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僕らは"勇者"になれますか  作者: 紫水
第一章  サイオーグ王国 ~ユリシーズ戦役~
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 断章β-2  -アーバン B-



 アーバンの演奏が終わった後は、しばし聴衆の喝采や、一部の人が彼に握手を求めにいく時間が続いた。

 特にアーバンに近付くのは女性が多かった。年若い女性からおばさんまで、あるいは手を繋いでくれていた兄の手をほどいてまで近付きたがった女の子など。

 やはり綺麗な歌声や演奏能力に加えて、男前だと受けっぷりが違う。

 加えて彼は、ちょっと汗臭い男にばんばん背中を叩かれて、いい演奏だったぜと褒められる乱暴な賞賛にも、心底嬉しそうにありがとうと礼を述べる好青年だ。

 ルックスに腕前、加えて人柄も良いというアーバンの姿には、相変わらずだなとアメリもしばらく眺めている。


 やがて、アーバンのそばから人々が去って行ってから、やっとアメリはアーバンに歩み寄っていく。

 近付いてくるお客様を歓迎しようと振り向いたアーバンだが、まずはアメリの顔と姿恰好を見て、どこかで会ったかなと考える間が一瞬生じている。


「ごきげんよう。

 ご無沙汰しとります、アーバン=エスエットどの」

「あ~、アメリ君か!

 思い出した思い出した、その訛りは変わってないねぇ。

 その子は、フリージアちゃんだったかな?」


 後からリーフが知るには、一年以上の時を経ての再会だったようだが、それでも懐かしい顔合わせにアメリとアーバンは互いの歓迎し合う。

 しかし、フリージアはアーバンに近付くアメリの横から離れず、きょとんと首をかしげている。


「おねーさん、この人どうしてわたしの名前知ってるですか?」

「くふっ、さあなぁ」

「あれ、もしかして僕忘れられてる?」

「フリジに記憶力期待したらあかん。

 この子は未だに妾の名前も覚えてへん」


 アーバンが少しショックな顔を見せそうになったが、アメリのフォローが素早かったため事無きを得た。

 後ろでそれを聞くリーフも、アメリの名前も覚えてないっていうのは流石に冗談だろ、と思うのだが、よくよく思い出してみるとフリージアが、アメリを名前で呼んだことが一度も無かったような気もしてくる。


「フリジ、この人は"アーバン"どのっちゅうんじゃぞ?

 フリジも昔、いっぺんお会いしたことがある人じゃぞ?」

「???

 はじめまして、フリージアですっ!」

「あははは……はじめまして、アーバンだよ」


「アーバンどの、じゃぞ?

 フリジ、覚えたか?」

「おぼえましたっ!」

「うん、覚えてないな」


 微塵も信じられない主張にアメリとアーバンが笑う中、リーフもなんだかフリージアの知性を過信してはいけないことがわかってくる。

 小さな女の子、まだまだ子供だというのはわかっているが、今後はフリージアとやり取りするにあたり、今まで以上にそれを意識した方がいい気がしてきた。


「そちらの方は、新しい旅の連れ?」

「お、そうじゃそうじゃ。

 リーフすまんな、置いてけぼりにしてもうたな」


「えぇと、はじめまして……リーフ、っていいます」

「はじめまして。

 改めまして、アーバン=エスエットだ。よろしく」


 おずおずとアーバンに近付いて、握手を求めるように手を伸ばすリーフだが、本来は人見知りなのだろうか。

 アメリと初対面の時は、違った意味で目を泳がせていたが、相手が女性でなくても少し落ち着きがない。

 あまり気の強くないリーフとの握手を、アーバンは優しい握力で、少し腰を曲げて果たしていた。


「ええ人じゃぞ?

