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僕らは"勇者"になれますか  作者: 紫水
序章
7/78

第5話    ~二人の目的~



「ほう、サイオーグ王国に向かっとるとこか。

 方向は妾らと一緒じゃな」

「方向は、ってことは、アメリ達は別にサイオーグ王国が目的ってわけじゃない?」

「まあな。

 妾は流れモンじゃ、特に目的地もなく気ままにウロウロしとるだけ」


 宿で朝食を取りながら、リーフはアメリと席を向き合わせて世間話だ。

 フリージアはアメリの隣で、やや大きめのバケットをもくもく貪っている。話に参加してこようという気配はまるで無し、食べ物に夢中。


 なんだか知らないが今日からは、リーフもアメリと普通の口調で話せている。敬語なんて吹っ飛んでいる。

 昨日は逆、年上のお姉さん相手にため口はやりづらいな、とさえ思っていたぐらいなのに、この心境の変化は何だろうとリーフも自分で思う。

 今朝からアメリが口調を彼女本来のものに戻しただけなのだが、それだけで、よく見ればアメリの顔までもが、同い年のそれに見えてくるのだから不思議なもの。


「やっぱ目当てはサイオーグ王国が徴兵しとるっちゅう、魔王討伐軍か?

 ぬし、控えめに見ても魔王軍っちゅう連中に過剰反応しとったしな」

「……まあ、そうだな」

「魔王軍の連中も、今は随分とサイオーグ領まで侵攻を始めとるらしいしなぁ」


 今日から急に、いっそうフランクになったアメリだが、フォークとナイフを扱う手つきはやや上品で、田舎育ちのリーフから見ても、普段から行儀が良さそうなのは見てとれる。

 横ではフリージアが、手に余るサイズのバケットを幼い手つきで持ち、もきゅもきゅ食べていく姿と比較してもわかりやすい。

 一方で、これだけ子供っぽい食べっぷりのフリージアでありながら、咀嚼音を行儀悪く溢れさせない辺りは、保護者のアメリがしっかり躾けている証左なのだろう。

 自分のことを(わらわ)と呼ぶのは、どこかの王族か皇族ぐらいのものというイメージがリーフにもあるが、こう見えてアメリはいい所の育ちだったりするのだろうか。




 サイオーグ王国とは、キゲッシュ地方領と国土を隣接させている。

 キゲッシュ地方は現在魔王軍に支配下であり、すなわちサイオーグ王国は今、魔王軍領土に隣接する状況にあるわけだ。

 元より二十年近く前、平和だったバレンタイン王国が魔王の支配下に置かれたという時点で、サイオーグ王国も危機感を得てはいたのだが、今ははっきりと窮に瀕した状況と言える。

 サイオーグ王国が、遠きバレンタイン王国の魔王を討つべく軍を編成し、また魔王軍もその宣戦布告を受ける形で、サイオーグ王国への侵略を開始したのはつい最近のことだ。


 魔王という存在がバレンタイン王国を支配したあの日以来、サイオーグ王国も来たるべき日に備え、軍事力の強化には心血を注いできた。

 その歳月の中で、それに値する人材が数多く育てられたのは大きな結実だ。

 しかし、それでも魔王という絶大な力を持つ存在に対抗するには心許なく、サイオーグ王国は今も現在進行形で傭兵を募集している。

 難しい事情ではあるが、それだけサイオーグ王国も必死なのだ。魔王や、それに最も近く仕える眷属らの、一騎当千の恐るべき実力は有名である。

 打倒魔王軍をはっきりと声明した時点で、戦争に敗北すれば国土すべてが魔王の支配に呑まれ、その地に住まう人々があまねく魔王の贄候補となる実情、サイオーグ王国も敗北は許されない。


