、そんなことないでしょ」
溜息をつきながら、こちらと目を合わせてきた。
「それに、照れながら言う光くんがいいんだよ?」
「…」
すこし歩くスピードをあげる。
「あっ、ちょっと待って。おいてかないで」
手首を掴まれ、止められる。本気でおいてくつもりじゃないから離してくれ。もしくは力を緩めてくれ。
「仕方ないから名前呼びで許してあげるから」
「なんでずっと上からなんだ…」
陽炎の立ち昇る道路を2人で歩く。暑い。
「ちょっと、光くん?大丈夫?」
「え、何が?」
「なんかぼーっとしてない?」
「暑いからな」
「もう…」
御崎さんが鞄からタオルを取り出し、顔を拭こうとしてくる。
「そこまでしなくても大丈夫」
「はいはい、いいからじっとしてて」
顔を拭かれる。そして目の前にペットボトルが差し出された。
「ほら、これ飲んで」
「そこまでしなくても。もうすぐ着くし」
もう紅葉の家は見え始めている。
「それまでに倒れられたら私が困るでしょ?熱中症舐めちゃダメだよ」
「…すまん」
「いいから、飲みかけでぬるくて悪いけどどうぞ」
ペットボトルを受け取り、キャップをあける。
「…飲みかけだけど」
「わざとだな?」
「そうだよ」
臆面もなく答えやがった。
「あはは、まあ、気にしない気にしない。さぁさぁ、グイッと」
「酒か」
遠慮なく頂く。
「ん、サンキュな」
「はいはい」
ペットボトルを返す。
「…ふふっ」
聞こえてきた声に隣を向くと御崎さんがにやけていた。
「いきなりどうした?」
「いやー、ちょっと」
「なんだよ」
「自販機あったなって」
指の先には言葉通り自動販売機が置かれていた。
「買っておくか」
「…その方がいいんじゃない?」
「御崎さんはどれがいい?」
「よびかた」
「…美沙はどれがいい?」
「なに、奢ってくれるの?」
「さっき貰ったからな」
「なるほど、私の飲みかけ一口は飲み物一つの価値があると。これは商売になりそうですなぁ」
「言い方やめろ」
こてこての商売人のように手をする御崎さんの手を軽くはたいて止める。
「あたたかいおしるこにするぞ」
「やだなぁ、この時期におしるこなんて…あるね」
「あるぞ」
「せめて冷たいのにしてください」
先程のに似たスポーツドリンクのボタンを押し、渡す。
「ジュースじゃないんだ?」
「あれ、ジュースの方が良かったか?前にジュースはあんまり飲まないって言ってた気がしたんだけど」
「覚えててくれたんだ」
「そのくらいはな」
自分の分も買い、歩き始める。紅葉の家まで大した距離もない。
「ありがとね、光くん」
「…ああ」
見上げながら言う御崎さんに、言葉に詰まりながらも返事を返した。
「…えへへ///」
***
「おー、待ってたぜ」
ドアベルを鳴らすとすぐに紅葉が出てきた。
「2人一緒に来たんだな」
「途中で会ったんだよ」
「ほー、まあ上がってくれ。先に部屋行ってていいぞ」
紅葉はリビングに行ったので2人で部屋に向かう。何度かお邪魔しているので部屋の位置はわかっている。
紅葉の部屋は漫画が積み上がっていること以外は片付けられている。全体的に白の家具が多い。
適当に腰を下ろすと紅葉がオボンに飲み物を乗せて来た。
「で、今日何する?この前はカラオケだったよな」
「そうだね。光くんが1人ロシアンたこ焼きたったからね」
「忘れろ」
前回この3人で行った時は全員が知らない曲を歌って一番点数の低い人が罰ゲームというルールでやった結果50点台を出してしまい、その時の罰ゲームがそれだった。1人なので必ず自分でハズレを食べることになってしまうので全く楽しくなかった。
「コートにでも行くか?」
「この暑い日にか」
「あそこって工事中じゃなかった?」
「そうだっけ?なら、久しぶりにゲーセン行こうぜ」
「今日は暑いし、これ以上に暑くなる前に行っちゃった方がいいかもね」
「これ以上暑くなるのは流石に勘弁だな。せめて風でも吹いてくれればマシになるんだけど」
コップの中を飲み干すと、すぐにゲームセンターに向かうことにした。