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僕らは"勇者"になれますか  作者: 紫水
第一章  サイオーグ王国 ~ユリシーズ戦役~
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第9話    ~情報集めという名の火遊び~



 ケイテッドの誘導に敢えて乗る形で、一度ユリシーズ平原に踏み込んだリーフ達だが、当初の旅筋に立ち返り、平原外を大きく迂回する形で東部を目指していく。

 王国軍と魔王軍の主たる戦場となっているらしい場所を、積極的に横切って行くのも危なっかしい。

 少し遠回りをしてでも、旅の道筋は賢明に選んだ方が良いというものだ。

 フリージアの台車による、歩くよりも速い旅を、リーフ達はサイオーグ王国が旅人や行商人向けに拓いた道を、なぞるように進んでいく。


 ユリシーズ平原から離れ過ぎないように、しかし決して踏み込まないように。

 足の速い旅の中、日が暮れ始めればその時に近い町村に向かい、そこで宿を確保して夜を過ごす。

 それを繰り返して進む旅だ。

 ユリシーズ平原そのものが広大な上、その周りを迂回する道筋は旅程もかなり長いものになるのだが、やはりその点においてフリージアの協力がリーフには相当に有難かった。


「さーて、そろそろちゃんと情報集めしよか。

 魔王討伐軍を志願するにせよ、的外れな相手に志願しても仕方(しゃあ)ないからな」

「それで今日は、こんな時間に町に入ったの?」

「まあな。そろそろユリシーズ平原の東側にも回り込める頃合いじゃろ。

 この辺りで、きっちりと情報を集めておいた方がええ」


 この日リーフ達は、アメリの手引きでやや明るいうちから、とある町の関所をくぐり、夕陽が赤みを帯びる前から宿を確保していた。

 この町はユリシーズ平原の南東に位置しており、もう近日中には平原の東側へ回り込める頃合いだ。

 平原戦争の東軍にあたるサイオーグ王国軍は、平原の東まで魔王軍の連中が踏み込んでこないように戦っている真っ最中なので、そこまで至れば王国軍の面々と顔を合わせられる期待も高い。


「志願してくる傭兵を雇うかどうかは、やはり広く決定権を持つお偉い様に申し出た方がええじゃろ。

 王国兵様にこちらが優劣を見定めるのは少々僭越じゃが、冷徹な言い方をすれば、下っ端の兵士様に魔王討伐軍入りを志願して許可を貰えても、後からお偉方に覆される可能性がある。

 そうなったら話がややこしなるじゃろ。

 出来る限り、志願の旨を伝える相手探しにも手を尽くした方がええと思うわ」


「情報集め、ってそのためにってことか。

 ……でも、うーん」


 宿の一室で一休みしながら、今日の方針を説明してくれるアメリの主張は、リーフにも理解できる。

 ただ、一口に"情報集め"と言われても、リーフにはその具体的な手段が全く思いつかない。


 アメリは情報集めという言葉を気安く使っているが、それって案外簡単なことではないのだ。

 まず誰に聞く? 道行く人に、手あたり次第に知りたいことを聞いてみる? まさか。

 見知らぬ者にいきなり話しかけられて、こちらにとって理想的な態度や返答を返してくれる人がどれだけいることやら。

 情報集めは酒場でどうぞ、なんて俗説は世に広まって久しいが、それだって初対面の人に話しかけることからまず始まるのだから、道行く人たちに当てずっぽうで話しかけるのとそんなに変わらない。

