表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らは"勇者"になれますか  作者: 紫水
第一章  サイオーグ王国 ~ユリシーズ戦役~
9/78

第6話    ~赤髪黒刃の少年の噂~



 大きな戦争が行われる時には、各陣営が傭兵を募ることがよくある。

 兵力とは言うまでもなく、戦争の勝敗を左右する大きなファクターだ。

 疎通や連携の取りやすい、自前の生え抜きの兵のみで戦争に挑めば最も戦いやすいが、確実に勝利を手にしたいとなれば、やはり兵力の水増しは考えたいものである。


 勝利の暁には報酬や栄誉など、と約束しての傭兵募集は、魔王討伐軍を編成するにあたって、サイオーグ王国も現在進行形で行っていることだ。

 開戦してからもまだ継続してやっているだけあって、有力な兵を欲していることは察せよう。

 敗戦の末には魔王に支配される結末しかないサイオーグ王国だから、必勝切望なのは当然だが。


 さて、リーフは、ユリシーズ平原で魔王軍と抗争中のサイオーグ王国軍に声をかけ、自分を傭兵として雇ってくれませんかと訴える心積もりの模様。

 果たしてそれは、現実的に成功し得ることだろうか。

 結論から言えば、可能性は半々である。


 良い要素は、リーフがデッドケルベロスを単身撃破できるだけの実力の持ち主であり、兵としての王国側の需要を満たしている点。

 使えるだけの力がある兵という時点で、王国軍も雇う価値は見出してくれるだろう。

 特にリーフは、大きな報酬を望んで王国軍入りを願う立場ではないし、交渉面でも相手方に嫌な顔をさせる見込みが無い。

 治癒魔法の使い手であるというのも、衛生兵にも回れるという大きな強みに繋がるから、雇う価値がある傭兵だと思って貰うにはかなり大きな札となるだろう。


 良くない要素は、戦場現地の兵士様は、臨戦模様の中にあって気が張り詰めている点。

 とにかく皆様、常に自身と自国の命運が懸かっているだけあって神経質だ。

 たとえばリーフが、サイオーグ王国の西から来訪した傭兵志願者というだけで、もしかしたら魔王軍の回し者が敵国に傭兵として潜り込もうとしているのでは、と疑念を抱く者が必ず現れる。

 サイオーグ王国の西、キゲッシュ地方からバレンタイン王国までは、すべて魔王の支配領土である。リーフの出身地であるハーナッツ地方も、この領域に含まれる。

 要するにリーフは、魔王に支配される地の出身であり、神経質な方々には確実に引っかかる要素だ。


 根本的に兵というものには、実力以前に、肝心な時に逃げ出したりしない責任感と、危うくなっても裏切って相手方に寝返ったりしない誠実さが、大前提として求められる。

 千対千の戦争でも、一兵の有無は意外なほど響くのだ。

 雇って貰う時は誰でも売り込みとして大きな口を叩くものだが、いよいよとなったら命惜しさに寝返るような奴は、弱くて使い物にならない者より遥かに始末に負えない。

 逃げ出されただけでも、兵力の総数を前提に戦略を立てた軍にとっては、たいそう迷惑な話である。

 職場である日、頭数に入れている従業員が一人逃げたら凄く困る、というのを想像すればわかりやすいが、国の命運を賭けた戦争なだけに、深刻度はその例えの比ではない。

 困ったことに、リーフはその幼過ぎる見た目が災いして、肝心な時には臆病風に吹かれるだろうと推察されて評価を下げられる、そんな可能性だって考えられるのだ。


 とはいえ軍部も、そんなことを雇う前から考えすぎても仕方ないことも、一応わかってくれてはいるはず。

 そいつが、いざという時にどうするかだなんて、いざという時とやらになるまで絶対にわからない。

 それに、雇う前からなんだかんだと難癖や注文をつけ、邪険に追い払おうものなら、その傭兵からサイオーグ王国軍そのものが嫌われかねない。

 傭兵というのは多くの場合、報酬さえ手に入るなら、雇い主などどこでもいいのだ。

 態度悪く追っ払った傭兵が気分を害し、じゃあ俺は魔王軍に付くよとあっち陣営に回ったら、得られたはずの兵を失って敵陣営が兵を得る、差し引き二兵ぶんの損失とさえ言えよう。

