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僕らは"勇者"になれますか  作者: 紫水
第一章  サイオーグ王国 ~ユリシーズ戦役~
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第18話   ~激突前夜~



 ユリシーズ平原まで侵攻してきた魔王軍を撃退するための、サイオーグ王国軍による出陣劇。

 本陣イーストユリシーズの町から出動した王国軍は、じっくりとした足取りで西へと進軍する。


 ユリシーズ平原は広大かつ、交易路から外に出れば、地形も起伏に富んでいる。

 活かそうと思えば活かせる地の利はいくらでもある、広いバトルフィールドは戦術家の腕の見せ所だ。

 進軍する側も、敵の動向には神経質になるべきであり、視野を広げた慎重なものとなる。


 出陣当初はひと固まりだった王国軍も、西へ進むにつれてある程度の分散を進めていき、広範囲を見渡す大きな陣形を作り上げつつ進軍する。

 各個隊に指揮官を務められる王国兵を配属し、合戦時には近隣の隊と連携を取り、柔軟に立ち回れる布陣を形成する必要がある。

 戦場が広大で、敵陣営の取る戦略に自由度が高いため、こちらも対応力を重視しなければならないのだ。


「そろそろ、ここでいいかな」

「では、夜営と参りましょうか」


 昼過ぎにイーストユリシーズの町を出発し、拡散陣形を形成しつつ、ゆったりとした行軍の末、西の空が赤らんできた頃の時間帯。

 ユリシーズ平原の東西半ばより、少し東寄りの所まで進んだところで、王国軍の総指揮官たるリオンの提言に、副官にあたる王国兵シュギックもうなずいた。

 ただちにシュギックをはじめとした、王国軍が指揮を執り、ここで一夜を明かすための準備を進め始める。


 リーフとアメリ、フリージアはこの部隊に属する身。

 慌てることなく、しかし迅速に、ユリシーズ平原の真ん中で夜営の準備に取り掛かろうとする王国兵らの動きを目に留めながら、とりあえずはリオンのそばを離れずにいる。


「何かお手伝いできることはありますか?」

「問題ない、こちらですべて済ませるつもりだからな。

 貴殿らはリオン様とともに、明日の戦いに向けて鋭気を養ってくれていていい」


 周囲が仕事をし始めると、若輩者の自分が何もせずにいては悪いとでも思うのか、リーフはすぐさまシュギックに声をかけに行った。

 退けられはしたものの、シュギックは柔らかな笑みを作って応じてくれている。

 部下に命じる年長兵としての顔は厳かなものであるが、リーフに返答するにあたっては顔を変えてくれたのだから、それなりにリーフの行動には好感を抱いてくれたということだろう。


「あんまウロチョロせん方がええど。

 ぬしは何となく悪目立ちしよんねんから」

「え、俺?」

「ぬしじゃ」


 いかにも幼いフリージア向けに言いそうなことを、アメリが自分に言ってくるので、ぎくりとした風にリーフも周囲を見渡してしまう。

 傭兵らの多くがリーフを眺めて、小さく笑っていたり鼻を鳴らしていたり。

 リアクションや表情は様々だが、リーフが注目の的になっているのは確かなようで、注がれる視線にリーフは返すべき返答もなく、きょどきょどしながら足が完全に止まってしまう。


 先のリーフの戦場での活躍を目にしていた兵は、非戦闘時のリーフの挙動が、本当に見た目そのままの少年のものであることが可笑しい。

 あれで戦列に並んだら、熟練兵よりも頼もしいぐらい滅茶苦茶な強さだって言うんだから、知る者すれば落差の大きさが何だか面白く、今のうちの彼を観察しておきたくなったりする。