 酒好き同士はその点で、親しくなり得るきっかけがあるというだけの話で、別に酒場に行けば知りたいことが何でも知れるとかそういう話ではない。


 そもそも情報というものは、欲しがる人にとっては価値のあるものに違いないのだから、求めるにあたっては相手に何らかの報酬を返すのが礼儀というものだ。

 別に金銭じゃなくたって、相手が欲しがるような情報を等価交換で与えるなどでもいいし、あるいは会話で相手を気分よくさせてあげるなり、楽しませるなりするでもいい。

 要は欲しいものに報いるだけの、物理的あるいは知的の財産か、腕というものが必須なのである。

 リーフは人見知り気味とは言っても、初対面の相手にも勇気を持って話しかけて、緊張しつつも普通に対話することぐらいは出来るだろう。

 だが"普通"では、情報集めは思い通りにはままなるまい。


「何とかしたるわいや。妾、そういうのは得意な方じゃから。

 まあ一日で確実に成功させられるんかって聞かれたら、約束は出来んけどな」

「そうなんだ……じゃあ、お世話になっていいのかな」

「おう、任せい。

 そんじゃ、まだ今日の時間があるうちに動いた方がええな。

 リーフも来る?」

「うん」


 さっそく情報集めを始めようと、ベッドの上に腰かけていたアメリが立つ姿に、リーフも迷わず腰を上げる。

 自分ではやりようもわからない情報集めとやら、その道に自信ありと自称するアメリに頼る立場、のんびり宿で待っているだけなんて出来る性格はしていない。

 それに、果たしてアメリがどのようにして情報集めを行うのか、リーフも内心で興味を引かれている。


 まだ陽のあるうちから宿を出て、町に繰り出し歩いていく。

 何かを探すように町の風景を見回すアメリのそばで、フリージアも人の往来が多い町風景をきょろきょろと見回している。

 食べ物を売っている出店を見つけたフリージアが、頻繁に足を止めるため、アメリとリーフもそれに伴って歩みを止める機会も多いが、まあまあそれだけでも楽しい町歩きだ。

 初めて訪れる地において、一つ前に訪れた町村とは全く異なる風景を眺めるだけでも、それはそれで旅を楽しむための醍醐味には違いあるまい。


 同じ国の中で近い町村では、根本的な風習や建造物の仕様や傾向などは、さほど大きく変わらない。

 しかしそもそも人里というものは、己が領土の個性を失わぬよう、日々そこに住む人々の思想や価値観、知恵がよく反映されるのだ。


 たとえば一つ前に訪れた町では、麦こそこの村の最たる特産品だと主張するかの如く、どこの飲食店の看板にも示し合わせたように麦の絵が描いてあった。

 リーフ達がまだ踏み入っていない、ここより東にある小さな村では、時は金なりという村そのものの方針により、村の至るところに日時計が置かれていたりもする。そこでは商売人達も積極的に、時間限定の安売りなどを行うそうだ。最も商品が安い時間帯の市場は、祭りのように賑やかになり空気が良い。

 この町においては、豊作の神様が羊を好むという信仰ゆえか、羊毛の白さを意識したかのような白塗りの建物が数多い。西日の照り返しで赤く染まるそれは、なかなか鮮やかで美しい色を表している。


 行商人や冒険者など、日銭を稼ぎ、纏まったお金が集まればどこかの町村で市民権や家、商店を買うことを最終目標とし、世界を渡り歩く旅人は数多い。

 しかし、初志はそれだったというのに、旅を続けているうちに旅そのものが楽しくなってしまい、定住の地を得られるだけのものを積み上げたはずなのに、まだ旅を続けて放浪する者だってしばしばいる。

 それだけ、世界を渡り歩くことというのは、それだけで刺激に満ちており、人によってはそれ自体が捨てがたい魅力にもなり得るのだ。

 リーフは明確な目的地と目標を持って、故郷を旅立った立場であるが、こうして旅の中で新鮮な風景に触れる日々が続く現在、初志と本末転倒に旅を継続する放浪者の気持ちが、今なら少しだけわかるような気がしてくる。


