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僕らは"勇者"になれますか  作者: 紫水
第二章  サイオーグ王国 ~モダン山地攻略~
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第42話   ~少しずつ~



「ふう、ひとまずお疲れ様でした」

「お疲れ~」

「お疲れ様でした」


 モダン山地を舞台とした魔王軍との戦いから三日が過ぎた夜。

 戦後ようやく一息つける機を得たリオン達は、帰還したイーストユリシーズの酒場にて、三人だけでの小さな酒の席を囲んでいた。

 酒場の隅の小さなこのテーブルを囲むのは、リオンとギナーク、そしてアメリの三人である。


「今回は本当に、アメリ君達には助けられたね。

 特にアメリ君は、山での戦後処理もして貰って本当に助かったよ」

「いやいや、雇われの身ですからいくらでも働きますて。

 あれぐらい慣れたもんですし、たいした苦にはなってませんから」


 控えめな乾杯ののち、まずリオンはアメリに対しての感謝の意を述べる。

 実戦においてアメリらの活躍が目覚ましかったことは今更のこととし、リオンが言っているのはギルコムやカルマーサが撤退した後の話だ。

 戦争は、勝利した後も帰還するまでが旅路である。激戦を制してモダン山地の戦いに勝利を飾った王国軍だが、その後もそれなりにやることは多かったのである。


 生還者を一人でも多くするための、負傷者に対する適切な処置と慎重な撤退。

 将を失った敵軍の残党狩りを可能な限り。

 そして、この戦いによって命を失った王国兵や傭兵の、亡骸を最大限回収する仕事など。

 この辺りの仕事は、戦争屋である王国軍もノウハウを熟知しており、そちらが指揮のもと総出で進めてくれたので、特別アメリ達に出る幕があったわけではないのだが。

 アメリとリーフとフリージアが、戦後頑張った仕事というのはまた別の案件。


「ただ、やっぱりファームの頭が見当たらなかったのは気がかりだね。

 回収されたんだろうな」

「大方あのカルマーサって奴でしょうな。

 腐っても実力者の一角、その亡骸を何らか後に悪用する算段があるんでしょ」


 さておきリオンが続けて言うのは、自身が斬り落としたファームの首から上が、いつの間にかラエグ鉱床跡の地面から消え去っていたことを指している。

 リーフとレヴァティが戦う中、あの戦場は特別混乱した時間があったのだが、その隙を見てカルマーサが抜け目なく拾って帰ったのだろうとアメリは推察する。

 同じことはリオンも考えており、うんと残念そうにうなずいている。


「そいつは、そんなにまずいことなのか?」


「極端にまずいことは無いと思うけど、強い武器を回収された、みたいなニュアンスかな?

 出来ればそうはさせたくなかったな、っていうのが本音」

「敵将のギルコムは、魔物を作り出す技術の持ち主と言われるでしょ?

 流石にそれも、何の材料や素材も無しには出来ませんて。無から有を生み出すのは困難ですわ。

 あの手の"新たな命を生み出す"技術っていうのは、たいがい死体を使って遂行されるんです」


 ギナークの問いかけにリオンが答え、リオンよりもこの手の知識に深いアメリが説明を付随する。

 魔法の知識に秀でないギナークは、この手に話は解説して貰わないとよくわからない。


「死体には、死したその者の魂がまだしばらく宿ってるとされますからね。

 ファームの頭を持って帰ったあいつらは、きっとファームの体の一部と、それに残った霊魂のカケラ? めいたものを使って、また新しいモンを何か作るんでしょう。

 霊魂学については妾もそんな理論的に説明できませんけど、まあ魔王軍は死んだ味方の死体を持ち帰って、それをまた新しい戦力の増強に使う技術を持ってそう、という解釈して貰えればええんちゃうかなと」

