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僕らは"勇者"になれますか  作者: 紫水
序章
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第3話    ~黒い刃~



 魔王軍にとって、支配領土は魔王へ捧げる"贄"の植民地のようなものだ。

 反抗するなら貴様を贄に指定する、という脅迫が成立する環境は、その地の人々の抵抗力を劇的に削ぐ。


 一方で、魔王軍としては魔王に捧げるための贄を確保するため、その地に過ごす人々の命を、贄以外の手段で奪うことを避けがちだ。

 魔王軍の支配領土にある命は、すべて魔王の保存食であるという考え方に近いものがある。

 支配者側が贄候補に宣告する最大級の罰は、贄に指定することであるとされ、いかに逆らう者がいたとしても、その場で粛清というのは極力回避される傾向にある。


「ほぉ~、いい度胸だ。

 それとも、贄に捧げられて死を長く待つより、今ここで死んだ方がましってことかね?」


 しかし時には魔王軍とて、反発する者への粛清を、贄への指定以外の手段で執行することもある。

 この村を支配する魔王軍の手先にとって、村人達に決起反乱させぬための最大の抑止力は、魔王の威光以上にこのデッドケルベロスだ。


 腐った肉体で生きた猛獣のような俊敏さを持ち、大きな体格は強い力を持ち。

 さらには仮にこの魔物を討てた者がいたとしても、毒性に満ちた体液が返り血のように浴びせられ、皮膚を腐らせられて相討ちに持ち込まれる、そんな恐ろしい存在なのだ。

 魔王軍の支配に我慢の限界を迎えた者がいても、これを相手に犬死にあるいは、村で偉ぶる糞野郎どもに一矢も報いられず死ぬ、それは嫌だと武器を握る手にも力が入らなくなる。


「いいだろう、てめぇは魔王様じゃなくこいつの贄になって貰おうか。

 言っておくが、魔王様の腹に収まる道の方が、遥かに幸せだったと思うぜ?」


 ゆえにこのデッドケルベロスを預かる魔王軍の悪漢は、この番犬の恐ろしさを、定期的に村人の前で披露する機会があればと望んでいる。

 はっきりと魔王軍に逆らったと思しきあの少年は、デッドケルベロスの恐ろしさを、村人達に再認識させるための絶好の生贄だ。

 ただでさえ悪人面の男が、リーフを見据えて彼の死を思い浮かべるとともに、にまぁと笑っていっそう醜悪な顔になる。人の死を想像して心から笑える者など、言うまでもなく性根が腐り果てている。


「キシュロさん、少し離れていて下さい」

「お、お前っ……!」


「グルルル……」


 自分の前に立っていたリーフにそう言われたキシュロは、改めて若き少年を、死地になど踏み込むなと肩を掴もうとした。

 だが、リーフが前に出る足の方が早く、立ち位置からリーフに手を届かせられなくなったキシュロには、もうリーフに触れて止める手立てがない。

 リーフを追おうとすれば、彼の前方にいるデッドケルベロスに、一歩ぶん以上近付くことになるのだ。

 離れていたってそれが出来ないほど、うなり声を漏らすデッドケルベロスは、風貌からして恐ろしい。


 命知らずの若者は、魔王軍の悪漢にとって最高の見世物だ。

 あの強気めいた無表情が、デッドケルベロスの牙や爪に肌を裂かれ、傷口から侵入した毒に悲鳴をあげる泣き顔へと変わることを、悪漢達は今から楽しみで仕方ない。


「…………んっ!?」


 ひゅっと一振り、リーフが木刀を振り抜いた。素振りのように、一度真横にだ。

 その瞬間、その所作に、ただ一人声をあげてまで反応したのが歌姫だ。


 元より黒塗りのリーフの木刀が、一振りされた瞬間に、僅かにそのシルエットを膨らませるかの如く、黒い(もや)のようなものに覆われたその光景。

 歌姫を除き、この場に居合わせた者達の誰一人、それを視認してはいなかっただろう。

 それは"魔法"に知識を持つ歌姫の眼を以ってして、目にしただけで驚かざるを得ないほど特異なもの。

 そしてそれは、悪漢に凄まれても全く動じなかった彼女が、思わず鳥肌を立てたほど危険なものだ。


「よし、行け。

 好きにしていいからな」


「グガアッ!」


 リーフの一振りをきっかけとしたか、デッドケルベロスを従える悪漢は、リーフを指差し出撃の指示を下す。

 次の瞬間、三つの頭が同時に吠え、一気に駆けだすデッドケルベロスが、猪のような勢いでリーフへと直進する。

 十歩ぶん以上離れていた位置から、あっという間にリーフとの距離を詰め、デッドケルベロスに狙われているわけではないキシュロが、自分の方向に来た魔物から逃げ出すほどの迫力だ。


