第4話 ~アメリ~
「……ところで、その台車は何なんですか?」
「んふふ、気になるでしょ。
もうちょっと進んだら教えてあげる」
「らくちん、らくち~ん♪」
サノラガンの村を出発したリーフは、アメリとフリージアと共に、日の沈んだ山道を進んでいる。
気になるのは、アメリが妙に大きな二輪台車を引いていることだ。
深みと容積のある、大きな台車の中には干し草が敷き詰められており、フリージアがその上で寝転がっている。
小さな女の子が寝転がるには広すぎるぐらいで、台車は詰めれば人二人が座って乗れそうな、そんな容積の大きな台車である。
関所でリーフを待ってくれていたアメリだが、その時点で関所のそばに、彼女の所有物なのか、干し草だけを積んだこの台車は置いてあったのだ。
細腕に細い脚、力強くはなさそうな腰で、大きな台車をがらがら引くアメリは、見た目よりも力持ちな印象だ。
よくよく観察してみれば、長旅に耐えてきたその太ももは、細く見えてぱんぱんの、筋力の詰まった脚だったりするのだが。
生憎リーフのような、異性の肢体をじろじろ見る度胸のない少年に、その手の観察は出来ないらしい。
「それより敬語だけど、別に普通に話してくれていいよ?
年いくつ?」
「えと、17です」
「へ? 私と一緒?」
「え? そうなんですか?」
二人とも、相手の年齢を聞いてちょっとびっくりだ。
リーフから見てアメリは大人びていて、自分よりは年上だと思っていた。
アメリはリーフの顔を見て、どう見積もっても自分より年下の男の子だと思っていた。
背丈だって、ほんの少しだけだがアメリの方が大きいぐらいだ。
今は台車を引く姿勢で、アメリが少し前かがみになっているが、それでアメリが横に歩くリーフの顔を、ちょっと見上げるか真横に見るぐらいの視線になっている。
17歳男子としては少し背の低いリーフと、17歳女子としては背が高い方のアメリなので、目線は概ね近い高さになっている。
「ほんとにほんと?
背伸びしてるんじゃなくて? 盛ってない?」
「いや、ほんとに17歳です……よく言われるんですけどね」
苦笑しながら頬をかりかりとかくリーフは、正直あまりその辺りを追及して欲しくないという顔だ。
コンプレックスなのかな、とアメリが察するには充分な表情だったが、それを刺激してしまう言葉をあっさりと吐いてしまう程度には、可愛い顔してアメリもなかなか歯に衣着せぬ口の持ち主である。
「じゃあ、同い年ならなおさら敬語はいらないんじゃない?
普通にお話してくれていいのよ?」
「そ、そうみたい……ですね。
って言われても、なんだか急には難しいかもしれませんけど……」
最初に敬語で話し始めてしまったから、短い時間でもそれが口に慣れてしまい、急に敬語をはずせと言われても難しそうだ。
元々リーフが、たとえば初対面の人など、付き合いの深くない相手にはまず敬語で話す、そういう性分をしていることも一因だろう。
「普通にお話してくれた方が私も嬉しいんだけどな~」
「おねーさんも、ずっと話し方ヘンですよ?」
「あっ、こらフリジ、それはまだ言っちゃダメ」
敬語をはずして話して、と、リーフに求めようとするアメリだが、ひょこっと体を起こしたフリージアが、台車の底から口を挟んでくる。
思わずアメリも立ち止まり、引いている台車も止め、フリージアに振り向いて口元に指を立てる。
しーっ、それは言っちゃダメ、という仕草。
「アメリさん、話し方普通じゃないんですか?」
「あーいや、何と言うか……ぶっちゃけ、猫かぶってる。
ほら、旅の中ではその日限りの出会いとかも多いじゃない?