「う~む、そうか……

 俺らは戦場で命果てた仲間の亡骸を、弔いに向けて戦後に回収するが、ああいう敵方にとっちゃ死体の回収は実利を兼ねるものでもあるんだな」

胸糞(けったくそ)悪い話ですけどな」


「勿論僕達は、事切れた仲間達の遺体を回収することを、ギナークの言うとおり後に弔う意図で最も遂行する。

 一方で軍事的な観点から言っても、それは敵に利を与えないために重要な仕事なんだ。

 ギルコムの奴が、たとえば仮に後日モダン山地に部下を差し向け、王国軍の兵の亡骸を回収しようものなら、それを使って新たな兵を作り出すことも考えられるわけだからさ。

 簡単な例で言えば、屍人(ゾンビ)兵とかいるでしょ? あれを、王国兵の遺体を使って作られたりとかさ」

「あァ~、なるほどなるほど、胸糞悪ぃ話だな」


 解説されてみれば、陽気なギナークも苦笑いすら作れないほど気分の悪い話である。

 事実魔王軍は、サノラガンの村で魔王軍の末端構成員が従えていた、デッドケルベロスのような死体的な魔物を作り出してきた実績を持っている。

 それを作るために何らかの素材が必要というなら、死体ですらもギルコムは、魔物作りのために活用することが予想されるということだ。

 モダン山地から撤退するにあたり、生き延びられなかった兵の亡骸は可能な限り回収してきた王国軍だが、倫理的にも軍事的にも、それは強く推奨される仕事というわけである。


 ちなみに戦後には、余力のある魔導士らの力を借り、敵軍の兵や魔物の死骸を焼却して、跡形も無いようにするという処理も行われがちだ。

 敵軍に死体から新たな戦力を作る技術や知識があると、そう見込まれる時には、進んでこうしたことが遂行される。

 今回も行われたが、これは何も敵軍憎しの想いのみで、敵の死体を焼き払っているわけではない。


「魔法の三大要素に"霊魂"が含まれている以上、霊魂の後始末は戦場跡において重要だからね。

 魔力は霊魂と精神の掛け合わせで生じるもので、超常現象を起こすことだってある。

 大きな戦いが行われた後の戦場では、やっぱりミサも早めに済ませておきたいし」

「あぁ、それは俺にもわかる。

 死んだ奴らの魂を戦場跡に大量に残してると、時にそれが宿主なき魔力を生み出して心霊現象めいたものを引き起こし得るんだよな」

「戦場跡ともなれば失われた命も、つまり漂うと予想される霊魂も多いからね。

 心霊現象で済めばいいけど、最悪災害めいた事象も起こり得るから軽視はできないよ」


 無念の死を遂げた者の魂は、肉体の死とともにそれを離れるが、霊魂とはその元の持ち主の精神の一部を、残留思念のように僅か抱いて肉体を離れやすい。

 無念や憎しみなど、そうした"精神"とともになったまま世に漂う"霊魂"は、そのかけ合わせによって生じる魔力で以って、ややネガティブな事象を起こしやすいのだ。

 生者への嫉妬や羨望、敵意から攻撃的な魔力を生み出すその霊魂が、人魂や騒霊現象(ポルターガイスト)を生じさせれば、まさしくそれは心霊現象と言われるもの。


 それで済むならまだいいが、地を揺らしたり森に火を放つなりして、震災や火災、そこから連なる二次災害を引き起こすこともある。

 多くの死者が出た戦場跡など、無念を抱いて漂うようになった魂の群生地であり、そのまま放置したままだと、後年に思いもよらぬ災害を起こすこともあり、適切な処理が絶対に必要なのだ。

 基本的に人の立ち寄らぬモダン山地だからと言って、我関せずで放置すれば、無数の霊魂が悪霊めいた魔物を生み出して、人里まで降りてくることだって考えられる。


「アメリ君が、ミサを得意とする術士であってくれたのには本当に助けられたよ。

 激しい戦いの後だっていうのに、ちゃんときっちり果たしてくれてさ。

 あれに関しては本当に、感謝したいと思ってるんだ」

「いえいえ、得意分野ですから。

 魔導士側の傭兵やってますからな、戦場跡の霊魂的戦後処理には慣れてますんよ」


 戦後のモダン山地においても、アメリはそうした側面から大活躍だった。

 炎を操る魔法を扱えることから、魔物の死骸の焼却も手伝ったし、損壊がひどすぎて持ち帰るにはあんまりな友軍兵の遺体も、祈りを込めて火葬する役目を果たしている。

 同時に彼女は、戦場跡と化したモダン山地を歩く中、果てた命の霊魂が漂っているであろうその広範囲にて、それらの霊魂を昇天、成仏させる儀式を執り行っている。

 いわゆるミサというやつだ。宗教的な意味でのミサではなく、魔法学、霊魂学において俗に言われる単語、世に漂う霊魂を天に還らせる魔法を指す"ミサ"だが。


 念を入れる意味で、後日も王国軍から改めて聖職者と魔導士の一団が、護衛とともにモダン山地を訪れて、残留霊魂の処理には動いてくれるだろう。

 なにぶん山は広いのだ。アメリ達、戦後の術士らが、撤退ついでに果たした仕事では限界がある。

 とはいえ、戦争決着の当日のうちに、ある程度のミサを果たしてくれたアメリ達のおかげで、予後の事故はより生じにくくなっているはず。

 あれだけの死闘を繰り広げた後、そんな仕事を果たす余力をきっちり残していてくれたアメリの仕事は、後日の王国軍に対しての支援として直接繋がっている。感謝されるだけの価値のある仕事だった。