 そんな緊張せんでええがな」

「いや、それは何となくわかるんだけどさ……」


「リーフ君は、アメリの彼女?」

「かの……いや、そんなんじゃなく……」

「アーバンどの、やめた()て。

 こいつにそういう話はまだ早い」


 久しぶりに再会したアメリ(あいて)が異性を連れているとなれば、アーバンがこういう冗談を言ってくるのはお決まり文句のようなものだ。

 それをリーフがちょっと顔を赤くして否定するさまと、アメリが横から挟んでくる口を合わせ、ああこの子は見た目どおりに純情なんだなぁとアーバンにもわかる。


「早いってなに、そういう言われ方するのなんかムカつく」

「みひひ、虚勢張んなや。

 ハグしたろか? ぬし一発でどうしたらええかわからんようになるぞ?」

「むぐぐ」

「おにーさん、おねーさん、ケンカしちゃダメなのです~」


 じとりとアメリを見つめるリーフと、口元を手の甲で隠して笑うアメリ。

 とてとて間に割り込んで、二人をあわあわした顔で見上げるフリージアと合わせて見ると、なんだか子持ちの夫婦のようだなぁと、アーバンは無責任にそう思うのだった。

 きっとそれを口にしたら、リーフを困らせそうな気がしたので言わなかったが。











「連れの皆様はどうされてるんですか?」

「みんなは宿で休んでるよ。昨日は劇場で演奏会があったからね。

 ちょっと押し(・・)たり色々あったりで大変だったから、みんな疲れて今日はお休みなんだ」

「ありゃ~、昨日そんなんあったんですかいや。

 見逃したなぁ、勿体ないことした」


 リーフ達は近場の酒場に移り、アメリとアーバンが久々の会話を楽しむ時間を作っていた。

 カウンター席、アメリを挟んで両脇にリーフとアーバンが座り、フリージアはアメリの膝の上。

 少し前にたらふく食べたせいか、ここではフリージアはあまり食べたがらず、代わりに飴を口の中に含んでおとなしくしている。

 小さな飴だからって四個か五個いっぺんに口に入れて、もこもこほっぺにしてるのは如何なものという話だが。


「アメリ、アーバンさんってどういう人?

 もしかして、一人旅の吟遊詩人さんじゃないってこと?」

「おぉ、"アーバン音楽隊"と言えば結構有名じゃぞ。

 各地を渡り歩き、貴族様でも舌を巻くほどの音楽をご披露される皆様じゃ」

「そんな大層なものじゃないよ。

 趣味を共にする仲間達と、気ままな旅暮らしをしているだけの流れ者さ」


 朗らかに、しかし恐縮気味に謙虚を口にするアーバンだが、実際のところはなかなかのものである。

 放浪する音楽家の奏でるものを、お金持ちすらお金を払う価値と見做す時点で、身分を越えて魅力を伝える程の音楽を形にする、それだけの腕があるということなのだから。

 一概にすべてがそうだとは言えないが、優雅に過ごすお金持ちの皆様は、芸術的嗜好に対しては目や耳が肥えていらっしゃることが多く、ちょっとやそっとのことでは満足してくれない傾向にある。

 放蕩者の奏でる音楽なんて所詮、という色眼鏡から入る貴族様も少なくない中、そんな人々にすら認められるだけの腕とは、相当なものと言っていい。


「もしかしてアーバンどの、サイオーグ王国に来られるのは初めて?

 アーバン音楽隊が来てるとなれば、先日のうちからそういう話の一つや二つぐらい、妾の耳に入っとってもおかしないと思うんじゃがな」

「サイオーグ王国に入ってからはだいぶ経つけど、この町に来たのは初めてだね。

 東の方から来たからね。西の実情は聞いてるから、これ以上は西に行けないけど」

「東ゆうたら王都の方からか」

「王都で演奏会をしたのももう三か月ぐらい前? になるのかな?」

「それならまぁしゃあないかぁ。

 聞きたかったけどな、アーバンどの皆様揃った演奏会」


 それだけ腕の立つ音楽隊だから、一度彼らが訪れた地に、時を経てでもまた訪れてくれようものなら、少しは話題になるはずなのだ。

 彼らに場所(はこ)を提供する側も、宣伝には前向きになるし、そうであればアメリだって、昨日のアーバン達の演奏会を、先日のうちに知れたのにと言っている。


 残念ながら、アーバン達がこの町を訪れたのは今回が初めてだったのだ。

 演奏会開演前には周知されていなかったアーバン達の力量、それではさほど町を駆けてくれる話題性も未然には生じず、アメリの耳にも昨日のそれが入らなかったというのも納得の話。