だから基本、出会って間もない相手の前じゃ、こういう無難な話し方をするように心がけてるのよ」
フリージアの暴露に疑問を感じたリーフに、アメリはさほど悪びれた顔もせずそう答えた。
今は自分が猫をかぶっていると、偽りの己を白状した形だが、意図あってのものだから悪びれるつもりもないということだろう。
「私、考え無しに話すとけっこう口が悪いの。
だから、出会い頭の人を不愉快にさせないためにも、普段は余所行きというかこういう喋り方。
フリジと二人だけで旅してる時間は、今と全然違う、私本来の口調で話してるわよ?」
「そうなんですね……別に、普通にしてくれてもいいですけど。
俺も故郷じゃ乱暴な物言いする人がそばに多かったですし、慣れてるつもりですよ」
「そうねー、しばらく一緒にいるようなら、私もこの言葉遣いはずしてもいいけど。
正直、こんな喋り方疲れるのよねー。全っ然自分らしくなくって、自分ですっごくむず痒いもん」
再び台車を引き始め、リーフとともに山越えへと前進するアメリ。
今のアメリの口調が彼女本来のものじゃない、と聞いたら、なんだかリーフもアメリと話していて、もやっと抽象的な違和感を感じるような気がしてきた。
何かおかしい。アメリの言葉遣いは、何か確かに引っかかる。
言葉遣い? 語尾? 発音? それとも他の何か?
よくわからないが、確かに無理をしていそうな気配はする。
一度そう感じてしまったら、なんだか確信的で妙に気になってくる程度には。
「まあ、そのうちはずすわ。
急に変えたら、なんだかあなたをびっくりさせそうだし。
どこかきっかけで元の話し方にするから、それまで適当に待っといて」
「ん~……まあ、わかりました」
「おねーさん、ヘンなのです。きもちわるいのです」
「フリジそんなこと言わないの。
それよりそろそろ替わってよ。村からもだいぶ離れたしさ」
「あっ、はいっ!」
普段と違う語り口をしているらしいアメリに、普段の彼女と違い過ぎると、幼いフリージアが幼いなりに直球発言だ。
わかるけど、と苦笑いしつつ、アメリが振り返り気味にフリージアに別の話を切り出すと、保護者の言うことをよく聞くフリージアが、台車からぴょんと飛び降りる。
アメリが台車を止めて、引く位置からどけば、代わりにその位置にフリージアが入った。
ちんちくりんのフリージアが、今から台車を引くんだとでも言わんばかりに、台車のバーを握っている姿は違和感が凄い。
「さ、リーフ、乗って」
「え? ここに?」
「干し草でふかふかよ? 乗り心地悪くないわよ?」
さらにアメリがリーフに向かって、台車に乗れと言ってくる。
普通は考えつきもしない行動を要求され、戸惑いながらも背を押され、リーフはその台車の後部に三角座りで腰を落とす。
あぐらをかくほどの横幅はないが、それで台車後部に割と余裕を持って座れる程度には、この大きな台車は容積がある。
積まれた多量の干し草は、座るにあたってお尻を痛めないための、クッションの役割を果たしている。
「よいしょ、っと。
それじゃフリジ、準備はいい?」
「おっけーですっ!」
「え、あの、アメリさん……?」
「一応、台車の横をちゃんと握っといて。
初めてだと、もしかしたら振り落とされるかもしれないからね」
そして台車の前方部に、アメリがリーフに背を向ける形で、正座して少しお尻を浮かせるような形で座る。
蒼みがかった長い銀髪が、アメリの背中や腰元をさらりと隠しているが、女体の肌が目に入らなくたって、美女の後ろ姿がすぐ目の前では、リーフもなんだか妙に緊張する。
「それじゃフリジ、出発進行!