 だから基本的に、傭兵募集を図る陣営は、来る者をあまり拒まない傾向にあるのも確かである。


 リーフは傭兵として雇われるに値するものを充分に持ち合わせているし、サイオーグ王国軍が話のわかる方々なら、魔王討伐軍に歓迎して貰える可能性はある。

 しかし、命を懸けて日夜戦場に瀕している者達に、自分に都合のいい回答を期待してはいけない。

 ユリシーズ平原で神経を張り詰めさせている兵士達に言わせれば、命懸けの戦いで忙しい自分達に声をかけて悩みの種を増やすぐらいなら、王都まで行ってデスクワークの軍人どもに話をつけに行けという話。道理である。

 リーフは一日でも早く、魔王討伐軍に参入し、魔王を討つための旅の力になりたいから近道を選んでいるが、近道を選べばつまづき得る石が増えるのも世の常だ。

 たとえ上手くいかなかったとしても、考え事を増やしてしまってすみませんでした、と頭を下げるだけの節度は最低限必要。そういう道をリーフは選んでいる。


 希望の実現のために、リーフはやれる限りのことをやるし、言える限りのことを言うだろう。

 それでも心ある相手あってのことである以上、その成功は約束されてなどいないのだ。






「ひとまず、謙虚にな?

 ぬしはこう、傲慢なこと言うタイプでもないと思うけど」

「わかってる。

 むしろ王国兵様と話すなんて初めてだし、気を付けても失礼なこと言ったりしないかとか、そっちの方が不安なぐらい」


 そんな話を、とある酒場のカウンター席で、アメリはリーフにわかりやすく解説してくれた。


 キゲッシュ地方とサイオーグ王国の国境を越えたリーフ達は今、サイオーグ王国最西部の小さな村で宿を確保し、一夜休んでまた出発という心積もりだ。

 宿でも夕食は出るのだが、フリージアが大食らいなので、宿で食事するより酒場がいいと言うアメリの提案で、今は酒場で夕食を取っている。

 当のフリージアはアメリの隣、リーフと共にアメリを挟む位置にあたる席で、ピラフをもちゃもちゃ食べ漁っている。

 既に五皿目だ。この小さな体のどこに、それほどの食べ物が入るというのだろう。


「……それにしても、なんか意外な印象。

 アメリ、てっきり酒でも飲むんじゃないかって思ったんだけど」

「んっ、ぬしには妾が酒好きに見えるんか。

 酔ってげらげら馬鹿騒ぎするのが好きそうな女に見えるとか?」

「そこまでは言わないけど……酒飲んでても違和感ないキャラしてるよ、多分」


 見るからに幼子のフリージアは、オレンジ色のジュースを飲んでいるが、リーフも酒は好みではないのか同じようなものを注文して、今はそのグラスを片手に持っている。

 リーフにとって意外だったのは、アメリが注文したものがホットミルクだったという点。

 元より陽気な語り口のアメリだから、なんとなく、てっきり酒好きかなと先入観を抱いていたリーフなのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。


「酒は飲めんこともないけど、あんま良い思い出無いんよ。

 酔うたら恥かくからな。自分が酒飲んだらどうなるかはもうわかった」

「暴れたりする?」

「なあ、ホンマぬしの中で妾ってどんなキャラなん?」

「えーと……まあ、うん、上手く言えないけどさ」


 笑いながら話してくれるアメリなので、リーフもなじられている気はしないが、気まずく顔を逸らしてはぐらかすしかない。

 素直なところをそのまま言うと、失敬なことしか言えない気がする。

 キゲッシュ地方の村にて、魔王軍に絡まれても、まったく怯まず堂々と言い返していたアメリの姿もリーフは見ているのだ。


 陽気で明るく、しかし喧嘩を売られても真っ向から言い返す気の強さがあり、賊からの襲撃をも恐れぬ女の二人旅が出来るほど、戦いになっても対処できる腕っ節に自信がある、それがアメリ。

 こんな彼女が酒に酔ったら、さらに気が強くなって声も大きくなり、より豪気な彼女の一面が露わになる予感が強い。


「逆々、妾はむしろ酒が回ったらおとなしくなる方じゃ。

 妾がうるさいと思ったら、酒押し付けて飲ましたら黙らせられるぞ」

「それって要するに、潰れるってこと?」

「いや~、潰れたりはせえへんけど……こう……

 もうええがな、聞かんとってえや。恥ずかしい行動に出よるんやって」


「おかわり、くださいっ」


 過去を回想するアメリ、ちらちら目線をリーフから逃がしながら、たいそう気まずそうな苦笑いである。

 もう勘弁して、思い出させないで、という顔をするぐらい、酔った時の自分の醜態を思い返したくないらしい。

 そのアメリの隣では、フリージアがピラフのおかわりを注文している。


「恥ずかしい行動、ねぇ……

 なんかわかった気がするよ、もう聞かないでおく」

「ちょい待て、ぬし誤解しとらん?

