第11話 初めての相談(七)
休み時間のたびにからかわれたがなんとかやり過ごして放課後、逃げるように部室へ向かう。明日には忘れられているだろう。お願いだから忘れていてください。
「先に行くなって!待っててくれてもいいだろ?」
「みづっ、…紅葉」
肩を掴まれ強制的に後ろを向かされる。走ってきたのか少し髪が乱れている。
「髪直した方がいいぞ」
「あー、うん」
紅葉は撫でつけるように髪を直す。そして鞄を肩にかけなおし、手を差し出してくる。
「なんだよ?」
「手、繋いだ方がいいだろ?フリだから仕方ないだろ?」
「付き合ってても校舎内でては繋がないだろ」
「そうか?たまにいるだろ」
いたのだろうか?全く記憶に残っていない。
「部室棟の近くからでいいだろ」
「そんなにオレと手を繋ぎたくないのか?」
「ああ」
そういうと一瞬で紅葉の目が潤む。なんだこいつ。
「恥ずいし、前のこともあるからな。せめて人目の少ないところで頼む」
「…」
「ん?どうしー、うわっ」
紅葉の肩から肩紐が落ち、真正面から抱きつかれる。完全に涙を流す紅葉が。廊下のど真ん中で。
「おい、なにしてんだ?」
「…継野ぉ」
「おい、聞こえてるか!?おい!」
「…」
鼻をすする音がする。そして教室の扉が開く音がする。
「おい、どうした?大丈夫か?」
「…すまん取り乱した」
顔を上げた紅葉の顔は紅く、涙は止んだようだ。つまり、こいつオレのシャツで拭きやがった。
「継野じゃなくて光だったよな」
「そういうことじゃないだろ!?あと離れろって」
「なんで大声なんだ?」
「状況考えろ!?離れろって!」
「…もう少し…」
「だー、いいから離れろ!」
何人かには見られたかもしれない。紅葉の手を引き部室へと急いだ。
***
「…準備はできているようですが、あの2人はまだきていませんよ」
「ん?あぁ!違うって!」
紅葉から手を離す。幸い部室にはまだ小淵さんしか来ていないようだ。
「繋いだままでいた方が良いのではないでしょうか。そう暫くすれば皆さんもくるでしょうし」
そういうや否や部室のドアが開き、月雪さんと宵川さんがやってきた。
「こんにちは〜、遅れちゃいましたか?」
「いえ。大丈夫です。私達も今来たところなので」
「あの、継野先輩」
宵川さんが近づいてきて小声になる。
「外に亀梨さん待たせてるので演技お願いできますか?」
「わかった。紅葉」
手招きして宵川さんに言われたことをそのまま伝える。すると隣の椅子に座り手を握ってくる。
「…その状態でいいんですか?」
「えっ駄目かな?」
宵川さんにジト目を向けられ思わず手を離す。
「椅子をもっと近づけて下さい。それだけで大丈夫です」
手を繋ぐのは露骨すぎるということだろうか?少し椅子を近づけると、宵川さんは頷き、ドアを開けた。
「もう入って大丈夫だよ」
亀梨さんを招き入れ、自分の椅子に座る。亀梨さんも勧められた椅子に座る。
「新川先輩は少し遅れるそうです。ですからあとは宇川君だけですね。宵川さん、大丈夫ですか?」
「…頑張ります」
明らかに緊張している様子の亀梨さんに無言になってしまう。今日で何かしらの変化が起こってしまう。良いか悪いかも分からず緊張もするだろう。
そしてドアが開く。
「失礼します。…相談部、の…」
亀梨さんをみて言葉が詰まり、そして紅葉を見たときには目を丸くし、言葉が紡げなくなっている。
「…どうぞ、そちらに座って下さい。」
「…」
「あの…?」
「あっ、はい!失礼します!」
椅子に座った後も対面に座る小淵さんを見てるようで、紅葉を盗み見ている。やはり宇川君が好意を抱いている相手は紅葉で間違い無いようだ。
「今回はお二方に集まっていただいたわけですが、時間を取らせて申し訳ありません。」
「…」
「まず前提として今回は亀梨さんの相談をお受けしたところから始まります。」
訂正。盗み見るというかずっと見ている。徐々に小淵さんから紅葉へと視線が移っている。
「…聞いていますか?」
「っはい!聞いてます」
一瞬視線を戻すがすぐに紅葉を見始める。
俺は紅葉の手を握る。
ビクッとした後こちらへの視線を感じるが無視し、俺は2人を見続ける。
「…なっ!?」
宇川君は紅葉の顔ばかりを見ていたが徐々に視線が下がり、そして当然手を繋いでいることに気付く。思わずといった様子で声を上げ、立ち上がった。
「宇川君…?」
だが、紅葉を見ていない亀梨さんは気がつかない。ただいきなり立ち上がった宇川君に対して疑問を持つだけだ。
「なんでもない…」
大人しく座り直したが今度は繋がれた手に視線が注がれている。それもあからさまに。亀梨さんはそんな宇川君の視線の先を探り、そして気づく。そして察する。宇川君が探していた相手が誰であるのかを。
「では、私達は部室の外で待っていますので。お二人で話し合われてみて下さい」
小淵さんに続いて立ち上がり部室から出ようとする。繋がれた手はそのまま。
「あっ、あの!」
小淵さんが開けているドアを潜ろうとしたとき宇川君に呼び止められる。俺は振り向かない。当然呼び止められたのは俺ではないから。
「ん?」
「あの!陸上部の先輩ですよね!去年の大会、見てました!かっこよかったです!」
「おう、ありがとうな」
「それで、その…どうしてここに…?陸上部はどうされたんですか?」
「ん?ああ、陸上部は辞めたんだ」
「そんな…どうして?」
「ん〜」
紅葉は視線を移す。横顔をじっと見られているのが恥ずかしくて紅葉の方を向く。
すると何故か紅葉が手の繋ぎ方を変える。
「どうした?」
俺の質問には答えず、宇川君へ向き直る。
「もっとやりたいことが見つかったんだ」
そう言って微笑んだ紅葉の横顔は息を呑むほど美しかった。
「光」
手を引かれ、部室の外へ。続いて1年生組が部室から出るとドアを閉めた。