「リーフ君にも、改めて感謝したかったんだけどな」

「呼んだけど断られたんですよ。

 傷ついた兵士様から離れられないってね。

 そんなん言われたら無理には引っ張ってこれませんわ」

「ああ、大丈夫。

 予想できてたことだから」

「各地医療所を駆け回ってるのは俺らも聞いてる。

 ちょっと甘えさせて貰ってるし、気に病まれても困るっつーかそんな気分」


 元々この席は、リオンがアメリ達三人を招き、改めて今回の戦いにおける功績に、感謝の意を伝えようと設けた場。

 来たのはアメリだけであり、アメリは少しだけばつの悪そうな顔である。せっかくのお心遣いを、と。

 一方で、リオンもギナークもリーフが来ていないことに、とやかく思う気はさらさらないようだ。笑顔でアメリに気にするなという態度だ。


 戦後の大きな課題の一つに、生存して帰還した負傷者の治療がある。

 モダン山地の戦いにおいて傷を負った者達は、イーストユリシーズの町の各地医療所に担ぎ込まれ、治癒魔法の使い手や医者の手にかかっている。

 怪我人が多くてベッドが不足がちなため、傷の浅い者は近隣の村や町まで馬車で移動し、そちらの医療所で世話になっているという話もある。

 要は今、イーストユリシーズの町の医療所にて世話になっている負傷兵は、手厚く治癒、看護しないと予後が危ないとされるような者が多く、医者もその助手も大忙しというわけだ。


 治癒魔法の使い手であり、その腕も人並み以上に立つリーフは、山を降りてこの町までの帰還の中でさえ、傷を負った兵のそばに次々目をつけて、治癒魔法をかけまくって奔走していた。

 イーストユリシーズの町まで帰ってきてからもそう。早くなんとかしてあげないと危ないのでは、という重傷者を探して探して、片っ端から上等な治癒魔法をかけて回る。

 治癒魔法はあくまで傷の治りを早くするものであって、重傷者の危うい状態を、あっという間に奇跡的に無傷へ戻すようなものではないのだが、それでも予後を良くするには有力だ。

 昨日も今日も、怪我人のために駆け回っているリーフのおかげで、安静にさえしていれば遠きか近きか、やがて戦線に復帰できるだろう、と診断される者はそれなりに増えたはずだ。


 未来の戦力的な話としても、単に誰かの人生を救ったという意味でも、リーフが現在進行形で果たしている仕事の意義はとてつもなく大きい。

 王国軍にも治癒魔法を使える衛生兵はいるが、一人でもそれが出来る者が増えるなら、死や予後不良を免れるものはそのぶん格段に増えるのである。


「いや、一応()うたんですよ?

 リオンどのも大事な話をするじゃろし、短時間でも来た方がええよ、って」

「どうせアレだろ?