 きっといつか、アーバン達がまたこの町に来ることがあるならば、演奏会の前日ぐらいから、それが人々の間で話題になりそうなのだが。


「もう無いんですか? 演奏会」

「うん。

 本当は今日、この町を離れる予定だったんだけどね。

 昨日が色々と大変だったからみんな疲れてるし、一日休んでから出発しようっていう話になってるだけなんだ」

「で、ヒマやったから、今日は一人でハープ奏?」

「そんな感じ」

「好っきゃの~」

「うずうずするじゃん、君ならわかるだろ?」

「ちょっとだけな」


 連れのみんなは疲れて休んでいるらしいというのに、アーバンだけは一人で音楽活動という。

 好き者極まれり。歌えるなら、楽器が奏でられるなら、いつでもどこでもやりたいというやつ。

 そんな人間にわかるでしょと言われても、わかるよなんて言えないというものだ。アメリとしては、確かに妾も音楽は大好きだけど、流石にぬし様ほどの境地ではないですわ、という前提がこびりつく。


「しかし残念じゃな~。

 リーフにも聞かせたい(したりたい)ぐらいのモンなんじゃがな。

 カネ払う価値バリバリあるぞ」

「まあでも、昨日はね?

 そう言われると、確かにちょっと興味も沸いてくるけどさ」

「妾もアーバンどのも流れ者、巡り会うのもまあまあ稀じゃからな。

 せっかく居合わせたのに巡り悪しというのは、余計にな~んか寂しいな」


 アーバンとばかり話しているとリーフを退屈させると思うのか、アメリはリーフの方にも話を振ってくれる。

 その一方で、アーバンの演奏会に触れ逃したことを惜しむことを述べるのは、間接的にアーバンに対する賞賛の表れだ。

 今話しかけている相手の方に顔を向けていながら、話しかけている方では相手にも言葉を向けている辺り、アメリは人の間に座った時の喋り方に慣れている。


「うーん、流石に今からみんなを引っ張り出すことは出来ないけどさ。

 代わりと言ってはなんだけど、久しぶりに一曲やってみる?」

「お、マジすかいや。

 そう()うてくれるなら願ったり叶ったりですが」


 アーバンの提言に、アメリはすぐに振り向いてそう応えた。

 反応が早すぎる。口ぶりとは裏腹、意外な申し出、僥倖に喜ぶ顔色は特に無い。


「いや、僕には君が遠回しにそれを求めてるように聞こえた」

「確かに待ってたみたいなとこはある」

「ちょっとわかりにくかったけどね。

 君は、やりたいことは結構ストレートに言うじゃん。こんな遠回しな言い方してくるかな~、と」

「だってぬし様、昨日も演奏会して今日も(うと)た後じゃろ。

 こっちからさらに一曲どうですかっちゅうのは流石に言いにくいですがな」


 それでちょっと遠回しなアプローチをしていたアメリだが、それでこちらの真意を汲み取ってくれたアーバンには、そのぶんいっそう嬉しそうな笑顔を見せている。

 また、アーバンが語るアメリの人物像を聞くだけでも、それはそれでリーフには面白い。

 やりたいことを結構ストレートに言うというらしいアメリ。うん、まだ短い付き合いだけどアメリはそうだ、と、自分の知っているアメリ像とアーバンの知るそれが一致しているのが少し可笑しい。

 こいつ、どこで誰に対してもそうなんだな、と。


「場所、取れるかな?

 さっきの場所は、花屋のご婦人が快諾してくれたからあの場所で出来たけど」

「妾はだいたい、酒場のマスターに交渉して場所を借りることが多いな。

 ――マスター、ちょっと話があるんですがいいですかのう?」


 行動が早い。

 アメリはさっそく酒場のマスターに声をかけ、場所を取れないかを交渉する。


「こちらのお方は名のある吟遊詩人さまで――

 店の前でやって客引きのお手伝いは出来るかも――

 なんでしたら、店内ででも――」


 言葉がぽんぽん出てくる辺り、交渉慣れしているのがよくわかる。

 アーバンが腕の立つ音楽家であることを推し、店外での演奏会は客を喜ばせ、足を止めた聴衆がそのまま酒場に流れ込む流れを作れる手管や、店内でちょっとした催し物とする方向など、選択肢も複数設けて。