 リーフ達が今いるこの場所は、サイオーグ王国とキゲッシュ地方の国境を目前とした、キゲッシュ地方の最東部だ。

 東に向けて旅を続けている、リーフの目的地はサイオーグ王国。

 そして魔王軍を強く憎む、リーフの旅の目的とは、魔王討伐を宿願とするサイオーグ王国軍への加入ということだ。




「やっぱり、って言うけど、俺はやっぱりそう見えるんだ」

「そらぁな。

 こうして見とったらそんな可愛い顔してんのに、魔王軍どもを目の前にした途端に顔変わりよったもん」

「む、可愛い顔とか言うのやめてくれる?」

「えー、だってぬしかわええぞ?」

「イヤなの」


 年上のキシュロに言われた時は苦笑いで応じたリーフだが、相手が同い年のアメリであれば、嫌な顔もやや露骨に見せる。

 むすっとしながら食事を口に運ぶリーフだが、童顔のそれは、子供が拗ねた顔としか形容しようがない。

 少なくとも、魔王軍の連中を前にした時の、血にも眉一つ動かさない冷徹な表情とは似ても似つくまい。


「それに、ぬしの"魔法"もその象徴って感じじゃったしな。

 その木刀の深黒さ、生半可な魔力のモン(ちゃ)うかったぞ」

「……アメリは、魔法に詳しい?」

「元々妾は有事の際にも、主に魔法を用いて窮地を切り抜ける戦い方を心得とる。

 まー我流じゃし、専門職の方々と比較してどうなんかは知らんけど、魔法に対する知識はある方ちゃうかなぁ」


 腰元に鞘を下げ、そこに護身用の武器は持ち合わせていると思しきアメリだが、それによる白兵戦よりも魔法を用いた戦い方の方が得意ということだろう。

 フリージアとの二人旅、野を歩けば魔物との遭遇もあるだろうし、こんな格好で美人のアメリだから、賊の類に狙われることもあろうとは想像がつく。

 己の身を守るための、戦うための力はあって当然だ。

 そうでもなければ、リーフと出会う前に、とうの昔にどこかで命も純潔も無くしていそうなものである。


「魔法というのは魔力を用いて行使されるもので、魔力の錬成というのは術者の精神性に依存するから……

 まあ、あれだけの破壊力を持つ魔法となれば、術者がその魔法に懸ける想いも並々ならぬ、っちゅうことじゃしな」


 ただの木刀が、魔物の骨肉を裂き、断ち切ることなんかあるはずがない。

 デッドケルベロスは確かに腐敗した肉を身に纏っているが、それでも木刀で斬れるような魔物ではないのだ。

 そんなことをリーフの木刀が現実に叶えられたのは、何らかの"魔法"を行使したからに決まっている。

 言い方を変えれば、そんな特別なことが出来る(わざ)を"奥義"と称されることもあるが、それも広義では"魔法"と表現しても正しいのだ。


 リーフの木刀は、何らかの魔法を行使した上で振るわれていた。

 魔王軍を前にした時、元より黒塗りであった木刀に、瘴気めいた黒い(もや)のようなものが生じて絡んだのも、その魔法の"魔力"の一端だとアメリは指摘する。

 そしてその黒さたるや、その威力たるや、魔法もとい魔力は術者の精神力に依存するという魔法学の原理より、アメリはリーフの魔王軍討伐に対する並々ならぬ想いを読み取っている。


「……まあ、ちっちゃい頃に色々あったからさ。魔王軍とは」


「そんだけ強かったら旅には苦労しなさそうじゃがな。

 やっぱり妾の見る目は正しかった! これからもよろしく!」

「なに? 同行する間、剣と盾の役目よろしくってこと?」

「ええがな、頼もしい殿方が一緒に()んねやったらちょっとは頼りたいがな」

「人のことカワイイとか言うくせに、今度は頼もしい殿方とか調子いいなぁ」


「助けてくれるならお礼だってちゃんとするぞ?

 何でもするぞ? な・ん・で・も」

「……何でもなんて、軽々しく言うもんじゃないだろ」

「どこ見とんじゃ、ヤラしいのう」

「見てないよっ、見たように見えたんなら正面にあるんだからしょうがないだろっ」


 胸の谷間を手で隠して、みひひと笑うアメリを嫌がるかのように、リーフはちょっとだけ顔を赤くして目線を横に逸らす。

 半裸姿で真正面にいる異性に、助けてくれるなら何でもしてあげる、と思わせぶりな言葉遣いで言われては、いい年した男なら僅かでも想像してしまうというものだ。比重は個々によるが。

 そんなこと言うもんじゃないよ、と異性を諫めるリーフは常識的である。ちょっと生真面目が過ぎるとも言えるかもしれない。


 からかうような口調続きのアメリに、こいつと話すの調子が狂うなぁとリーフは思わされてしまうのだが、それでも彼にとってはいくらか助かる会話の流れであった。

 幼い頃に、魔王軍と何らかあったことを思い出しかけてしまったのを、今の流れの中で自然に忘れることが出来たからだ。

 これを、アメリが意図して促したのかそうでないのかは、彼女のみぞ知るところ。


「ちなみにぬし、妾と普通に喋れとる?