 一方で、先のリーフの活躍を知らぬ王国兵や傭兵は、あんな木刀持ちの子供が戦場に混ざっていて大丈夫かと思うばかり。

 一部の者は鼻で笑い、一部の者は心配に思い、多くはせいぜい頑張れよと間もなく無関心に。

 やがては無関心になるにせよ、ひとまずそうした者達でも、見た目が子供っぽいリーフの姿には、環境上一度はその姿をよく目に入れてしまう傾向にある。


「リーフ君、おいで。こっちで休もう」

「あ……はいっ」


 お手伝いも出来ないならどうして過ごそう、と動きの滞ったリーフを気遣って、リオンが手招きして呼び寄せてくれる。

 平坦な場所に腰かけたリオンの方へと、呼ばれたリーフはしゃんとした返事を作り、待たせちゃいけないと小走りで駆けていく。

 糞真面目な行動を微笑ましく見守りながら、アメリもそれについていく。自分の横にぴったり、短い脚でとてとてついてくるフリージアの足取りと、リーフのそれが似ているなぁと見比べながらだ。


「明日は君も主力になって貰うから、今日はじっくり休んで明日に備えて欲しい。

 疲れを明日に一切残さないことが、今日の君に求められた仕事だよ」

「わかりました」

「だからもうちょっと楽な姿勢で座って?」


 近場の石を椅子代わりに腰かけたリオンの前、目上の人を見下ろすのも駄目、楽な姿勢で座るのも駄目とでも思うのか、リーフは地べたに正座で座ろうとするのである。

 リオンのそばにはギナークもあぐらで座っているが、リーフのそんな態度をにまにまして見守っている。

 お堅い奴だな、とギナークにまで笑われてる気がして、リーフは恥ずかしげに顔を伏せがちにしつつ、おずおずと楽な姿勢で座る姿勢となる。

 そうこうしているうちに自分の隣に来たアメリは、すとんとあっさりあぐら座りを作るのだから、二人を見比べると肩の力の入りようが違い過ぎてて対照的だ。


「一応、リーフ君とアメリ君にも紹介しておこうか。

 こちらはギナーク、まあ知ってるかな。

 それとあちらは、ミーナ君だ。覚えておいて欲しい」


「ご紹介に預かりやした、ギナーク=ノーリッヒだ。

 ま、一応きっちり自己紹介しとくわ」

「まいど、アメリと申します」

「フリージアですっ!」

「えと、リーフ、です」


 よっ、と挨拶するような手つきを伴って、ギナークはリーフ達に改めての自己紹介を果たしておく。

 名前は知っているし姓もさほど重要ではないが、近くで共闘する立場として今回の戦役では関わりが深くなるから、ということを示唆した行為である。

 軽く敬礼の手つきで自己紹介を返すアメリ、アメリの膝の上に座って手を挙げて名乗るフリージア、なんとなくそれに乗っておくリーフ。こちら三名の返答は、会話繋ぎの形式的なものといった程度。


 さて、その短い会話の中で、リオンに"あちらは"と紹介されたもう一人の人物が、リオンが自分の名を呼んだことに気付いて、小走りでこちらへ駆けてくる。

 お偉い様のリオンが、自分を誰かに紹介しようとしている声を聞いて直ちに、といった風。

 恐らくリーフ達と同い年ぐらいの女性であり、その若さでこの迅速な行動はしっかりしたものだ。


「リオン様、こちらの方々ですか?」

「うん、今回の出陣におけるキーパーソンだよ。

 君にも覚えておいて欲しい顔だ」


 しっかりした銀の鎧、篭手とブーツ、腰に下げたのは立派な騎士剣を収めたと思しき鞘。

 ショートカットに切り揃えられた淡く緑がかった髪の下、少し垢抜けぬ顔立ちながら鋭さを擁した目を併せ持つ、少し気が強そうな女の子といった印象だ。

 太ももの露出した、女騎士と言うには少し露出の目立つ軽装だが、細身と見える肢体には薄手の銀鎧も含めてやや重く見えるほどで、金属装備以外は極力体の動きやすさを重視して揃えたものと思われる。


