第10話 初めての相談(六)
朝起きてカーテンを開ける。雨こそ降っていないものの未だ黒い雲が空を覆っている。
朝食を食べながらテレビを眺めていると今日は曇りのち雨らしい。降水確率は50%。一応傘を持っていくべきだろう。
未来は既に学校へ向かっていて、母さんと父さんはまだ寝ているので鍵を掛けて家を出た。水溜りを避けながら学校へ向かって歩く。
「光!」
「うわっ!」
後ろから押されて水溜りに足を突っ込みそうになる。
「危ないだろ」
「後ろ姿が見えたから走ってきた」
「わかったから下りてくれ」
普段男友達のように接しているだけに背中に当たる柔らかさが異性を感じさせる。
「あー、楽だな。このまま教室まで運んでくれ」
「ふざけんな。重いわ」
「そういうこと女子に言っちゃいけないんだぞ?」
「お前にしか言わねぇよ」
「なんか、教室より前に会うの久しぶりだな?」
水月が突進してきたのは棟へ向かっている途中だ。
「水月が前にいたら気づかれないように歩くペース下げるからな」
「はあ?なんでだよ!」
「朝からうるさいし…」
「ひどっ!?あー、傷ついたなー」
「棒読みやめろ」
棟に近づき同級生の顔もちらちらと現れる。
「そういえば、なんで名字で呼んでるんだよ?」
「…あっ、あそこにいるの御崎さんじゃないか?」
「美沙〜!!」
「ちょっ、紅葉!?ぐふぅ…」
振り返った御崎さんは水月に真正面から飛び込まれ、体をくの字に曲げ、そのまま尻餅をつく。
「光が私を名前で呼んでくんないんだけど!」
「うん…そんなことより私にゆうこと無い?」
「…おはよ」
「おはよう…ってまずは謝れ!」
御崎さんが水月の頭をはたき、汚れを払いながら立ち上がる。そして俺に非難の目を向けてきた。
「継野君、紅葉の事しっかり見ててよ…」
「無理」
行動が突発的すぎて止めることは俺にはできない。御崎さんも理解してくれているのか深いため息をつく。
「それで紅葉はどうしたの?光って継野君のことだよね?」
「あー、ちょっと部活のことで」
「?もしかして紅葉の言ってた子のこと?宇川、君だっけ?」
「そういえば水月が聞いたって言ってたな」
「うん。後輩の子に聞いてみたらあの人ですよって教えてくれたんだけど、全然知らなかったよ」
「陸上部の練習をずっと見てるって聞いたけど」
「そう!今まで気にもしてなかったけど、気にするともうダメだね。さっきの朝練にも来ててさ。キモすぎでしょ。なんであんなのがモテるんだか」
「…一途さとか?」
「いやー、一途ってか片想いなんでしょ?ストーカーじゃん」
「イケメンだから許されるとか」
「めっちゃ庇うじゃん」
御崎さんは水月のことを引き剥がしながら笑っている。
「歩きながら話そうよ。立ち止まってても邪魔になるかもだし」
御崎さんは水月を引きずるようにして昇降口へと向かう。
「で、付き合ってるフリするってこと?それで名前呼び?」
「そういうこと」
「なんか、弱くない?今時友達なら名前呼びは普通じゃん?あだ名とかで呼び合えば?」
「あだ名?」
「私ならミサミサとか。女友達にはそう呼んでる人もいるけど、男友達にはいないから。結局名前呼びもそうだけど、特別な呼び方がいいわけじゃん?」
話しながら教室入る。もう少しで1時限目が始まる。
「というか、継野君て基本的に距離が遠いよね?」
「そうか?」
「ほら、私の事もずっと名字にさん付けだし。紅葉のおまけで何回も話してるのに」
「そう聞くと少し他人行儀かも?」
「でしょ?だったら、ほら。呼び方変えてみて?」
「えっと、御崎?」
「さっき友達なら名前呼びは普通って言ったばっかりなのになぁ」
「み、美沙?」
「照れてるの?でも、もう一声!ほら、あだ名で!」
「流石に恥ずかしくない?」
「いいから!」
「み、ミサミサ」
「大声で!」
「ミサミサ!」
「よし!そのまま紅葉のこと名前で」
「紅葉」
「ね?照れること無いでしょ?じゃあ、授業始まるから」
そう言い残して自分の席へ戻っていった。
「で、なんで光はオレのことは名前で美沙はあだ名なんだ?」
「…俺が知るか」
机に顔を突っ伏す。俺は今、他のクラスメイトからしたらいきなり大声で女子の名前を叫んだやつだ。周りの視線が痛い。