 デッドケルベロスの頭の一つが大きく口を開け、まずはリーフに真正面から噛みつこうと迫る。

 口を開けられ、その大口がすぐ目の前に迫っても、リーフは逃げる素振りも見せない。

 それはまるで、想像以上の迫力を目の前にした少年が、気迫に呑まれて身動き出来ぬかのような光景だ。

 誰もがリーフがデッドケルベロスの牙に捕らえられ、振り回されて肉を千切られる結末しか想像できず、この場を見届ける僅かな村人は、みな目を閉じるか顔を覆うか。


「ガ……ッ!?」


 だが、デッドケルベロスが力強く閉じた顎は、何も捕らえられずに牙が空を切る。

 さらにはがぢんと牙を鳴らしたデッドケルベロスが、小さなうめき声を漏らす始末。

 まさにデッドケルベロスがリーフを牙で捕えようとしたその瞬間、後方に素早く跳び逃れると同時、木刀を振り上げたリーフの一撃が、デッドケルベロスの鼻先に深い傷を刻んでいる。


 木刀が、魔物の鼻を深く傷つけたのだ。

 デッドケルベロスの皮膚や骨が腐敗しているからだろうか。そうではない。

 あの木刀は、ただ敵を打ち据えるためだけのものではないのだ。


 仕留めたと思った矢先に鼻を斬りつけられたデッドケルベロスは、ほんの一瞬怯み、しかし自らを傷つけた人間に強い怒りを抱く。

 だが、怯んだ一瞬、すなわち怒りが心に宿る前。

 このほんの僅かな時間の間に、既に地を蹴ったリーフはデッドケルベロスの視界から消えている。


 思わぬ傷に怯んだ一瞬、心身ともに隙だらけになっていたデッドケルベロスのすぐ横を、考えられぬような速度で駆け抜けていったのがリーフだ。

 その中で、木刀を大きく一薙ぎしながらだ。

 それは、駆け抜ける中で切れ味鋭い剣により、大きなの獣の体、その側面に長く深い傷を、抉りつけていくかのような動き。


「ギギャアァアアァッ!?」


 黒塗りの木刀は、まるで万物を断ち切る聖剣のように、デッドケルベロスの胴体横に、長くばっくりと開かれた傷を作った。

 腐敗した赤黒い血肉が噴き、悲鳴を上げるデッドケルベロスだが、毒性の強い返り血を、駆け抜けざまに敵から離れたリーフは浴びもしない。

 デッドケルベロスの後方で立ち止まると同時、片足を軸にぐるりと回ったリーフが、それに際して敢えて大きく一度木刀を振るい、武器に付着した腐った血を振り払う。


 壮絶なダメージに半ば錯乱状態のデッドケルベロスが、リーフを探そうと体を回そうとする。

 地上を探しても、そこにもうリーフはいない。

 デッドケルベロスが傾いた体をひねり、後方に目線を送ったその頃には、高く跳躍したリーフが既にデッドケルベロスの頭上にいる。


「グギ……!?」


 高所から舞い降りたリーフがデッドケルベロスの頭部へ、脳天からまっすぐに木刀を突き刺した。

 魔物の首元に着地の足を置き、突き刺した木刀を大きく前方へ振り上げたリーフが、デッドケルベロスの前頭部をばっくりと開き、噴き出す血を前方のみへ向けさせる。

 そしてさらに、振り上げて間もない木刀を自らの左足元の首へと突き刺すと、そのまま首の半分を断ち切る横の薙ぎ払いを叶えてしまう。


 三つ首のデッドケルベロス、前の頭が割られて死に、左の首も落とされかけてそれが死んだ魔物は、残った右の頭の意識で以って、がむしゃらに体を振り乱した。

 振り乱されて足場が崩れるより早く、跳んで離れていたリーフは、生きた右の頭の真正面、離れた位置へと着地する。

 三つあるはずの自らの命を、早々に二つ奪い去っていった人間を目の前にしたデッドケルベロスは、怒りのあまり目を赤くすらして、凄まじい勢いでリーフに襲い掛かる。


 真正面からデッドケルベロスに駆け迫るリーフは、大きく開いたデッドケルベロスの口の直前、高く跳躍するとともに木刀を振り上げた。

 それは、リーフを噛み砕こうとしたデッドケルベロスの頭部を、左右真っ二つに断ち切る結果を残す。

 デッドケルベロスの巨体を飛び越え、その後方位置へと着地したリーフの後方で、意識を保つための頭をすべて死に至らしめられたデッドケルベロスが、前足から崩れるようにして転び落ちていく。