 さらには、楽器を持ち歩いていないアメリなので、酒場に置いてある楽器がありましたら借り出したいという交渉も並列して行っている。

 リーフと初めて出会ったサノラガンの村でも、こんな風に楽器を借りたり、場所を取ったりしたのだろう。

 これは間違いなく、同じようなことを旅すがら、何度もしてきた経験がある。


「じゃあ、店の前を使ってくれていいぞ。

 たまにはそんなイベントがあっても面白いだろうしな」

「ありがとうございます。

 んなら……リーフ、なんか楽器は扱えるか?」

「え、俺? 俺もやるの?」

「せっかくじゃから、な、な?」


 いくつか要項を定めて、店の前で小さな演奏会を開く許可を頂いたアメリは、今度はリーフに振ってきた。

 急にこの展開、予想外だったのでリーフも驚いたが、リーフの肩を持ってゆさゆさしてくる、押しが強くて顔の近いアメリの前、答えがあるなら早く答えなきゃいけないのかと追われる心境になる。


「ま、まあ、オカリナぐらいならちょっとは……」

「マスター、ありましたらオカリナと、マンドリンと、タンバリンをお借り出来ますかの」

「よし、わかった。

 ちょっと待ってろよ」


 そう言って酒場のマスターは、物置の方へと歩いていく。

 つい思いつくままに答えた瞬間、自分も参加させられるというのが決定した、その実感を遅れて得たリーフは、もしかして迂闊だったかと心臓を鳴らしてしまう。


「いや、でも、アメリ、俺そんなに音楽知らないよ?

 上手にやれるわけでもないし……」

「妾とアーバンどのはいっぱい知っとる、ぬしも知ってるような曲でええんじゃ。

 フリジ、久々に演奏会やるぞ。タンバリン出来るな?」

「あむあむっ!」

「ははは、フリージアちゃんは相変わらず元気だなぁ」


 わかりました、と元気いっぱい返事したいところ、口の中が飴いっぱいで喋れないフリージアは、そのままこくこく大袈裟にうなずいてみせた。

 自分以外の三人ともノリノリの様子に、リーフはなんだか嫌な汗が出る。

 アーバンは本職の音楽家、アメリだって素人目に見て歌姫と思えたほどの名手。

 それと並んで自分が演奏会に混ざるって、なんだか場違いな気がしてならなくて。


「それじゃあ、曲を考えてみようか。

 リーフ君、"月を見上げた猫姉妹"は知ってる?」

「まあ、それぐらいなら知ってますけど……」

「"薫風のワルツ"、"牧場(まきば)の彼方"、"オーク行進曲"、

 リーフこん中でわかるやつある?」

「オーク行進曲はわからないけどあとの二つは知ってる……」


 しかも自分に合わせて曲を決めてくれようと、二人が案を出してくれる。

 何が恐縮かって、そんなに音楽を知らないリーフにも、ちゃんとわかるものをさっそくわかるものをポンポン出してくれている。

 これは二人がそもそもにして、知っている曲が非常に多いからこそ、数多の引き出しから相手を見て適切なものを選べる、それだけの芸達者である証拠に他ならない。


 こんな二人と一緒に演奏会なんて、余計に場違いなんじゃないのかと思えてならなかったり。

 素人は、ある日いきなりプロの巣に放り込まれると、居場所に困ったりするものである。






 酒場のマスターに交渉して、酒場の前という場を借りたアメリに対する決め事は少々程度のもの。

 別にそれが客引きに直接繋がるとは期待していないが、暗い曲はなし、明るい雰囲気で頼むとのこと。

 楽器の貸し出しについて、特にお金は請求しない。駄目にしたら弁償、というのは前提として当然だが。

 その代わり、受けがよくておひねりを頂けるなら、それをうちにちょっと回してくれよと冗談交じりに言われた程度のものである。


 殆どタダで土地を貸してくれているようなものだが、何年も同じ場所、同じ店で経営と商売をしていると、たまには普段と違った催し物で、新しい風を吹かせたくなるのも商売人というもの。

 自分のテリトリーで勝手に商売・宣伝をするような輩には敏感にもなるが、駄目元程度ででも還元を約束するなら寛大になってくれることもある。

 あとは交渉する者の出方と態度次第ということだ。アメリは上手にやったのだろう。


「アーバンどのがセンターでええん(ちゃ)いますの」

「僕は自分の音楽隊でいつもセンターやってるから。

 今日はアメリ君が主役な感じでよろしく」


 酒場の前にて立ち並ぶ四人は、アメリを真ん中にして、その両脇で少し退いた場所に、リーフとアーバンが立つ位置取りとなった。

 フリージアは、アメリの少し前だ。しきりに後ろのアメリを振り返り、まだですかまだですかと、演奏会の始まりに向けて心躍らせている。ツインテールもひょこひょこ躍動している。