「たださ、アメリ。

 挫く話をしたいわけじゃないんだけど、アメリが知ろうとしてることって、サイオーグ王国軍の内情にも関わるようなことだよね。

 そういう情報って、普通の情報よりもすごく得にくいものなんじゃないの?」

「お、リーフもそれぐらいのことはわかるんか。みひひ」

「うん、今はいくら見下されても怒らないよ」


 冗談だとわかる顔で、リーフを馬鹿にするようなことを言ってくるが、これにはリーフもそれを気軽な冗談と受け止めた笑顔で応じた。普通に楽しめる会話だ。

 今は情報集めなんてやり方もわからない自分が、その道に長けているというアメリに、一方的に世話になっている現状である。

 こういう時ぐらいはアメリが偉そうなことを言ってもいいものだし、心から優越を感じて人を見下すようなアメリではないと信頼できるので、リーフも気持ちよく会話が出来るのだ。

 しばしば意地悪なことを言ってくるアメリだが、嫌悪すべきような悪意を持って自分に接してくるような性格ではないと、リーフもアメリの屈託ない笑みから日々感じ取れている。


「確かに一国の軍の、機密にされるべき情報も含まれよう内容じゃからな。

 正味、そんなに期待されても困る。真に欲しい情報の50パーセントでも拾えれば御の字かな。

 そんなん()うても、何だかんだで100パーを狙ったるつもりではいるけど」

「アメリって、謙虚なんだか自信家なんだかわからない」

「でかい口叩くのはけっこう好きよ?

 こう自分を追い込んで、なんだかんだで成功っ! ってめっちゃかっこよくない?」

「それ失敗しそうなやつだ、今からそんなこと言ってると」

「そしたら後から無様にゴメンナサイ、うん、慣れとる。

 ……いやまあ、相手に期待させ過ぎてぬか喜びさせんよう、その一線だけは守るけどな」


 自虐も含めて気軽い話でリーフとの会話を弾ませるアメリだが、一応最後に誤解され過ぎない程度に、ちょっと気恥ずかしげに念を押したがる。

 あまりリーフに嫌われ過ぎたくはないらしい。こういう辺りが、口ぶりだけはリーフの前でお姉さんぶる彼女でありながら、その実リーフと対等でいたいと思っている側面の表れでもある。

 せっかく旅の中で巡り会えた、同い年かつ話しやすい連れとの繋がりを、どうやらアメリも大切にしたいとは思ってくれているようだ。無意識的にだが、それはリーフにもなんとなく伝わっている。


「まあ、とりあえず任しとって。

 出来る限りのことはやるし、この町で上手くいかんでも、次の町でも頑張るから」


 そう言ってアメリは、とある小さな建物の前で立ち止まる。

 何かを探して町を歩いていたアメリだが、どうやら目当てのものを見つけたようだ。

 小屋のような小さな建物であり、二階なども存在しない。リーフには、ここが何だか全くわからない。


「何ここ、そういう特殊な施設?」

「妾にとっては情報集めの主戦場。

 ま、入ってみたらどういう場所かすぐわかるわ」


 そう言ってアメリは、ノックもせずにその小屋の扉を開いて、中へと入っていく。


 入ってすぐに、カウンター。割と人相の悪い中年の男が、新聞を読みながら煙草を吸っている。

 魔王軍を相手にしても怯まないリーフだが、町中でこんな怖い顔をしたおじさんを唐突に見ると、ちょっとびくりとして身構えてしまう。

 腹を括って戦場に立つ時のリーフと、そうでない時の彼はやはり随分と違う。非戦場ではむしろ、少し気弱な少年と形容してもいいぐらいなのかもしれない。


「ん~? 随分とお若い客だな。

 ここがどういう場所かわかって入って来てるか?」


「ここ、"サンチョウサイ"ありますかの?

 "ドン"でも"ツボ"でもええけど、ツボの方が嬉しい」

「ほう、お前さんは"サイト"か。

 どっちもやってるし、今はまだ空いてるから入れる席もあるぞ」

「じゃあ"ツボ"の方、三人で……」


「ちょちょちょ、アメリアメリアメリ、ここ何?