 妾が酔ったら脱ぎだすとか、そんな想像しとらんか?」

「え、そうじゃないの」

「そんなことせぇへんわ!」


 ばしんとリーフの肩を横から叩く、かなり鋭い突っ込みを入れられた。

 まだアメリの顔は笑っているが、ちょっとだけ怖い。

 人を勝手に淫奔なイメージで見てくれるなという、当然の抗議を眉の形に表している。


「えー、だって酔っぱらって恥ずかしい行動に出るって言われたらさぁ……

 ただでさえアメリ、普段からそんな恥ずかしい恰好してるくせに」

「これは妾の一張羅じゃぞ、恥ずかしいことなんかあるかいや。

 浜で棺の中で目覚めた言うたけど、目覚めた時に身に纏っとったんもこれだけだったんじゃぞ?

 ()うたら物心ついた時からこの恰好みたいなもんやのに、恥ずかしいなんて言うてられるかいや」


 今のアメリの人生は、それ以前の記憶が無い目覚めから始まっているようなものなので、その時から身に纏い続けているこの服装が、彼女にとってのスタンダードなのだそうだ。

 今や魔族と人類が、人里で当然のように共存する時代、アメリみたいに露出の多い服装で街を歩く、魔族の女性も少なくないから、アメリも社会の中にあって特別浮いた身なりではない。

 目覚めた時からこの恰好でいたアメリとしては、これが当たり前になっているんだという主張である。


 その理屈、もしも目覚めた時に素っ裸だったらどうなってたんだろうと、リーフは考えてしまうのだが。


「一応確認するけど、アメリって人間だよね?」

「めっちゃ失礼な響きの質問しよるな。気持ちはわからんでもないけど」

「う~ん、言葉は悪かったけど……

 俺には17歳の女の子が、そんな恰好で人前を歩けるのがちょっと信じられないもん」


 泳ぐ時なら理解も出来るが、平常時からそんな最低限の所だけ隠した身なりで、肌をあまりにも晒しすぎ。

 たとえば人間の女性でも、戦場に生業を持つ方々なら、動きやすさを重視して軽装、あるいは薄着を選び、肌の露出が少し多めになることはままある。

 しかしそんな人達とて、ここまで面積の少ないお召し物を選ぶことは殆どあるまいし、ましてやそれで街中を平然と歩くなんて相当に少ない話である。

 女性としての羞恥心が勝ち、せめて内股や脇の下ぐらいは隠しているものだ。


「経歴が特殊なんじゃから大目に見てぇや。

 妾はフツーに人間じゃぞ? ぬしと同じ体と心、同じ人類じゃ」

「同じ体ぁ……?」

「いや同じってそういう意味(ちゃ)うがな。

 お互いある物ない物あるがな、全部同じ()うてへんがな」


 いや違う。今のは絶対、遠回しな言葉遊びだ。

 女性のアメリが男性のリーフに、ぬしと自分は同じ心と体、と言ったわけだが、同じ人間同士と言っただけと装いつつ、リーフを女みたいだと遠回しにからかっている。

 なんとなくリーフにはわかってしまった。じぃっとアメリの顔を睨みつける。


 確かに幼顔の上に細身で、女みたいな華奢さだと大人にからかわれたこともあるリーフだ。

 とはいえ男としてのプライドを、普通程度にはちゃんと持ち合わせているのだから、その手の揶揄には当然へそを曲げる。


「妾もこの一張羅、何年も着とったら窮屈になってきて困っとるんじゃがな。

 やっぱ体は大きくなっていくけど、着るものは大きくはなっていかんからのう」

「こらやめろ、はしたない……」


 数年前からの一張羅、すなわち数年前の胸のサイズにぴったりだったそれも、アメリの成長に伴ってどんどん窮屈になっているらしい。

 今やアメリの胸元は、いい形のまま膨れ上がっており、だから二つの果実の上部はお召し物で覆いきれず、張り満点に自己主張しているのだ。

 それを主張するように、ぎゅっぎゅっと胸の下部を覆うそれの位置を正すアメリだが、それに際してリーフの目の前で、膨らみ二つが揺れるからリーフも目のやり場に困る。

 今は椅子に座っているアメリのお尻も、リーフは一度台車後方で間近に見ているが、そこも育った腰回りに対して布面積が小さく、直視に困る光景だったことまで思い出してしまう。