「んならまあ、前置きはもうええか。

 さっそく始めましょか、ヘンに煽り文句上げるより、曲を鳴らした方が人の足止めるでしょうからな」

「君の前口上も久しぶりに聞いてみたいけどなぁ。

 あの景気いいやつ」

「急に決まったことですからなんも考えてませんわ」


 笑顔で開演直前の会話を交わすアメリとアーバンを眺めながら、リーフはちょっとあがり気味だ。

 往来する人の数は多い。大きな町だから当然だ。

 これだけの人の前で楽器を演奏するなんて初めてだし、今までにないような緊張の仕方をする。

 なんだか気恥ずかしいというのもそうだし、もし下手を打って二人の邪魔をしたらどうしようとか、ついつい後ろ向きな発想も出がち。


「よっしゃ、まずは"薫風のワルツ"行こか!

 リーフ、ついて来てな!」

「う、うん……」

「フリジ、やるどー!」

「はーい!」


 フリージアの返事を聞き受けたアメリは、ばららんと一度マンドリンの弦を雑に鳴らし、かつかつ踵で地面を叩いてリズムを取ると、一曲目の前奏を弾き鳴らし始めた。

 二小節の時を挟み、アーバンも竪琴で、リーフもオカリナで演奏に混ざっていく。

 しばらくはフリージアも、軽くタンバリンを振るだけに留まって、演奏会の序曲が幕を開けたのだった。




 一曲目、"薫風のワルツ"。

 誰しも一度は聞いたことのある曲とされる。

 学校では、卒業間近の子供達がよく歌うものとされ、爽やかなメロディーは多くの人々の耳に心地よい。

 農村では豊穣を祈願する想いで奏でられることもあり、それに際して舞いを披露するなら、その振り付けも概ね定められている。

 田舎の生まれ育ちであるリーフも知っているぐらい、これは多くの人に愛された、有名な楽曲である。


 愛された音楽の常として、アレンジを加える者は実に多く、基本メロディーを多くの人が知るだけあって、演奏者によってその雰囲気は大きく変わり得る。

 通して四分ぐらいのこの曲は、比較的ゆっくりとしたものであるが、半分を過ぎた頃、アメリは事前に取り決めてあったまま、曲のペースを少しだけ速くした。

 リーフもついていくのに少し神経を使ったが、簡単なメロディーなのでそれは何とかこなせた。

 さらには曲が速くなる中、フリージアがタンバリンを振る力も強くなり、その音は大きく、小気味よく四分の三拍子ごとに、タンバリンを手で叩く音も混ぜてくる。

 アメリの歌声も強さと大きさを増し、同じ一曲でありながら、曲の後半はまるで別の曲のように、明るく力強く盛り上がりを得ていくのだった。


 二曲目、"月を見上げた猫姉妹"。

 童謡として有名ではありつつ、一般にはオルガンの練習に使われる曲ではあるが、バイオリンやチェロなどの弦楽器で静かに奏でれば、幻想的な音楽と化す一曲としても有名だ。

 マンドリンの音色も含めて静かにそれを奏でるアメリ達だが、何にもつけてアメリの声、澄んだ繊細な歌声が、曲本来の清浄さを損なわなかった。

 タンバリンを鈴鳴らしのように静かに振るフリージアも、曲の雰囲気を壊さないまま、リズムを刻むことに一役買っている。

 やんちゃわんぱくなフリージアだが、取り決めどおりに上手な楽器の扱いを見せるのは、旅すがらの弾き語りの多いアメリの連れ、それが長い賜物なのだろうか。

 アーバンの竪琴、そしてリーフのオカリナと、静かな曲の美しさをいっそう強調する音色で組まれた一曲は、先の一曲で盛り上がる街角にて足を止めた聴衆に、最後まで静聴させることに成功していた。


 三曲目、"牧場(まきば)の彼方"。

 牧歌的な曲ではあるも、時には旅立つ者を見送ることをイメージして、大きな音の出る楽器で奏でられることもしばしばある一曲だ。

 曲の始めからそのイメージに沿い、弦を弾く手に力を込めていたアメリは、マンドリンから実に強い音を放ち、先の曲に引き込まれていた静かな客を、新しい世界へと一気に引きずり込む。