 わかりにくい(とこ)とかない?」

「ん、どういう……ああ、訛りとかそういう話?

 まあ細かい所にちょっと聞き慣れない発音とか切り方とかあるけど……意味は伝わってるよ、多分」

「やっぱ違和感あんねんなぁ。

 普通に喋ったらまず最初に、ん? って顔されるからな。

 そういう意味でも、やっぱ猫かぶっとる時の話し方の方が無難ちゃ無難なんじゃが」


 今聞かなくてもいいようなこと、あるいはもっと早くに聞いていてもよかったことを、アメリはこのタイミングで急に話題にしてくる。

 やはり、会話を次へ次へと流し続けようとしているのは意図的なものだろう。

 遠慮の無さすぎる物言いが目立つアメリだが、やはりその実、リーフの顔色は細かくうかがっているようだ。

 魔王軍との過去を思い出しかけた時のリーフの表情の陰りを、どうやら彼女は見落としていない。


「アメリはどこの生まれなの?

 アメリみたいな訛り方してる人、初めて見るんだけど」

「すまん、その質問には答えられんのよ。

 隠そうとするわけじゃなくて、本当に知らんもんでな」

「え、知らないって」

「妾、古い記憶が無いんよ。平たく言うたら、記憶喪失ってやつじゃな」


「あれ、待って、もしかしてデリケートな話題?」

「いや別に。全然、まったく」


 地雷めいた話題を踏んだかと、少し表情を硬くしたリーフだが、アメリは力の抜けている手をぱたぱた振って笑う。

 あっけらかんとしたこの態度、問題ないよという返答を強調するものだ。

 そんな彼女を見て、目に見えて肩から力を抜くリーフの姿を見ると、それでアメリの方もほっとする。

 人のことを思いやれるような相手との会話中は、とりわけ相手に過剰な気を遣わせたくない。


「何年か前かな~。

 妾、とある浜辺でふっと目ぇ覚まして……まあ、細かい話は省略するわ。バカバカしいし」

「バカバカしいってどういう……」


「浜辺に流れ着いた棺みたいな入れ(モン)の中で目ぇ覚まして、何じゃここはどこじゃでフタ蹴っ飛ばして外()たら、昔のこと何にも思い出せん、っちゅうエピソード説明しても全然信憑性ないじゃろ」

