第12話 初めての相談(八)
「水月先輩!良かったですよ!」
宵川さんは開口一番そう言った。
「いきなりなんだよ」
「本当に恋する乙女って感じでしたよ!そうにしか見えませんでしたもん」
「い、いや、それは…」
「?…ああ!もしかして!?」
「ち、ちがう!ちがうからな!」
「まだなにも言ってませんけど…」
「すみません〜、遅れました〜」
新川先輩がやって来た。走って来たのか少し息が乱れている。
「今2人きりになってもらっています。ここで待っていましょう」
「は、はい。…でも、ここは邪魔じゃないかしら?」
「かといってここを離れるわけにはいきません…」
そう小淵さんが考え始めたところで部室のドアが開く。
「…えっ?」
思わず口に出てしまったが、みんなも驚いた顔をしていた。月雪さんはよくわからないけど。
「あっ、待たせてしまってすいません。終わりました」
こんな短時間で何が終わったのだろう?
「それじゃあ、失礼します」
宇川君はそう言い残して1人で去っていく。
「…入りましょう」
小淵さんがドアを開ける。亀梨さんは椅子に腰かけたままで、顔を伏せている。
「…」
「…なんなんですか…」
涙が顔をつたり、膝に落ちる。
「なんなんですか!あなたたちは!?相談部なんて大層な名前掲げといて、結局引っ掻き回しただけ!なんの役にも立たないじゃないですか!」
涙が止めどなく流れる。
「楽しいですか?人の関係壊して。私、相談前より悪化させろなんて頼みましたか!?今までなら可能性があったのに、完全に無くなりました」
誰も言葉を発せない。それぞれが自覚しているから。
「…こんなことになるなら相談なんてするんじゃなかった」
亀梨さんは部室を出て行った。
***
「いや〜、駄目でしたね!まぁ、その…最初ですし、こういうこともありますよね!次頑張りましょう!」
宵川さんは無理に明るい声を上げている。
「…次はあるのでしょうか」
新川先輩の呟きは意図したものではなかったと思う。だが、その言葉は刺さった。
「そ、そうですよね…」
「あっ、その…すみません…」
「…今日はこれまでとしましょう。私は先生に報告をしてきます」
「あっ、俺も行くよ。一応部長だから」
「…はい。お願いします」
それぞれ鞄を持ち部室を出る。いつもより全員が部室を出るのが速かった。
「では、お疲れ様です」
小淵さんの言葉に返事をして帰っていく。
「あっ、光。校門で待ってるな」
「はいよ」
紅葉も去って行った。
「…では、行きましょう」
***
体育科室は今日も笹木1人のようだ。ノックをして中に入る。
「失礼します」
「ん?…早いな」
「はい」
笹木は時計を確認し、書類を机の中にしまうとこちらを向いた。
「…なるほど。詳しく聞こうか」
今までのことを話す。部室で話し合ったこと。2人に質問しに行ったこと。そして、今日のこと。
笹木はその間何も口を挟まず黙って聞いていた。
「そうか」
俺たちが話し終えた後、笹木はそれだけ呟いた。
「私達はどうすればよかったんでしょうか?」
「…最初にしてはよくやったんじゃないか?」
「そんなことはありません。何一つうまくいっていません…」
「そうか?私にはよくやったと思うが」
「具体的に何がですか?慰めならやめてください」
「慰めって部分がないわけじゃないけどな…継野はどう思う?」
「俺ですか?」
「今回で私がよくやったと思ったことだ」
「…わかりません」
「当事者にはわからないか?それとも私が歳をとったからか」
笹木は机の上のマグカップを手に取り、一口珈琲を含み、一呼吸置いた。
「そうだなぁ…例えば、お前達が気まずそうにここに入ってきたのは真剣に取り組んだとも言えるだろう。そういう心情的なこと以外でなら、亀梨とその相手の関係を変えたことだな」
「それのどこが良いことなんですか?真剣に取り組みのは当然ですし、関係を変えたといっても悪い方向にです」
「悪い方向だろうかいい方向にだろうが少なくとも進めはしただろう?本当なら友人だったりが尻を叩くもんだが今はそういう時代じゃないのかもな…まぁ、いいから褒められたんなら素直に喜んでおけ。頭でも撫でるか?」
笹木が伸ばした手を小淵さんが払う。
「次…」
「ん?」
「次はどうしたら成功しますか?」
「いや、私からすれば今回も成功だって」
「なら、どうやったら悩みを解決できますか?」
「…」
笹木は腕を組み、眼をつぶる。しばらくして、眼を開くと、口を開いた。
「…分からん」
「「はい?」」
「息ぴったりだな」
「いえ、そうじゃなくって…」
「仕方がないだろう?私だって相談部なんてのの顧問は初めてだし」
「なら、どうすればいいんですか?このままじゃまた同じことの繰り返しです」
「アドバイスってのとは違うが、そうだな…私は、大切なのはできることとできないことを正確に判断するのが大切だ、と思う」
「出来ることとできないことですか?」
「今回で言えば宇川に亀梨と復縁させるのはほぼ不可能だっただろう。可能性があるとすればお前達のした通り水月を諦めさせることくらいしか私にも思いつかん」
「では、どちらにしろ今回は失敗していたということですか…」
「それだけ人の意識を変えることは難しい。まして当事者じゃない第三者だとすればな。もっとも宇川が遊んでるやつなら楽だっただろう」
笹木は再び珈琲を飲もうとするがマグカップは空だ。マグカップを置き、続ける。
「今回の件はいい経験になっただろう。小淵は失敗と捉えていたのは、小淵の目標が恋を成就させることだったからだ。悩みを解決するってのは多分その悩みを抱えてる本人の願いを叶えることだけではない。根底から、悩みを抱える原因を取り除くことでも解消はできるだろう。どちらかがいいのではなくどちらでもいいんだ。」
「…どういうことですか?」
「私も自分で言ってて分からなくなってきた」
笹木は後頭部をかきながら笑う。
「今回の件で亀梨には恨まれたかもしれない。それは亀梨の逆恨みかもしれないが、お前達に全く責がないかと言われれば違う。このことで亀梨が完全に可能性を失ったと思い、諦めるのならお前達は役に立ったんだ。お前達は恨まれる役をかって出ただけだ。だから…お疲れ様。頑張ったな」
「…はい」
「じゃあ、そろそろお前達も帰ったらどうだ?それとも2人でデートにでも洒落込んでストレス発散でもしてきたらどうだ?」
「先生」
「冗談だよ。冗談。気をつけてな」
「はい。失礼します」
小淵さんは足早に行ってしまった。
「じゃあ、俺も失礼します」
「あー、継野」
「はい?」
俺も帰ろうとすると笹木に呼び止められる。
「今、水月はどこにいる?」
「さっき校門で待ってるって行ってましたけど?」
「そうか…」
笹木は立ち上がる。
「校門まで送ろう」
「え?いや、いいですよ」
「これは部活の顧問としての責任だろうからな。ほら、行くぞ」
「…はい」
何故だか笹木の後ろをついていくような形で体育科室を出る。横顔を盗み見ると珍しく真面目な顔をしている。一体何の用なのだろう?