"げんきスピード"でゴー!」
「あいっ!」
「わ……!?」
だが、アメリの後ろ姿に目を惹かれていたのも短い時間の話だ。
リーフとアメリを乗せた台車は、引き役が、たしたしと走り始めた動きに合わせ、山道を走り始めたのだ。
つまり、あんな小さな子供のフリージアが、自分の体よりも大きな台車を引き、しかも坂道すら苦にしない勢いで走っている。
行商人が馬車と共に進むためにも開拓された、おおむね均された山道を、台車とそれを引くフリージアが、がたんがたんと激しい車輪音とともに駆けていく。
思ったより速い。恐らく、成人男性の全力疾走といい勝負だ。なお、すぐにわかるがもっと速く出来る。
「ふふ、びっくりしたでしょ!
フリジってば凄いのよ?」
「う、うん……これはびっくりした……」
「わたしすごいですかー!?」
「凄い凄い、頑張れフリジ、もっともっと!」
「はーい!」
褒められたら嬉しそうな声をあげ、もっともっとと言われれば加速。
アメリと平然と会話している様子からも、フリージアからは息切れの気配すらない。
こんな重いくて大きなものを、こんな速度で引いて走っていながらだ。
絶対この子、人間じゃない。何らかの魔族だ。
風になびくのとは無関係に、アメリに褒められて気分を良くすると同時、細い触覚のようなツインテールも、ぴょこぴょこ嬉しそうに跳ねている。
あれは彼女の感情と結びついている動きだ。人間にそんな器官は無い。
何よりあの小さな体、この走力とこのパワー、人間では絶対にあり得ない。
台車の速度はがんがん上がり、もはやここは馬の背の上かと思い違えそうな速さで台車が走っている。
「フリジ、下り坂!
ちゃんとスピード落として下ってね!」
「あいっ!」
「次は右に曲がって!
左に行っちゃダメだからね!」
「あいっ!」
起伏ある山道を、騒音とともに駆け抜けていく台車には、山に棲む魔物や動物もびっくりだろう。
アメリは台車の前方から身を乗り出して、前の光景を見ながらフリージアに指示をする。
彼女の言うことに忠実なフリージアだが、言葉遣いや舌足らずな様から、頭は幼い見た目どおりなのだろう。
ちゃんと指示しないと大変なことになるのか、アメリがフリージアに下す指示はそこそこに細かい。
前に身を乗り出すアメリは膝立ちであり、後ろのリーフにお尻を突き出すような体勢だ。
激しく駆ける中、台車はよく揺れ、しばしば車輪が小石にかかって少し跳ねたりもする。
その都度アメリのお尻が上下左右に揺れ、それを隠していた長い髪も風に吹かれてどいてしまうから、リーフの近い目の前では、アメリの下半身がずっと踊っている。
馬車から振り落とされないよう、台車の両脇をぎゅっと握って、干し草に深く腰を沈めていたリーフ。
下心に任せてこんなものを見ちゃ駄目、と、リーフはその目もぎゅっと閉じ、やや顔を伏せて自制心みたいなものを操ろうと努めていた。
それでも時々、薄目を開けて前にあるものを見ちゃう程度には、彼も男の子ではあるのだが。
その都度すぐに、ダメだダメだと目を閉じたり、難儀に心を乱される辺り、色んな意味で大変な山越えだった。
快速台車は山越えにかかる時間を大幅に短縮し、夜中になってしまったがリーフ達は山越えを果たし、ふもとの農村に到着することが出来た。
あんな時間にあの村を出発した以上、徒歩では夜はずっと山道を歩き、日の出頃になってからようやく山越え達成、となっていた可能性が高いだろう。
フリージアのおかげで、日付が変わるちょっと前ぐらいには山を下り、ふもとの村まで到着できたのは、過程はどうあれ嬉しいことである。
夜遅くに、村の関所をくぐるにあたり、こんな時間に仕事かよと関所の番人様に嫌な顔をされたが、それはまあ事情が事情なのでしょうがない。頭を下げて入村させて頂いた。
遠き野山から狼の遠吠えもよく聞こえる夜、村を歩いてなんとか宿を探し、リーフ達は今晩の屋根を確保である。
なお、台車は宿の裏に停車。やはりあれは、アメリの所有物らしい。
確かにフリージアがいれば、馬にも匹敵する便利な乗り物として成立するだろう。
「宿、空いててよかったわね。
お風呂、入ってこなくていいの?」
「いや、明日の朝にします。
今日はもう遅いし……なんか疲れたし……」
「フリージアの台車、初めて乗ると大変だったかな?