 そこまで言ったら流石にちょっと悩んで、でも結局離れられず、すごく申し訳なさそうな顔でよろしく

 言っといてとでもお前に伝えたんだろ?」

「ああ、ハイ、それが言いたかったです。

 ようわかってはりますな」


「見りゃわかる。あいつそんなツラしてるもん」

「ねぇ」


 だいたいどころか全部合っている。

 顔を見合わせてほらなの顔を交換するギナークとリオンを前に、アメリはなんだか安心する。

 傷ついた兵を案じる想いを優先して、目上の誘いを断ることに、負い目すら感じているリーフの性格を、どうやらこの二人は誤解なく読み取ってくれている。

 大事な友人の理解者でいてくれる大人の存在は、アメリにとっては我が事のように嬉しい。


「あいつホンマもし女やったら、何人か負傷兵惚れさせてますで。

 怪我人に治癒魔法をかけるあいつの顔見ましたけど、真顔でめっちゃ一生懸命ですもん。

 あのぶっきらぼうなゼノどのでさえ、必死に治癒魔法かけよるリーフに憎まれ口一つ叩けんでいましたからね」

「へぇ、ゼノのおっさんがか。

 そりゃすげぇ、絶対あの人なら、余計なことすんなって突っぱねてるだろうにな」

「わかるわかる、俺にやるより他の奴にやれって真意でね。

 "俺は人間より傷の治りが早いんだよ"って、あの人の常套句だもんね」


「いや本当、戦場では目つき壊れますけど、治癒魔法施してる時のあいつマジ聖女ですよ。

 必死な顔して魔法かけて、楽になりましたか、って神妙な顔で聞いて、いい返事を得られたらさぞほっとしためっちゃ(やら)かい顔で笑いますからね」

「はは、確かに美人の女にそんな献身的に尽くされたらたまんねぇな。

 リーフにそれ言ったら、多分すげぇ複雑な顔するんだろうけど」

()うたりましたけどね、ぬし女やったら数人落としてるぞって。

 つねられましたわ」

「やめてあげなさい」


 相変わらずアメリは、リーフに性的ないじり倒しっぷりをやめる自制心が利かないようだ。

 他人事なのでリオンもギナークも笑うが、悪びれもせず一緒に笑うアメリは、まだまだ今後も同じようなことを言って、リーフを怒らせ続けそうである。


「聞いた話によると、リーフの治癒魔法って、医療所勤務の魔法使い様にも劣らない上等モンらしいですからね。

 戦に慣れた傭兵の皆様だって、深手を負ったらやっぱ表情ずっと歪むぐらい痛いじゃないですか。

 それがリーフに魔法を施されてる間だけは、とりあえず痛みが消えて安らぐってぐらいの域らしいですわ」

「ほう、そりゃすげぇな。

 ほぼ完璧な鎮痛と治癒を同時に叶えられる治癒魔法って、相当な使い手じゃないと難しいそうじゃねえか」

「別物らしいんだよね、治癒と鎮痛って。

 二人同時で力を合わせてなら簡単らしいけど、一人でやれるのは相当なことだって僕も聞いてる」

「どんなもんか、妾もいっぺんリーフの治癒魔法受けてみたいんですけどねぇ。

 ちょっとイジワルし続けてきたし、怪我してもあいつ妾にはやってくれんかもしれないけど。みひひひ」


「そんなことはねえと思うけどな」

「というかアメリ君、今回も無傷?

 ギルコムと直接交戦してたように思われるけど、まさか本当に無傷でやり遂げたの?」

「いやいやいや、流石に妾もそれはようやりませんわ。

 あれだけの手練を相手に無傷なんて化け過ぎでしょ、そんなん出来るのリーフぐらいですわ」


 当人のいないところでは惜しみもなく、大事な友人の魅力をずいずい推して語るアメリだが、文脈が気になってリオンは問いかけてみる。

 ギルコムとの戦いで怪我をしたなら、リーフに治癒魔法をかけてもらう機もあったはず。

 未だにリーフの治癒魔法にあやかる機会すら得てないと主張するアメリの弁からは、あのギルコムとの戦いすら無傷で凌ぎ切ったのかと、そう解釈できてしまう。


「この辺けっこうざっくりいかれましてね。

 もう治ってつんつるてんになってますけど」

「え、どこ? 傷跡ないけど」

「つーかお前、そんなとこ恥ずかしげも見せるのどうよ」

「あんまじろじろ見られたら恥ずかしいですけど」


 アメリは腋を見せるように腕をくいと上げ、ギルコムの爪に抉られたはずの箇所をリオンとギルコムに見せる。

 胸が大きい上にそれを覆うものも面積が小さいし、少しはみ出がちな大きな果実とスリムな腋を見せる姿勢は、流石にアメリもずっと晒し続けるのには抵抗がある。


 リオンもギナークも、どれだけ見たって傷が無いから、下心抜きでまじまじ見てしまう。

 数秒したらアメリの方が耐えられなくなって、もういいでしょとばかりに腕を下げる。


「フリジに治して貰ったんですよ。

 あいつにペロペロして貰うと治るんです」

「ああそうそう、フリージア君について聞いてみたかったんだ。

 あの子、なんか色々すごいんだけどどうなってるの?

 純然と興味本位で聞いてみたいんだけど」

「ティミーズ峡谷で落石の山をぶっ飛ばすわ、黒い羽生やして空飛ぶわ、なんか常識破ってるよな。

 あれも魔法と見ていいのかね? それとも特殊な体質か何かか?」

「う~ん、わかってないことも多いんですけど……

 わかる範囲で答えるなら、あれら全部"魔法"に分類していい思うんですけどね」


 フリージアに関してはアメリにもよくわからないことが多く、はっきりした返答は出来そうにない。

 しかし、今後は自分やリーフと共に、王国軍の主要戦力に数えられていくのであろうフリージアについて、アメリもいくらかの説明義務を感じている。

 フリージアに今後、適切な扱いをして貰うためにも、理解者は増やしておいた方が良いという側面もある。


「めっちゃ大雑把な説明になりますよ?