 リーフに睨まれがちだったこの空気、意図してこうしてリーフが自分を直視できないようにしたのであれば、アメリはかなりの策士だろう。

 今の流れでそれをすぐ閃いたのだとしたら、頭の回転が相当に速い。


「男のぬしにはこんな悩みないじゃろ。

 男と女は別モンじゃ、当たり前のことやがな」

「むぅ……」


「おかわり、くださいっ」


 やはり先の会話から繋がった話題だったらしい。

 性に幼いリーフをよく知って、彼の目線を泳がせて抵抗力を奪うアメリの技に、リーフは雑念で思考を乱され、釈然としない声を返すことしか出来なくなる。

 アメリの隣では、フリージアがピラフをおかわり。


「……買い換えようとは思わないんだ。

 別の服を買うとかさ」

「それはまあ、一度(いっぺん)考えたこともある。

 でも、新しい服()うたら今着てるモンは捨てることになりそうじゃろ。

 旅をする中で使わん荷物が多いのも問題じゃし」

「あー、そっか。

 言われてみればそうだよな」


「思い出せない過去には特に未練ないけど、これは妾がその過去から現在に持ち込めた唯一のものじゃしな。

 なんかそれ捨てるっちゅうのもしたないがな。わかる?」

「うん、わかるかもしれない」

「みひひ、ぬし何だかんだで話わかってくれよるわ。

 やっぱそういう相手と喋っとると楽しいな」

「なんか急におだてられた。怪しい」

「えー、なんでそんな警戒されてんの?」

「なんかお前、全体的に言動に裏ありそうだもん」


 アメリが、新しい服を買うと、今着ている服を捨てることになりそう、という言葉を発した時点で、リーフはアメリが言いたいことを半分理解していた反応だった。

 そうでなければ、あぁそっか、なんて、気付いたような返事はしない。それで? とでも返しそうなものである。


 今着ているものをあまり捨てたくない、理由は失ってしまった過去の自分に繋がる数少ない財産だから。

 そうしたアメリの真意を、捨てるという単語を文脈の中に含んできた時点で、概ね察せる程度には、リーフは想像力が豊かであり、相手の立場になってものを考えられるということである。

 優しい人というのは、自分でない者の気持ちを想像力で補う能力がなければ成立しないものであり、逆に言えばそれが出来る人は、他人に優しく出来るし話のわかる人間にもなれる。