「……え、なに? もう一回言って?」

「浜辺に流れ着いた棺みたいな入れ(モン)の中で目ぇ覚まして、何じゃここはどこじゃでフタ蹴っ飛ばして外()たら、昔のこと何にも思い出せんかったんよ。

 コレな~、作り話(ちゃ)うぞ?」


 全く同じことを復唱してくれたアメリ、それも二回目は比較的ゆっくりと話してくれたアメリだが、それでもリーフはその内容を頭で理解するまで少しかかった。

 理解したら理解したで、なんだか容易には絵が想像つかないことなので困る。


 要するに、とある浜辺に棺めいた入れ物が流れ着いていて。

 その中には眠っているアメリが入っていて。

 目覚めたアメリはその棺の中から出てみたが、昔の記憶は全然思い出せなかったと。


 そういう話らしい。なるほど、よくわからないし、バカバカしい話に聞こえる。


「……名前とか、年齢は覚えてたんだ?」

「ああ、それはな。

 よいしょっと……ほら、柄のとこに、アメリって刻んどるじゃろ」


 アメリは鞘ごと自分の武器を持ち上げて、鞘に納めたままの武器、その柄を見せてくる。

 確かにそこには"アメリ"と刻んであった。加えてその下には、年号のような数字もだ。

 その数列が年号だとしたら、17歳のリーフが生まれた年と一致している。


「年齢はもしかして、これが年号で、アメリの生まれ年だったらって話?」

「もしかしたら、単にこの武器が作られた年号でしか無いんかもしれんけどな。

 でも、妾が17歳を自称しても別に違和感ないじゃろ? じゃろ?」

「そんなに強く確認しなくたって違和感ないよ」

「ぬし最初、妾のこと年上だと思った言うとったじゃろ。

 あれで妾、年食って見えんのかなって少し傷ついた。しくしく」

「泣きマネぐらいしろ」


 しくしくなんて棒読みで口にして、楽しいお喋りに上機嫌の顔だから、リーフも呆れて食べ物を口に運ぶ。

 自分と話して何がそんなに楽しいのか、ちょっとリーフには計りかねる。

 可愛い顔だの何だの言って、からかってくる時の笑みとは色が異なり、純粋に楽しそうなだけの笑顔だから、リーフもつられて少し楽しくもあるが。


「まあそういう事情やから、記憶の手がかりでもあったらええな~、ぐらいのノリで気ままに旅しとる。

 別に、固執もしとらんけどな」

「ん、そうなんだ。

 今の流れだと、記憶を取り戻したくて旅をしてる、みたいなことかと思ったけど」

「昔のことなんかどうでもええからなぁ。

 それに、失った記憶がええモンか悪いモンかも現状わからんのよ?

 何せ全く思い出せんわけじゃから」

「う~ん、言われてみればそうか……」


「今の妾は、充分、気ままに、楽しゅうやっとる。

 目覚めた時から数年で積んできた思い出だけでも、なんかもう満足してるんよ。

 別に今さら、古い記憶を呼び戻そうとも思わんな」


 そう言う中で、二度ほどアメリは、隣の席のフリージアの横顔を見た。

 楽しくやっている、目覚めた時から数年の思い出。それを言い表す際、アメリはフリージアを語らずに通れないのだろう。

 フリージアとともにどんな思い出を築いてきたかは、ここでわざわざ語らないアメリだが、リーフにもアメリがフリージアとの日々を楽しんできた事実は、なんとなく想像することが出来た。


「フリージアとは、目が覚めた後に出会ったんだな」

「まあ色々あったけどな。

 手もかかるし、やんちゃしよることも多いけど、一緒におったら楽しいぞ。

 かわええし。な、フリジ?」

「んむ?」


 全く二人の話なんぞ聞いていなかったらしい。

 バケット3つをたいらげて、4つ目をもきゅもきゅ食べていたフリージアは、話の内容を全く理解していない顔でアメリに振り向く。


「フリジはかわええの~♪」

「わーい♪」


 隣で食事中だったフリージアを、体ごと抱き寄せたアメリは、自分の胸にうずめる勢いでぎゅっとする。

 抱っこされると食事を邪魔されても嬉しいらしく、フリージアは大喜びでアメリを抱き返す。

 たいそうラブラブ。アメリの過去よりもバカバカしいものを見せられた気がして、リーフは二人を見ないようにしながら食事を再開する。


「あっちのおにーさんもかわええけどな」

「おにーさんはいい匂いなのです」


 可愛いなんて言うなって言ったのに、また言ってくるアメリの凝りなさはさておいて、フリージアもフリージアで脈絡の無い、よくわからないことを仰る。

 意図的に無視して、間もなくリーフはごちそうさまの一言を口にするのだった。











「アメリ、台車貸して。俺が引くよ」

「ん? 別にええのに。

 いつも妾、人里の中では自分で引いとるぞ。野に出たらフリジに任すけど」

「いいから。なんか絵がイヤだ」


 宿を出たリーフ達だが、村の東の関所に向かって出発しかけた時のこと。

 アメリとフリージアの便利な乗り物である、干し草積みの二輪台車を、普段どおりアメリが引いて歩こうとしたところ、リーフが引き役を買って出た。

 村から出たら台車の引き役に回るフリージアは、今は台車上、干し草の上にちょこんと座っている。


 どうも細腕の女性に台車を引かせて、自分がその横で手ぶらで歩くという絵が、リーフの中では少し引っかかったらしい。もしかすると、昨夜の時点でもそうだったのかもしれない。