慣れると風が気持ちよくて、楽しいぐらいなんだけど」
「おふとん、おふとん~♪」
フリージアがベッドに寝転がり、枕を抱いてふかふかのシーツを喜ぶ中、リーフは疲れ果てた顔でベッドに仰向けになっていた。
汗一つ流さずデッドケルベロスを仕留めた姿とはかけ離れ、疲れて何のやる気も出ない少年の姿そのものだ。
アメリの言うとおり、初めてのフリージア台車に不慣れゆえの疲れを抱いたのもあるが、加えて精神的な疲労も大きかったらしい。
あなたのお尻がずっと目の前で、全然落ち着かなくて大変だったんですよ、なんてリーフもアメリには言えないが。
「明日はそっちが先に起きたら、先にお風呂入ってきてくれていいから」
「あ、はい……その時は、ちゃんとお湯も替えておきますので……」
「そういうとこ気を遣うんだ? しっかりしてるじゃない」
「普通じゃないですかねぇ……」
昨日出会ったばかりの男の残り湯なんて嫌でしょ、自分が一番風呂ならお湯は替えますよ、と言うリーフだが、17歳でその気遣いが自然と浮かぶのは、しっかりしている方である。
アメリがまだ元気で、お話したそうにしているのをわかっていながら、今日はもう疲れてるから寝させてと声の弱いリーフだが、それだけへなへなの心と体で、他者への気遣いが自然に出るのは性根ゆえ。
「うーん、これから何日か一緒に旅するかもしれないし、リーフ君のこともう少し知りたかったんだけどな」
「すみません、明日でいいです……?」
「あはは、わかったわかった。
明日の朝になってからでもいくらでも話せるしね」
もっとお話ししたいんだけど、と言われて、それを突っぱねる形になるリーフは、天井を仰いで目を細めていた体勢からながらも、ちゃんとアメリの方を見て謝った。
自分のベッドを椅子代わりに腰かけたアメリは、どうやら今夜、フリージアと一緒に寝るつもりのようだ。
この寝室に、ベッドは二つしかないからである。
「あ、そうそうリーフ君。
明日になったら、私もう普通の話し方に戻すから。
びっくりしないでね? 誰だお前なんて言わないでね?」
「そんなに変わります?」
「うん。
せっかくだからあなたも、明日からは敬語をはずしてくれると嬉しいな」
「おねーさん、やっぱりヘンなのですよ~」
「今日だけ、今日だけ。
明日になったら、普通のおねーさんに戻るから」
そう言ってアメリは、フリージアのそばで体を横にする。
既に枕に頭部を沈めているフリージアの頭の下、枕との間に自分の腕を差し込んで、腕枕の形を経過してフリージアの頭を抱き込んでいく。
一緒に寝ようね、抱っこしてあげる、というアメリの仕草に、フリージアはたいそう嬉しそうにアメリの胸元に顔をうずめる。
「それじゃリーフ君、おやすみ。
また明日ね?」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさ~い、おにーさんっ」
そう言って、枕元のランプを消すアメリにより、この寝室が真っ暗になる。
今日はもうここまで。リーフもアメリも布団をかぶり、深い眠りにつく流れへと移る。
当然皮鎧こそ脱いでいるものの、乾いた汗と埃を纏うこの体でベッドを汚すことを、リーフは宿の主人に少し申し訳なく思ったが、今日はもう限界なので諦めた。
明日は出発前に、シーツを後で洗うために運びやすいよう、ちゃんと畳んでから宿を出よう、なんて考えながらだ。
心配しなくたって、シーツの後始末なんて宿の主人にとっては日課の一つだというのに。
疲れ果てて寝る直前に考えるのがこんなことである辺り、どうにもリーフは他人に気を遣いすぎる傾向にあるようだ。