「別に他意なんか無いて、やっぱ話がわかる相手と喋っとる時は楽しいがな。

 話わからん奴との会話ってイラチ来てしゃあないしな」

「いらち?」

「ん? あぁ、"辛抱利かんレベルでイライラする"って意味な。

 やっぱ時々通じん言葉が出るなぁ、妾は普通に使っとるんじゃが」


「辛抱利かん、っていうのすら、あんまり同い年から聞く言い回しじゃないけどなぁ」

「え、ぬしは何て言う?」

「我慢ならない、とかじゃない?」

「あ、そっか。その時点でも妾は訛っとんねんな」


 自身の発言の特殊さに今さら改めて気付く部分もあって、アメリはリーフとの会話を笑って楽しむ。

 時々意地悪そうなことを言ってくるアメリだが、こうして談笑する限りでは、彼女の朗らかな笑顔にはリーフも心が浮く。

 話のわかるリーフとの会話は楽しい、とアメリは言ってくれているが、リーフもアメリと会話することを、極めて自然に楽しめている自分がいることもわかっている。

 妙なことを言ってこなければ、だけど。顔がどうだの男らしくあるかないかだの。


「……それにしても、フリージアよく食べるよな。

 あれ六皿目……いや、七皿目か」

「食べ放題にさせとったらこいつナンボでも食うぞ。

 まぁここまで台車引っ張ってくれとるし、好きなだけ食べさせたってもええじゃろ」


「おかわり、くださいっ」


「げ、八皿目……」

「何皿で満足するか、賭けて遊んでみるか?」

「えー、やだよ。

 アメリはフリージアとずっと一緒だったんだから、情報持ってて有利じゃん」


 リーフとアメリが話している中、全くその会話に興味も持たず、食に夢中なフリージア。

 今の宣言で八皿目。喉を通したピラフの体積が、彼女の胃袋の容積を超えているような気がするのは考え過ぎなのだろうか。


 そんなフリージアを初めて見るリーフの驚きなど、それも話題のきっかけにして、アメリは次へ次へと話を広げてくれる。

 リーフとアメリの間には、長い時間、沈黙の時間が全く生まれない。

 アメリが饒舌でお喋りなのもその一因だが、これだけ会話のキャッチボールが淀みなく続くのは、根本的にこの二人、対話相性のいい性格同士ということなのかもしれない。


 フリージアが十二皿目のピラフをたいらげるまで、リーフとアメリは楽しくお喋りしながら時を過ごした。

 会計を済ませようとする際、アメリとの会話が一時途絶えた時、楽しい時間だったなとリーフがふと気付くぐらいには、リーフにとってもこの対話は楽しかったのである。


 ぬしとの会話は楽しい、と、アメリはリーフにそう言ってくれた。

 俺も、とはわざわざ言わないリーフだが、それに近い感情は確かに芽生え始めていた。






「……あれがそうか」

「赤い髪に木刀のガキ、間違いねえだろうな……」


 酒場のカウンター席にて、マスターを相手にリーフとアメリが、俺が払うよ妾が払うと財布を出し合っている。

 そんな二人の横顔を、酒場の一席から眺めている男が二人がいた。ともに人間の壮年男性である。

 身なりはみすぼらしく、山賊かと見紛われそうな姿だが、稼ぎの乏しい冒険者にはこうした風貌の者も多いから、こうした大衆飲食店でも別段浮いてはいない。

 そしてその男達は、ひそひそと仲間内で語らいながら、それらの目線はリーフの後ろ姿に偏っている。


 サイオーグ王国への西からの旅の中、何度も感情任せに魔王軍にその刃を差し向けてきたリーフだ。

 彼の噂は、ここサイオーグ王国まで侵入してきた魔王軍の耳にも届いている。

 東のサイオーグ王都への侵略中に、西からいかにも魔王軍を敵視している、強い剣士が旅すがらと聞けば、魔王軍とて無視は出来ないところだ。

 そして今、この村を含むサイオーグ王国最西部の各町村には、魔王軍の非戦闘員が散り散りに潜伏していた。

 彼らの任務は、西からこのサイオーグ王国へと向かっている運びと思しき、赤髪黒木刀の少年の動向を追うことだ。


 この町はサイオーグ王国領内で、魔王軍が侵略を果たしていない町ではあるが、やはりどうしても魔王軍の一員が、潜り込もうと思えば不可能ではない。

 武装一つせず一般人を装われたら、誰が魔王軍で誰がそうでないかなど、関所の審査をいくら徹底しても完璧に見定められるものではないのだ。

 とはいえ王国軍もそれは想定内なので、この手の諜報員が、サイオーグ王国陣営を大きく脅かすようなことは無いだろう。

 妙な動きをする不届き者には敏感だし、戦争の行方を左右させようとする輩の行動などは、この町に駐在している王国兵らが決して許さないはずだ。


「……見たところ、強そうには見えねえんだがな」

「情報を疑うな、キゲッシュ地方で贄を管理する連中が、魔獣までもをあのガキに斬り伏せられてるって話だぜ。

 見た目に騙されてんじゃねえよ」

「信じ難い話だがな……あの木刀で、硬質の皮膚を持ちがちな魔獣を斬れんのかね……?」


 魔王軍を敵視している上に実力も申し分なしの少年が、西から東へ、サイオーグ王国方面へと進んでいる事実は、魔王軍からすれば無視したくない。

 いかにも、魔王討伐軍編成のために現在進行形で傭兵を募っている、サイオーグ王国へ向かっているという気配が疑えない。

 敵軍に大駒が一つ入る予兆を、楽観的に見過ごしたくはないものだ。


「ここで始末しちまってもいいんじゃねえのか?」

「馬鹿、やめとけ……!