 女性に労働させて自分は手ぶらなんて嫌だ、と、見た目はこうでも中身はちゃんと男の子のようだ。


「あ、けっこう引ける。

 アメリも乗っていいよ、何とかなりそう」

「流石にそこまでは甘えられんわ」


「おにーさん、おねーさんが引くよりちょっとだけ速いですー」


 車輪の滑りがいいせいか、思ったより軽く引ける台車だと、リーフも少し安心した。

 元々アメリも引いていた台車である。彼女未満の筋力と体力でなければ、引いて歩けて当然とも言えるか。

 引き役を買って出たのはいいけれど、大きな台車だし、もしも重くてしんどかったら、細腕のアメリ未満の力ということになりそうなので、台車が動き出すまではリーフもちょっと緊張したものだ。


 リーフはアメリも後ろに乗ってくれていいよと言うが、アメリもそれは遠慮して、リーフの隣を手ぶらで歩く。


「男気じゃの~」

「何が言いたいの」

「べつに」

「人の目を見て言え」


 そんなツラして男らしいところをアピールしてもなぁ、という口調である。

 リーフが追及すると、リーフとは逆の方を見て別にの一言だ。他意ありまくり。


「男気じゃの~」

「人の顔見て言うな」

「どないせえっちゅうんじゃ」


 今度はリーフの童顔をはっきり見据えて、含み笑いとともに同じことを言ってくる。

 こいつ俺の顔をおもちゃにし始めたな、と、リーフもアメリの性格がわかってきた。

 今は台車を引くために手が塞がっているが、別の時にまた同じようないじり方をしてきたら、今度はちゃんとそれなりの対応をしようと、ここで密かに決意する。


「おにーさん、今日もいい匂いなのです~♪」

「ひゃ……!?

 び、びっくりした……!」


 台車から身を乗り出してきたフリージアが、リーフのうなじに鼻を近づけてすんすん嗅いでくる。

 鼻息に首筋をくすぐられたリーフは、裏返った声とともに一度立ち止まり、首の後ろを押さえてフリージアを凝視。

 性感帯をくすぐられた女性の短い悲鳴のような声に、アメリがぷふっと吹き出している。


「こーらフリジ、人様の匂いをくんかくんかすんのはやめとけっていつも言うとるじゃろ」

「でもおにーさん、いい匂いなのです~」

「言うこと聞かんとメシ抜きな」

「はうっ!? ごめんなさいっ!」


 どうやらその脅し文句はフリージアに劇的に効くらしく、慌ててフリージアは台車に引っ込んで座り込む。

 大股開きのちょこん座りだが、彼女の中ではこれが、じっとしてますの姿勢らしい。


「フリージア、いつもこんなことしてんの……?」

「相手選んどるけどな、この子も。

 怒られるような相手には行かんよ。

 現にぬしは、別に怒ってはおらんじゃろ」

「まあそうだけど……」

「フリジの鼻はちょっとだけ特別でな。

 まー上手く説明する言葉が見つからんから、説明は省くけど――」


 まだちょっとぞわぞわする首筋を押さえながら、再びリーフは台車を引いて歩き始める。

 腰の前のバーを、何気に片手握りでの前進だ。


 果たしてこの大きな台車、涼しい顔でリーフは引いているが、そこまで簡単に引けるようなものなのだろうか。

 流石にアメリは、ちゃんとバーを両手で握って、腰に力を入れての歩きで引いていたものなのだが、地力でそれなりの膂力がないと、片手でこの台車を引くのは流石に大変なはず。

