16話
授業の合間などに様子を見に行く。廊下から教室の中を伺うようにしていると、他の1年生には不思議そうに見られていたが、亀梨さんに気づかれた様子はない。誰とも会話せずただ座っている。
「孤立しちゃってるのかもしれません」
「亀梨さんの場合、周りに目がいってなかったのかもしれません」
周りより宇川君のことを優先していたのだと思う。
「…何の用ですか?」
「え…?」
いつの間にか目の前に亀梨さんが立っていた。
「どうして」
「邪魔なので退いてもらっていいですか?」
亀梨さんは横を通り抜ける。
「亀梨さん、少し話があるんです」
「私はないです」
廊下を歩いていく。呼び止めようかとも思ったがやめた。
「継野君、戻りましょうか」
前に聞いた話では宇川君のところに行っていた。もう諦めてしまったのだろうか?
「継野君?」
「なんでもないです。戻りましょう」
不思議そうな顔をする新川先輩に申し訳なく思う。俺に付き合ってもらっているわけで、無駄足かもしれなかった。
***
放課後、部室へとやってくる。1年生の教室を覗いてみたが、亀梨さんは既に帰ってしまったようだった。
「あっ、継野先輩。放課後はこっちにくるんですか?」
「もう帰ってたみたいだからな」
「もう寄ってきたんですね…なんだか先輩がストーカーみたいですね!」
「やめろ」
にやけながら言う宵川さんをどかしながら椅子に座る。宵川さんの席にはお菓子が広げられていて、椅子に戻ると課題をやる月雪さんに絡み始めた。小淵さんは月雪さんと同じで新川先輩はスマホを弄っている。紅葉はよだれを垂らして寝ている。紅葉も課題をやっていたらしく、腕の下には教科書が広げられたままだ。手遅れかもしれないがハンカチを間に入れておく。
「…ん…」
違和感に気づいたのか紅葉が目を開けるが、再び目を閉じて寝入ってしまった。
紅葉を見ていても起きる様子はない。そのまま寝かせておこうと視線を外すと小淵さんがこちらを見ているのに気づいた。
「どうかした?」
「あっ、いえ、仲がいいなと」
「…まぁ、仲はいいよ」
少し恥ずかしいが、紅葉は寝ているから問題ない。宵川さん達も手を止めてこちらに耳を傾けている。
「いつからの付き合いなんですか?」
「去年からだよ」
「えっ、意外です!もっと前からの知り合いかと思ってました」
「初日に紅葉に絡まれて以来の付き合いだよ」
「へぇ」
「宵川さんと月雪さんは?」
「私達も今年からです!でも、もうこんなに仲良しですよ!」
宵川さんが月雪さんに抱きつく。そのまま頬ずりしようとしていたが、流石に月雪さんに止められていた。
「…離れて」
「え〜」
「邪魔」
「ごめんごめん。怒らないで?ほら、お菓子あげるから」
「…邪魔」
口ではそう言いながらも月雪さんは差し出されたお菓子を口に含んだ。それを見て宵川さんは次々とお菓子を口の前に差し出す。
「あ〜ん」
「…」
仲がいいのは十分伝わった。
「…月雪さん、大丈夫?」
月雪さんは首を縦に振る。律儀に差し出されたお菓子を食べ続けて口いっぱいになっていた。
「ごめんね、白雪ちゃん!大丈夫!?」
お菓子を与え続けていた宵川さんも月雪さんの状態に気づきペットボトルを渡していた。それに月雪さんが口を付ける。
「あっ」
「んっ…ん〜!?」
余計苦しそうにし、目の端には涙がたまり始めている。
「ごめん!それ友達とふざけて買ったやつだった!こっち!こっちは普通のだから!」
月雪さんは差し出されたペットボトルは受け取らず、両手で口を押さえ、なんとかして飲み込んでいた。
「…不味い」
「ほんとにごめん!こっち全部飲んでいいから」
口直しとでも言うように一気飲みしていた。そして、宵川さんも最初のペットボトルに恐る恐るといった感じで口をつけた。
「…先輩方、これ飲みませんか?」
その言葉に反応する者はいない。一口飲んだ飲みの宵川さんが顔をしかめていたのを見たからだ。
「継野先輩、今なら私と間接キス、ですよ!」
「…」
「せんぱーい、無視はひどくないですか?」
宵川さんは手にペットボトルを持ったままこちらに向かってくる。ターゲット絞られた!?新川先輩と小淵さんもホッとしてるし。
「先輩?可愛い後輩が困ってますよ?」
「いやだよ。自己責任だ」
「そんなこと言わないでください。なら、半分。半分でいいですから!」
「無理。自分で飲め」
「なら、一口でいいですから!同じ苦しみを味わってください!」
「なんでだよ!そもそも、それなんだ?」
「…ビーフシチュー味のソーダです」
「…ごめん、もう一回言ってもらっていい?」
「あっ!先輩、飲んで当ててみてください!」
「そんな味のもの飲ませようとするな!」
「聞こえてるじゃないですか」
「なんでそんなの買ったんだよ」
「自分から買ったんじゃないですよ!?友達に押されたんです。もう一本は普通の買ってもらいましたけど…」
「飲めないなら捨てれば?」
「それはなんか申し訳なくて…」
「なら、自分で」
「隙ありっ!」
口を開けた瞬間に飲み口を入れられる。少し歯に当たって痛い。その上いきなり流し込まれたせいで吹き出しそうになるが、宵川さんを引き剥がすと、手で口を押さえなんとか耐える。
「…どうですか?」
その言葉で意識が味へと移る。意識してしまえば口の中は絶望だった。
広がるのは科学の味。謎の苦味を強炭酸が引き立て、なんとかして飲み込めばまた謎の甘みが口の中に残る。だが、一応ビーフシチュー味は感じる、気がする。先に聞かなければ気づかない程だ。
「…宵川さん」
「…はい」
「自分が嫌がることは人にしちゃいけないって習わなかった?」
「…えへへ?」
「笑って誤魔化さない」
「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいじゃ」
宵川さんの口に突っ込む。
「ん〜〜っ?!」
俺がほとんど飲んでしまったので残っているのは大した量じゃないはずだが、宵川さんは苦しいのか顔を赤くしている。
「大丈夫?」
「…はい。…酷いですよ!先輩!」
「ごめんごめん」
「許さないでーす」
ドアが開かれる。
「…失礼します」