 もしかして賭場?」

「うん」


 強面男の問いかけに、勿論わかってますよとばかりにアメリは会話を始めたが、後ろでそれを聞いているリーフはびっくりしてアメリに問いただす。

 三丁賽(さんちょうさい)という単語が、明らかに有名な博打の一種のことを指している。

 ツボだのドンだのその辺りの単語の意味はわからないが、とりあえずこの施設が何なのかは、その単語一つでリーフにも察することが出来た。


「ぬし、博打は苦手?」

「や、あの……すいません、三人じゃなくて二人です」


 アメリに聞かれたリーフだが、彼女に返答するのを避け、受付の男に訂正の言葉を向ける。

 三人で入る、と言ったアメリの言葉を二人に修正したリーフ、無論入らない一人とは自分のこと。


「えー、リーフも行こうや。

 ルールわからんねやったら妾が教えたるぞ?」

「いや、遠慮しとく。

 俺こういうのはちょっと……うん、ごめん、ホント勘弁して」


 ギャンブルは、未経験者には敬遠されがちなものだ。

 実際それで身を崩したという者の話はいつの世も絶えないし、距離を置きたがる人がいて普通の文化と言えよう。リーフはそちら側。


「まー仕方(しゃあ)ないかぁ。

 すまぬお兄様、二人で頼んますわ」

「その子はおとなしくしてられるのか?

 角の立ちやすい場だ、場を乱す奴がいると睨まれるぞ?」

「それは何とかしますわ。

 フリジ、絶対におとなしくしとれよ?」

「あいっ」


「フリージア連れていくのかよ……」


 先のこともあって不安しかないリーフだが、それ以前にこんな小さな子を賭場に連れ込むアメリの判断も、リーフからすればよくわからない。

 元々アメリはリーフにとって、落ち着いていて堂々としているし、どこか大人びているのは確かだから、まあまあある程度の敬意を込めてお姉さん視してもいいと思える相手ではある。

 でも、こういう姿を見ると首をかしげたくもなる。

 自分と価値観が違うだけなんだろうなとは一旦思うけど、たまに常識を疑うというか。


「何ならぬしは、宿で待っとってくれるか?

 たぶん帰りは(おそ)なるから、町をぷらぷらしとってくれてもええけど」

「うん、まあ、考える……

 それじゃ、あとは任せるよ……」


「それじゃお二人さん、この札を持って奥の階段を降りてくれ。

 階段の前の但し書きにはちゃんと目を通してくれよ」

「うむ」

「とばとば~♪」


 リーフを置いて、アメリとフリージアが小屋の奥へと入っていく。

 フリージアが、賭場という言葉をちゃんと覚えていて、楽しそうに口ずさんでいる。

 あれは確実に何度も連れ込まれて、賭場という環境に慣れている子供の言動だ。

 あんな小さな子を、複数回鉄火場に連れ込むのは果たしてどうなんですかアメリさんと、リーフは心の中でけっこう大きな声で訴えている。


 とりあえずリーフは、宿に帰った。

 宿の裏庭を借りて、腕がなまらないように木刀の素振りなどをやらせて貰い、満足いくまでやりきったらお風呂を借りて汗を流す。

 満足いくまでっていうのが日が沈むまで、流した汗っていうのが、デッドケルベロス相手に汗一つかかない体力の持ち主が汗だくになるほどの量。

 賭場ではアメリの常識を疑ったリーフだが、彼も彼で一般人とはかけ離れているほど、自分自身に課す使命が常識離れしている口である。

 それも、魔王軍に対する底深い憎しみの表れと言ってしまえばそれまでだが。




 余談だが、三丁賽(さんちょうさい)というのは、サイコロを三つ使ってやる賭け事のことを指す。

 "ツボ"とは、壺に入れた三つのサイコロを壺振り師が降るやり方。胴元ありき。

 "ドン"とは、丼の中にそれぞれの博徒が代わりばんこで三つのサイコロを転がして、出目で勝敗や賭け金の移動額が左右されるやり方だ。"親"と呼ばれる者が交代で回される、胴元いらずの賭博である。