 リーフもリーフで子供みたいな全体像をしているが、見た目に反して力のある全身をしているようだ。


「それはさておきリーフ、ぬしは魔王討伐軍入りを志願しとるんじゃろ。

 当面、どこ目指してるんじゃ? サイオーグ王都か?」

「いや、ユリシーズ平原に行ってみようと思ってる。

 王都、遠いし……ダメ元だけどさ」

「激戦区やの~。

 なんかそう、行ってみよかな~っていうノリで行くようなとこ(ちゃ)うど」


 今リーフ達がいる村は、サイオーグ王国領土の西にあり、もう少し東に行けばサイオーグ王国入り出来る国境の辿り着く、という地点である。

 サイオーグ王国は東西に広く、ここから王都まではリーフの言うとおりかなり遠い。

 歩いてあと何日かかるかわからないし、普通は早馬でも使って行くことを推奨される距離だ。


 一方で、リーフの言う"ユリシーズ平原"という場所は、ここからならそう遠くない。

 ただし、今は一般人が近付いていい状況ではない。アメリの言うとおり、まさしく激戦区である。


「知ってるよ。

 サイオーグ王国を侵略しようとしてる魔王軍を、サイオーグ王国軍が迎撃してる場所だろ。

 だから王国軍の人達もそこにいるはずだし、魔王討伐軍入りもそこで志願してみようと思ってる」

「んで、認められるならその場で、魔王軍の撃退にも加わるとかそういうノリか」 

「まあ、ちょっと難しそうだなとは思ってるけど……一応、ダメ元だからさ。

 無理って言われたら、おとなしく王都に行って、その後考える」


 ユリシーズ平原とは、サイオーグ王国領のかなり西部にあたる地域に、広々と横たわる平原である。

 そこが現在、サイオーグ王国の王都めがけて侵略を進めんとする魔王軍と、それを防がんとするサイオーグ王国軍の主戦場となっているのだ。

 つまりサイオーグ王国は、既に魔王軍の入国を許してしまっている。

 国境戦線における魔王軍と王国軍の緒戦は、魔王軍の強引な武力の押し切りにより、王国軍が敗北する運びとなってしまったのだ。


 しかし、先の戦いから魔王軍との戦い方を学んだ王国軍は、ユリシーズ平原を舞台に、魔王軍のこれ以上の侵略を食い止めることに成功している。

 ユリシーズ平原から王都まではかなり距離がある。

 王都から大きく離れた場所で、侵略軍勢のこれ以上の進軍を許さないよう保てていることは、緒戦で敗れた王国軍にとっては、充分に胸を張れる結果を残せていると言えよう。

 反面、押し返しきれずに未だ抗戦状態、決着をつけられずにいることは歯がゆい話でもある。

 魔王の討伐を果たさねば真の勝利は無い、という立場のサイオーグ王国は、自国の領土内で敵軍と睨み合って前進できないこの状況、先がまだまだ長いという現実と向き合わねばならないのだ。

 一方で、緒戦を力押しで勝ち切った魔王軍からしても、サイオーグ王国入りして以降、勢いのまま順調に前進できないこの状況は面白くない。


 ユリシーズ平原は今、両陣営が大事な一勝を懸けて争う、しかし睨み合いの長い抗戦模様となっており、一般人が決して近付いてはならぬとされる地となっている。

 平原いたる所に両陣営が陣を取り、敵を見かけたら即座に行動に移るという、張り詰めた空気が漂っているわけだ。

 不用意に近付いて、どちらかの陣営に叩き潰されても文句は言えない。

 命が惜しくば戦場になど近づくな、とは子供でもわかる理屈だろう。


「ぬし、結構見切り発車で行動してんねんな。

 虫も殺さんような顔しとってから、随分と前のめりじゃないか」

「……まあ、うん。

 あんまり否定は出来ないけど」

「まあ、右も左もちとわからん時は、思いつくままに行動してみなしゃあないわな」


 ばっさり言われてリーフも自分の行動に不安を覚えるが、やると決めたことだからと、敢えて弱った目はしない。

 意図してそういう顔でいようとするぐらいには、自分のやり方が挑戦的すぎて、上手くいくかどうかわからずに不安な今であるとも言える。

 両手を頭の後ろに組んで、気楽にリーフを眺めるアメリとは、対照的な心境だ。


「どうせ一緒に()るんやし、せっかくやからちょっとぐらい口添えしたろか?