 一応それで納得して下さいね?」

「わかった」


「えーっと、魔法って霊魂うんぬんはさておいて、その行使と発動には術者の精神が強く噛みますよね」

「そうだね。

 精神と霊魂のかけ合わせで生じるのが魔力、精神もまた魔力の源泉として重要なものだ」

「言い換えれば、極論ですけど、魔法って"術者の望んだことを実現する力"ですよね」

「まあ、間違ってはないよね。

 際限や上限はあるけれど、魔法を究極的に極めし者は万事を為す、という理想論は確かにある」


「どうもフリジは……まあ何の魔族かは知りませんけど、人間ではないでしょな。

 で、異様に生み出す無力が無限的というか……際限ないように感じるんですよね」

「え、それは言葉どおりに受け取っちゃっていいの?

 無限の魔力って、ホントになんでも出来ちゃいそうだけど」

「それに近いです、冗談抜きであの子はヤバいです」


「リオン、それってヤバいことなのか?」

「すごくヤバい。少なくとも、敵に回したくない」


 魔法学に詳しくなればなるほど、いかにアメリの語るフリージア像が凄まじいかがわかる話である。

 とても信じられない、という顔で変な笑みを浮かべるリオンと、魔法学に詳しくないギナークの疑問顔が対極的である。


「あのさ、ギナーク。たとえばの極端な話だけどね。

 バレンタイン王国を全土いっぺんに焼き払う超絶特大究極魔法を撃ち、犠牲はさておき魔王をもそれで焼き尽くして魔王討伐完了! って、出来ると思う?」

「えらく豪快な話だな。

 実現可能な話には聞こえねえけど」

「うん、出来ない。

 なぜならそんなとんでもない魔法を行使しようと思ったら、それ相応のとんでもなく膨大な魔力が必要になるからだよ。

 一人の人間が生み出せる魔力の限界を超えてるし、魔導士千人集めて魔力を結集してもそれは無理だろうね」


「今の例え話、要は一人の魔導士が生み出せる魔力がバケツ一杯ぶんの魔力としたら、そんなとんでもない魔法を実現しようとしたら、海ひとつぶんの魔力が要るんじゃないかって話ですわ」

「ふむ。

 実現不可能な魔法ってのは、魔力の不足で叶えられないって話なのか?」


「それを踏まえて、フリージア君の魔力が無限的っていう響き、ヤバくない?」


 ギナークにもわかった。

 過言無く無限という魔力があるとすれば、それは本来実現不可能なスケールの魔法すら叶えてしまう。

 仮に、偽りなく、フリージアの生み出せる魔力が"無限"なら、リオンが今あくまで例え話として出したような魔法ですら、フリージアは叶えられるということになってしまう。


「もちろん言葉そのまんま、フリージアの魔力は無限じゃないですよ。

 腹減ったら魔力無くなりますからね」

「魔力ってそういうものだっけ……」

「絶対(ちが)う思うんですけど、あの子の場合はどうやら本当にそうなんです。

 腹いっぱいにしたったら、ハチャメチャな魔力を滲み出しますし、魔力を消費したら空腹も速くなる。

 お腹が空いたら魔力も出なくなる。何か食わせたら魔力も回復。

 いやいやあり得んワケわからん、でも本当にそんな感じ。

 何の魔族かわかりませんって前置きしましたけど、そういう特性を持つ未知の種族としか思えませんから、あの子に関しては妾もチンプンカンプンなんですわ」


 霊魂と精神のかけ合わせで魔力が生じる、それによって霊魂が疲労、消耗する、そうすれば霊魂が精神と肉体を連結させるはたらきを為せなくなって、その者の体調や命を脅かす。

 その者が生み出せる魔力の"限界"とは、その霊魂が自分の命を脅かした時が限界であって、先の例え話で出た水の話のように、容積いっぱいまで注いだら枯れるというものではない。

 自らの精神と霊魂のかけ合わせに対する慣れや効率化、少量の魔力で為せることを多くする立ち回り、あるいは"霊魂そのものの鍛錬"という抽象的かつ魂霊的な理屈で、その者の生み出せる魔力の限界量は上下する。