 伴い、フリージアのタンバリンが鳴らす音も非常に強く、さらにフリージアは高揚感溢れるリズムに乗って、ぴょこぴょこ体を揺らして踊ってくれる。

 原曲よりも少し速いそのリズムに、アーバンも竪琴を速い奏で方に変え、繊細な音を出すことで知られる楽器から、勇ましさを強調するような音色を上乗せしてくれる。

 リーフもよく知るこの曲に、手慣れた指使いでしっかりついていき、吹き込む息も少し強め。途中、吹き込みが強くて音が裏返(プペ)った所も一か所あったが、むしろ力強さを押している今回の演奏においては味ですらある。


 渾身のリーフの息遣い、よくわかっているアーバンの指使い、そして心からこの演奏会を楽しんでくれているフリージアの体全体の動き。

 それに応えるべくアメリが力強く発する声は、集った観客が思わず手拍子を打つだけの迫真さを見せ、汗を流しながら声を張るアメリは、笑顔を振り撒かずにいられない。

 曲に合わせて手を打ってくれる客を見回し、一人一人の楽しそうな顔を確めるかの如く、それをすればするほど作り物じゃない笑顔が溢れっぱなしになる。

 やがて途中、間奏に差し掛かった時、そんな顔のままでリーフの方を向いたアメリを見た時には、思わずリーフもオカリナを吹いていた息が止まってしまったものだ。

 今を楽しみ、汗に額を煌めかせるアメリの爽やかな笑顔には、純情な少年の胸を貫くだけのものがある。

 この時リーフは、なんだか久しぶりのようにすら感じられる、初めてアメリを見た時に胸が高鳴ったあの時の気持ちを、なんだか蘇らせてしまったほどだった。


 たった三曲、時間にして十五分にも満たぬ短い演奏会。

 三曲目があまりにも楽しくて、勢いのままその曲の、三番部分をリピートしてしまったアメリだが、それでもその程度の時間に収まっている、短い短い夢のような時間。

 そしてそれが、いかに素晴らしい時間であったかは、延長された三曲目の中でなお、客の手拍子が違和感すら抱かず、手拍子を途絶えさせなかった事実から、聴衆にも共有されていたことが明白だ。

 ついにその三曲が終わりを迎えた時、いつの間にか当初の想定よりもずっと多くなっていた観客から、盛大な拍手が贈られたことに、目が覚めたようにリーフは驚いていた。

 熱唱の直後、汗いっぱいになって肩を上下させていたアメリが、拍手に向けて方々へと手を振りつつ、やはりやがてはリーフの方を向いてくれる。


 息を切らして、疲れを携えつつも微笑んでくれるアメリは、言葉無くはっきりとリーフに胸の内を伝えてくれていたものだ。

 やり甲斐のあるものじゃろ、とも、音楽というのは良いものじゃろう、とも。

 総じて、はじめ参加を渋りがちだったリーフに、やってみて後悔はなかったんじゃないか、と問いかけてくるような笑み。

 浴びせられる拍手の中、リーフははにかむように目を伏せながらも、口の端を静かに上げる小さな笑顔を返していた。






「おにーさん、もっともっとー!