 わかる者には、この説明だけでルールまでわかるかもしれない。

 アメリも"わかる"側の者である。それだけ賭場慣れしているということ。

 そしてちなみに賽徒(さいと)とは、サイコロを使った博打が好きな人を指す単語である。






「はい、ただいま」

「おかえりアメリ。どうだった?」

「めっちゃ負けた」


 宿に帰ってきたアメリの、陰の濃い苦笑いから、そんなことはリーフにだって聞く前にわかった。

 そうじゃなくて、情報集めはどうだったって聞いているのだが。


「おねーさん、途中で横になってたです」

高く(たこ)ついたわ~。

 なあリーフ、ナンボか手間賃払って貰えん?」

「それはなんだか了承しかねます」


 リーフのための情報集めをするため、賭場に行ってくれたアメリではあるのだが、だからって賭け事で負けた金の補填なんて、そんな。

 流石にアメリも冗談で言っているのはわかるけど、仏心を見せようものなら、あわよくばと半ば本気で縋りついてきそうな予感がするので、リーフも即答で突っぱねておいた。

 世話になっている立場とて、こういう所で甘さを見せるのは違う。労に感謝はするが、報い方は別の形で結構、むしろその方がよい。


「リーフが冷たい~!

 フリジ慰めてっ、妾のことなでなでしてっ!」

「よしよし、なでなで~」


 フリージアを抱き抱え、背中を下にしてベッドにダイブしたアメリは、ごろりんと体を横向けにしてフリージアから頭を撫でて貰う。

 とんだ保護者である。フリージアが楽しそうで、傷心のアメリを全く気遣ってなどいないのが何というか。


「フリジは優しいな~。

 リーフは冷たいな~」

「……まあ、賭け事はほどほどにね」

「あっ、説教してきよった! 妾傷ついてんのに! ひどい!」

「テンション高いなぁ」


 負けすぎて開き直りっぷりが凄い。

 生活苦には陥らない程度に、しかしその最大限負けたらあんな風になることもある。

 今日は大負けしてきたアメリだが、案外ギャンブルとは上手に付き合えている証拠である。

 負けて悔しいのが賭け事において当たり前だが、それによって周りに当たり散らしたり、あるいはそうしないと耐えられないぐらい身を崩しているようでは、悪い嵌まり方をしているとしか評価しようがあるまい。


 勝つことも負けることもある、それが当たり前のギャンブルを嗜む身として、負けても自分の振る舞いをちゃんとコントロール出来るようでなければ、やはり賭博は身を滅ぼす入り口だ。

 たとえ賭博で破産的な金銭を失うことが無くたって、負けによって不健全な精神模様になり、周囲に良くない態度を取るようでは、人間関係という金銭にも勝るものを失うのである。

 随分負けてきたようで、変な絡み方をしてくるアメリだが、あれはまだまだ余裕のある態度というやつだ。

 一定の呆れはするものの、リーフも別に鬱陶しいとまでは感じない。苦笑程度なら愛想で返せる。


「んで、お風呂どうすんの。

 だいぶ時間遅いけど」

「明日の朝入る~。

 今日はもうなんもやる気出ん~」

「女の子としてそれはどうかと思うけどなぁ……」

「女なんぞとっくの昔に捨てとるわ。

 妾と数日喋った相手は、み~んな妾のこと女と見做さんようになりよんねんから」

「あ、そう……」


 このふてくされっぷり、リーフも呆れた声を発したが、ちょっとだけ胸に刺さる部分もあった。

 確かに出会った当初は、可愛いしあんな恰好だしで、リーフにとっては直視することすら難しい女性だったのに、何だろう、数日経ってみればあの時の気持ちをすっかり忘れた気がする。