 だから、お腹が膨れたら生み出せる魔力が増えるなんて、そんな理屈は魔法学に存在しない。


「まあ余談として、長丁場の戦いにあの子を狩り出す時には弁当が必須っていう話もありまして」

「缶詰食べてたね。あれはそういう意図も含めてたわけだ」


「話を戻しますけど、要はあの子は魔力を生み出すことには非常に秀でてます。

 で、魔法は術者の精神を、その者が思ったことを実現させる力とも言えますね。

 だからその者が"出来ない"と思うことは魔法で叶えられないし、"出来る"と思うことの実現の可能性には、魔力に底が無い仮定の限り際限も無い」


「あ、あぁ~、なるほど……あの子、子供だから……」

「我々それなりに大人やってる側が、"出来ない"と思う多くのことを、あの子は精神(こころ)は"出来ない"と思わない。

 背中に羽を生やして、パタパタさせたら飛べると無邪気に信じられる。

 妾が魔力を貸してあげるという名目で抱き上げてやれば、口からあんな砲撃を放てる自分を信じられる。

 ケガなんかツバつけてりゃ治る、ぺろぺろしてりゃ治るってのをあの子は本気で信じてる。

 まぁ全部妾があの子に教え込んだことですけどね」


 いやはや恐ろしい話だ、としか。

 子供の想像力は確かに無限である。大人は無理だと思うようなことを、頑張ればできるんじゃないかって平然と言ってのけることも多い。

 そしてフリージアは、それらの多くを叶える"魔力"を膨大に生み出す能力がある。

 それは決して、本物の無限ではないけれど、そう例えられる程度には多量で濃厚な魔力である。

 それが、あらゆることを"魔法"で叶えるフリージアの温床になっていて、彼女が叶えたい何かの実現にまで漕ぎつけているのだとアメリは語っている。


「ちなみに、あの子が魔法で……って言っていいのかな。

 それで生み出すものが、妙に真っ黒なのはどういう理屈なのかわかる?」

「いや、それは妾にもわかりません。

 あの子の魔力は、いつも基本は理由なく真っ黒です。

 あの子が特別、色を望まん限りは例外ありません。

 ちょっと縁起悪そうな色してますけど、取り立てて警戒することは無いと思いますよ」

「そっか、ならいいけど……」


「要するにフリジは、えーっと。

 理屈はわからんけど、食べれば食べるほど魔力を生み出せる、魔力を消費すれば腹を減らす、空腹が過ぎれば魔力も失って魔法も使えなくなってしまう。

 言い換えれば空腹にさえさせなければ、半無限的な魔力で以って魔法を行使できる。

 どういう魔法が使えるかは、教えてやれば覚えさせることが出来る、ってとこですかね。

 あの子が今使ってる"魔法"は、全部妾が教えてきたことなんで」


「うーむ、とんでもない話だな。

 あんな小さなナリして、言葉は悪いが兵器的でさえあるというか……」

「あ、ただあの子はかなり物覚え悪いんで、何か新しいこと教える時には根気要りますけどね。

 変な話、導き方次第では大いなる正義の刃にも、恐るべき脅威にもなり得そうな子に感じられるかもしれませんけど、学習能力が低すぎて良い方にも悪い方にも急バケしないですよ」

「言い草、言い草」

「いや~、数年の付き合いですけどあの子しつけるのめっちゃ大変やったんですから。

 背もこれっぽっち伸びてないし、たぶんあの子は一生あのカンジでしょ。

 悪いこと教えても覚えないぶん、無垢な邪悪にならんだけ安心して可愛がれる子ですよ。

 良心自体は教える前からちゃんとある子でしたからね」


「不思議で頼もしい子、って認識でいいのかね」

「あと、可愛い。これ大事ですよ。

 今ミーナどのに貸しちゃってるけど、早く抱きしめてナデナデしたい」


 この話の流れでは不必要な形容詞を無理矢理ぶち込んでくる辺り、アメリのフリージア愛は相当に強いようだ。

 リーフの良い所を語る時も楽しそうなアメリだが、フリージアの可愛さを口にする際も似たような顔である。


「なるほど、わかった。

 それでお前、ミーナにフリージアを押し付けてたんだな」

「種類は違うけど、フリージアも治癒魔法の使い手と例えて極めて優秀ですからね。

 実際妾も、脇腹の傷はけっこう深くやられたんですよ? 傷跡なかったでしょ。

 ミーナどののように、若くてまだまだ体に傷跡残したらあかん女の子に、フリージアは適任の医者ですわ」


 モダン山地でぼろぼろになりながら戦い抜いたミーナは、生きてはいたものの無残と言う他ないほどの体だった。

 スフィーの放った風の刃に傷つけられ、あるいは全身を打ち据えて骨を折り、既に傷だらけの体に実質追い打ちの蹴りをゼノから受けて――まあ、それはそのおかげで彼女も命を救われたのだが。