「サイオーグ王国尉官兵、"ミーナ=キュマーズ"と申します。

 以後、お見知りおきを」

「あ、えっと……リーフ、って言います。

 よろしくお願いしま、す?」


 胸に手を当て礼儀正しく会釈しての自己紹介に、リーフも立ち上がっておずおずと挨拶する。

 作法の整った、育ちのいい女騎士という印象で括れば簡単だが、少し目つきがきつい。

 自分と同い年だと思うのだが、リーフは少しおっかなびっくりになってしまう。

 年の近い女性相手でも、ちょっと睨むような目つきをされただけで気負けするリーフだが、気弱というより元々人見知りする性分であるせいだろう。


「妾はアメリ。

 ミーナ様、じゃな? 以降、お見知りおき願う」

「フリージアですっ!」


 アメリも立ち上がって、言葉だけは礼儀正しく、肩の力を抜いてのご挨拶だ。フリージアはいつもと同じ。

 リーフから目を切って、アメリの挨拶と向き合ったミーナは、アメリの挨拶を受けて少し目を細くした。


「……リオン様、ご紹介に預かりましたが、持ち場に戻ってよろしいでしょうか?」

「あ、うん、いいよ。

 リーフ君達のこと、覚えておいてね。きっと戦場では活躍してくれるから」

「かしこまりました。

 私は、これで」


 リオンにはそれなりの態度で応じたが、総じてはやや素っ気なくミーナは立ち去って行った。

 あれ、もしかして何か挨拶がマズくて怒らせたかな? と不安になるのがリーフ。

 あいつは相変わらずだな、と苦笑してミーナを見送るのがギナーク。リオンも似たような苦笑。

 そして、正面切って目を細めてくるミーナの顔を目の当たりにしたアメリは、んん~? と首をかしげている。


「彼女は仕事一筋だから、実戦を前にするとぴりぴりしがちなんだよ。

 真面目で優秀、王国兵でも稀有なほどの人材だから、多少のアレは目を瞑ってあげてね」

「ん~まぁ、気にはしませんが……」


 少々の引っかかりを覚えつつ、アメリとリーフは再び地に腰を下ろす。

 アメリはフリージアを手招きし、自分の体を背もたれにしてフリージアが座る位置取りをもう一度作る。

 わざわざこの位置をもう一度強いる程度には、フリージアが勝手な行動を起こさないよう、ちゃんと確保するようにしているということだ。


「それにしてもアメリ君、今日になったら聞かせてくれるって言ってたけど、随分と変わった訛り口だね。

 昨日までの君からじゃ想像もつかないよ」

「よう言われるんですよ。

 初対面の相手を面食らわせるから控えがちにしてるんですが、まあまあ納得して貰えた(と)思います」


 今日からはアメリも、リオンに普段どおりの話し口調を解放だ。

 昨日の時点で、あらかじめこの事情は説明していたのである。リオンはギナークから、世間話的にアメリの訛りについて聞いており、普段通りに話さないの? とアメリに問うてきたのが昨日の話。

 初対面の相手に猫をかぶっている理由を説明したアメリは、出陣の日からは普通通りの話し方にしますんで、と昨日のうちから言っており、今日からはその宣言通りということだ。

 あらかじめそう言っておけたのは幸いだった。どうせ戦場で声を発するにあたっては、アメリも自分の訛りのことに気など遣っていられまい。普通に訛りが出まくる。

 実戦の場でいきなりびっくりされるよりは、あらかじめ話を済ませておけた方がより良い。


「しばらく待てば、そろそろ後続からの兵站補給が来るよ。

 それまではゆっくり休んでおくことにしよう。

 ただ、前線で変わった動きがあれば緊急出陣もあるかもしれないから、一応それも意識はしておいてね」


 ここよりさらに、しばらく西に進み続ければ、今も魔王軍と王国軍が睨み合っている。交戦もあるかもしれない。

 いわば敵地を目前にした夜営である。まあまあ度胸の要る一夜過ごしとなりそうだ。






 かねてからリオンに説明されていたとおり、明日の戦いがユリシーズ平原を舞台とした戦争の結末を左右する、一大勝負の場面となる。

 王国軍の勝利条件は敵軍の壊滅。無力化させられるほど、敵兵を掃伐できれば良いと言い換えられる。

 そして、兵力を極力失わぬようにすることが、勝利に並んで最も重要な課題である。

 たとえユリシーズ平原に陣取っている魔王軍を撃破できたとしても、こちらに残っている兵が著しく減らされているようでは、遥かなる魔王討伐のための進軍が成立させられなくなる。