 さながら巨獣が、駆け抜ける中で突然意識を失ったかのように。あるいは、事実そう。

 攻撃のさ中に突然死を迎えたデッドケルベロスは、崩れ落ちた体勢を一切改めることなく、その後も二度と目覚めることはないだろう。


「な……なっ……」


 圧巻の調伏劇に、目撃者はみな信じられないものを見たという顔で、それは魔王軍の悪漢達こそ最もだ。

 デッドケルベロスをたった一人で、それも無傷で撃破する者など、彼らの価値観では友軍のごく一部の怪物にしかいない。

 ましてこんな田舎村に、そんな人物が登場したこの現実は、今でも夢を見ているのかと疑ってしまうほど。


「っ……て、撤退だ……!」


 デッドケルベロスに始末をつけた、リーフが魔王軍の悪漢どもを睨みつけたその瞬間、デッドケルベロスに指示を下していた男が、今度は自分と部下に指示を下す。

 あとは一目散だ。何にも優先して、この場を離れる。

 魔王軍を目の敵にし、デッドケルベロスをもあれほど簡単に仕留める男が、自分達に襲いかかろうものなら絶対に助からない。


 逃げ足の速い男達を、リーフは追うことをしなかった。

 木刀に付着した、腐食効果のあり得るデッドケルベロスの血を、ひゅんひゅんと二度振って、地面に振り落とす。

 付着した液体は、それだけの動きですべてが離れるはずが無いのだが、木刀をも腐らせ得た血はすべて取り除かれたのか、彼の木刀が傷んでいく兆候は特にない。

 リーフの木刀が、魔物の肉体を切断したことも含めて、特殊な力を持つことは明白だ。


「すごい! お見事!」

「おにーさん、すごーい!」


 あまりの出来事に周囲が静寂に包まれる中、大きな声を真っ先にあげ、凍った空気を打破したのは二人。

 歌姫がリーフに賛辞の声を向け、彼女の連れ子もぱちぱちと手を叩いて大喜び。

 それが、呆然としていた周囲の頭を目覚めさせる。


「あなた、あの人の知り合い?」

「……んっ?