 リーフがレヴァティを撃破して、魔王軍が撤退してすぐ、ミーナには有志が治癒魔法を施したが、治癒魔法とはあくまで傷の自然回復を超促進させるもので、傷や肉体の損傷をただちに修復するものではない。

 彼女が死に至らないよう応急処置の役目は果たしたが、それだけめためたにやられた体が、現地の応急処置で治りきるわけがない。


 立てず動けずのミーナはずっと、うめき声を抑えられず涙を流していた。当たり前である。

 どんなに死をも厭わぬ覚悟を固めて戦場に参じたとて、血がどくどくと流れる傷に全身の骨折や脱臼、それで我慢できる17歳がどこにいるんだという話。

 担がれるだけで悲痛な声を上げ、山を降りてからは馬車に乗せられ、自分で体一つ動かせぬまま遠い遠いイーストユリシーズの町まで帰還したのである。

 こんな負傷者が彼女だけに限らないのだから、戦後の負傷者の悲鳴が響く帰還の道とは、地獄の一幕とさほど変わりあるまい。生存できたから真の地獄ではなく、まだましというだけの話だ。


 若い女性の肌に傷が残るのは、後の人生を思えば避けたいと誰もが思う。

 脱臼や骨折だって、正しく処置しても骨格変形を免れなかったり、それが肌の形にも表れて、綺麗じゃない後遺症になることだってある。

 そんなわけで、イーストユリシーズの町に帰還してから、アメリはフリージアをミーナに押し付けたのであった。

 現在彼女は、医療所ではなくとある宿の個室に泊まり、付き添いの治癒魔法使い(女性)とフリージアと共に連夜を過ごしている。


「つまりアレか。

 フリージアが、毎日ミーナの体をペロペロしてんのか」

「まあミーナどのからすると、大事なモン取られた気がするかもしれませんけど……

 それが、外傷なしでやがて元気な体に戻れる、最短かつ最良の手段には違いないはずなんで……」


 アメリのなんとも複雑そうな笑顔。

 要は今夜も、ミーナは最低限のお召し物だけ身に付けた半裸姿で、フリージアに全身をぺろぺろされているらしい。

 そろそろ痛みも和らいできて、全身を撫ぜてくるフリージアの舌に、全身をひくひくさせつつ歯を食いしばっている頃合いだろう。

 付き添いの治癒魔法使い(当然女性)が、どんな顔をすればわからず見守っていることも想像に難くない。


 だけど実際、それがミーナの傷だらけの体を、内も外も後遺症なしの元気で綺麗な体に戻してくれる最良の手段なので、アメリはそれを押しきったそうで。

 なにせアメリがギルコムに抉られた傷も、短時間フリージアにぺろぺろして貰っただけで綺麗に無くなって、リーフなど治癒魔法の使い手にお世話になる必要も無かったのだから、フリージアの"魔法"はそれだけ優秀なのだ。

 なんだか不健全な絵面に目を瞑らなければならないのが難点だが、それは後日綺麗で元気な体に戻れるという、余りある魅力と比べれば些細なことである。いや、些細ではないかもしれないが。

 若くて女性のミーナだけに、外傷や後遺症はいっそう残したくない人物で、女性だからこそ全身を連夜ぺろぺろされるなんて、些細な問題とは断言できず。世の中とは上手くいかないものである。