「すぅ……すぅ……」
「ふみ~……ふみ~……」
「……………………」
だが、リーフが大変なのはこの後だった。
疲れていたし、成り行き任せ過ぎたので失念していたが、今宵のこの状況は改めて思えば、彼の価値観でしてみればなかなか相当なシチュエーションである。
今日出会ったばかりの、美人で可愛くて魅力的な体つきをした女性と、いきなり同じ部屋で就寝しているのだ。
まだ眠りに落ちたわけではないだろうけど、寝息に近付いていくアメリとフリージアの呼吸音が耳に入ってきて、初めてリーフはそれに気付かされた。
冷静に冷静に、よくよく考えてみて、隣のベッドに裸同然の女性が寝ているのである。
いやいやちょっと待って、俺だって一応男だよ、この人フツーあるべき警戒心ってものが無いのかと。
思わずアメリ達の寝るベッドに背を向けて、みだりにその寝顔や肢体を覗き得るようなことがない姿勢を作るリーフ。
しかし見えない世界の音は、余計に耳に入りやすく、いっそうアメリ達の呼吸音がよく聞こえてくるようになる。
男の想像力というのは厄介なもので、このシチュエーションには激しくムズムズする。
まかり間違っても今日出会ったばかりの女性を相手に、間違いを起こすようなことはしない――そもそもそんな勇気もないリーフだが、頭は健全な17歳男子である。
ベッドがあまり離れていないせいもあって、隣のベッドの彼女の色っぽい香りが、リーフの鼻を刺激してくるのもけっこうやばい。
いつの間にか無意識に背中を丸め気味になり、両の太ももをぎゅっと閉じてしまうリーフの頭の中は、慣れないフェロモンに犯されてくっちゃくちゃ。
鼻息が荒くなっていそうな自分がちょっと嫌になり、普通に呼吸しようと努めている時点で、リーフの平常心はすっかり乱されている証拠である。
結局ちゃんと寝付くまで、どれだけかかったことやらわからない。
アメリとフリージアの意識が眠りの域に辿り着いてなお、しばらくリーフは閉じたまま覚めた目で、疲れた体が自分の意識を奪うまで待つことしか出来なかった。
「…………はぁ」
なんだか、ろくな夢を見なかった気がする。
何というか、あんな夢を見るなんて自分が嫌になっちゃうような、不埒な内容だった予感がしてならない。
起きた時には、どんな内容だったのかあやふやになってしまいがちなのが夢というやつなので、どんな夢か具体的には思い出せないリーフだが、それでもなんだか自己嫌悪する寝起きとなった。
だって、起きた時に真っ先に浮かんだのが、見てもいないはずのアメリの美しい寝顔だったんだもの。
寝息と香りに耳から鼻から犯されて、眠りについた後も女の事ばかり考えていたであろう自分の頭に、リーフは心底嫌な気分で体を起こしていた。
別に他人がそうだったとして軽蔑したりしないリーフなのに、自分がそうだと自己嫌悪してしまう辺り、彼はけっこう己に対してのみ、潔癖な自分を求めているのかもしれない。
この年頃にはよくあること。
「すぴー……すぴー……」
朝の日差しが窓から差し込む中、隣のベッドを見てみると、フリージアが布団をはねのけ眠っていた。
仰向けで、前掛けはぺろーんと胸の下までめくれた格好だ。大変だらしない。
前掛けの下は、下半身に纏う白いショーツ一枚のフリージアなので、こんなの素っ裸も同然である。
幼い女の子の下半身とお腹が無防備に丸出し、頭のやばい奴がこの姿を見たら、人として間違った手を伸ばすかもしれない。そんな奴、いるなら死んでもいいけど。
やれやれと溜め息をついて、リーフはフリージアの前掛けを正しい形に戻し、彼女に布団をかけてあげる。