 見た目に騙されてんじゃねえって言ってるだろうが……!」

「所詮は人間のガキじゃねえか。

 賭けには違いねえが、暗殺を試みる価値はあるだろ。

 成功した時に得られる報酬を思えば、リスクに釣り合う挑戦のはずだ」


 かの少年が人間である以上、それを疎ましく思う悪人には、暗殺という発想がまず一つ沸く。

 例えば二足歩行の人型であったって、皮膚の硬い獣魔族など、人間でない者の暗殺は難易度が高くなることも多い。

 しかし人間は、命を奪いたい時に手段が簡単な方だ。体のどこにでも刃を突き立て、金属よりも柔らかい肌と肉を大きく裂けば、多くの血を失った末に間もなく死に至る。


 あの赤髪の少年がどれだけ強いのかは知らないが、人波に紛れて接近することさえ出来れば、背後から背中にナイフを突き刺すだけで致命傷を与えられるはず。それは正しい。

 自陣営に厄介な存在の排除のために、対象の命を奪うことも厭わぬ者達は、なにも真正面から戦う必要はないのだと、己の身の安全も確保した方法論を導き出すことに慣れている。


「無理はしねぇさ、可能ならば、だ。

 接近することすら出来そうにないならやめておくさ。

 明日の朝にでも、あいつが町の人通りの多い所を歩くなら隙をうかがって……」


「……んっ?」


 決してリーフを甘く見ているわけではなく、無理元で可能性だけ考えていた男だったが、ひそひそ話しているその口が止まるほど、彼にとっては衝撃的な動きが見えた。

 会計の途中だったリーフが、突然背後を振り向いて、店内をきょろきょろと見回し始めたのだ。

 それも、動きが大きい。気まぐれな行動ではなく、何かを察知した動きと見て間違いない。


「どした? リーフ」

「いや、なんか……気のせいじゃないとは思うけど……」

「ははあ、殺気でも感じたか?

 ぬし、魔王軍の連中にさんざん喧嘩売ってきたそうじゃしな。

 魔王軍の交戦域にも近いこの辺り、ぬしを睨んどる刺客が()ってもおかしないな」

「むぅ……」


 憮然顔で店内を見回すリーフと、くすくす笑って笑えないことを言うアメリの姿に、リーフ達を視察している男達はもう一言も話せなくなった。

 無言になり、酒を飲み、酒場で黙り込んでいるのも怪しまれる気がする強迫観念に駆られ、おかわりを注文して煙草を落として探すふりをする。

 そうして何の変哲もない一般人を装い、酒場を出るまで終始目を細めるリーフを見ず、出店したと思しき玄関の音がしてから、ようやくリーフ達の歩いて行った方向を見る。


 店内からいなくなっていることを確かめてから、片やごくりと生唾を飲み、片や大きな溜め息だ。

 命の危機を感じたほどだ。見つかるはずもないけれど、もしも見つかっていたらと思うとぞっとする。


「……悪い、侮ってた」

「だから言ったろ……

 怪物は見かけによらねぇんだって……」


 たまにいるのだ。ちょっと殺気を向けただけで、肌でそれを感じ取ったかのように、目も耳も使わず自らに向けられた悪意に気付ける化け物が。

 まるで神話めいた話だとも思われる話だが、同じことが出来る者は、魔王軍の重鎮の中にも実在する。

 真の強者の世界には、その境地に至らない者になど、到底理解できそうにないものが本当にある。

 もっと一般的な感覚に例えても、喧嘩に慣れていない者には、殴りかかってくる相手の拳が目で追える格闘家の神経は、全く信じられないだろう。

 その遥か高次元の話が、この男達とリーフの間にある格の差だ。


 見るからに、確実に、二十歳すら迎えていないリーフが、そのような境地に達していることに、彼を発見した諜報員二人は身震いする。

 いったいどのような半生を歩んでくれば、十代前半としか見えぬあの子供がそう育つというのか。

 実年齢の17歳を知れたとしたって、それは怪物的世界に到達する数字としては若過ぎる。


「まずはギルコム様に報告……いや、直接じゃ間に合わねえかもしれねえな。

 カルマーサ様を介して伝えるのが早いか?」

「そうしよう。

 カルマーサ様なら、当面の対応としての迅速な指示も下してくれるだろう」


 自分達でリーフに手をかけようという選択肢を捨て、魔王軍の上役の指示を仰ぐことを選ぶ男達。

 リーフの知らない所でも、世界は常に動いている。それも、彼の行く道を塞ぐために。


 リーフは今、魔王討伐軍入りを目指している。

 それを果たすことが出来て初めて、魔王を討つための旅が始まるのだとリーフは思っている。

 だが、彼が思うスタート地点に立つより前に、まずは一波ありそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