「元気になったミーナどのから、妾は感謝されるのか睨まれるのか、それだけが気がかり」

「あー、どうだろうね。

 ミーナ君の傷を治すのはあくまでフリージア君で、アメリ君はそれを促したけどそれだけだし」

「ミーナには、全身ペロペロを勧めてきたアメリの印象しか残ってないかもな」

「別に感謝はされんでもええけど、そろそろ妾もミーナどのと仲良くしたいな~……」


「お前けっこう図太いタイプに見えるけど、人から嫌われたりそういうのは案外気にするタイプか?」

「どうでもいい九割九分の相手にどう思われても何も感じませんけどね。

 ミーナどのは何にでも一生懸命で真面目ですし、普通にリスペクト出来ますがな。

 ああいう相手とは、まあ受け入れられんかったらしゃあないけど、仲良くしたいな~とは思います」

「ほ~、意外だわ。

 奔放そうなお前、ミーナみたいな堅物マジメは苦手そうな気がしてたんだが」

「妾は真面目な奴の方が好きですよ。

 リーフと一緒に()んのは別に腐れ縁だけとかそんなん(ちゃ)いますから」

「ま、そうか。そう言われりゃそうだわな」


「ちゅーかギナークどの、妾に対してイメージで喋り過ぎ違いますか。

 まあまあガサツに生きてる自覚はありますけど、たぶん妾は周りに思われてるよりは誠実に生きてますで?」

「せいじつ」

「せいじつ」

「あかん、信頼されてない。今度裏切ったろ」

「やめて、君に寝返られるとかなり困る」


 必要そうなやりとりを済ませたら、下らない話に持っていって場を和ませようとするアメリに乗り、リオンとギナークも談笑の空気を繋ぐ。

 自軍の大きな支えとなってくれたアメリへの、労いの意図を強く置いて設けられたこの場だが、リオンはついでにアメリに聞いておきたいこともあった。

 それらは概ね、聞き終えることが出来た。あとはゆったりとした時間を過ごしていい。


「ともあれ、アメリ君達には今後もお世話になると思う。

 成り行きめいて我が軍に勧誘したけど、これからもどうかよろしく頼むよ」

「うむ、尽くしますぞ。

 妾にとっても最大の幸運なことに、王国軍の皆様は素でお力添えしたいと思える方々ばかりですからの」

「ははは、リップサービスに慣れてるね」

「みひひ、妾も調子いいことは言うことはありますけどな。

 心にもない完全なウソはつきにくいもんですわ。

 サギかます時は真実八割に二割の嘘を混ぜるのが一番と言うでしょ」


 自分の言葉が本心であると語るにあたって、少々素直ではない言葉の使い方をするアメリだが、いくらか照れも混じっているのだろう。

 自分は誠実だと、冗談めかした文脈でなら言えても、真顔で綺麗な言葉を使うのはむず痒いのかもしれない。

 あまり自分が小奇麗な性根じゃないと自覚しているからだろう。あるいは付け加えるなら、そんな彼女だからこそ真っ直ぐなタイプである、リーフやミーナには惹かれるのかもしれないが。


「今後の話だけど、一度僕は王都に戻る予定なんだ。

 リーフ君やフリージア君もそうだけど、アメリ君も一緒に来てくれないかな」

「ふむ。

 それは申し出られれば勿論のことですが、一度こちらの地は離れられるんですな」

「ああ、元々それは予定にあったことなんだ。

 ギルコム達の撃退も想定より早く済んだし、むしろ予定を早めてそうしようと思ってる。

 それでもあとしばらくは、この町に滞在する予定だけどね」


 ユリシーズ平原を舞台とした戦役の総指揮官であるリオンが、一度王都に帰るという発言にはアメリも首をかしげかけたが、この期に問題ある行動を取るようなリオンではないだろう。

 ひとまずリオンの言葉を快諾する言葉を返し、受け入れる。


「詳しい話はまた後日にでも。

 とりあえず、リーフ君とフリージア君にはそう伝えてくれるかな」

「わかりました」


「さて、今日はもうちょっとだけ飲んだらゆっくり休むことにしよう。

 明日も忙しいからね」

「何か手伝えることありましたら、何でも()うて下さいね」

「うん、ありがとう」


 しばしの会話と飲食を挟み、この場は間もなく解散する運びとなる。

 喪ったものは確かにあったが、難敵であった魔王軍を退けることには成功し、勝利の杯を交わすに至ったのがこの場である。

 まだまだ先が長い戦いの日々の通過点だ。はしゃいだ酒宴を嗜むには早く、浮かれられない時期である。


 しかし、一定の成功を収められた後の安息は、三人の心に束の間の安らぎをもたらしていた。

 戦力としての付き合いとして始まった、リーフ達と王国軍。

 そんな日々の中、語り合う時間を作れば作るだけ、兵と軍という無機質な関係から人と人の繋がりとなり、掴んだ勝利を心から共有し合える盟友となっていく。

 突き詰めてしまえば、勝っても負けても負の遺産が必ず残るのが戦争だ。

 勝ち得たものの価値と喜びを共有できる者がそばにいないと、きっと誰も耐えられないであろう、そんな世界で心を通い合わせられる仲間の存在は何にも代えがたい。


 リオンとギナークと、ここにはいないミーナ。

 アメリと、ここにはいないリーフやフリージア。

 少しずつ、六つが一つになるための日々は、今も含めて重ね続けられている。

 連綿と続く日々の中に潜む価値あるものは、きっと一つ一つの勝利の価値をも上回る。

 今は忙しいリーフやフリージアの存在も背負い、リオン達との大切な時間を過ごせている実感を得るアメリは、ここに来たことはやはり間違いではなかったと強く信じていた。

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