アメリの肢体は頭に思い浮かべただけでむずむずするリーフだが、フリージアの半裸姿を目の前にしても何とも思わないようだ。健全である。
「……アメリさん、お風呂かな」
アメリの姿が見えないが、朝風呂だろうとリーフは推察する。
昨夜の会話の流れは、先に起きた方が朝一番の湯という風だった。
自分よりどの程度早くアメリが起きたのかはわからないが、彼女が帰ってきてから自分もお風呂に入ろうかな、と、リーフはあくび一つ挟んで予定を考え始める。
「はー、いい湯じゃった」
だが、待つ必要はなかったようだ。
リーフよりもそれなりに早く起きていたのか、アメリはリーフが起きて間もないうちに、さっぱりした顔と髪と体で部屋に帰ってきた。
がちゃ、と扉を開いて帰ってきたアメリの第一声は、寝起きのリーフの耳にはよく届いていないらしい。
「あっ、アメリさん……おはようございます」
「お、リーフもう起きとったんか。
湯ぅ替えといたったからな。ぬしも一番風呂して来ぃや、気持ちええぞ」
何気なしにリーフはアメリに朝の挨拶をし、アメリも自然体で朝の挨拶を交わす。
アメリが自分の言葉を言いきってから、リーフとアメリの間で五秒間会話が止まる。
「……………………えっ?」
「なんちゅう顔しよるんじゃ。
予想はしとったけどな」
おおよそ全く予想だにしない言葉遣いで、昨日と同じ顔をした女性がいる。
眠かったはずの目を見開いて硬直するリーフを前に、そんな顔すると思ったわ、とばかりに、アメリは口元を手の甲で隠して笑っている。
「……えっ、え……アメリさん?」
「なんじゃいな、妾がアメリ以外に見えるんかいや」
なかなか聞かない言葉遣い、所々が単語は聞き慣れたものでありながらもおかしなイントネーション、総じて露骨なほどあらわになった訛りっぷり。
おまけに妾という一人称、リーフは生まれてこのかた、実際に口にする人を見るのは初めてである。
「……普通の話し方ってって、それですか?」
「おう、ぬしもそろそろ敬語はずしぃや」
顔も体も恰好も確かにアメリだけど。
少し年上のお姉さんかなと思える、大人びた顔立ちは昨日のままだけど。
どこか遠慮がちに敬語でしか話せなかったリーフが、朝起きすぐの衝撃で一変する。思わず。
「まるっきり別人じゃねーですか!」
「だから言うたじゃろ、びっくりせんといてなって」
けらけら笑うアメリの前、リーフは衝動的にそんな強い声を放たずにいられなかった。
抜けきらない敬語、だけど強い想いが生み出す叫びは、若干敬語の域を逸している。
その音と声で、むにゅむにゅとフリージアの目が動き、彼女を起こしてしまったのだが、そんなこともリーフは気に留めてはいられない。
「ま、これが本来の妾っちゅうこっちゃ。
昨日までの猫かぶっとった妾よりは、普通に話しやすなったんと違うかのう?」
そんなフリージアのすぐそば、ばふんとベッドに腰かけたアメリは、リーフの顔を真正面に見据えてそう言った。
あれだけお姉さんめいて見えていた顔が、今朝いきなり同い年の顔に見えるようになった。
柔らかに、朗らかに笑う顔を見せていた昨日とは一変、今日はいたずらっぽく無邪気な笑顔という印象を、昨日と同じはずの顔から受けるのだから、言葉遣い一つで人の印象というのは本当によく変わる。
アメリは言っていた。初対面の人には無難に接せられるよう、ああして猫をかぶっているのだと。
一夜ですっかり変わり映えたアメリの顔を前にして、リーフは昨夜のアメリのその弁に、妙に納得させられる気がしてならなかった。