 見たとこぬし、自分を使える傭兵ですよ~とか、そういうアピールが上手いな口上手ではないじゃろ」

「え、一緒? どこまで?」

「どこまでかは知らんけど、別れるタイミングも今んとこ考えてないし」


 リーフがアメリの言葉に驚いて振り向くのは、自分の行き先を告げた時点で、少なくとも目的地に到着する前にはお別れだと思っていたからだ。

 これからリーフは戦場に、王国軍と魔王軍の主戦場に行くのである。

 そんな奴に同行するのはハイリスクなことだと、アメリがわかっていないとは思えないのだが。


「いや、今のユリシーズ平原は……」

「まあまあ細かいこと気にせんでええがな。

 妾も年が近い旅の連れは久しぶりじゃ、もうちょっと一緒にいてお話ししたいがな」

「う、う~ん……やめといた方が……」


「心配せんでも妾だって、自分の身ぐらい自分で守るわいや。

 なーフリジ? 魔王軍がナンボのもんじゃいっちゅうんじゃ」

「なんぼのもんじゃいっ!」

「…………」


 台車上の上のフリージアに呼びかけたアメリに、フリージアは恐らく大して意味もわかっていない言葉を復唱する。

 王国軍と魔王軍の衝突地に向かうリーフ、それについてくることは多大なる危険を伴うはずの行為、それをアメリは"細かいこと"と表現する。

 腕に覚えがありそうで、自信がありそうなのは結構だが、リーフからすればこの自信の根拠をまだ一度も見ていないから、危険地帯まで同行させるのは気が引けてしょうがない。


「それよりリーフ、疲れたか? 馬車引くの(おそ)なってないか?

 もうヘタれたんなら、妾が代わったってもええけど」

「む、別に全然平気だよ。

 これぐらいで疲れてて、魔王軍に挑もうなんて思わないよ」


 アメリとのやりとりの中で、閉口しかけたり気が引けたりで歩みが遅くなりかけていたリーフに、すかさずアメリは挑発的な言葉を向けてきた。

 そう言われるとリーフは意地になって、ちょっと強い目を返して、ずいずい台車を引いて歩く。

 意地っ張りな性格を如実に表す言葉と行動であり、リーフは心情が言動に素直に出やすいタイプのようだ。

 普通、相手の人間性を知ろうと思ったら、時間をかけての対話が必要なものだが、アメリから見てリーフという人間の性格は、彼のあらゆる言動から非常にわかりやすく見える。


 要するに、扱いやすいということ。

 自分がこう言えばリーフはこういう反応をするだろうな、というのを、アメリはリーフと言葉を交わすたび、次から次へとパターンを覚えていけそうだ。


「フリジ、おいで、抱っこしたる。

 台車から降りたったら、おにーさんがちょっとラクになるぞ」

「わーい♪」

「大丈夫だってば。全然平気だってば」


 アメリが胸を広げて後ろ歩きする様に、フリージアは大喜びで台車上から飛びつく。

 アメリの胸元でキャッチされたフリージアは、抱っこされて落とされない状態にありながら、大好きなお姉さんにぎゅうっとしがみつく。

 おかげで台車がちょっとだけ軽くなったのだが、そんなことしなくても大丈夫だよ、とばかりに、リーフは歩く速度を上げて早歩きになる。車輪が地面を叩く音も少し大きくなる。


「そんな意地にならんでもええのに。

 疲れたらすぐ()うてな? いつでも代わるから」

「大丈夫って言ってるだろ」


 確かに細腕とはいえ男なのに、見くびられてる気がしてリーフはちょっと不機嫌だ。

 顔立ちが幼いことがコンプレックスだけに、あまり男として侮るような言動をされると、リーフは過剰に躍起になる傾向がある。

 それを見て確認するアメリは、リーフを掌の上で転がす手法をちょっとずつ貯えていく。


 言い換えればアメリは、そうして得たものをやがて活かしてやろうと今から思う程度には、リーフとのしばらくの付き合いを前向きに考えているらしい。

 幸か不幸か、リーフはこの少し意地悪な面も目立つ同い年に、いささか気に入られてしまったようだ。

 気さくに話しかけてくれるおかげで寂しくない旅になっているが、なんだかじわじわリーフにも、アメリが一筋縄ではいかないタイプである予感が強まってくる。


 漠然とだが、抽象的にだが、確かにアメリは纏っているのだ。いわゆる曲者のオーラってやつを。

 あっけらかんとして陽気に見えて、あの上機嫌な瞳の奥に、なんだか腹の底では別のことを考えているような、表に出していない真意の気配がぷんぷんする。


「なんじゃリーフ、妾の顔になんかついとる?」

「……別に」


 見惚れるのとは全く違う意味で、リーフはアメリの顔をじーっと見つめていた。

 それを指摘されて前を向き直し、リーフは閉じた口をむずむずと動かして、複雑な気分を溜め息や言葉に表さないよう封じていた。


 あまり隙を見せ過ぎると、いいようにからかわれまくる予感しかしない。

 魔王討伐軍入りという当初の目的を前に、旅の途中で出会った連れにまで警戒心を抱かねばならぬとは、リーフの旅は前途多難である。

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