 ま、まあ……そう、とは言えるが……」

「この事、さっそく村長さんにでも報告した方がいいんじゃ?」

「!!」


 そんな空気の中、いつの間にかキシュロのそばに歩み寄っていた歌姫は、リーフと関わりがあることを見せていたこの男に話しかける。

 はっとしたとはいえ、まだ現状と、次にどうすべきか頭が追い付いていなかったキシュロにとって、これは急ぐべき次の行動へのきっかけとなる。

 木刀を腰に下げ、ふうと息をついていたリーフへと、キシュロが駆け寄ったのが次の行動だ。


 キシュロはリーフに、自分の家に行って、しばらく待っていろと伝えた。

 デッドケルベロスを仕留めたリーフは、無表情にこそなっていたものの、殺意と冷酷さを併せ持つ冷たい目をしておらず、素直にキシュロの言葉にうなずいた。

 無言のリーフは、少し気まずそうな顔にも見え、しかし我慢ならなかった自分を正当化して、少しわがままに拗ねるような顔でもありつつ。

 戦いを終えたリーフが、再び出会った頃と同じ、子供めいたその顔に戻っていたことに、キシュロは気が抜けるかのような想いだった。


 もうキシュロには、リーフのことがよくわからない。

 幼びた彼と、冷徹無情な彼。

 どちらが本当のリーフなのか、今のキシュロには結論が出せそうになかった。











「よう、リーフ」

「あ……おかえりなさい、キシュロさん」


 夕暮れ時まで、キシュロの帰宅を彼の家で待っていたリーフは、今度は完全に気まずさ丸出しの顔で家主を迎えた。

 背中を丸めて、上目遣いでちらちらとキシュロの表情をうかがうリーフは、悪いことをした子供が後から自分の非を認め、叱られることを恐れるかのよう。

 これが、冷たく燃える瞳でデッドケルベロスを惨殺した男の目だとは、改めてキシュロも信じられない。


 ぬう、とキシュロの手が伸びて、リーフの頭へと伸びていく。

 頭を叩かれて叱られるとでも思ったのか、びくりと肩を跳ねさせて目を細めるリーフの所作に、キシュロはぷっと吹き出してしまう。


「そんな顔するな、怒っちゃいねえよ」


 リーフの頭を撫でるキシュロに、リーフは恐る恐るというふうに目を開けて、キシュロの顔を見上げてくる。

 キシュロは笑っていた。胸につかえていたものが取れて、すっきりしたような顔とさえ言える。


「だが、今夜お前をこの家に泊めてやるっていう約束は、もう果たせなくなっちまった。

 わかってくれるな? 魔王軍に逆らったお前さんがこの村にいると、俺達にとって都合が悪い」

「……はい。

 ごめんなさい、キシュロさん」

「なぁに、お前さんが謝ることはねえよ。

 俺はあいつらがあんな顔で逃げていく姿を見られて、今はスカッとしてるんだ」


 そうは言ってくれるものの、リーフも色々気がかりなことがある。

 この村で、魔王軍に逆らう者が明確に現れたのだ。魔王軍の出方次第では、この村がまずいことになるのではないかと、リーフは不安になってしまう。

 村人でない自分の行動だから、魔王軍が目をつぶってくれることを祈ることしか出来ないのが、この村に留まるわけにはいかないのがリーフの苦悩。

 後悔するぐらいなら始めからやるな、とでもキシュロが言っていたら、リーフは何も言い返せないだろう。


 だが、仮にそう言われても言い訳しないと決めていたが、リーフはキシュロを待つ間に考えた中、自分はきっと止まれなかったであろうこともわかっている。

 憎き魔王軍の連中が、女の子達相手に刃物を向けて、二人がかりで襲いかかろうとしていたあの場面。

 きっとリーフは、あの瞬間を何度やり直せたとしても、歌姫を見捨てて静観するという選択肢は取れなかっただろう。

 そう断言出来てしまうほど、彼は魔王軍というものに、並々ならぬ想いを抱いている。


「お前は、東のサイオーグ王国に向かう途中だったな?」

「はい」

「夜中に村を放り出すようで悪いが、間もなくこの村を離れて貰いたい。

 お前さんのあの力量なら、夜の山越えも難しいことじゃないだろう。

 理解してくれるな?」

「はい」


 村の要人同士で話し合われた結論を受けたリーフは、自らの追放を受け入れた。

 少しだけ、寂しげな目の色を浮かべていたことが、キシュロにとっては少し嬉しい。

 宿を惜しむ顔ではない。本当に短い時間だったのに、別れをちょっと惜しんでくれる程度には、自分に少しでも懐いてくれていたのが、その瞳からわかるから。


「……まあ、俺の立場からこれを言っちゃいけねえことにはなってんだが」


 だから、言わなくてもいいことを言ってしまいたい気分になる。

 ちょっとの時間、畑仕事を手伝ってくれただけの時間の中、素直で無邪気で聞き分けのよかった年下を、あまり冷たく突き放したくもない。


「ほとぼりが冷めたら、またいつかこの村に遊びに来いよ。

 うちの()、多分お前にはけっこう懐いてくれてると思うぜ」


 キシュロは優しい大人の笑みで、リーフの肩を叩いてそう言った。

 人外の顔、犬の頭を持つ魔族。種族の壁を超えて、目は口ほどに心を言う。

 いつか遠い昔、人類と魔族は種族の違いのみを根拠に分かり合えなかった時代もあったと言うが、今の世の中そうでなくなっていけた根拠は、共存が成立した日常の中にいくつも潜んでいる。