 いっぱい聞かせて欲しいのですー!」

「う、う~ん……

 それじゃあ次は、"お昼寝わんわん"っていう曲なんだけど……」


 客が去っていった後の酒場の前、いつもと変わらぬ街の景色となったその場所で、リーフは壁に背をつけて座り、フリージアに絡まれていた。

 リーフがオカリナを吹けることを知ったフリージアが、色んな曲を聞かせて欲しいとねだってくるのである。

 しょうがないからリーフも、田舎で聞きかじった、知っている限りの童謡を吹いてあげている。

 あんまりしつこくされるとレパートリーが底を尽くので、そろそろ困ってきている頃合いだ。


「おかえり、どうだった?」

「マスター大喜びですわ。こんなに儲かるとは思わなかった、って。

 気前よくタダ同然で場を貸して下さった方に、それなりに格好つけられてよかった」


 リーフとフリージアを微笑ましく眺めていたアーバンの元へ、酒場から出てきたアメリは上々の結末を報告だ。

 なにぶん見事な演奏会だったので、酒場のマスターは勿論、アメリ達も想像していなかったほどのおひねりが、先の演奏会では集まった。

 あれの半分ほどを酒場のマスターに渡してきたところだ。楽器と場所の貸し出し代としては、多すぎるぐらいの支払いになったのである。

 演奏後のアメリが、この場所を貸して下さったマスターのおかげでこのように、という触れ込みも軽く発した甲斐あって、二、三組ながらも酒場に足を運んでくれた客もいた。

 多くの人を楽しませ、環境を整えてくれた酒場のマスターへの礼も果たせて、何よりアメリ達もめいっぱい楽しむことが出来た演奏会。

 断じて成功ではない。大成功だと断言できるだろう。


「楽しくやってるんだね」

「ええ連れに巡り会えましたからな。

 最近出()うたばかりですが、一緒に()って本当に退屈しませんわ」

「ははあ、話がわかる子なんだ?」

「何につけてもそれですわな。

 時々こう、妾も悪乗りしてからかってまうんですが……何だかんだで許してくれよるから、こっちも甘えてしまう部分もあるぐらいですわ」


 フリージアの前、一生懸命オカリナを吹いて楽しませようとするリーフを見ながら、アーバンはアメリとそんな語らいをしていた。

 前にアーバンがアメリに会ったのは、かなり前のことになる。

 元々陽気で明るいアメリだが、あの時よりもいっそう楽しそうに過ごせている、アメリの今日の姿を見て、ついそんなことを言わずにはいられなかったようだ。


「いいんじゃないかな。

 君は奔放に見えて、何かと背負い込む一面もあるからね。

 誰かに甘えることがあっても、いいんじゃないかなって思ってるよ。多少はね」

「多少は、ね」

「彼、優しそうだし甘えたくもなるんだろうけど、ある程度はほどほどにね?

 度が過ぎて本当に嫌われちゃったら、今の君は結構寂しがっちゃうんじゃないの」

「ま、まあ……

 直接あいつにはよう言わんけど、そういう部分はあるかもしれませんな」


 ごまかすように笑うアメリの態度に、つくづくアーバンは微笑ましい。

 自分の胸の内をけっこう素直に吐くアメリにしては、そういう部分はある"かも"と意地を張って笑う姿が、かつて見た彼女よりもずっと人間的だと感じてしまう。


 大人だったらわかることだ。普段の上っ面、陽気な彼女の姿だけに騙されてはいけない。

 ただそれだけの彼女なら、酒場のマスターと上手に交渉したり、リーフを魔王討伐軍に上手く売り込むなど、そんなことを叶えられる"世渡り上手"でなどいられないはず。

 悪さをしたフリージアを、凄まじい剣幕で叱りつけた時に片鱗を見せていたが、決してへらへら笑ってリーフに絡んでいるアメリの姿が、彼女のすべてであるはずがない。

 悪ふざけ気味にリーフに絡んでしまうことの多いアメリ、決してそれが褒められたものではないとはわかっていても、許してくれるリーフにはつい甘え、羽目をはずして遊びたいこともあろう。

 どんなに旅慣れして成熟した精神を養っていても、まだまだ若くて遊びたい、17歳の女の子なのだ。


「誘ってくれて嬉しかったですわ。

 けっこういい思い出になったような気がします」

「あはは、それならよかった」


 一曲やろうとアーバンに誘われたこと自体、嬉しかったアメリである。

 それに礼を言うことは自然なことではあるが、アーバンには単にそれだけの礼とは聞こえない。

 リーフも一緒にやろうと誘ってみた自分の行動に対し、そうして良かったと心から思っているアメリの心情が、アーバンを見上げて笑顔で礼を言うアメリの表情の奥から、隠せないほど溢れている。


 リーフに戯れるフリージア、その二人の姿を眺めるアメリの横顔は、アーバンから見て本当に美しかった。

 今を充実して生きる若者の顔は、男も女も関係なく輝かしいものだ。

 今の自分の日々を充実させてくれる、リーフとフリージアはそうだとはっきり認識しつつ、そんな二人と共に過ごせる今の幸せを、目で確かめて実感する乙女の顔。


 明日にはこの町を離れるアーバンは、この町への滞在を一日延ばしたことを、偶然的ながらこの上ない幸運だと感じられてならなかった。

 知己のこのような表情を見られたことは、音楽を披露して浴びせられる賞賛よりも、ずっと嬉しいものである。

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