 アメリがそう思わせるような言動と振る舞いの持ち主だと言ってしまえばそれまでだが、何気なくアメリが放ったその一言は、リーフの彼女に対する心象の移り変わりようを、まさに今言い当ててきたかのよう。


 お人好しなところのあるリーフだからという部分もあるが、アメリも自分のそういう所を、意外に気にしているのかなと思ってしまった。

 男らしいと見て貰えたことが殆ど無く、それがコンプレックスであるリーフだから、余計にだ。


「リーフすまんけど、賭場で得てきた情報については明日の朝話すわ。

 まあまあ80パーぐらいいけたからな。ちょっと長くなる、今それ話す気力ない」

「うん、わかった。

 ありがとう、それはホントにお礼言っとくよ」

「現金払いで何とかならん?」

「なりません」


 とはいえ、生まれ持った顔のせいであれこれ言われるリーフと違って、アメリは自分でコントロール出来るはずの言動で他者からの心象がこうなのだから、同等の問題とは扱えまい。

 もっとも、自分がどう思われたいかに合わせて言動を変えるというのも、毎日自分本来とは違う言動を作って生きていかねばならないので、若いアメリにそれは非常に苦なのだが。

 何せあの奔放な性格である。自分を殺して、なんて一番不得意な彼女に、女だと思われたいならまずはその言動を――なんて言うのは酷とすら言えるかもしれない。


 情熱と自我に満ちた17歳が、己を封じて打算的な立ち振る舞いを毎日繰り返すなど、社会的には利口かもしれないが良いことばかりとは限らない。

 大人になっても童心を忘れていない年長者は、若いうちは馬鹿やっておくのがいいのだとしばしば言うが、きっとそれは若かりし頃、己に正直でいたことによって、得られたものの方が多いからなのだろう。


「ふーんだ! リーフのケチ! 祟ってやるもん!」

「訛り丸出しのアメリに慣れると、訛ってないアメリに違和感凄いなぁ……」


 精神年齢フリージア以下の発言で適当にまくし立てて、布団をかぶってアメリはふて寝の構えに入る。

 リーフは粛々と灯りを消し、極めて事務的に自分のベッドで布団をかぶった。


 その夜、やたらとアメリがフリージアをこちょこちょして、夜長にフリージアを笑わせていた。

 くすくすきゃっきゃ笑うフリージアの声は可愛らしいが、音が立つからリーフの睡眠を阻害する。

 あいつまさか、八つ当たり気味に俺のこと眠らせまいとしてるのかと、リーフも変な笑いが出た。


「こらアメリ、やめろ」

「ごめん」


 注意したら謝ってきてすぐにやめやがった。

 どうやら大きなダメージを負うと、発言やイタズラのレベルも下がるばかりか、それを執拗に続ける体力すら無くなってしまうらしい。

 いつもこれぐらい素直でおとなしくしてくれればいいのにな、と、言動がああでなければ可愛いはずのアメリに対し、リーフはなんだか惜しさを感じていた。


 出会った当初は背も高く、理屈抜きで頼もしいお姉さんのようだとさえ思っていたリーフだったののに、いつの間にかちょっとだけ上から目線で、アメリに対して何らか思うことも生じるようになってきた。

 これはこれで、より対等な友人となってきた証拠だろう。

 互いに賛美し合う限りの、超美徳的な間柄というのも決して悪くはないが、違う価値観と育ってきた境遇を持つ他人同士で、心の底から相手を見上げ合うばかり対等関係など、そもそも相当に珍しいのだ。


 敬うこともあれば、相手に強い疑問を感じてしまうこともある。

 それがきっと、世の中に最もありふれた、対等な友人関係の間にある感情の波紋。

 それで相手を好きでいられる感情が勝る者同士なら、かけがえの無い友人関係が言葉なく、そこに成っているはずである。

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