「……はいっ」


 リーフは自分の肩を持ってくれるキシュロの手首を握り、握手の代わりに力を込めて嬉しそうに笑った。

 キシュロの笑顔がよりいっそう砕けたことが、リーフは申し訳なくも確かに嬉しかった。











「……あれ?」


「あ、来た来たお兄さん」

「おにーさーん! こんばんわー!」


 西の山に沈む陽を背負い、村の東の関所に向かったリーフだが、そこで自分に手を振ってくる女性二人の姿には少し驚いた。

 村で美声を披露していた歌姫と、その連れの女の子が、まるでリーフが来るのを待っていたかのように、関所前に立っていたのだ。

 何せ殆ど初対面みたいなもの、声をかけられているのが自分だとも思えなかったリーフだが、自分の周りに誰もいないことを確認してから、自分に手を振ってくれているのだと理解する。


「……こんばんは?」

「ふふっ、なんでそんなに首かしげ気味かな」

「おにーさん、いい匂いですー!」


 近付いて、歌姫にご挨拶するリーフだが、小さな女の子がとてとてリーフに駆け寄ってきて、腰の辺りからリーフを見上げ、すんすん彼の匂いを嗅ぐ。

 小さな子供の不思議な動きに翻弄されつつ、リーフは正面に見合う歌姫にも、ちょっと調子を崩され気味。

 改めてこの歌姫、着こなしが扇情的すぎる。


「お兄さん、東に行く途中なんでしょ?

 さっきキシュロさんって人に聞いてきたんだけど」

「あ、うん……」

「さっきの強さ、すごく頼もしいなって思ってね?

 わら……っ、こほん。私達も東に向かうつもりだったから、ご一緒させて貰えないかなって」


 一瞬、妙な間と咳払いを挟んだ歌姫だが、どうやらリーフと旅を同行したいと言う話のようだ。

 デッドケルベロスを単身で、あれほど容易に討ち取る力量は、確かに旅の連れとして非常に頼もしいだろう。


 魔物や山賊などの悪漢の襲撃など、野山を越える際には危険がつきものだ。

 細腕とちんちくりんの女性二人で旅をしてきたと思しきこの二人、自衛能力があるのか傍目には疑わしい。

 ナイフを手にした悪漢二人を相手に、一歩も怯まなかったこの歌姫、細くてスレンダーな見た目を裏切るぐらいの、戦う力はあるのかもしれないが。


「それは……別にいいですけど」

「あ、この恰好気になる? 目のやり場に困る?」

「……うん」


 見た目は十代前半確定、実年齢は17歳のリーフだが、性に対する意識は見た目に寄っているらしい。

 この歌姫、上から順に、可愛い顔、大きな二つの膨らみ、くびれ、秘部を隠すためのもの一枚きり、そして細い脚。

 色々と揃い過ぎた異性が、目の前で半裸めいた姿でいることに、顔を赤くして目を横向きに泳がせるぐらいには、ちょっとリーフにとって歌姫の全容は刺激的すぎるようだ。


「一緒にいればすぐに慣れるわよ。

 ともかく、旅に同行させて貰うっていうのは、別にいいのよね?」

「まあ……はい」

「よしよし♪

 フリジ、お兄さんと一緒よ」

「わーい! おにーさんといっしょ!」


 リーフと歌姫が話している間、リーフの周りをもそもそ回りながら、全方位からリーフの匂いを嗅いでいた女の子。

 フリジと呼ばれたその女の子は、いい匂いがするらしいリーフと、これからしばらく一緒にいられることに大喜びだ。

 後ろからリーフの腰元に、抱きついてきてぎゅーっとしてくる。


「それじゃ、自己紹介しておきましょうか。

 私は"アメリ"。この子は"フリージア"。

 私はこの子のことを、いつも"フリジ"って呼んでるけどね」

「えぇと……リーフ、って言います」

「うんうん、覚えた♪

 それじゃ、しばらくご一緒よろしくね、リーフ君」


「すんすん……おにーさん、とってもいい匂いなのです~♪」


 アメリと名乗った歌姫の差し出した、繊細な指を持つ手を、リーフは少し気の引け気味に握りに行く。

 思春期を迎えて以降、年の近い女の子の手なんか握ったことないのである。

 綺麗な女性を前にして、手なんか握っちゃっていいのかななんて思ってしまうぐらいには、どうやらリーフはそちら方面に関して、全く経験が無かったようだ。


 歌姫もといアメリが握手に笑顔を見せる中、リーフはその美しい笑顔を直視できず、少し目を横に逸らして口をもにょもにょさせていた。

 その後ろでは、二人のやり取りなど知らぬ顔で、女の子もといフリージアが、リーフの背中の下部に鼻を押し付けて、くんかくんかと鼻を動かし続けていた。

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