 存分に頭数を揃えた兵力で、現時点でも悪くない戦況から攻め込み、一気に流れと敵軍を呑み込んでしまおうというのが、此度の出陣の方針を簡略に纏めた表現である。


 日が沈みかけた頃、リオンが言っていたとおり、北東からサノラガン平原を横切って、多数の馬車を引き連れた一団がリオン達のもとへ辿り着いた。

 今宵と明日の食糧と水をふんだんに積んだものであり、近隣の友軍にも同じものを配布してきた一団だ。

 明日の再出陣までの準備はこれで完了だ。問題なく今宵を過ごし、明日の激突に控えるのみ。

 夜も更け、平原に立てられたかがり火を頼りに、哨戒兵がユリシーズ平原を見廻る中、リオン達は屋根の無い平原上でゆったりと朝を待つ。


「イーストユリシーズ方面からではありませんでしたの。

 別の要衝からの補給部隊ですかな」

「うん、コービーケイフの都からの支援部隊だよ。

 平原北東に位置する大きな町でね。ユリシーズ戦役に挑む王国軍には、何度も協力して貰ってる」


 食料をたいらげた後、アメリはリオンに世間話を振る。

 リーフが思っている以上にリオンはお偉い様で、アメリはそのことをリーフよりわかっているにも関わらず、リーフよりも気軽にリオンに話しかけるアメリという、普通は逆ではという図式が密かに成立している。

 この辺りをわかっているギナークは、目上の人には自分から世間話なんて振れないリーフと見比べて、つくづくこの女は肝が据わってるなと感じたりもする。


「でかいとこですか?」

「サイオーグ王国西部においては一番大きな町だよ。産業も盛んだしね。

 イーストユリシーズは平原を介した陸運で特別栄えてるし大きいけど、それと比べてもひけを取らない大きな町なんだ」

「じゃあよっぽどですな。

 こんな大きな交易路を持つ町に、その利なくして並ぶということは」

「歴史が長いんだ。ユリシーズ平原の交易路が拓かれる前から大きな町だったぐらいだからね。

 豊かな土壌で農作物が近辺によく育つし、食文化の発展が早かったのが最大の強みだったと言われてるよ。

 そんなわけで、ユリシーズ戦役においての兵站補給には随分と助けて貰ってるんだ」


 戦争の拠点として選ばれたイーストユリシーズの町だが、そのぶんよく食う戦闘要員が滞在、駐在する都合上、現状あの町では食糧の需要が非常に高まっている。

 イーストユリシーズ単体でも、擁する人々の胃袋を満たすだけのものは生産可能だが、一時的な人口過密にある町で不備なしとするには、周囲の町村との連携も必要というものだ。

 平原に駐在する王国軍にも、定期的な兵站の補給は必要であり、リオンが挙げたコービーケイフの都をはじめ、イーストユリシーズの町以外からも、この戦争に必要なものは多く提供されている。


「腹が減っては戦は出来ぬ、っていうからな。

 リーフもアメリももっと食っていいんだぜ? 二人とも、随分と控えめなようだが」

「妾はええですわ、太りたくもないですから」

「俺もこれぐらいで大丈夫です」


「アメリはともかくお前はどっか、周りに遠慮してそうな気がするんだよな~」

「いや別に、そんなことはないんですけど……」


 している。ギナークに指摘されてとぼけるリーフだが、よく体を動かす年頃の少年にしては、随分と食の細い先程だったのだ。

 どうせ自分が食べ過ぎたら、周りに食べ物が回りきらないかもしれないとでも思っているのだろう。

 現実的にはそんなことそうそう起こらない、そんなことが起こるような少ない食糧を持ってくる輸送部隊なんてないのだが、それでも自分の取り分を控えめにしてしまうのは性格のせいか。


 もっともこれは、リーフの世間知らずぶりを露呈させる態度とも取れるものである。

 軍に混ざって野営をするなんて経験が無いから、輸送される食糧が、余り覚悟で不備無し優先であるという通説を知らないことも一因。

 加えて、王国軍に与する傭兵らの中には、魔族の方々も混ざっており、一部の人は人間より胃袋が多い。

 少し離れた所にて、ハイエナ頭の獣魔族の傭兵が十人ぐらいで食料にがっついていたが、一人一人の食う量が人間の三倍ぐらいあったように見えた。

 熊の頭と体毛を持つ獣魔族の傭兵三人組は、一人が人間の五倍ぐらい食べていたように見える。

 そんな光景を目にしたリーフが、これを想定して大量に食料を持ってくる補給部隊の都合をわかっていないと、あまり自分がばくばく食べてはまずいんじゃないか、と思うのも自然な発想かもしれない。


 一方で、その辺りの軍事的事情を知り及んでいるアメリは、大食らいのフリージアに、好きなだけ食うてええぞと遠慮ない食を許していたりもするのだが。

 リーフ達がすっかり夕食を終えた後だというのに、未だもちゃもちゃ食事中のフリージアだが、放っておいたらいつまで食べ続けるんだかわからない。食べ物は山ほどあって、おかわりし放題なだけに。


「そんな小食で体づくり出来てんのかね?

 見た目には細いんだがな」

「いたっ……ちょ、ちょっと強くないですか……?」


 ギナークがリーフの二の腕を掴んでくる。

 大柄なギナークは手も大きくて、リーフの細い二の腕を輪で包めそうだ。

 ぎゅっと握って、親指と中指を繋がらせることも出来るんじゃねえか、と試すギナークの握力に、片目をつぶってリーフは弱い抗議である。

 痛いぐらいの力で握られても、体は全く抵抗しない辺り気が弱い。されるがまま。


「この細腕であんな強いんやから、ようわから……」

「触るな」

「えっ、妾はアカンのかいや」

「お前絶対ろくなこと言わねーもん。

 細い腕だな、子供みたい、女みたい、とかそういうやつ」


 左腕をギナークが掴んでいるため、リーフの逆の二の腕に手を伸ばしたアメリだが、ぺしんとその手をはじき払われてしまう。

 ギナークの握力すら我慢できるくせに、アメリには掴まれることすら嫌らしい。読みは正しい。


「言わへんて」

「いーや、言うね、お前は」

「思うだけにしとくから」

「実感させたくない、触るなしっしっ」


「いやしかし、筋肉ソムリエの俺に言わせれば、お前意外としっかりした腕してんな。

 表面は見た目どおりの幼い肌だが、中身はぎっちぎちに詰まってんだよな」

「え、そ、そうですか?」


 リーフの腕を手放して、そんなコメントをするギナークに、リーフは振り返って戸惑い顔。

 しかしアメリから目を切ったら、すかさずアメリがリーフの腕を掴んできた。すぐに離したが。


「なるほど、()らかい」

「きーっ、どっか行けっ」


 子供みたいな肌だと暗に言うようなアメリの言葉に、リーフはぶんぶんと右腕を振って追い払う仕草。

 リオンから見て、喧嘩するほど仲がいいってこういうことかな、としか思えない。


「まあ本当にひ弱な腕で、軽い得物とはいえ木刀をあんな速度で振れるわけねぇけどな。

 何年も武器を振り続けてきた腕だわ、そりゃ強ぇわな」

「いや、そんな大したものじゃないと思うんですけど……」


 アメリの方を向いている時のむきになった顔と、ギナークの方を向いた時の恐縮めいた顔で、ころころ表情の変わるリーフである。

 変わり身が早いと言うよりは、対アメリに対してのみ気が強くて、他に対しての方が地が出ているようだ。


「っていうか、筋肉ソムリエって何ですか。

 そんな肩書き聞いたことないですよ」

「体が資本の傭兵連中に混ざっての生活が長いから、強い奴の筋肉とそうでないのの見分けがつくように

 なっちまってんだよな。悲しいことに」

「悲しいことなんですか?」

「そりゃあ男は経験豊富で女体に詳しい方がいいだろ。

 男の肉付きにばっか解析の利く目が養えても萎えるわ」


「あっ、いやらしい目でこっち見とる」

「お前さんの脚は細くてセクシーだが、張りがあって強そうだな」

「そら長いこと旅してますからなぁ。

 ()うてもそんなパンパンや思われても、女心に心外ですけど」


 ギナークの目線の先は、リーフと語らう中でいつの間にか、リーフの向こう側のアメリに向いている。

 肢体の多くを晒しているアメリだが、今のギナークはアメリの太ももに注目しているようだ。


 歩いての長旅や傭兵稼業を果たしてきたアメリの脚は、跳ぶにも駆けるにもよく向いた、しかもスタミナのある健脚だ。

 それなりに筋肉は詰まっているだろうが、かと言ってむきむきの体だとまでは思われたくないのか、アメリはふにふにと自分の太ももを揉み、指を沈める様を見せて柔らかさを見せ示す。

 ギナークの目線の先にあるその光景を見てしまったリーフが、はしたないことするなよとばかりに顔を伏せ、目のやり場に困るのはいつものこと。


「ま、リーフ。

 お前が強いのは元々わかってるし、頼りにしてるが指示には従えよ?

 今度は先の戦いよりも強ぇ奴が相手になるだろうし、あまり突っ走られても心配になるからよ」

「あ……は、はいっ、今度はちゃんとするようにします」


 戦前に、笑いながら釘を刺すギナークだが、軽い口調にしてもリーフは重く受け止めてしっかりした返答だ。

 言いながら、今度こそは何とかしたいと思いつつ、自信のなさげな顔なのがまた。

 やれやれ、大丈夫か? と笑みを苦笑に移ろわせるギナーク同様、リオンも同じような気分である。


「そんなビビらんでええて、妾がちゃんと指示出したるから。

 ぬしはちゃんと、こっちの言うことに耳傾けてくれとったら大丈夫やて」

「……改めて思うけど、俺アメリに命令されるんだよな」

「そういう話やったやん。

 ぬしもそれで了承したがな、しかもありがたそうな顔してまで」

「そうだけど……なんかお前のキャラ思い出してきたら癪になってきた」


 あの時は、悩む自分に真剣に向き合ってくれるアメリの気持ちが嬉しくて、その申し出を受け入れることに何の抵抗もなかったリーフである。むしろ嬉しかったぐらい。

 だが、くせのあるいじり方をしてくる彼女を数秒前に見た今、なんだか気分も変わってくるというもの。

 別に心から嫌っちゃいないけど、この悪友に命令されるまま動くのって、なんだか急に引っかかる。


「でも自制する自信もそんなにないんじゃろ?

 みひひ、黙って甘えとけ」

「むぅ~、釈然としない……」

「あ、そうそう。こんなん持ってきたけどつけてみんか?」


 そう言ってアメリは、自分の持ち物袋の中から、紐付きの首輪を取り出してきた。

 リーフが愕然と呆れたのは言うまでもない。


「なにそれ」

「ぬしは妾の犬になるのじゃ。今から練習せんか?」

「うん、冗談なのはわかってる。

 でもそのためだけに、そんなもの買ってきたんだとしたらお前訳わかんない」

「ぬし可愛いから、首輪つけて引き回すの楽しそ……やばっ」


 リーフが立ち上がり、アメリも立ち上がり、追うと逃げるの構図がすぐに出来上がる。

 ずいずいアメリに詰め寄ろうとするリーフと、まあまあと手を前にして後ずさるアメリの速度が同じ。逃げるアメリの足が速いとも言える。

 そのくせ二人とも、リオン様のそばを離れ過ぎてはいけない立場とわかっているのか、どこかに去ることなく追いかけ合う足の運びがよく出来ている。


「おねーさん、かして、かして」

「んあ? フリジ?」


 短い間の追いかけっこの中、それを中断させる声がアメリに呼びかけられる。

 立ち止まってフリージアを見下ろすアメリに伴い、リーフも足を止めて同じものを見るが、フリージアはアメリから首輪を受け取ると、それを自分の首に装着した。


「わん!」

「…………」


 首輪から繋がる紐の端は、アメリが握っている。

 フリージアは自分でおすわりの姿勢になって、犬の真似をして笑顔だが、こんな幼子の首輪から伸びる紐を握るアメリに、リーフとギナークとリオンの注目が集まる。


「わんっ、わんっ!」

「フリジ、やめよ? これアカンわ」

「えっ、なんでですか?」


 わんちゃんごっこが楽しくなり始めていたフリージアだったが、これは絵的に駄目過ぎると判断したアメリが、しゃがんでフリージアの首輪を粛々とはずす。

 幼女を首輪に繋いで紐を手にしているなんてどこの奴隷商だと。

 子供のフリージアにはその黒さが理解できず、犬ごっこの強制中断に残念そうな顔をしているが、ここはアメリの方が正しいとフリージア以外の全員が思っている。


「わかったわかった、フリジぺろぺろしてくれ。

 わんわん()うてもええぞ?」

「わーい」


 思いついた遊びを中止させられるフリージアに妥協して、アメリはごろんと地面に仰向けに寝転がり、自分のお腹の上にフリージアを乗せてやる。

 首輪は駄目だが犬の真似事がしたいなら別にいいぞ、と言ってくれるアメリに体ごとのしかかり、フリージアはアメリの胸元や首もとをぺろぺろ舐めてくる。

 彼女なりに思う、ご主人様になついた犬の真似事らしい。くすぐったくてアメリも表情が綻ぶ。


「えへへ~♪

 わんわんっ」

「見せモンちゃうぞ~、男ども何見とんねん」


 いや、見世物だろう。半裸の女に背中丸出しの幼女がぺたぺたいちゃいちゃ、傍目には裸同士の絡み合いに近いものがある。

 これを見て欲情にまで至る奴がいたら色々とまずいが、衆目下でのこの光景は、まあまあ不健全もいいところ。

 わかっているからアメリもわざわざ、じろじろ見るなと男連中に釘を刺すのだが。


「おねーさん、おいしいです~♪

 わんっ、わんっ」

「頼むから噛まんといてな? 絶対アカンど?」


 甘んじてフリージアのぺろぺろを受ける中、アメリがさらっと口にした言葉に、リーフは変な笑いを浮かべてしまうに至る。

 いやいや、大食らいのフリージアとはいえ、流石に人は食べないだろと。

 冗談で言ってるのはわかるのだが、その冗談がそんな小さな子に通じるの? と、そういう意味で笑って

しまったのである。

 はてさて。


 明日に決戦を控えているにしては、リーフ達は随分とリラックスした空気で夜を過ごせたものだ。

 今宵のうちにいくらか明日に向けての話をしようと思っていたリオンだが、今日はこの空気を壊すまいと、深い話は明日の朝に見送ることにした。


 今日は、鋭気と体力が最優先だ。

 余力充分で望むべき、大一番を前にした前夜には、メンタルコントロールも大事なことである。

 あくまで可能な限りでなら、それを指揮官が管理することだってあっていいのかもしれない。リオンはそういった意識を持ってなのか、リーフ達のやり取りを微笑ましく静観していた。

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